競争激化やコロナ禍に伴う経営環境の悪化により、旅行会社・代理店の売却は注目を集めています。旅行業界の現況や旅行会社の売却・M&A動向、メリット、2019年~2021年の事例を徹底解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
商品として旅行を扱う業種には、旅行商品を企画する旅行業と、その販売を代理する旅行業者代理業があります。
旅行業・旅行業者代理業は旅行業法によって規制されており、一定の要件を満たした上で登録を受ける必要があります。[1]
本来、旅行業を営む会社を旅行会社、旅行業者代理業を営む会社を旅行代理店と呼ぶのがわかりやすいのですが、両者をまとめて旅行代理店と呼ぶ習わしがあります。
旅行業で扱われる商品は以下の3つにわかれます。
近年ではインターネット上のサービスとして旅行商品(とくに手配旅行)の販売が行われることが多くなり、宿泊施設や交通機関が自ら運営する予約サイトや、多数の施設・機関の予約が可能なネット予約専門サービスも一般化しています。
日本交通公社の2020年の調査によると、旅行予約によく使う方法としてネット予約専門サービスを挙げた人は、国内宿泊旅行について46.7%、海外宿泊旅行について13.6%に達しています。[2]
さらには、観光スポットや海外現地の事業者と旅行者を直接(旅行会社を介さずに)結びつけたり、旅行を企画する個人とそれに参加する個人を結びつけたりするマッチングプラットフォームが開発され、徐々に広まりつつあります。
コロナ禍以前の数年間は日本人国内旅行者・海外旅行者の数が年々増加する傾向にありました。
また、訪日外国人旅行者数が2013年頃から急激に増加して、2015年には出国日本人数を上回り、2018年には300万人を突破しました。[2]
一方、主要旅行会社の取扱高は訪日外国人旅行については増加していたものの、国内旅行・海外旅行の取扱額はともに減少傾向にありました。[2]
国内・海外旅行者数が増加したにもかかわらず取扱高が減少している背景としては、以下のような点が挙げられます。
訪日外国人についても、旅行者の数・増加率に比べて旅行業取扱高の水準は低く、伸びも緩やかなものとなっています。
アジア圏などの訪日外国人を日本の旅行業者が顧客として取り込めていない状況があります。
2020年以降続いているコロナ禍により、旅行業の命とも言える「人の移動」が大幅に制限される事態となり、旅行業界は全業種のなかでも際立って大きなダメージを受けています。
「GoToトラベル」政策は中途半端な展開となり、東京オリンピックも旅行業界には恩恵をもたらさない形で終わりました。
2021年度上半期には旅行業の倒産(負債1,000万円以上)が16件(うちコロナ禍関連倒産は15件)におよび、前年同期比2.6倍となりました。[3]
2022年初頭の現在も、先行き不透明な状況が続いています。
[1]旅行業法(観光庁)
[2]数字が語る旅行業2021(日本旅行業協会)
[3]2021年度上半期 旅行業の倒産、コロナの影響で前年同期比2.6倍に急増(東京商工リサーチ)
コロナ禍以前の数年間には、旅行業界において以下のようなM&Aが積極的に行われていました。
売り手 | 買い手 | M&Aの目的 |
---|---|---|
旅行会社 | 同業者 | 訪日外国人旅行者ニーズ取り込みなどを目的とした協業 |
旅行会社 | 異業種企業・観光関連企業 | 訪日外国人旅行者ニーズ取り込みなどを目的とした旅行業進出 |
ネット予約サイト運営会社 | 同業者 | シェア拡大 業容拡大(国内予約と海外予約の融合など) |
旅行関係プラットフォーム事業者 | ベンチャーキャピタル(出資者) | 増資を通した資金調達と事業拡大 |
海外旅行会社 | 国内大手旅行会社 | 海外旅行事業の強化・拡大 |
コロナ禍以後においても、ネット予約・マッチングなどのプラットフォーム事業者や旅行関係アプリの開発会社に対するM&A(出資)は引き続き盛んです。
それ以外では、コロナ禍で悪化した経営を立て直すための資本増強を目的としたM&Aや、事業整理のためのM&A、経営効率化・事業構造改革を目指したグループ再編(連結子会社の合併など)の事例が目立ちます。
旅行会社売却の売り手としてのメリットには以下のようなものがあります。
IBJ:結婚相談所を全国展開し、婚活パーティー企画や婚活サイト運営などの事業も展開[4]
かもめ:大手旅行店がカバーしないエリアを中心とした海外旅行事業を展開(2016年にIBJの完全子会社となる)[5]
原優二氏(個人):旅行会社(風の旅行社・ピースインツアー)を経営[6]
譲渡企業:コロナ禍が長引き、旅行事業の収益回復や中核事業である婚活事業とのシナジー創出が困難となるなか、事業価値存続のため、旅行産業において豊富なノウハウ・事業基盤を持つ原氏にかもめを委ねることを決定[7]
令和トラベル:デジタル技術を活用した海外旅行ツアー業務や、海外旅行関係のアプリ開発などの事業を展開[8]
ジャフコグループ、ANRI、グローバル・ブレイン、千葉道場ファンド、アカツキ「Heart Driven Fund」:ベンチャーキャピタル事業を展開[8]
譲渡企業:旅行業務プロセスのDX推進とエンジニア採用強化、マーケティング拡大を目的とした資金調達[8]
KNT-CTホールディングス:クラブツーリズムと近畿日本ツーリストの2ブランドで旅行業を展開[9]
近鉄グループホールディングス:鉄道・バスなどの運輸事業、不動産分譲・流通事業、百貨店事業、ホテル事業などを展開する近鉄グループの持株会社(譲渡企業の親会社)[10]
合同会社あかり:三菱UFJ銀行(譲渡企業の主要取引銀行)の資金拠出により、有価証券・債権・デリバティブ取引に関わる金融事業を展開[10]
合同会社まつかぜ:三井住友銀行(譲渡企業の主要取引銀行)の資金拠出により、有価証券に関わる金融事業を展開[10]
譲渡企業:コロナ禍により経営環境が大幅に悪化するなか、債務超過解消と中長期的な事業構造改革のために資本増強を図る[10]
PINK:南アジアエリアでのリトリートツアー(自分を見つめ直すための旅行)・体験型カスタマイズツアーや、ヨガ講師・起業家と旅する国内外スタディーツアーなどのオリジナル企画ツアー事業を展開[11]
MILE SHARE:航空会社発行のマイルをユーザー間でシェアリングするマッチングプラットフォーム「MileShare」を運営[11]
譲渡企業:コロナ禍の影響を乗り越えるための協業体制構築、および親会社グループによる経営資源最適配置の実現[12]
譲り受け企業:国内線を中心に展開している「MileShare」のサービスを国際線エリアに拡大し、PINKとの連携により通常航空券・特典航空券を同一サービス内で提供する体制を構築[11]
ベルトラ:海外オプショナルツアーの予約サイトを運営[13]
オープンドア:1,500以上の国内外旅行サイトを一括検索できる旅行比較サイト「トラベルコ」などを運営[14]
譲渡企業:コロナ禍の影響を乗り越えるための資本増強
譲り受け企業:ベルトラとの連携によるオプショナルツアー分野でのサービス強化[13]
西日本日中旅行社:福岡市を拠点に日中間の旅行に特化した旅行業を展開[15]
第一交通産業:北九州市に本社を置き、タクシー・バスを中心とする交通事業、不動産販売・管理事業、介護事業などを展開[16]
譲り受け企業:旅行業(ツアーの企画・募集事業)に参入し、中国子会社との連携などを通して事業展開を図る[15]
LIG:Webサイト受託制作事業、自社メディア・コンテンツの制作・運営事業、アクティビティ(体験型観光)の提供者と利用者を結ぶマッチングプラットフォーム「TRIP」運営事業などを展開
埼玉県のIT企業(詳細非公開)
譲渡企業:メイン事業が伸びるなか、人材不足により「TRIP」事業の成長可能性を十分に引き出すことができない状況にあったため、同事業の切り離しを決断
譲り受け企業:訪日外国人向けサービスの新規事業展開を図る
MNC(現五洋亜細亜[18]):中国を初めとする海外旅行業者とのコネクションを活かした訪日外国人向け旅行業(とくに医療・美容に関する旅行企画)を展開[19]
五洋インテックス:インテリアテキスタイルの専門商社[20]で、近年では子会社を通してメディカルツーリズム(医療サービスの利用を目的とした旅行)に関連する事業も展開[19]
譲り受け企業:メディカルツーリズムの実績があり、登録済旅行業者として直接ツアー手配を行うことができる企業をグループに取り込み、メディカルツーリズム事業の本格的展開と早期収益化を図る[19]
セブンフォーセブンエンタープライズ:ハワイに特化した旅行商品のオンライン販売を展開[22]
エボラブルアジア(現エアトリ[23]):アジアを主な対象としてオンライン旅行事業、訪日外国人旅行事業、ITオフショア開発事業、投資事業を展開[22]
譲り受け企業:従来の強みである韓国・台湾を中心とした短距離ツアーに加え、ハワイを中心とする中距離ツアーの取扱を強化するとともに、ハワイにおけるラウンジ運営を含めた事業多角化を図る[22]
[4]サービス(IBJ)
[5]会社概要(かもめ)
[6]原優二氏、かもめの全株式取得(トラベルジャーナル オンライン)
[7]連結子会社 2 社の株式譲渡に関するお知らせ(IBJ)
[8]22.5億円の資金調達を実施(令和トラベル)
[9]第三者割当による種類株式の発行に関するお知らせ(KNT-CTホールディングス)
[10]近鉄グループリンク集(近鉄グループホールディングス)
[11]PINKとの間に株式譲渡契約を締結(MILE SHARE)
[12]連結子会社の株式譲渡に関するお知らせ(ザッパラス)
[13]ベルトラの第三者割当増資の引受に関するお知らせ(オープンドア)
[14]事業内容(オープンドア)
[15]2021年3月期 有価証券報告書(オープンドア)
[16]トップページ(第一交通産業)
[17]西日本日中旅行社の株式取得について(第一交通産業)
[18]子会社の商法変更に関するお知らせ(五洋インテックス)
[19]株式取得に関する基本合意書締結のお知らせ(五洋インテックス)
[20]会社概要(五洋インテックス)
[21]MNCの株式取得完了に関するお知らせ(五洋インテックス)
[22]セブンフォーセブンエンタープライズの子会社化に関するお知らせ(エアトリ)
[23]社名変更のお知らせ(エアトリ)
[24]子会社化に伴う代表者変更及び役員人事に関するお知らせ(エアトリ)
近年、旅行業界においては同業者間の競争やデジタルサービスとの競合が激化し、さらにはコロナ禍の打撃により深刻な経営環境悪化が生じています。
そうした状況のなか、旅行会社にとってM&Aは経営戦略のひとつとして欠かせないものとなっています。売り手側としても、できる限り経営基盤に余力のある段階から積極的に売却戦略を検討することが重要です。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)