旅行・レジャー業界では、コロナ禍を受けた事業構造改革やサービスの共同開発などを目的としたM&Aが盛んです。M&Aによって譲り受け企業は事業成長を加速でき、譲渡企業は選択と集中(不採算事業の整理による事業構造改革)や設備投資、事業承継などを実現できます。
旅行・レジャー業界のM&A・事業承継の動向と事例
旅行・レジャー業界の現況
定義
当業界は以下の業種からなります。
旅行・宿泊施設業 |
ホテル・旅館 |
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簡易宿泊施設・民泊 |
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温泉施設 |
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旅行代理業 |
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観光バス |
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その他旅行業・宿泊施設(キャンプ場、保養所、ユースホステルなど) |
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娯楽・レジャー業 |
スポーツ・フィットネスジム |
ゴルフ場・練習場 |
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スポーツ・レジャー施設 |
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イベント・興業 |
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動植物園・水族館 |
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美術館・博物館 |
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レンタカー |
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ペットホテル・サロン |
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娯楽・遊技場 |
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映画館 |
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漫画喫茶・ネットカフェ |
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カラオケ店 |
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パチンコ店 |
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その他レジャー関連業(競走場、マリーナ施設、ダイビングサービスなど) |
市場規模・環境
「宿泊業(ホテル・旅館)」「旅行」「娯楽・レジャー業(レンタカー除く)」「レンタカー(個人向け自動車レンタル)」の生産活動は下図のように推移しています。数値は2015年時点を100とした相対値となっています。
出典:第3次産業活動指数 時系列データ 年・年度・四半期 原指数(経済産業省)を基に弊社作成
どの業種もコロナ禍の影響を大きく受けており、2021年には回復傾向が見られます。
旅行業はコロナ禍による落ち込みがとくに激しく、回復が遅れています。
旅館業はコロナ禍前から生産活動が下降気味で、コロナ禍からの回復も鈍い状況です。
コロナ禍以前においては、国内旅行者数は概ね横ばい、日本から海外への旅行者数は堅調に推移し、訪日外国人数は大きな伸びを示していましたが、2020年に一気に下落しました。[1]
ただし、2022年10月11日より、外国人の新規入国制限の見直しに基づいて、個人旅行の受け入れが再開されました。[2]
そのため、今後はコロナ禍収束と訪日外国人による個人旅行の受け入れ再開に伴い、旅行者数は回復していくと思われますが、いまだ先行き不透明感が拭えません。
近年では旅行ニーズが個人旅行に移り、インターネット上のプラットフォームを利用して旅行予約を行うスタイルが一般化し、オンライン予約サイトを運営して旅行手配などを行う旅行会社(OTA)の市場規模が拡大しました。
コロナ禍以降の娯楽・レジャー業界の活動指数を業種別に見ると、とくに芸能・スポーツ興行や映画館、遊園地・テーマパーク、パチンコホールなどの落ち込みが激しく、逆に競馬・競輪などの競走場の指数が大きく上昇しています(とくに競艇場)。[3]
出典:第3次産業活動指数 時系列データ 年・年度・四半期 原指数(経済産業省)を基に弊社作成
競走場の成長の背景には、投票のオンライン化や若年層の取り込みの進展があると考えられます。[4]
業界の課題・展望
宿泊業
国内旅行においては団体旅行のニーズが減少・低迷し、2010年頃からひとり旅が増加しています。
コロナ禍はこの流れに拍車をかけていると言えます。[1]
宿泊施設にはこうしたニーズ変化への適応が求められていますが、とくに旅館・温泉施設は個人旅行よりも団体旅行に適したつくりになっているケースが多く、適応が遅れています。
また、宿泊業全体で人手不足が深刻化しています。背景には少子高齢化や労働条件の悪さ(長時間勤務など)があります。
2019年度調査において、宿泊業(飲食業含む)では、他の業界と比較して人材不足の状況が深刻であることがわかっています(下図)。[5]
出典:「人手不足等への対応に関する調査」(日本・東京商工会議所)を基に弊社作成
コロナ禍ではサービスの無人化・非接触化・デジタル化が1つの焦点となりましたが、コロナ禍収束後においても、感染症全般に対するリスク管理や、衛生・環境管理、人手不足解消、個人旅行ニーズへの対応、業務効率化などの点で、そうした取り組みが重要な課題になると考えられます。
近年トレンドとなっている新しいサービス形態としては、グランピング(アウトドア体験が楽しめるキャンプ形式の高ホスピタリティ宿泊施設)や古民家・町家を再生した施設など、特別な体験により付加価値を高めた宿泊施設が挙げられます。
旅行業
ひとり旅・個人旅行の比率が増大するなか、旅行業においてはサービスのオンライン化や個人に焦点を当てたデジタルマーケティングの重要性が増しています。
コロナ禍などを背景に近年ニーズが高まっている新しい旅行形態として、アウトドア・自然遺産・文化遺産の体験型旅行や、ワーケーション(テレワークと宿泊旅行の両立)、バーチャルツアー(インターネットやバーチャルリアリティを活用した疑似旅行体験)などがあります。
今後の旅行業においては、複合的な価値を提供する旅行サービスやデジタル技術を活用した旅行サービス(リアルな旅行とバーチャルツアーの融合など)の開発が大きなポイントになると考えられます。
娯楽・レジャー業
娯楽・レジャー業界の大半の業種においては、今後もコロナ禍の動向が大きな鍵を握ると考えられますが、そうしたなか、積極的な動きとして特筆されるのがサービスのオンライン化です。
コロナ禍発生以降、イベント業や映画館、美術館、スポーツ・フィットネスジムなどではオンライン化の試み(イベント動画やバーチャルコンテンツの配信、オンラインレッスンなど)が広がりました。
今後の娯楽・レジャー業界においては、サービスのオンライン化やオンライン・オフラインの融合サービスの開拓が事業成長を左右するポイントのひとつになると予想されます。[6]
旅行・レジャー業界のM&A動向
M&Aの件数・規模
旅行業界のM&A件数は以下の通り推移しています。2000年代と比較して、2010年代は件数が増加傾向となっています。
出典:MARRオンライン(レコフデータ)を基に弊社作成
M&Aが行われている背景
- サービスのオンライン化・デジタル化の推進
- 消費ニーズの変化に対応するための設備投資・新サービス開発、デジタルマーケティング強化
- コロナ禍を受けた業種・業態転換、経営の立て直し
- コロナ禍により悪化した経営の立て直し
- 後継者確保・事業承継
M&Aの成功可能性を高めるポイント
譲渡企業が重視すべき要素
- 人材の離職防止、モチベーション向上
- 労務状況の明確化、労働法に関するコンプライアンス強化
- 財務状況の明確化、資産保有や資金の流れにおけるオーナー個人と法人の明確な分離
- M&A・事業承継の早期検討、相性のよい譲り受け企業の選定
- 予約・会員契約の引継ぎ、主要取引先との契約継続など、事業承継・譲渡の実行の際に問題となるポイントの検討
譲り受け企業が重視すべき要素
- 事業内容・ノウハウ・人材・立地などの面で相補う関係にあり、経営統合により大きなシナジーが期待できる譲渡企業の選定
- M&A成立後を視野に入れた戦略策定・譲渡企業選定・交渉・契約
- 業法・各種規制との適合性の精査、譲渡企業の企業価値やM&A成功の見込みに対する現実的で具体的な分析
- 譲渡企業が抱えるリスク(労務問題や顧客との法的トラブル、簿外債務など)の精査と対応の検討
- 譲渡企業の経営方針や組織風土、職場環境、労使関係などへの配慮
旅行・レジャー業界でM&Aを行うメリット・デメリット
メリット
譲渡企業 |
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譲り受け企業 |
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デメリット
譲渡企業 |
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譲り受け企業 |
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旅行・レジャー業界のM&A事例・インタビュー
主な有名事例
M&Aが行われた時期 |
譲渡企業・譲り受け企業の概要 |
M&Aの目的・背景 |
M&Aの手法・成約 |
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2022年2月(基本協定書締結)、9月(一部譲渡実行)[7] |
譲渡企業:西武ホールディングス、プリンスホテル 譲り受け企業:GIC Private Limited |
譲渡企業:グループ再編の一環として、プリンスホテルのアセットライト化を推進[8] 譲り受け企業:投資事業の一環
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手法:資産譲渡 結果:プリンスホテルが複数のホテル・レジャー資産をGICのグループ企業に段階的に譲渡 取得価額:総額1,500億円程度を想定 |
2022年8月[9] |
譲渡企業:アールビーズ 譲り受け企業:①アシックス、②日本テレビホールディングス |
譲渡企業:ランニングイベントを始めとする参加型スポーツ事業の強化[10] 譲り受け企業①:ランニング事業強化[11] 譲り受け企業②:ウェルネス関連事業の強化[12] |
手法:株式譲渡 結果:アシックスがアールビーズの株式の65%、日本テレビホールディングスが同35%を取得 |
2020年12月 |
譲渡企業:KeyHolder 譲り受け企業:第一興商 |
譲渡企業・譲り受け企業:アイドル・バンドなどのコンテンツホルダーとカラオケ事業者の協業による新サービス開発・収益規模拡大[13] |
手法:資本業務提携 結果:KeyHolderが第一興商を引受先とする第三者割当増資を実施し、両社が資本業務提携を開始 増資金額:約3億円[14] |
[1]観光を取り巻く現状及び課題等(観光庁)
[2]訪日外国人観光客の受入れ関連情報(観光庁)
[3]第3次産業活動指数 時系列データ 年・年度・四半期 原指数(経済産業省)
[4]近年最高の活況となった2020年の「競輪・競馬等の競走場、競技団」(同上)
[5]「人手不足等への対応に関する調査」(日本・東京商工会議所)
[6]2020 年コロナ禍とレジャー産業(日本生産性本部)
[7]子会社における固定資産の譲渡(西部HD)
[8]ホテル・レジャー事業の一部資産に関する GIC との基本協定書締結(同上)
[9]沿革(アールビーズ)
[10]株主変更(同上)
[11]アールビーズの株式の取得(アシックス)
[12]アールビーズの株式取得(日本テレビHD)
[13]資本業務提携(KeyHolder)
[14]第三者割当による新株式発行の払込完了(同上)