訪問看護業のM&A|動向や事例、売却額の相場、流れ
- 法務監修: 鈴木 裕太 (中小企業診断士)
訪問看護の業界では、関連性の高い業種との買収・売却を中心にM&Aが活発です。訪問看護のM&Aでは、経営資源の獲得や経営の先行き不安解消などのメリットを期待できます。訪問看護業のM&A動向や事例、メリット、流れをくわしく解説します。
はじめに、訪問看護業の定義・事業内容や業界動向・市場環境を解説します。
公益財団法人 日本訪問看護財団では、訪問看護を「看護師が利用者の自宅を訪問して、病気や障がいに応じた看護を行うこと」と定義しています。
具体的には、健康状態の悪化防止や回復に向けて、以下のサービスを利用者に対して施します。[1]
また、訪問看護のサービスは主に以下の事業者が提供しています。[1]
訪問看護のサービスは、主に看護師や保健師、助産師などによって提供されます。
ただし、中には理学療法士や作業療法士、言語聴覚士がリハビリテーションを行なっている事業所もあります。[1]
次に、訪問看護業界の動向と市場環境をご説明します。
厚生労働省の資料によると、訪問看護の受給者数は2007年から2019年にかけて右肩上がりに増加しました。
具体的には、2007年から2019年にかけて2倍以上(24.94万人→54.27万人)も増加しています。[2]
出典:訪問看護(厚生労働省)
医療保険・介護保険に基づいた訪問看護を行う訪問看護ステーションについては、2002年から2019年にかけて右肩上がりで増加傾向です。具体的には、両事業所ともに2倍以上まで増加しています。[2]
一方で、介護保険の訪問看護を行う病院・診療所は緩やかに減少を続けています。[2]
出典:訪問看護(厚生労働省)
日本訪問看護財団によると、訪問看護ステーションに関する医療費と介護給付費は、2006年から2018年のあいだで一貫して増加し続けました。
具体的な増加の推移は以下のとおりです。[3]
| 2006年 | 2018年 |
---|---|---|
介護給付費 | 1262 | 2860 |
医療費 | 479 | 2355 |
[1] 訪問看護とは(一般の方向け)(日本訪問看護財団)
[2] 訪問看護(厚生労働省)
[3] 訪問看護の現状とこれから2022年版(日本訪問看護財団)
訪問看護業界における近年のM&Aには、主に以下2つの特徴があります。
後述する事例から見て取れるように、訪問看護業界では関連性の高い業種とのM&Aが活発に行われています。
たとえばALSOK介護やグッドパートナーズは、老人ホームを運営する企業とのM&Aを行いました。
また、ノーザリーライフケアのように、ホスピスを運営する企業とのM&Aも見受けられます。
訪問看護と老人ホームやホスピスなどの隣接業種では、事業運営に必要な人材やノウハウなどに重複があるため、M&Aによって「人材確保」や「ノウハウ活用による収益性やサービスの品質向上」などのメリットを期待できます。
一方で、老人ホームなどの関連業種には、訪問看護事業にはない特有のノウハウや技術等があるため、双方事業が組み合わさることでシナジー効果の創出も期待できます。
以上のとおり、期待できるメリットが大きいことが、訪問看護業と関連業種のM&Aが活発に行われていると考えられるでしょう。
買い手の視点で見ると、「事業規模の拡大」や「経営資源の獲得」を目的とした買収が多い傾向にあります。
たとえば後述の事例だと、「日本ホスピスホールディングスとノーザリーライフケアのM&A」や「チャーム・ケア・コーポレーションとグッドパートナーズのM&A」が該当します。
訪問看護事業を買収すると、人材やノウハウ、オフィスなどの経営資源を獲得できます。
また、自社が進出していないエリアの顧客を獲得することで、事業規模の拡大も実現できます。
看護や看護に関係する事業の規模を拡大したい買い手にとって、訪問看護事業の買収はメリットの大きい戦略と言えるでしょう。
この章では、訪問看護業のM&A事例を5例紹介します。
各事例について、当事者となった企業がM&Aを行った目的・背景やM&Aの手法を解説します。
ここで紹介する事例を確認することで、訪問看護業のM&Aに対する理解を深めることができるでしょう。
ALSOK介護:訪問看護事業、訪問介護事業、グループホーム運営、有料老人ホーム運営などの事業を展開
ニチイケアパレス:有料老人ホームの「ニチイホーム」を展開
譲り受け企業:新たな企業価値の創出、中長期的な成長の実現
ノーザリーライフケア:訪問看護事業や住宅型有料老人ホーム運営などの事業を展開
日本ホスピスホールディングス:末期がん患者と難病患者を対象としたホスピス住宅を運営
譲り受け企業:北海道内におけるホスピス住宅展開、事業拡大
N・フィールド:全国47都道府県で、精神科に特化した訪問看護サービスを展開
CHCP-HN:上場企業の株式保有を目的に設立された会社
譲り受け企業:N・フィールドが運営する事業の支援[6]
グッドパートナーズ:首都圏で訪問看護事業や介護スタッフ等の人材派遣・紹介事業などを展開
チャーム・ケア・コーポレーション:首都圏や近畿圏で介護付有料老人ホームを展開
譲り受け企業:グッドパートナーズが有する経営資源(人材や成長性の高い事業など)の獲得
ミレニア:訪問看護事業や簡易認知機能確認ツール事業を展開
セントケア・ホールディング:在宅介護サービス事業を展開
譲り受け企業:グループ内での連携やノウハウ共有による企業価値向上
[4] ALSOK介護からの事業譲受(ニチイケアパレス)
[5] ノーザリーライフケアの株式取得(日本ホスピスホールディングス)
[6] N・フィールドに対する公開買付けの開始(地域ヘルスケア連携基盤)
[7] CHCP-HNによる当社株券等に対する公開買付けの結果(N・フィールド)
[8] グッドパートナーズの株式取得(チャーム・ケア・コーポレーション)
[9] ミレニアの株式取得(セントケア・ホールディング)
M&Aの手法には様々な手法があり、手法ごとに手続きやメリット・デメリット、最適な活用場面などは異なります。
したがって、訪問看護業のM&Aを成功させる可能性を高めるには、最適なM&Aの手法を選ぶことが重要です。
この章では、訪問看護業のM&Aで用いられている手法(スキーム)を「株式譲渡」、「事業譲渡」、「それ以外の手法」に分けて解説します。
株式譲渡とは、売り手企業が発行している株式を買い手企業に譲渡する手法です。
株式(議決権)の過半数を売却することで、会社の支配権を買い手企業に移すことが可能です。
また、全ての株式(議決権)を売却すると、会社の経営に関するすべての権利を買い手企業に移転できます。
そのため、主に訪問看護事業を運営する会社ごと売買する際に、株式譲渡のスキームが用いられます。
他のM&Aスキームと比較して、簡便な手続きのみでM&Aを行える点が大きなメリットです。
従業員との雇用契約や会社内の資産などについて、個別の承諾を得ずに一括で引き継ぐことが可能です。
そのため、中小企業による会社売却で用いられるケースが多いと言われています。
ただし、引き継ぐ資産を選択できない点がデメリットであり、買い手企業は不要な資産や簿外債務を引き継ぐリスクがあります。
そのため、債務超過に陥っていたり不採算事業が社内にあったりする売り手企業の場合は、買い手企業が見つかりにくくなります。
事業譲渡とは、会社内にある事業の一部または全部を買い手企業に譲渡する手法です。
事業に関する資産や権利義務が譲渡対象となる点が特徴であり、会社の支配権(株式)は移動しません。
そのため、主に会社内にある一部事業の売買や、個人事業主によるM&Aで事業譲渡のスキームが用いられています。
売買対象とする資産や権利義務を選べる点が事業譲渡のメリットです。
売り手企業は、不採算事業を売却して主力の訪問看護事業に集中したり、業績が悪い訪問看護事業から撤退したりすることが可能です。
一方で買い手企業は、不要な資産や簿外債務などを引き継がずに、必要な事業のみを買収できます。
ただし、移転対象となる契約に関して、従業員や顧客等から個別に同意を得なくてはならない点がデメリットとなります。
契約の対象者が多い場合、M&Aが完了するまでに多大な時間を要するおそれがあります。
また、売り手企業は原則として「競業避止義務」を負うことになる点もデメリットです。
競業避止義務を負う場合、訪問看護事業を一定のエリア・期間において行えなくなるおそれがあるため注意しましょう。