医療・介護業界ではサービス向上や人材確保、事業承継などを目的とするM&Aが盛んです。譲り受け側は経営規模拡大や拠点間連携、DX推進により事業の効率化とサービスの高度化が図れ、譲渡側には雇用やサービスの維持、経営基盤安定化などのメリットがあります。
医療、介護業界の現況
定義
当業界には以下の業種が含まれます。
業種 |
定義 |
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総合病院・病院 |
20床以上の診療施設(総合病院や単科病院) |
クリニック |
20床未満、または入院設備のない診療施設 |
歯科 |
歯科治療を行う診療施設(主にクリニック) |
動物病院 |
動物を対象とする診療施設 |
医療機器製造・卸売 |
医療機関向け専門機器を製造・販売 |
その他医療サービス |
訪問看護ステーション、助産所、指圧院、鍼灸院、接骨院(整骨院)、歯科技工所など |
デイサービス・ショートステイ |
要介護者が通所・短期入所により日常生活支援・介護を受ける施設 |
特別養護老人ホーム |
常時介護が必要で在宅介護が困難な要介護者が入所し、日常生活支援・介護を受ける施設 |
養護老人ホーム |
経済上・生活環境上の理由で在宅養護が困難な高齢者が入所し、養護を受ける施設 |
軽費老人ホーム |
自立生活に不安がある高齢者が無料・低額で入所し、日常生活支援などを受ける施設 |
有料老人ホーム |
高齢者が入所し、日常生活支援や介護を受ける施設 |
サービス付き高齢者向け住宅 |
安否確認・訪問介護などのサービスも提供する高齢単身者・夫婦向けバリアフリー住宅 |
認知症老人グループホーム |
認知症の高齢者が入居し、共同で日常生活上の世話や機能訓練を受ける住居 |
その他施設系サービス |
介護老人保健施設、介護医療院、通所リハビリテーションセンターなど |
訪問系サービス |
訪問介護、訪問入浴など |
児童・障害児福祉サービス |
児童養護施設、乳児院、障害児入所施設、児童発達支援センターなど |
障害福祉サービス |
ケアホーム、グループホーム、生活介護事業所、自律訓練事業所、共同作業所など |
市場規模・環境
ここ数十年の医療費は下図のように概ね一貫して増加しています。
2020年にはコロナ禍の影響で減少しましたが、中長期的には高齢化の進行により今後も増加傾向が続くものと見られます。
また、医療費増加に対応して近年の診療報酬改定は切り詰めの方向で進んでいます。
出典:令和4年版厚生労働白書資料保健医療(厚生労働省)を基に弊社作成
介護給付費・障害福祉給付費にも同様の傾向がうかがえます。
出典:介護分野をめぐる状況(厚生労働省)を基に弊社作成
出典:障害福祉分野の最近の動向(厚生労働省)を基に弊社作成
業界の課題・展望
65歳以上の人口の割合は今後ますます増大し、現行の制度のままでは社会保障費逼迫や制度崩壊が起こることが予想されます。
そうしたなか、国は持続可能な社会保障制度を目指して効率化・生産性向上を柱とする制度改革を打ち出し、それに沿った診療・介護報酬改定を進めています。[1]
高齢化に伴い医療・介護のニーズは今後も拡大が見込まれますが、診療・介護報酬改定などにより経営環境は厳しくなっていくことが予想されます。
今後の医療・介護業界においては、施設内での業務効率化に加え、外部との連携を通した地域レベルでの生産性向上が大きな課題となるでしょう。
具体的には、以下のような取り組みが求められると考えられます。
- 人間のスタッフとAI・ロボットの協働
- 患者・利用者の情報(処方箋・病歴・服薬歴など)のデジタル化
- 外部機関との協調・連携、デジタルデータの相互活用
- 組織再編やM&Aを通した運営の大規模化・効率化、病床・ヘルスケアサービスの地域レベルでの最適化[2]
また、分野・地域によっては人材不足が問題になっています。介護分野ではとくに人材不足が深刻です。[3]
医師の平均年齢が上昇し、後継者不在などにより事業承継に問題を抱える病院・クリニックも増えています。[4]
効率化・生産性向上と絡めながら人材確保・事業承継の課題を解決していくことが、今後の医療・介護業界に求められています。
医療、介護業界のM&A動向
M&Aの件数・規模
医療法人・社会福祉法人の合併件数は以下のように推移しています。医療法人についてはやや増加傾向がうかがえます。[2]
出典:社会福祉法人及び医療法人の経営の大規模化・協働化等の推進(厚生労働省)を基に弊社作成
介護業界においてはM&Aが盛んで、近年増加傾向にあります。
2018年には介護保険制度開始以来最も多い80件超のM&Aが行われています(施設・通所・訪問系介護に加え介護ロボット開発などの周辺分野も含む件数)。[5]
出典:MARRオンライン(レコフデータ)を基に弊社作成
M&Aが行われている背景
以下のような業界・各機関の課題に対応するための手段としてM&Aが活用されています。
- 経営の大規模化による効率性・生産性向上
- 地域レベルでの連携・協業
- DX推進
- 人材確保
- 後継者確保
M&Aの成功可能性を高めるポイント
譲渡企業が重視すべき要素
- 人材の離職防止、モチベーション向上
- 人員配置・労務状況の明確化
- 病床・施設の利用率・稼働率、地域の需要動向などの明確化
- 財務状況の明確化、資産保有や資金の流れにおけるオーナー個人と法人の明確な分離
- M&A・事業承継の早期検討
- 相性のよい譲渡先の選定
- 患者・利用者の引継ぎなど、事業承継・譲渡に向けた段取りの検討
- 事業引継ぎを容易にする環境・仕組み作り
譲り受け企業が重視すべき要素
- 事業内容・対応エリア・人材などの面で相補う関係にあり、経営統合により大きなシナジーが期待できる買収先の選定
- M&A成立後を視野に入れた戦略策定・買収先選定・交渉・契約
- 業法・各種規制との適合性
- 買収先が抱えるリスク(労務問題や出資持分に絡む問題、簿外債務など)の精査と対応の検討
- 買収先の企業価値やM&A成功の見込みに対する現実的で具体的な分析
- 買収先の経営方針や組織風土、職場環境、労使関係などへの配慮
- 雇用継続・経営者保証解除など、買収先の希望条件への配慮
医療、介護業界業界でM&Aを行うメリット・デメリット
メリット
譲渡企業 |
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譲り受け企業 |
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デメリット
譲渡企業 |
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譲り受け企業 |
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医療、介護業界のM&A事例・インタビュー
主な有名事例
M&Aが行われた時期 |
譲渡企業・譲り受け企業の概要 |
M&Aの目的・背景 |
M&Aの手法・成約 |
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2022年10月 |
譲渡企業:日本郵政 譲り受け企業:医療法人社団生和会 |
譲渡企業・譲り受け企業:地域医療の発展 |
手法:事業譲渡 結果:生和会が日本郵政から広島逓信病院を譲受し、広島はくしま病院として運営開始[7] |
2022年9月 |
譲渡企業:ティーアンドジー、ポプラコーポレーション、ポプラ訪問看護ステーション 譲り受け企業:ニチイホールディングス |
譲渡企業:譲り受け企業のネットワーク・ノウハウを活用したサービス向上[8] 譲り受け企業:近畿エリアでの事業拡大・サービス向上[9] |
手法:株式譲渡 結果:ニチイホールディングスがティーアンドジーを初めとする3社を子会社化 |
2022年6月 |
譲渡企業:かんでんジョイライフ、かんでんライフサポート 譲り受け企業:綜合警備保障 |
譲渡企業:譲り受け企業のセキュリティ事業との連携によるサービスのワンストップ化[10] 譲り受け企業:介護事業の拡大、介護サービスのラインナップ拡充[11] |
手法:株式譲渡 結果:綜合警備保障が関西電力からかんでんジョイライフとかんでんライフサポートの全株式を取得 |
[1]今後の社会保障改革(厚生労働省)
[2]社会福祉法人及び医療法人の経営の大規模化・協働化等の推進(厚生労働省)
[3]介護人材の確保・介護現場の革新(厚生労働省)
[4]医業承継の現状と課題(日医総研)
[5]M&A動向に見る介護ビジネスの将来性(大和総研)
[6]基準病床数制度(厚生労働省)
[7]広島逓信病院の事業譲渡(日本郵政)
[8]株主変更(ポプラコーポレーション)
[9]ティーアンドジーの株式取得(ニチイHD)
[10]社長メッセージ(ALSOKジョイライフ)
[11]かんでんジョイライフおよびかんでんライフサポートの株式取得(綜合警備保障)