M&A戦略とは?策定の流れと成功のポイント【事例付き】
- 記事監修: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
M&Aを成功させるためには売却・買収後を視野に入れた戦略が必要です。M&A戦略の重要性、策定の流れ、売却側・買収側それぞれの戦略の要点と注意点を解説し、成功事例を紹介します。
M&Aを成功に導くためには、自社の分析や市場調査、業界トレンドの分析などをもとにして以下のような点を検討し、明確な戦略を立てて売却先選定や交渉を行っていく必要があります。
こうした点があいまいだと交渉が場当たり的になり、明確な戦略と交渉力を有した買収側企業に丸め込まれてしまったり、不利な条件を飲まされたり、いつまでも有望な売却先が得られず時機を逃してしまったりすることになります。
買収側も同様にして以下のような点について検討し明確な戦略を策定しておくことが必要です。
こうした点が不明確なまま交渉に入ってしまうと、経営統合によるシナジー効果や買収に伴うリスクの分析が甘くなり、結果として買収金額が過大になったり、組織統合がうまく行かず想定したシナジー効果が得られなかったり、引き継いだはずのブランドやノウハウを活用できず事業展開が不能になるといった失敗に陥りがちです。
基本的な流れに沿って策定方法をくわしく見ていきましょう。戦略の具体的な中身については次の章で取り上げます。
M&Aの戦略策定ではM&Aの目的を明確化することが第一の目標となります。目的の明確化のためには自社の現状に関する分析が欠かせません。
この段階では、既知の課題を細かく分析するよりも、自社の事業・組織の現状を広く見渡し、M&Aに関する可能性やリスクを洗い出して整理することが有用です。それに適した分析手法にSWOT分析があります。
「SWOT」とは「Strengh(強み)」「Weakness(弱み)」「Opportunity(機会)」「Threat(脅威)」の略です。自社の内部にどんな強み(S)と弱み(W)があり、外部の市場にはどんな機会(O)と脅威(T)があるのかを洗い出して並べることで、現状を客観的に見つめ直すことができます。
強み(S)・弱み(W)として浮上しやすい項目としては、品質、価格、コスト、立地、拠点展開、技術力、開発力、設備・インフラ、消費者認知・ブランドなどがあり、機会(O)・脅威(T)として浮上しやすい項目としては、業界の市場規模・成長性、トレンド、競合の状況、景気動向、法改正・政治動向などがあります。
ただし、SWOT分析を行う際には自社の目的・目標を設定し(可能な範囲で目標数値も設定)、それに関する具体的な強み・弱み・機会・脅威を抽出する必要があります。目的・目標を設定しておかないと意味のある分析になりません。
M&Aの検討を開始する時点で、M&Aによって達成したい目的・目標が(漠然としたものであれ)存在するはずです。いくつかの目的・目標のバリエーションを考えながら具体的にS・W・O・Tを抽出し、M&Aの有望な方向性を探る糸口とします。
自社の分析に基づき、M&Aの目的を明確化します。M&Aの目的は戦略の核となります。
複数の事業・子会社を展開する企業では、不採算事業や経営戦略上の足かせとなる事業を手放して選択と集中を図るためにM&Aが活用されます。
非上場の中小企業やベンチャー企業では、社外の第三者への事業承継やベンチャー企業経営者によるイグジットがM&Aの目的の典型例です。
経営者の高齢化や後継者不足などを背景にして、近年ではM&Aにより社外の第三者へ事業を承継させる中小企業オーナーが増加しています。[1]
ベンチャー企業では、起業家自身の資金やベンチャーキャピタル(投資会社)から調達した資金をもとに事業を展開して自社株の価値を高めたのち、新規上場をして一般投資家に株式を売り出す(=IPO)か、M&Aで売却することで投資を回収する(投資のリターンを獲得する)という考え方が一般的になっています。この投資回収をイグジットと呼びます。
従来、日本ではM&Aによるイグジットは「身売り」「会社を見捨てる」といったネガティブなイメージでとらえられ、会社とともにさらなる高みを目指すIPOによるイグジットが多数派でした。しかし米国ではM&Aのほうが主流で、近年では日本でもM&Aによるイグジットが増加中です。[1]
買収側としては、既存事業の規模や対象エリアの拡大、既存事業に関連する事業の取り込みによる事業内容の拡充、新規事業参入による事業多角化や事業構成の転換が、M&Aの主な目的となります。
とくに、自社で達成を目指すのが現実的ではない目標(達成できたとしても時間がかかりすぎる目標)を検討対象にできるのがM&Aの利点です。
目的が定まったところで詳細な市場調査を行い、具体的にどのような形でのM&Aが可能か、どのような買収・売却先が考えられるかを検討し、M&Aの方向性を探っていきます。
M&Aの目的により調査対象となる市場の範囲は異なります。競合・同業種企業とのM&Aで既存事業の拡大や承継を目指すケースでは、自社になじみのある分野の市場調査が中心になりますが、異業種企業との統合で新規参入などを目指すようなケースでは未知の分野についてもしっかりと市場調査を行うことが求められます。
M&Aの方向性が定まってきたところで、SWOT分析を深めたり、詳細なデータに基づいた分析を行ったりしながら、M&Aの目的の実現に向けた戦略を具体化していきます。
M&Aの対象、スキーム(株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割、第三者割当増資など)、経営統合の青写真、会計・税務上のリスク、実務上の必要プロセスなど、細かな論点の整理が必要になります。
M&Aの目的と戦略に適合する相手先企業の候補をリストアップしていきます。まずは20~30社程度のリスト(ロングリスト)を作成するのが一般的です。
その後さらに検討を加えて数社~8社程度のリスト(ショートリスト)を作り、M&Aの交渉相手としての優先順位をつけます。
売却側の場合、ロングリストを作成した段階でノンネームシート(社名は伏せて売却案件の概要だけ記した資料)をリスト上の各社に提示し、その反応を見て候補を絞り込んでショートリストを決定するという手順になることもあります。
交渉の相手先が決まったらいよいよアプローチを開始します。アプローチ方法は大きく分けて次の3つがあります。
相手先企業に自社で直接アプローチすれば、交渉をスピーディーに進めることができ、M&Aに関する機密情報の共有を当事者の間だけにとどめることができるといったメリットがあります。
M&Aは経営上の重大事項であり、M&Aを検討しているという事実だけでも機密情報にあたります。そのため、直接アプローチする場合にはトップまたはそれに近いクラスの人材が担当者となり、相手先のトップ、役員、経営企画部の部長クラスへ打診するのが基本です。さらに、事業規模の格差や相手先のメンツなども考慮した対応が求められます。
実際のところ、直接アプローチは負担が大きいため、選択できるケースは多くないかもしれません。次のような条件を満たすケースが、直接アプローチに適した典型的な例と言えます。
M&A支援会社を利用すれば、自社の名前を伏せてアプローチすることができ、アプローチのし方や必要な書類の準備などについて専門的なアドバイスを受けることが可能です。これ以前の段階(自社の分析や市場調査、M&A戦略の立案、相手先候補のリストアップなど)でも、支援会社のサポートが有用な場面が多々あります。
M&A支援会社にはM&A仲介会社・FA・マッチングサービスの3タイプがあります。
FAは売却側・買収側のいずれか一方と契約を結び、依頼者の利益の最大化を目指して専門的な支援を提供します。M&A仲介会社は売却側・買収側の双方と契約を結び、適切な相手先とのマッチングや契約成立へ向けた調整をサポートします。
M&A交渉をできるだけ有利に運び、自社の利益を最大化することを戦略方針とするならば、FAを利用するのが得策です。自社の内部にM&Aの経験や知見が蓄積されていなくても、FAと連携することにより交渉力を高めることができます。
M&Aの規模が比較的小さく、短期間でのM&Aを目指している場合には、M&A仲介会社のほうが適していることがあります。
とくに中小企業のオーナー経営者が第三者への事業承継を検討する場合、信頼できる後継者に会社を託したいという考えを持ち、経営統合にも協力する姿勢を示すケースが多く、友好的かつ短期間のM&Aのほうが成功しやすい傾向があります。こうしたケースではM&A仲介会社のほうが適していると言えるでしょう。
M&Aマッチングサービスはインターネット上で売却側と買収側をマッチングすることを主なサービスとしています。M&A交渉をサポートするサービスも提供されることがありますが、専門的なコンサルティングや交渉仲介が求められる場合はFAやM&A仲介会社への紹介で対応するのが一般的です。
M&Aマッチングサービスでは幅広い相手先との出会いが可能になることが最大のメリットです。市場調査や買収・売却先候補のリストアップにも活用でき、直接アプローチとFA・M&A仲介会社を介したアプローチのいずれにも展開していくことができる応用性の高いサービスでもあります。
[1] 2018年版 中小企業白書(中小企業庁)
売却側の代表的な目的である「選択と集中」、第三者事業承継、イグジットを取り上げ、戦略上のポイントを整理します。
事業構成(事業ポートフォリオ)を見直し、生産性が高く成長を見込める事業(コア領域)とそれ以外(ノンコア領域)に分け、後者を切り捨てて前者に経営資源を集中させるのが「選択と集中」の戦略です。
自社の現状と外部環境の動向を冷静に見つめながら、時宜を得た対応をすることが求められます。M&Aにより高いコストをかけて買収した会社・事業であっても、成長が見込めなければ潔く切り離す勇気が必要です。
第三者承継という目的には、オーナー経営者の売主としての目標(譲渡対価の手取額、引退後の自分と家族の生活など)と、売却される会社としての目標(売却後の事業や雇用の安定性など)が絡まり合っています。
譲渡対価は買収側企業との相性(シナジー効果がどれだけ期待できるかなど)により異なります。自社の価値とアピールポイントを明確にし、有望な売却先候補を積極的に探していくことが重要です。
M&Aのスキームにより譲渡対価にかかる税金が(したがって手取額が)大きく変わることがあります。一般的に、売主(オーナー経営者)と買主(買収側企業)で株式を売り買いするスキーム(株式譲渡など)は会社と会社の間での取引となるスキーム(事業譲渡など)よりも税金が安上がりです。
買い手にとって大きなリスクとなる問題(簿外債務など)が判明した場合、譲渡対価の減額や、リスクに対する補償の設定、事業の一部だけを切り出して買収できる事業譲渡などのスキームの選択を買い手が要求してくる恐れがあり、売却側としてはどこまで譲歩すべきか慎重な検討が必要となります。
役員の処遇、従業員の雇用維持、事業やブランドの継続などについて、会社として譲れない条件を明確にした上で、円滑な経営統合やシナジーの実現のためにそれらが必須であることを合理的に主張していくことが重要です、
また、事業遂行の鍵となる人材(キーパーソン)がM&Aに反対して離職してしまう可能性など、会社内部のリスクについても検討しておく必要があります。
オーナー自身の無形のノウハウが事業の鍵となっているケースでは、引退前にノウハウを明文化して組織に浸透させたり、売却後に旧オーナーが一定期間顧問などの形で会社にとどまって引継ぎを行ったりといった対応が求められます。
まず、IPO(新規上場)とM&Aのいずれをとるかという問題があります。IPOは経営者として高みを目指す大きなステップであり、うまく行けばM&Aに勝る利益を得ることも可能ですが、実際にIPOにいたる確率は非常に小さく、上場までに長い時間を要します。
M&Aのほうが達成確率が高く、短い時間で到達可能です。投資回収にかかる時間を短縮できることはM&Aの大きなメリットと言えます。M&Aにより一区切りをつけ、譲渡対価や起業家としての信用を糧にして新事業に乗り出すことも可能です。
M&Aに舵を切るタイミングも重要です。いったんは会社の価値が上昇したにもかかわらず、IPOに固執しているうちに施策の失敗や市場の変化などで評価が低下し、M&Aの好機を逃がしてしまうこともあります。
なお、ベンチャー企業が上場を果たしたのち、成長の壁にぶつかったところでTOB(株式公開買い付け)により大手企業へ会社を売却することでM&Aイグジットを行うケースも見られます。
M&Aには課題達成にかかる時間を大幅に短縮する効果があります。売却側のM&Aイグジットでもそれが見られましたが、買収側にとってはM&Aの核心とも言えるメリットです。事業を立ち上げて大きく成長させるまでには多大な時間がかかりますが、M&Aではそれに比べて非常に短い期間で事業を吸収することができます。まさに「時間を買う」わけです。
買収の対象が既存事業に属する場合、関連事業に属する場合、新規事業に属する場合に分けて、戦略上のポイントを見ていきましょう。
一般的に、特定の事業の規模が大きくなるほど調達・製造・販売などのコストが下がります。したがって、同業他社を買収すれば単純に売上高が増えるだけでなく経営効率の向上も期待できます。この「規模の経済性」を利用するのが既存事業のM&A戦略です。
大きく分けると、事業規模拡大戦略、エリア拡大戦略、ロールアップ戦略の3種があります。
同業者を買収・統合することで事業規模を拡大します。
海外を含む地域の同業他社を買収することで市場エリアを拡大します。
比較的小規模な同業他社を次々と買収し、短期間で規模と市場シェアを拡大する戦略です。
既存事業と何らかの関係のある事業を獲得する戦略です。サプライチェーンの川上にあたる企業(製品メーカーにとっての部品仕入先、卸売会社にとっての製品メーカーなど)や川下にあたる企業(製品メーカーにとっての卸売会社、卸売会社にとっての小売会社など)を吸収するサプライチェーン拡大戦略と、取り扱う商品・サービスのラインナップを拡充するラインナップ拡充戦略が代表的です。
サプライチェーンの川上や川下を吸収することにより、生産や販売の安定化、顧客ニーズの取り込み、製品開発力の向上、流通コストの削減などが期待できます。
機能、価格帯、顧客層などの面で自社とは異なった商品・サービスを展開している他社を吸収してラインナップを拡充します。共通点の多い経営資源を共有することで経営を効率化しつつ、市場シェアやブランドを向上させることができます。
異分野の会社を買収する戦略です。これまでとは違う分野の事業を一から立ち上げて成功させるには多大な時間を要するため、この戦略が最も「時間を買う」効果が大きいと言えます。
多数の新規事業を取り込んでコングロマリットを目指す戦略と、既存事業に新規事業を加えて事業構成(事業ポートフォリオ)の転換を行う戦略があります。
新規事業の取り込みにより経営を多角化し、多分野にまたがる複合企業グループ(コングロマリット)を形成することを目指します。経営資源共有により経営効率を維持しつつ、大規模なブランド戦略を展開することが可能になります。
多角化によりかえって経営が非効率になったり、ブランド内で甘えの体質が広がったりすることもあり、適宜「選択と手中」の手直しを加えることが必要です。
自社の既存事業や業界全体が成熟期を迎えて成長が鈍化し、技術革新や消費動向の大きな変化により先細りが予想される場合、それまでの事業ポートフォリオを継続していては今後の見通しが厳しいものになります。
既存事業とのシナジーが創出できるような分野や、経営理念・組織文化と相性のいい分野へ新規に進出して事業ポートフォリオを転換することで、成長鈍化を打ち破るきっかけを獲得できます。
M&Aの成否は目的を達成できるかどうかにかかっています。譲渡契約の成立や譲渡の実行そのものは手段に過ぎません。
ところが、複雑で長期にわたるM&A交渉を進めているうちにいつの間にか手段が目的にすり替わってしまい、細かな条件の交渉に固執して「木を見て森を見ない」状態に陥りがちです。
最後まで目的を見失わずに(折に触れて再確認しながら)M&A交渉を続けることが重要です。
M&Aは経営戦略のひとつの選択肢に過ぎません。「M&Aありき」で検討を進めてしまったり、魅力的に見えるオファーに安易に飛びついてしまったりすることは危険です。
自社の現状や市場の分析を通じて冷静にM&Aの価値を検討した上で交渉に入ることが重要です。その後の流れ次第では潔く破談を選択することも検討する必要があります。
M&Aの検討・交渉やデューディリジェンスの過程で、合理的根拠が薄い甘い見通しに基づいて重要事項を評価してしまうと、M&A成立後に大きな問題を引き起こしかねません。
とくに買収側企業にとっては致命的な問題となる恐れがあります(統合がうまく行かずシナジーを引き出せない、許認可や契約などの関係でそもそも事業が継続できない、など)。大きな成功を狙いたくなる誘惑を抑えつつ、大失敗するリスクを常に念頭においてM&Aを進めることが重要です。
国は中小企業の事業承継を後押しするため補正予算事業として事業承継補助金を設定しています(令和2年度補正予算では未実施)。承継後に行う新商品開発・新分野進出などの経営革新につながる取り組みの経費や、事業転換に伴う廃業費などを対象にし、公募により補助金を交付する制度です。
事業承継補助金の公式サイト[2]では、製造業・建設業・不動産業・飲食業・小売業・運輸業などの多様な業種で譲渡後の経営革新を視野に入れた第三者への事業承継が紹介されています。そのなかから1つの事例を紹介します。
高い施工能力を有する創業60年の老舗建具店経営者を旧知の間柄の顧問税理士が承継し、新しい事業に乗り出した事例です。元のオーナー経営者は自身の想い・志を共有してくれる後継者を望んでおり、長年顧問税理士を努めているコンサルタントに承継することを決断しました。
承継前はゼネコンからの下請け工事受注が売上の大半を占め、利益率が低く抑えこまれていました。承継後は利益率の高い直接受注に事業をシフトし、オリジナル家具の製造販売や個人客向けショールームの新設などを行っています。[2]
株式会社ZOZOは前澤友作氏のもとで1998年に輸入CD・レコード通信販売業として出発し、独自の取り組みにより日本を代表するファッションEC企業に成長、2007年には東証マザーズ、2012年には東証第一部に上場を果たしました。
しかし2019年3月期にはZOZO設立以来の減益となりました。採寸用ボディスーツを活用したプライベートブランドの展開や常時割引サービスの試みが大きく失敗したことが影響したものと見られています。
2019年9月にTOBによりヤフーがZOZOを買収することが発表され、筆頭株主であった前澤氏はこれを機に代表の座を退きました。「身売り」というネガティブな報道が見られましたが、前澤氏は退任会見で新しい事業への意欲を語っており、時宜を得たイグジットと言えるかもしれません。[3]
コロナ禍が続く2020年11月、しゃぶしゃぶチェーンなどを展開する株式会社木曽路が、焼肉店「大将軍」などを運営する株式会社大将軍を完全子会社化すると発表しました。
新型コロナの影響で業績が悪化するなか、冬場に需要が集中しやすいしゃぶしゃぶと比較的夏場に強い焼肉を総合することで会社全体の業績の季節変動を抑え、食材調達や配送の効率性を高めることが狙いとされています。[4]
近年、ドラッグストア業界では競争環境が悪化し、人件費・物流費の高騰などもあって成長が鈍化するなかで、生き残りをかけたM&A合戦が繰り広げられている感があります。
ドラッグストア・調剤薬局大手の株式会社ココカラファインも2010年頃から旺盛なM&Aを展開しており、2019年には同じく大手の株式会社マツモトキヨシホールディングスと経営統合を行う基本合意を締結しました。共同株式移転により持株会社を新設することで経営統合を行う方針となっています。これが順調に進めば両者合わせて業界1位に躍り出ることになります。[5]
若者のアルコール離れで国内酒類市場の縮小が続いたうえにコロナ禍が追い打ちとなったことで、業務用酒販業界では事業再編が活発化するのではないかとも言われています。
そんななか、無料配達などをセールスポイントとする酒類ディスカウントの株式会社カクヤスはこの状況をシェア拡大の好機ととらえ、積極的なM&Aで地方への進出を進めています。[6]
アサヒグループホールディングス株式会社はオーストラリアのビール業界最大手カールトン&ユナイテッドブリュワリーズを2020年6月に1兆1416億円で買収しました。同社が行った買収では過去最大額です。
8月にはアサヒGHDのオセアニア事業統括会社とカールトン&ユナイテッドブリュワリーズを統合することが発表されました。この統合により生産・物流・調達・インフラなどのコストが効率化されるとともに、『アサヒスーパードライ』を初めとした既存ブランドの販売拡大やプラミアムブランドの確立が可能になるものと期待されています。[7]
塩野義製薬は1990年代から海外の同業者や関連事業の買収を進め、2019年12月には日本のバイオ医薬品メーカーUMNファーマを子会社化し同社の技術を用いてワクチン開発を本格化しました。
その直後に新型コロナウイルスのパンデミックが起こったことで、ワクチンビジネスへの参入が加速されたものと見られ、2020年6月に発表された新中期経営計画では、新型コロナウイルス感染症に対する予防ワクチンの研究開発を最優先で進めるとしています。[8]
株式会社KeyHolderはM&Aや組織再編を通して事業を拡大し、総合エンターテインメント事業(アイドルグループ「SKE48」などの管理・運営)、映像制作事業(「マツコの知らない世界(TBS)」などの人気テレビ番組や映画の制作)、広告代理店事業などを展開するまでに成長しました。
ところがコロナ禍で各種イベントの開催が困難になり、映像配信の積極化を試みるものの十分な効果が得られない状況が続きました。そこで同じくコロナ禍で打撃を受けたカラオケ業界の最大手株式会社第一興商との接点が生じ、第一興商を新株引受先とする第三者割当増資の形で資本業務提携が成立しました。
コンテンツホルダーとカラオケ事業者という関連業種同士が連携し、オリジナル映像の配信を核とした新しい事業展開を進めていく予定です。[9]
「エリエール」シリーズのヒットなどで家庭向け紙製品製造最大手の地位を獲得した大王製紙株式会社は、2017年に初めて行ったM&Aにより日清紡HDの家庭紙事業を買収して「コットンフィール」などのハイエンド製品ブランドを手中にし、低価格競争が進む市場においてラインナップ拡充による収益性の向上に乗り出しました。
さらに、大王製紙から見て川下に位置する印刷会社を取り込み(2017年に三浦印刷株式会社を子会社化、2019年に株式会社千明社の事業を譲受)、紙の製造から印刷までグループ内で一貫して対応可能な体制を構築しています。[10]
総合住宅メーカー大手の大和ハウス工業株式会社は医療・介護施設向けソリューションやスポーツ施設運営も手がけており、将来的な展開を見据えてロボット開発ベンチャー企業のサイバーダイン株式会社と資本業務提携を結んでいます。
サイバーダインは筑波大学の研究者が設立したベンチャー企業で、人間の身体機能を補助したり高めたりすることができるロボットスーツ(装着型サイボーグ装置)「HAL」を開発しています。
大和ハウス工業は今後ロボット利用が各種施設で広まっていくとにらみ、第三者割当増資を受けてサイバーダインと資本業務提携を結び、「HAL」のリース・レンタルを統括する独占的取引代理店となりました。[11]
新感覚の飲食店と次世代の外食ビジネスプラットフォームを展開するきちりホールディングスは、丸大豆を原料とした植物肉「ミラクルミート」を製造するDAIZからの第三者割当増資を引き受け、2020年10月に資本業務提携を結びました。
両社は食の未来を見据え、互いの強みを活かした企業価値の向上と持続可能な社会への貢献を目指すことで合意し、新商品開発、事業・販路拡大、相互PRなどで協力していくとしています。[12]
ソニーフィナンシャルホールディングス株式会社は超高齢化社会の到来を見据え、介護事業を生命保険・損害保険・銀行の3事業に加わる第4の柱と位置づけて、M&Aによる参入を進めています。
2013年には介護付有料老人ホーム「ぴあはーと藤が丘」を運営するシニア・エンタープライズ株式会社、2017年には介護付有料老人ホーム「はなことば」などを運営する株式会社ゆうあいホールディングスを子会社化しました。
生命保険・介護保険などの金融事業と介護施設の運営事業を組み合わせることで、高齢者の生活を総合的にサポートするサービスラインナップの構築が図られています。[13]
楽天株式会社は自ら「楽天エコシステム(経済圏)」と呼ぶ多角的企業グループの構築を目指しており、ECモール運営から出発して旅行代理業、金融業、保険業、モバイル通信事業、プロスポーツ事業などをM&Aにより吸収し、強靱な楽天ブランドを展開してきました。
少なくとも日本国内に関する限り、コングロマリット化は成功していると言えるでしょう。近年はグローバル展開の強化を模索しており、今後が注目されます。[14]
ノーリツ鋼機はもともと自動現像機などの光学機器の製造販売を主な事業とし、海外への販路展開を積極的に進めてきました。
デジタル化の波でDPE市場が先細りするなかで、2009年からM&Aに乗り出し、2010には医療分野、さらに2012年には出版業・通販事業へ進出し、事業構成の転換を図ります。買収しても効果が思わしくなければ早々に売却するという機敏な対応を見せつつ、その後も医療やバイオ分野を中心に積極的にM&Aを展開しています。[15]
最後に、事業成長には直結しないと考えられるM&Aの事例を紹介します。
株式会社ニトリホールディングスは本拠地の北海道でメセナ(文化・芸術支援活動)や観光促進事業を展開し、文化継承推進基金の設立、「小樽芸術村」の運営などを行っています。2018年にはその一環として小樽の老舗旅館「銀鱗荘」の事業を承継しました。
「銀鱗荘」はニシン漁が華やかだったころの網元の邸宅(鰊御殿)をもとにした老舗旅館で、歴史的な価値を有しています。「銀鱗荘」の事業承継はニトリの本業に直結するわけではありませんが、ニトリブランドを向上させる戦略のなかに位置づけられるものと言えるでしょう。[16]
[2] 事業承継補助金事例集(事業承継補助金事務局)
[3] 会社沿革(ZOZO)
[4] 木曽路、大将軍を完全子会社化へ(日本経済新聞)
[5] 沿革(株式会社ココカラファイン)
[6] 沿革(株式会社カクヤスグループ)
[7] アサヒ、豪CUBの買収完了(産経新聞)
[8] 新中期経営計画の策定について(塩野義製薬株式会社)
[9] KeyHolder、カラオケ・飲食店舗事業を行う第一興商と資本業務提携(Musicman)
[10] 歴史・沿革2000~2010年代(大王製紙株式会社)
[11] 大和ハウス工業とCYBERDYNE株式会社(サイバーダイン株式会社)は、ロボットスーツ事業に関する総代理店契約を締結しました。(大和ハウス工業)
[12] DAIZ株式会社との資本業務提携契約の締結、および第三者割当増資による新株式の引受けに関するお知らせ
[13] 会社情報(ソニー・ライフケア)
[14] 楽天の歴史(楽天株式会社)
[15] ノーリツ鋼機の歴史・創業ストーリー(ノーリツ鋼機株式会社)
[16] 文化支援活動(ニトリホールディングス)
企業規模にかかわらず、日本でもM&Aがますます一般的な手段になってきています。M&Aの本当の果実を得るためには、売却・買収後の展開を視野に入れた戦略を策定し、最後まで目的を見失わずに実行していくことが大切です。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)
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