バス会社の売却・M&Aでは、株式譲渡や事業譲渡、合併の手法が用いられます。手法ごとにメリットや手続きは異なるため、違いを理解しましょう。バス会社の売却手法やメリット、M&A動向・事例を徹底解説します。(中小企業診断士 鈴木裕太 監修)
はじめに、バス会社の事業内容と分類を簡単にご説明します。
バス会社とは、バスに乗客を乗せて目的地まで運び、乗客から運賃を得る事業を運営している企業のことです。
正確には、日本標準産業分類の中分類43「道路旅客運送業」における「一般乗合旅客自動車運送業(乗合バス)」または「一般貸切旅客自動車運送業(貸切バス)」、「特定旅客自動車運送事業(特定バス)」がバス事業に該当します。[1]
なお、バス会社が事業を行うためには許認可の取得が必要です。
前述したとおりバス会社は、「一般乗合旅客自動車運送業(乗合バス)」または「一般貸切旅客自動車運送業(貸切バス)」、「特定旅客自動車運送事業(特定バス)」の3種類に大別されます。
この章では、それぞれの概要と具体例をお伝えします。
乗合バス事業とは、バスを用いて有償で不特定多数の旅客を運送する事業を指します。
一般的には、あらかじめバスが走行する経路(路線)や起点・終点、停留所を定めておき、バスを定期的に運行する形態が乗合バス事業に該当します。[2]
具体的には、街中を走っている路線バスや高速バスなどが当てはまります。
バス会社が乗合バス事業を始めるには、国土交通大臣または地方運輸局長の許可を受ける必要があります。[2]
貸切バス事業とは、ある1個の契約に基づいて、国土交通省令で定める乗車定員(11人)以上のバスを貸し切って、有償でバスによる旅客運送を行う事業を指します。[1][3]
簡単に言うと、団体客を乗せて貸切の形態で運行するバス会社のことです。
具体的には、観光用のバスや冠婚葬祭などで用いるバスが該当します。
バス会社が貸切バス事業を始めるには、地方運輸局長の許可を受ける必要があります。[3]
特定バス事業とは、ある特定の者との契約に基づいて、バスを用いて有償で特定の旅客を運送する事業を指します。[1]
具体的には、スクールバスや介護施設の送迎バスなどが当てはまります。
乗合バスや貸切バスと同様に、特定バス事業の運営には許可が必要です。[4]
[1] 日本標準産業分類 大分類H-運輸業,郵便業(総務省)
[2] 一般乗合旅客自動車運送事業(乗合バス、路線バス)とは(国土交通省 地方運輸局)
[3] 一般貸切旅客自動車運送事業 - 国土交通省 地方運輸局(国土交通省 地方運輸局)
[4] 特定旅客自動車運送事業について(国土交通省)
次に、バス会社業界の現状と業界全体の課題をお伝えします。
なおこの章では、乗合バス事業と貸切バス事業にフォーカスして、業界の現状と課題を解説します。
公益社団法人 日本バス協会によると、乗合バスは1947年から1992年にかけて、営業収入が25.7億円から約1.2兆円まで大きく増加しました。
また貸切バスも同様に、1952年から1992年にかけて、営業収入が約7,446億円まで増加しました。[5]
しかし、1992年をピークに、乗合バスと貸切バスの市場規模は縮小傾向にあります。
具体的には、1992年と比較して、乗合バスで10%以上、貸し切りバスで40%以上も市場規模が縮小しました。[6]
車社会への移行が進んだことや、国内人口の減少などが、バス会社の市場規模縮小につながっていると考えられます。[6]
バス会社全体の市場規模は縮小していますが、高速バスに対する需要は年々高まっています。
日本バス協会の「バス事業の現状について」によると、乗合バス全体の輸送人員はピーク時(1968年)と比べて約40%減少している一方で、高速バスの輸送人員は1999年と比べて約1.7倍まで増加しています。[7]
また、高速バスの運行系統数も、1965年から2014年にかけて8から4996まで増加しています。[8]
「高速道路網の整備が進んでいること」や「低廉な運賃、夜行便による時間の有効活用などのメリットがあること」、「ゆとりある座席空間の提供」などを理由に、高速バスの輸送人員や運行系統が増えているとのことです。[8]
国土交通省によると、全職業平均の有効求人倍率(2016年)が1.22である一方で、自動車運転業務の有効求人倍率は2.33となっており、深刻な人手不足に陥っています。[9]
バス会社も例外ではなく、バス運転手の担い手が減少傾向にあります。
また、全職業平均の年間平均労働時間数が2,124時間である一方で、バス運転手は2,520時間であり、平均と比較して2割も労働時間が長い結果となっています。[9]
低賃金・長時間労働が常態化していることにより、運転手不足が深刻化しているという指摘もあります。[10]
加えて、全国にあるバス会社のうち約2割が赤字というデータもあり、赤字経営もバス会社全体における深刻な課題となっています。[10]
[5] 2018年度版 日本のバス事業(日本バス協会)
[6] バス・タクシー業界 市場規模・動向や企業情報(日経テレコン)
[7] バス事業の現状について(日本バス協会)
[8] 日本のバス事業と日本バス協会の概要(日本バス協会)
[9] 自動車運転業務の現状(国土交通省)
[10] 都市部及び地方部における地域交通の現状(国土交通省 総合政策局公共交通政策部)
バス会社の売却では、主に株式譲渡と事業譲渡のスキームが活用されます。
また、グループ内再編を目的として合併の手法が活用されるケースも少なくありません。
この章では、株式譲渡、事業譲渡、合併の3手法について、概要やメリット、デメリットをご説明します。
株式譲渡とは、売り手会社の株主が持つ株式を売却することで、買い手企業にバス会社の支配権を譲渡するM&Aの手法です。
すべての株式(≒議決権)を譲渡することで、バス会社を丸ごと売却することが可能です。
株式譲渡によるバス会社の売却には、以下のメリットがあります。
手続きが簡便であることや利益を手元に多く残せることから、中小規模のバス会社を売却する際に多く活用される手法です。
また、許認可などをそのまま引き継げるため、新しくバス事業に参入したい買い手企業にも適した手法です。
一方で株式譲渡によるバス会社の売却には、下記のデメリットがあります。
上記のとおり、売り手企業にとってデメリットは少ない手法です。
一方で買い手企業は、会社ごと買収することで簿外債務や不要な資産を引き継ぐリスクがあるため注意です。
事業譲渡とは、バス会社が運営している事業の一部又は全部を売却する手法です。
一般的に、会社ごと売却する株式譲渡とは異なり、不採算事業や不要な資産のみを売却する場合に事業譲渡が用いられます。
事業譲渡によってバス会社の事業を売却すると、主に下記のメリットを期待できます。
売却する事業や資産を選べるため、不採算事業を売却して主力事業に集中したり、売却で得た資金を新規事業の立ち上げに活用したりできます。
一方で事業譲渡による事業の売却には、下記のデメリットがあります。
株式譲渡と比較して手続きに手間がかかる点が大きなデメリットです。
また、従業員から買い手企業への移転を拒否されるリスクもあります。
合併とは、複数の会社を1つの会社に統合するM&Aの手法です。
合併には、合併により消滅する会社が有する権利義務の全てを存続する会社が引き継ぐ「吸収合併」と、新しく設立する会社が引き継ぐ「新設合併」の2種類があります。[11]
合併は、主に親会社がバス事業を運営する子会社同士を一社に統合する場合に用いられています。
合併には、主に以下のメリットがあります。
一方で合併によるM&Aにおいて、以下のデメリットに注意が必要です。
[11] 会社法第2条27項、28項(e-Gov)
バス会社の売却・M&Aに関しては、主に下記3パターンの事例が多く見受けられます。
この章では、それぞれの特徴を簡単にお伝えします。
2000年代以降は、大手企業による組織再編を目的としたM&Aが活発に行われています。
組織再編とは、合併や会社分割などの手法を用いることで、会社の組織構成を大きく変更する手法です。
具体的には、複数のバス会社を持つ大手企業が、バス事業を運営する子会社同士を合併させるケースなどが当てはまります。
組織再編によるコスト削減や競争力強化を図ることで、運転手不足や収益性悪化などの課題解決に注力する狙いがあると考えられます。
厳しい経営状況に直面している中小バス会社や、後継者不足で事業承継を行えない中小バス会社は、地方を中心に少なくありません。
一方で大手バス会社は、人口減少や人材不足にともなう収益減を防ぐ手段の一環として、前述した組織再編や事業規模の拡大を進めています。
「会社や事業を売りたい地方の中小バス会社」と「事業規模や運行エリアを拡大したい大手バス会社」の需要がマッチして、中小バス会社が会社を売却し、大手企業の傘下に入るケースは多く見受けられます。
また、許認可が必要なバス事業に新規参入する目的で、中小バス会社を買収する隣接業種の大手企業も少なくありません。
中小規模のバス会社同士が、生き残りをかけてM&A・売却を行う事例も少なくありません。
売り手のバス会社は、「後継者不足にともなう事業承継」や「従業員の雇用維持・待遇の向上」などを目的にM&Aを行うケースが多いです。
一方で買い手企業では、「バス事業の規模拡大」や「人材確保」がM&Aの主な目的となっています。
バス会社の売却・M&Aに対する理解を深める上では、過去に行われた事例が役に立ちます。
そこで、この章ではバス会社が当事者となった売却・M&A事例を20例紹介します。
事例では、M&Aを行った理由や売却手法・金額などを解説します。
バス会社の売却・M&Aを検討している経営者の方はぜひ参考にしてください。
なの花交通バス:千葉県佐倉市に本社を置き、貸切バスや路線バスの事業を展開[1]
茨城交通:茨城県の県央・県北地区を中心に、バス事業や旅行業、タクシー事業などを運営
成田空港からのインバウンド旅客の送迎、東京営業所を含めた相互に連携した事業運営の実施
丸建自動車:さいたま市や上尾市、桶川市などで「けんちゃんバス」の名称で路線バスを運営
丸建つばさ交通:埼玉県北足立郡伊奈町に本社を置く会社[3]
譲渡企業:コロナ禍による倒産に際して、バス事業の運営を継続すること[4]
東武バスイースト:東武バスの子会社として事業を運営していたバス会社
東武バスセントラル:東武バスの子会社として、東京都、埼玉県、千葉県で路線バスと観光バスの運行事業を運営[6]
事業区域が近隣する両社の合併による「営業情報や事務処理などの一体化」
エイチ・アイ・エス:国内・海外旅行事業やテーマパーク事業、ホテル事業などを多角的に運営
九州産業交通ホールディングス:路線バス事業や観光バス事業、旅行事業、不動産賃貸事業などを運営
譲り受け企業:譲渡企業との資本関係強化によって「金融機関等の外部に対する信用力向上」を図るため[8]
旅バス:高速バス「キラキラ号」の運行事業を運営していた会社。親会社とともに倒産し、法人格が消滅。[10]
桜交通:福島県白河市に本社を置く大手の高速バス会社[11]
譲渡企業:破産にともなうバス事業の存続
譲り受け企業:東京や関西などの基幹路線の増強、西日本などへの路線網拡大
十勝バス:十勝・帯広地域において、路線バス事業や都市間バス事業、定期観光バス事業などを運営
北洋銀行:技術やビジネスモデルに優位性があり、成長が見込まれる道内企業の活動を支援する「北洋イノベーションファンド」を運営
譲り受け企業:企業の支援、地域貢献
テロプラン:ポーランドでバス・鉄道チケットのオンライン販売や、民間バス事業者向けのシステム提供、オンデマンド型バスサービス[13]
住友商事:多様な商品・サービスの販売や輸出入、三国間取引、国内外における事業投資などを展開[14]
譲り受け企業:中東欧におけるオンデマンド型バスサービスの横展開、地場に根ざしたモビリティサービスの普及・多様化
WILLERS PTE. LTD.:自動運転バスへの取り組み、MaaSプラットフォームの開発・運営などを展開[16]
三井物産:金属資源やエネルギーなどの各分野において、多種多様な商品販売およびロジスティクスなどの事業を展開[17]
WILLERS社の強みであるIoT・デジタルマーケティング機能と、三井物産の海外ネットワーク・事業基盤を組み合わせることによる「アジア・大洋州地域における次世代モビリティサービスの創造」
西鉄高速バス:譲り受け企業の子会社として、福岡市および北九州市を拠点とする高速バス事業を運営
西日本鉄道:運輸業や不動産業、流通業、物流業、レジャー・サービス業などを多角的に展開
譲り受け企業:安定的な高速バス乗務員の確保、さらなる安全性の向上、高速バス需要に対して柔軟な要員配置の実施
東日本交通:岩手県と栃木県宇都宮をカバーする貸切観光バス事業を中心に、乗合バス事業や運行受託業務などを展開
みちのりホールディングス:バス事業や鉄道事業、観光事業(旅行代理店・ホテル)、車両整備事業などを多角的に展開
譲り受け企業:岩手県北バスとの密接な連携による「より良いサービスの提供」
日立電鉄交通サービス:日立製作所の連結子会社として、茨城県北エリアにおいて乗合バス事業や法人向けレンタカー事業などを運営
先ほど紹介した「みちのりホールディングス」
譲渡企業:地域公共交通の維持・発展、既存顧客以外に対する取り組みの強化
東野交通:栃木県県央~県北エリアにおける乗合バス事業や貸切観光バス事業、栃木県と首都圏を結ぶ高速バス事業、ロープウェイ事業などを運営
先ほど紹介した「みちのりホールディングス」
譲り受け企業:グループ各社(福島交通や会津バスなど)との密接な連携による「交通ネットワーク機能の向上」や「インバウンド需要の取り込み」
会津乗合自動車:会津地域における乗合バス事業、会津若松市と首都圏などを結ぶ高速バス事業、タクシー事業を運営
先ほど紹介した「みちのりホールディングス」
譲渡企業:事業の再生と発展
譲り受け企業:地域公共交通の維持、観光の活性化
阪急田園バス:譲り受け企業の子会社としてバス事業を運営
阪急バス:1,524人の従業員、1,006両の車両を有していたバス会社(2017年度末時点)
存続企業:合併による経営資源の一元化、安定的な人材確保と柔軟な人員配置の実現、輸送の安全性・サービス向上
習志野新京成バス:新京成電鉄の連結子会社として事業を運営していたバス会社
船橋新京成バス:譲渡企業と同様
親会社:子会社同士の合併による「事業の効率化(運営基盤の強化)」
南部バス:青森県の南部地方でバス事業を運営していた会社
岩手県北自動車:岩手県の北部で一般乗合バス事業や高速バス事業、貸切バス事業、遊覧船事業などを運営
譲渡企業:民事再生の実施にともなう事業再建、バス事業の継続[25][26]
譲り受け企業:公共交通ネットワークの利便性強化、地域交通と観光の活性化[27]
海部観光:徳島と関西圏や東京を結ぶ高速バス事業を運営
ナオヨシ:経営コンサルティング事業などを運営
譲渡企業:譲り受け企業の傘下入りによる「観光や物流などの新事業拡大」、「コロナ禍で悪化した収益の改善」、「従業員の雇用維持」
芸陽バス:広島市を中心に、バス事業や旅行業、保険代理業などを運営。当時は、広島バス(筆頭株主)と譲り受け企業が株式を保有。
広島電鉄:広島市を中心に、鉄道事業やバス事業、不動産事業を展開[29]
譲り受け企業:一体的かつ効率的なバス事業の展開、利便性の高いサービス提供、グループ全体の経営基盤強化
網走バス:名古屋鉄道の連結子会社としてバス事業(乗合・貸切)を運営
タカハシ:北海道地区を事業基盤とし、カラオケ事業やアミューズメント事業、外食事業を運営
譲渡企業(親会社):事業の選択と集中によるグループ基盤の強化
名古屋観光日急、名鉄東部観光バス、名鉄西部観光バス:名古屋鉄道の連結子会社としてバス事業を運営
名鉄観光バス:名古屋鉄道の連結子会社として旅行事業を運営
愛知県内におけるグループバス事業の効率化
[1] 会社紹介(なの花交通バス)
[2] なの花交通バス(株)のみちのりグループ入りに関するお知らせ(なの花交通バス)
[3] 事業譲渡契約締結のお知らせ(丸建つばさ交通)
[4] 民事再生手続き廃止のお知らせ(丸建つばさ交通)
[5] 新会社による運行開始のお知らせ(丸建つばさ交通)
[6] 会社概要(東武バスOn-Line)
[7] 東武バスセントラルと東武バスイーストの合併について(東武バス)
[8] 九州産業交通ホールディングスに対する公開買付けの開始に関するお知らせ(エイチ・アイ・エス)
[9] 九州産業交通ホールディングスに対する公開買付けの結果に関するお知らせ(エイチ・アイ・エス)
[10] (株)ロータリーエアーサービスほか2社(東京商工リサーチ)
[11] 桜交通、高速バス事業を買収 旅バスから(日本経済新聞)
[12] 顧客創造型マーケティングを路線バス事業で実践する十勝バス様に「北洋イノベーションファンド」を通じて出資しました(北洋銀行)
[13] バス・鉄道チケットのオンライン販売やオンデマンド型バスサービスを手掛ける在ポーランドTeroplan社への出資について(住友商事)
[14] 会社概要(住友商事)
[15] 住友商事、ポーランドの交通スタートアップに出資(日本経済新聞)
[16] WILLERの在シンガポール子会社に出資参画(三井物産)
[17] 会社概要(三井物産)
[18] 西鉄高速バスの吸収合併に関するお知らせ(西日本鉄道)
[19] 東日本交通のみちのりグループ入りに関するお知らせ(みちのりホールディングス)
[20] 日立電鉄交通サービス株式をみちのりホールディングスに譲渡(日立製作所)
[21] 東野交通の株式譲受契約締結のお知らせ(みちのりホールディングス)
[22] 会津乗合自動車の株式譲受契約の締結のお知らせ(みちのりホールディングス)
[23] 阪急バスと阪急田園バスの合併に関するお知らせ(阪急バス)
[24] 新京成の連結子会社、2社を4月16日付で合併します(新京成電鉄)
[25] 南部バス(東京商工リサーチ)
[26] 事業譲渡契約締結に関するお知らせ(南部バス)
[27] 南部バスの事業譲受に関するお知らせ(岩手県北自動車)
[28] 高速路線バスの海部観光、ナオヨシの傘下に(日本経済新聞)
[29] 会社案内(広島電鉄)
[30] 株式の取得に関するお知らせ(広島電鉄)
[31] 子会社の株式譲渡に関するお知らせ(名古屋鉄道)
[32] グループバス事業の再編に関するお知らせ(名古屋鉄道)
バス会社を売却・買収する際、経営者が知っておくべきことの1つに「取引金額の相場」があります。
売り手企業は、相場を知っておくことで、買い手企業に安く買い叩かれる事態や、実態に合わない金額を買い手企業に提示してM&Aの成立が遠のく事態を回避しやすくなります。
一方で買い手企業は、相場の理解によって、高値で買収することによる「のれんの減損リスク」などを回避できる可能性が高まります。
この章では、バス会社の一般的な売却価格相場や、売却価格を決定する際に参考とする「企業価値」の評価方法をご説明します。
バス会社の売却金額は、事業規模や業績、所有するバスや運転手の数などによって変動するため、明確に「〇〇円が相場」と断定することは困難です。
ただし中小規模のバス会社に関しては、「時価純資産 + 営業利益 × 2〜5年分」で算出した金額をもとに、最終的な売却金額を考えるケースが多いです。
したがって、上記の計算式で算出した金額を相場として考えることができます。
たとえば時価純資産が6,000万円、営業利益(3年平均)が1,000万円であるバス会社だと、概ね以下の金額が相場となります。
バス会社によって、ビジネスモデルや所有するバス・運転手の数、期待されるシナジー効果などは変わってきます。
そのため、実際のM&Aでは「企業価値」を算出した上で、企業価値をもとに会社の売買価格を決定する場合もあります。
企業価値の評価方法は、大きく以下の3つに分類できます。
コストアプローチは、簡単に客観性の高い評価額を算定できる点がメリットです。
ただし、過去から現在に至るまでの価値のみを評価し、将来的な収益性やシナジー効果等を加味していないため、3つある方法の中で、評価額はもっとも低くなる傾向があります。
マーケットアプローチは、市場の株価や類似企業を参考にしているため、客観性の高さが利点です。
ただし、評価対象企業に特有の無形資産や、買い手企業とのシナジー効果などを加味できない点に注意が必要です。
インカムアプローチは、評価対象の将来性をベースにするため、理論的にはもっとも高い評価額になると言われています。
ただし、売り手企業が作成した事業計画書などを評価算定で用いるため、評価額に恣意が入る可能性があります。
以上のとおり、各方法によってメリットやデメリットは異なります。
状況に応じて最適な方法を選んだり、複数の方法を用いて多面的に評価額を検討したりすることが重要です。
バス会社の売却では、以下に挙げた5つのメリットを期待できます。
この章では、それぞれのメリットを詳しく解説します。
事業規模が大きい有力企業を売却先として選定した場合、その企業の傘下に入ることができます。
傘下に入れば、その企業が有するノウハウやブランド力、資金などを活用できるようになるため、業績改善・安定化や事業の成長速度アップなどのメリットを期待できるでしょう。
人材不足や利用者数の減少などの影響で厳しい経営環境に直面しているバス会社にとって、上記のメリットは大きいと言えます。
買い手企業の有する資金力や知名度を活用することで、売却前と比べて人材を確保しやすくなる可能性があります。
十分な数の運転手を確保することで、事業規模の拡大や業績改善を期待できます。
バス会社を廃業すると、雇用していた従業員は解雇という形になります。
一方で廃業する予定のバス会社を売却すれば、雇用契約も買い手企業に引き継いでもらえるため、従業員は仕事を失わずに済むでしょう。
外部の会社・経営者にバス会社を売却することで、後継者不足でも事業承継を実現できます。
後継者不足を理由とした廃業を回避できるため、従業員の雇用を維持できるのはもちろん、ノウハウや会社のブランドといった無形資産も後世に残すことができます。
また、地域の人にとっての交通手段の存続にもつながります。
バス会社の売却によって資金を獲得できる点もメリットです。
多額の現金を得ることで、新しい事業の立ち上げや老後の生活資金に費やすことができます。
大手企業によるグループ内の組織再編をはじめとして、バス会社のM&A・売却は活発に行われています。
人材不足や赤字経営などの課題を解決する手段となり得るため、経営者の方はバス会社の売却を検討してみてはいかがでしょうか。
(執筆者:中小企業診断士 鈴木 裕太 横浜国立大学卒業。大学在学中に経営コンサルタントの国家資格である中小企業診断士資格を取得(休止中)。現在は、上場企業が運営するWebメディアでのコンテンツマーケティングや、M&Aやマーケティング分野の記事執筆を手がけている)