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事業を譲りたい経営者がオープンに譲り受け企業を公募する「M&Aサクシード 後継者公募」。2021年8月に第1弾の募集を行ったところ、即日に素晴らしい出会いがもたらされ、出会いから約1カ月で成約しました。これまでの事業承継M&Aでは、「公募」という手法はあまり採用されてきませんでしたが、問題解決の新たな試みとして期待を集めるなかでの初めての成功例となりました。今回、譲り渡しを公募したのは、山陰海岸国立公園内に立地する旅館「臨海荘」を運営する兵庫県の株式会社今子浦臨海センター、そして譲り受けたのは、神奈川県で設計事務所を営む設計舎三日月株式会社です。コロナ禍で厳しい環境にある宿泊業ですが、広く募ることで異業種からの高評価を得ることができることを証明した事例と言えるでしょう。設計舎三日月株式会社 代表取締役社長 山下 猛次 氏と株式会社今子浦臨海センター 代表取締役 駒居 誠治 氏に話を聞きます。(2021年10月公開)
建築設計会社と宿泊業。公募がひらいた異業種の出会い
――設計舎三日月様の事業内容を教えていただけますか。
設計舎三日月 山下 神奈川県横浜市で、土地の分譲事業の設計やコンサルティングを手がける設計事務所を経営しています。主たる業務は、ハウスメーカーやデベロッパーが造成する際のプラン作成、許認可の取得など道路や宅地、公園などの街並みづくりにも携わっています。近年は、設計以外に宿泊、飲食事業、学習塾などにも事業領域を広げているところです。
――臨海荘様は山陰海岸国立公園内に位置する旅館です。
臨海荘 駒居 創業から51年経ちます。2代目として私が継ぎ、運営してきました。宿泊数は最大で約30名、旅館の建坪は150坪ですが、総敷地面積は700坪と広く、バーベキューなど屋外でのアクティビティにもご利用いただいています。敷地内には、ドッグランもあります。いわゆる家族経営で、私たち夫婦、息子、娘、親戚で営んできました。
兵庫県の香美町香住地域は、「日本の夕陽百選」にも選ばれた素晴らしい景色があり、その景色を求めて、多くのお客様が訪れてくださいます。夏は敷地内から海に沈む夕日を眺めることもできます。日本海に面していることから、新鮮な魚介類が揃う海の幸の宝庫であり、美しい森と水が培った山の幸の宝庫でもあります。その代表的なものが、松葉ガニや香住(かすみ)ガニ、但馬牛、そして日本酒です。近年では「ペットと泊まれる宿」として、家族でリピートしてくださるお客様にも支持されています。
応募3日後にオンライン面談。スピーディに進んだM&A交渉
――臨海荘様の後継者公募を設計舎三日月様が目にしたことから、今回のM&Aは始まりました。
駒居 2021年1月に長男を亡くし、後継ぎを突然失いました。私は79歳、家内は75歳(トップの写真の左が家内、右が私)と高齢なので、経営が悪くならないうちに、どなたかにお譲りしたいと考えるようになりました。早くよい方に出会いたいと思い、M&Aサクシードの公募で広く事業承継してくださる方を募ることにしました。
山下 公募開始日(2021年8月17日)に公募記事を見て、国立公園内の立地に興味を持ち、駒居様の想いも素晴らしいなと思いました。立地の情報などをさらに調べたうえで、その日中に応募しました。その時は、築50年超の建物だということで建て替えを想定していました。しかし、応募3日後に駒居様にオンラインで面会でき、考え方を転換しました。先代から引き継いできた臨海荘の51年間の想いや魅力に心を打たれたからです。「臨海荘の名前を残し、必要な改修はするものの、建物もできるだけ残したまま引き継ぎたい。料理も地元のものを押し出していきたい」とお伝えし、オンライン面談の直後に意向表明書を提出しました。その2週間後に現地を訪れ、譲り受けることを決意しました。
――なぜ設計事務所の運営を本業とされるなかで、宿泊業に興味をもたれたのでしょうか?
山下 本業である設計は直接的に住まわれる方のお顔を拝見することがほぼないため、喜んでおられる笑顔を見ることができませんが、宿泊業は、直接お客様の笑顔を見ることができることに5年程前から興味を持ち、今、沖縄県で小さな宿泊施設を建設することが決まっており、2023年4月オープン予定で、宿泊業はまったく初めてということではありません。
――公募記事に詳しく想いや特徴、経緯が記されているので、オンライン面談ではより具体的な質問に絞ることができたそうですね。
山下 料理や景観の素晴らしさなどのソフトとしての魅力は、公募記事で理解できていましたので、私の本業である土地や建物についてのハード的な側面についておうかがいしました。「国立公園内での利用制限は?」「敷地の境界は?」といった内容です。また、駒居様が希望さされることについてもうかがいました。
駒居 公募開始前は、どんな人が応募してくるかわからず不安でした。でも、オンライン面談で山下様とお話し、「想いを引き継ぐことを大切にしたい」と言っていただき、「公募してよかった」と思いました。
――公募では他にも応募者がいらっしゃったそうですね。
駒居 全部で7社からご連絡いただき、その後もう1社ともオンライン面談を持ちました。釣り具関係の企業様で、海のレジャーの拠点として検討したいとのことでしたが、お話ししてみたところ、先方が想定されていた状況と異なり、見送りになりました。
横浜から山陰海岸へ。想いが共鳴する、異なる地域・業態の出会い
――面会から契約締結までのなかで、印象や記憶に残った出来事を教えてください。
山下 臨海荘の中を案内してくださっている時の、駒居様の温かさ。すごく親切に接してくださいました。そして何と言っても景色です。日本海の美しさや波の立ち方を目の当たりにし、素敵な場所だと感激しました。
駒居 オンラインでお会いしてはいたものの、「横浜から厳つい感じの実業家が来るんじゃないか・・・」と疑心めいたものを抱えながらお待ちするなか、山下様の車が臨海荘に到着しました。お顔だけでなく、服装や靴も私はじっと見つめました。その第一印象は「いい青年だな」。私も長く客商売をしてきましたので、初見で人となりを見極める習慣がついています。素敵な人と出会えたと直感しました。その後、建物や敷地などを案内させていただき、伝えたいことはすべてお話しさせていただきました。山下様の想いもわかりました。「お任せしたい」と、家族全員も思ったようです。
山下 帰り際に「何か食べていってください」と駒居様がおっしゃってくださって、お言葉に甘えました。宿の名物であるカニが、格別においしかったですね。
公募掲載からオンライン面談まで任せられるのがM&Aサクシード
――M&Aサクシードを利用された経緯、使ってみての感想はいかがですか?
駒居 日本政策金融公庫様からM&Aサクシードを紹介していただきました。経験のない者が交渉に臨むよりも、間に信頼できる会社に入ってもらう方が、譲渡する側も譲り受けする側も納得がいくだろうと思ったからです。M&Aサクシード事務局が案件掲載やメッセージのやりとりを代行する特別プランであったため、公募掲載からオンライン面談の引き合わせ、契約締結のアドバイスまで、すべてスムーズに進めていただきました。
山下 M&Aサクシードのアフターフォローの速さはピカイチです。対応の良さにも感謝しています。全部よかったので、不満はありません。
――山下様は沖縄県での宿泊事業や飲食事業をM&A候補として探されていました。兵庫県の臨海荘様とは思いがけない巡り合わせとなりました。
山下 先程お伝えしたように、沖縄県で宿泊施設を建設中です。また、神奈川県では飲食店を経営しています。それで、沖縄でさらなる宿泊・外食事業のM&Aを検討すべく、M&Aサクシードに登録していたところ、臨海荘様の公募を知りました。プラットフォームとしてのM&Aサクシードの良さのひとつは、良い意味での偶然性にあると思います。
本業×異業種。不確実性の時代、複眼的な経験がもたらす経営のフレキシビリティ
――新たにスタートする臨海荘にどのような未来を描いていらっしゃいますか?
山下 年内に駒居様から引き継ぎ、来年から改修などを進め、進捗をみてオープン日を決める予定です。雇用は地元の方を募る方向です。急いで何かをするのではなく、長期的に考えて新しい形にしていきたい。広い敷地内でのグランピングもあるでしょうし、リノベーションした建物内でこれまで通りファミリー層に過ごしていただきたいとも思います。お子様からお年寄りまで、地域の皆さんやちょっと足を延ばしたいというお客様、多くの方に愛されるような場所にしたいですね。
――駒居様は当初、不安が先立っていたとお話しされていました。
駒居 後継ぎがいなくなり、その後、娘に手伝ってもらっていました。また、コロナの影響で、お客様の数は、一昨年と比較して、去年も今年も半分くらいで不安もありました。娘も家族がいて大変なので、今年8月で営業をやめることにし、公募しました。でも、もし良い方にお会いできなかった場合、廃業するにも費用がかかるし・・・と不安もありましたが、できれば結論は冬までは先延ばしにしたくないと考えていました。そんななかで山下様が事業を継承してくださることになりました。M&Aサクシードに相談してよかった。それが最優先ではありませんが、譲渡金額も満足する額を提示いただけました。
――設計業と宿泊業。山下様は本業に新たな業種を掛け合わせることに、どんな意義を見出されているのでしょうか?
山下 宿泊や学習塾など他業種に領域を広げることで、目のつけどころや違った視点が生まれました。そこから本業の設計にフィードバックできることもあります。多角化経営やM&A経営は、それまででは気づけなかった点を浮かび上がらせてくれます。今、私たちは未曾有のコロナ禍にありますが、この先同様の事態が起きた時、複眼的な経験が事業経営においていろいろな転用を可能にするように思います。