買収とは?M&Aとの違い・メリット・手法・事例・手続きを解説
- 記事監修: 前田 樹 (公認会計士)
買収とは、他社の事業または会社の経営権を取得することを指します。買収では、既存事業の拡大や新規事業への進出などを迅速に実現できます。買収を成功させるには、デューデリジェンスやPMIの徹底が重要です。今回は買収のメリット、手法、2021年の最新事例を紹介します。(公認会計士 前田 樹 監修)
はじめに、買収について最低限知っておくべきこと(意味や合併・M&Aとの違い)をご説明します。
買収とは、ある会社から経営権(≒株式)や一部の事業を取得するM&A手法です。
特に会社の経営権を取得する場合は「企業買収」、一部の事業だけを取得する場合は「事業買収」と呼びます。
買収と同様に合併も、M&A手法の1つです。
合併とは、複数の会社を1つの会社に統合するM&A手法です。
特に、合併により消滅する会社の権利義務を存続する1社の会社に承継させる手法を「吸収合併」、消滅する会社の権利義務を新しく設立する会社に承継させる手法を「新設合併」と呼びます。
買収と合併のあいだにある最大の違いは、消滅する会社の有無にあります。
買収の場合、事業だけの買収はもちろん、会社の経営権ごと買収する場合でも買収された側の法人格は存続し、消滅する会社はありません。
一方で合併の場合、吸収される会社の法人格は吸収する会社に承継されるため、完全に消滅することになります。
買収と類似する用語に「M&A」というものがあります。
一見すると似ていますが、厳密にいうと買収とM&Aでは対象としている取引の範囲が異なるため、意味は異なります。
M&A(Mergers & Acquisitions)とは、日本語に直訳すると「合併と買収」という意味を持ちます。
つまり買収とは、M&Aの手法の1つというわけです。
M&Aは買収や合併、広義の意味では業務提携や資本提携も含む概念です。
単純に会社や事業を買う場合は「買収」、他社の吸収や業務提携なども含める場合は「M&A」、という形で使い分けると良いでしょう。
「売り手経営者の買収に対する態度」という視点で見ると、買収は「敵対的買収」と「友好的買収」の2種類に分けられます。
この章では、敵対的買収と友好的買収の違いを確認していきましょう。
敵対的買収とは、売り手の現経営陣から同意を得ないで行う買収を意味します。
敵対的買収は基本的に上場会社の場合に生じます。
非上場会社の場合、多くの場合、譲渡制限条項がついた株式となっており、相対の交渉により進められることが多いためです。
上場会社で敵対的買収を行う場合は、多くはTOB(株式公開買付)という手法を採用されます。
金商法27条の2第6項によると、TOBとは「不特定かつ多数の者に対して、公告により株式の買付けまたは売付け等の申し込みに関する勧誘を行い、市場の外で株式の買い付け等を行うことをいう」を意味します。[1]
TOBによる敵対的買収では、議決権株式の過半数を取得する形で、半強制的に経営権の取得を目指します。
ただし、敵対的買収を仕掛けられた側の会社では、買収を阻止するためにいくつかの策を講じることができます。
敵対的買収を阻止するための策は「買収防衛策」と呼ばれています。
具体的な買収防衛策としては、主に下記があります。
上記のような買収防衛策があるため、実際に敵対的買収が成功する確率は低いと言われています。
友好的買収とは、売り手の現経営陣から同意を得ている状況で行う買収を意味します。
基本的には、後述する買収のプロセス(トップ面談や条件交渉など)を経た上で、株式譲渡や事業譲渡といった手法で買収が実施されます。
ただし、友好的買収だから、必ず成功するものではありません。
後述するデューデリジェンスなどにより問題が発見された場合や、条件交渉がうまくいかなければ、案件としてはブレイクしてしまいます。
敵対的買収と友好的買収の違いは、相手の同意を得て実施しているかどうかに違いがあります。
敵対的買収では相手の同意を得ていないため、友好的買収と比べてコストや労力がかかる傾向にあります。
また、スムーズに進みやすい友好的買収と比べて、敵対的買収は成功する可能性も低いです。
以上の違いにより、ほとんどの買収は友好的買収によって実施されると言われています。
次に、会社買収およびM&Aの現状を確認しておきましょう。
中小企業庁が公開している「中小M&Aガイドライン」によると、日本全体で2025年までにおよそ245万人の中小企業・小規模事業の経営者が平均引退年齢である70歳を迎えるとのことです。
また、その半数である約127万人は後継者未定の状況になると見込まれています。[2]
後継者が不在の場合、対策を講じなければ、廃業することになります。以前であれば、親族内承継などが主流でしたが、ここ最近は傾向が変わってきています。
最近の後継者不在に陥っている中小企業は、少子高齢化などの影響により、M&Aによる第三者への事業承継を行うケースが増加しています。
同じく中小企業庁が公開している「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」という資料によると、2012年以降は事業承継型のM&Aが増加しており、2018年には公表ベースだけでも544件を記録したとのことです。[3]
以上のとおり、事業承継を理由として、中小企業がM&Aを行うケースは近年大幅に増加しています。
それに伴い、会社買収に積極的な姿勢を見せる買い手も増えていると言われており、今後もより一層この動きは加速すると考えられます。
[2] 中小M&Aガイドライン -第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-(中小企業庁)
[3] 中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題(中小企業庁)
では一体、買収する側はどのような目的を持ってM&Aを実施するのでしょうか。
買収の目的は、大きく「経営資源の獲得」、「リスクの分散」、「組織再編」、「節税」の4種類に大別できます。
買収の目的として、もっともオーソドックスなものは経営資源の獲得です。
他社から経営権や事業を買収すれば、機械や設備といった目に見える資産はもちろん、人材やノウハウ、販売網、許認可など、目に見えない知的資産も含めて、あらゆる経営資源を獲得できます。
経営資源は、既存事業の拡大や新規事業の立ち上げ、新商品の開発など、経営戦略を形にする上で不可欠なものです。
そんな不可欠なものを、一から自力で作り上げる代わりに、買収により取得することで時間を購入していることになります。
リスクの分散を目的として、買収を行うケースも少なくありません。
ここでいうリスク分散とは、多角化によるリスクの分散です。
多角化とは、本業とまったく関係がない事業を立ち上げる経営戦略です。
多角化戦略では、仮に1つの事業で収益性が下がっても、別の事業で利益を獲得することで、会社全体での業績悪化を防ぐ効果が期待できます。
つまり多角化によるリスク分散を目的とする場合には、自社が運営する事業とは関連性の低い事業を買収することでリスクヘッジを行うのです。
ただし、事業範囲を広げすぎると失敗する可能性もあるので留意が必要です。
組織再編とは、グループ企業間で事業を統合したり、一部の会社を別会社の子会社としたりすることで、コスト削減や技術の承継、事業規模の拡大などを目指す手法です。
組織再編を目的とした買収では、主に株式交換や株式移転、会社分割といった手法が用いられます。
ここまでお伝えした目的と比べるとマイナーではあるものの、節税を目的として買収を実施するケースも存在します。
節税を目的とする場合、買収対象となるのは赤字の企業です。
赤字の会社を買収することで、その会社に蓄積された繰越欠損金を引き継ぐことができます。
繰越欠損金は所得と通算できるため、法人税等の節税につながるわけです。
ただし、法人税法の規定により、一定の要件に該当する場合には、繰越欠損金の一部を使えないように制限されるので注意が必要です。
また、連結納税を導入している場合には、利用できる条件が限られているので留意が必要です。
一般的に買収(M&A)は、以下9つのプロセスに沿って進められます。
ここからは、各プロセスの具体的な進め方について解説していきます。
M&Aは、あくまで戦略の遂行や目標の達成に用いる手段にすぎません。
よって、まずはM&Aを行う目的や戦略を明確にする必要があります。
目的や戦略が明確でないと、たとえば、「経営資源の獲得が目的であるにもかかわらず、必要と考えていた経営資源を持つ企業を買収できなかった」などと、買収に費やした時間や労力、コストを無駄になるおそれがあります。
そのような事態にならないためにも、まずはM&Aを行う目的を明確にする必要があります。
また、目的と同時に戦略の明確化も重要です。
たとえば、自社の有していない販売網を持つ企業を買収したいならば、その地域で重点的に活動する企業に狙いを絞るのが最適な戦略となるでしょう。
そのほか、成長戦略の中でM&Aを用いるのであれば、成長市場に参加している会社を買収する必要などの選択肢を選ぶことになるでしょう。
目的と戦略をセットで明確化して、はじめて買収の準備が整ったといえます。
買収の実行には、会計や税務、法務など幅広い分野に関して高度な専門知識が必要となるため、買い手の経営者と従業員だけで買収の実務をこなすのは困難です。
また、よほど人脈が広いわけでない限り、膨大な数が存在する会社の中から自社にとって最適な買収先をみつけることは簡単ではありません。
以上の理由から、一般的にはM&Aの専門家であるM&Aアドバイザーとの契約、あるいは売り手と買い手をマッチングするプラットフォームに登録した上で、買収相手の選定や交渉、契約の締結などといった実務を進めていきます。
なお、M&Aアドバイザーやプラットフォームごとに、得意とする案件の規模や業種、専門領域は異なるため注意が必要です。
たとえば中小企業同士による小規模な案件の場合、最低報酬額が2〜3億円と言われている証券会社よりも、手数料が安いM&A仲介会社やWeb上のプラットフォームを利用する方がコストに見合った形で実施することができます。
また、報酬体系も会社やサービスによって異なります。
仲介会社などではレーマン方式と呼ばれる案件規模により報酬額が決まります。
支払方法も手付金や中間金などで支払うケースもあれば案件が成立した時に支払われる成功報酬のケースもあります。
また、会社により得意にしている分野や依頼したい業務内容により異なるため、依頼内容に応じて依頼先を決めていきましょう。
M&Aアドバイザーやプラットフォームとの契約・登録が完了したら、サポートを得ながら買収相手の選定を進めていきます。
買収相手の選定は、「買い手自らが積極的に選定するケース」と「売り手またはアドバイザーから持ち込まれた案件から選定するケース」によって若干手続きが異なります。
「買い手自らが積極的に選定するケース」では、買収したい会社(事業)の業種や地域、事業規模などといった希望の条件をもとに買収相手を選定していきます。
M&Aアドバイザーに依頼した場合には、最初は20〜30社からスタートして、最後は5〜8社ほどにターゲットが絞り込まれた「ショートリスト」を作成します。
「ショートリスト」の内容をもとに、買収可能性や