ソフトウェア業界の最新M&A事例・動向、メリット、流れ
- 法務監修: 鈴木 裕太 (中小企業診断士)
ソフトウェア業界では、市場規模の拡大に伴い、人材確保などのメリットを得る目的によるM&Aが活発です。ソフトウェア業界の最新M&A事例・動向、売却・買収のメリット、M&Aの流れをわかりやすく解説します。
はじめに、ソフトウェア業界における過去のM&A事例を25例紹介します。
ソフトウェア会社によるM&Aの事例では、当事者となった企業がM&Aを行った背景・目的や用いられた手法、取得価額(≒売却金額)などが分かります。
ソフトウェア会社のM&Aを検討しており、M&Aの概要やスキーム、大まかな相場感を知りたい方はぜひ参考にしてください。
エッグ:ふるさと納税に関する自治体側の基幹システム開発などを手がけてきたソフトウェア会社
スカラ:SaaS/ASP事業を軸にIT事業を展開
譲り受け企業:官⺠での連携関係の促進、譲渡企業との協働による事業成長[1]
ファーエンドテクノロジー:プロジェクト管理ツール「My Redmine」の提供事業、ソフトウェア開発事業などを展開
イルグルム:マーケティングプラットフォーム事業(広告効果測定ツール「アドエビス」を中心としたクラウドサービスの提供など)を展開
譲り受け企業:顧客企業に対するマーケティングDX推進支援サービスの強化、事業領域のさらなる拡大[3]
アイビープログレス:娯楽コンテンツ領域においてソフトウェア開発事業を展開
コムシード:モバイルデバイス向けに、コンテンツ提供や情報配信を行うモバイル事業を展開
譲り受け企業:経営基盤の強化・合理化、開発人員の増強による利益率向上、請負型クライアントワークの業容拡大
イーフロンティア:クシムの連結子会社として、3DCGソフトウェア開発や動画制作、ゲームソフトの企画・開発・販売事業を展開
ピアズ:店舗DX事業や働き方革新事業、セールスプロモーション事業などを展開
譲渡企業(親会社):ブロックチェーン領域への中核事業の転換
譲り受け企業:イーフロンティアの有する3Dグラフィック技術の活用
コミクス:当時、SaaS事業やデジタルマーケティング支援事業、デジタルトランスフォーメーション(DX)支援事業などを展開
エフ・コード:DX・デジタルマーケティング領域において、SaaS「CODE Marketing Cloud」および、その蓄積データを軸としたサービスの提供事業を展開
譲り受け企業:顧客企業に対する提供プロダクト・サービスの拡大、 CXデータの質・量の増強、シナジー効果の創出
スクデット・ソフトウェア:ソフトウェア開発・評価事業を展開
ヴィッツ:ソフトウェア開発事業を展開
譲り受け企業:札幌地域における開発体制の強化、顧客の多様化
譲渡企業:財務基盤の安定化、人員体制の拡大、技術力の向上
Avaloq Group AG(以下、Avaloq):スイスを中心に金融機関向けのソフトウェア事業を展開[9]
日本電気:パソコン・タブレットやサーバなどの製造を手がける総合電機メーカー[10]
譲り受け企業:自社が有するブロックチェーン技術などとAvaloq社のソフトウェアを組み合わせることによる「新たなソリューションの創出」、自社グループの販路活用による「Avaloq社ソフトウェアのグローバルな拡販」
ソード:産業用組込みコンピュータや組込みソフトウェア、PCコールセンターキッティング事業などを展開
PCIホールディングス:傘下の事業会社において、ソフトウェア受託開発や組込みソフトウェア開発、IoT/IoEソリューション事業などを展開
譲り受け企業:譲渡企業が有する開発力や顧客対応力の獲得
譲渡企業:次世代領域での協業等を通じた「さらなる成長・発展の実現」
ソフテック:ソフトウェアの開発や制作、販売事業を展開
サイバーセキュリティクラウド:クラウド型WAF「攻撃遮断くん」、パブリッククラウドにおけるWAF自動運用サービス「WafCharm」 などの事業を展開
譲り受け企業:ノウハウ共有による技術力強化、販売チャネルの拡大、ビッグデータ活用の拡大
テリロジー:セキュリティソフトの自社開発事業、欧米諸国で開発されたサイバーセキュリティ製品の提供事業を展開
カイカ:金融や流通業などのシステム開発事業、フィンテック関連ビジネスなどを展開
譲り受け企業:セキュリティ対策強化を目的とした譲渡企業との提携強化
ヒューマンソフト:コンピューターソフトウェアの開発事業を運営
アクシス:クラウドサービス事業、システムインテグレーション事業を運営
譲り受け企業:事業の多様化、グループ内の人員体制強化
譲渡企業:開発人員の増強、経営基盤の強化、取引先拡大による「利益率向上・事業の成長発展」
ジェイピー・セキュア:ソフトウェア型WAF製品の開発・販売・サポート事業を運営[17]
イー・ガーディアン:ネットパトロール事業やAIソリューション事業、広告審査代行事業などを運営[18]
譲り受け企業:あらゆるサイト環境に適したソリューションの提供体制確立
ゼネラルソフトウェア:関東および関西圏を中心に、ソフトウェア設計・開発事業やシステム運用・保守事業などを展開[19]
システムリサーチ:ソフトウェア開発事業、ソフトウェアプロダクト事業、SIサービス事業などを展開[20]
譲り受け企業:関東および関西圏における取引拡大、関東圏における組込み事業への足がかり、ソフトウェア事業のサービス拡充など
エイチアイ:ミドルウェアの企画・開発・ライセンス販売・サポートコンテンツ事業を運営
ミックウェア:カーナビソフトや車載ソフトウェアの開発事業を展開
譲り受け企業:車載ソフトウェア開発事業の強化・発展[21]
譲渡企業(親会社):主力製品・事業への集中(譲渡企業の切り離し)[22]
アシリレラ:ビジネスプロセスの自動化・生産性向上をサポートするソフトウェアの開発事業を運営
PKSHA Technology:ソフトウェアやハードウェア端末向けに、自社開発の機械学習・深層学習アルゴリズムを活用したソリューションの提供事業を運営
譲り受け企業:譲渡企業が有するプロダクトと自社技術の融合・連携によるシナジー効果の創出
ホープス:ITコンサルティング、システム開発、ERP導入支援などの事業を展開
SHIFT:ソフトウェアテスト事業を展開
譲り受け企業:ERP関連サービス・サービス体制の強化、顧客ポートフォリオの拡大
譲渡企業:サービス体制の向上、営業窓口の拡大による販路拡大
Sequent Software Inc.(以下、Sequent):アメリカでモバイル決済に関するソフトウェア・サービス開発事業を展開[25]
TIS:システム開発やシステムインテグレーション、クラウドサービスなどの事業を展開[26]
譲り受け企業:Sequentが有するトークナイゼーション技術の獲得による「デジタルウォレットサービスの拡大加速」、「IoT決済への対応」
筆まめ:はがき・住所録ソフト「筆まめ」などのソフトウェア製品の企画・開発・販売事業を展開[27]
ソースネクスト:パソコンおよびスマートフォンソフトウェア、ハードウェア製品の企画・開発・販売事業を展開[28]
譲り受け企業:グループ全体の経営基盤強化[29]
譲渡企業(親会社):株式譲渡による株式売却益の獲得、自社の企業価値向上[27]
アドバンティブ:fonfunの連結子会社として、受託ソフトウェア開発事業を運営
AND:ITコンサルティング事業を運営
譲渡企業(親会社):主力事業への集中、利益率の高い企業体質への転換
エイム:デバイス組込み制御システムの設計・開発、iPhone/Android向けソフトウェアの設計・開発事業を展開
ユビキタス:ネットワーク関連製品や組込みソフトウェア製品の開発事業を運営
譲り受け企業:組込みシステムに関する優秀なエンジニア・高度な技術力の獲得、車載機器メーカーなどに対する両社の製品・サービス拡販
GHインテグレーション:国内大手SIerを顧客としたSES事業、システムの受託開発事業を運営
フーバーブレイン:企業向けサイバーセキュリティツールの提供事業、SIerに常駐してのITサービス事業、生産性の向上支援事業などを展開
譲渡企業:エンジニアに関する職場環境や給料などの労働条件改善
譲り受け企業:5GやIoT、AIなどの分野が得意なエンジニアの確保、事業拡大
コウイクス:システム開発、インフラ構築の事業を展開
SDアドバイザーズ:金融に特化したシステム開発・支援事業を展開
譲渡企業:代表者の引退に伴う事業承継
譲り受け企業:非金融システムの領域への事業展開
COMBO:VR・ARなどに関するシステム受託開発事業を展開
テクノモバイル:Webシステムやモバイルアプリの開発事業を展開
譲渡企業:従業員の雇用維持、経営の先行き不安解消
譲り受け企業:優秀なエンジニアの確保、札幌エリアへの事業展開
デジタルクエスト:アプリ開発、ECサイトなどのWeb開発事業を展開
トレジャー・ファクトリー:首都圏および関西圏を中心とした総合リユース業を展開
譲渡企業:新しい領域でのサービス開発、事業の成長実現
譲り受け企業:開発チームの強化による新サービスの展開
ENCOM:ITシステムの開発事業を展開
アイティエルホールディングス:インフラ系のシステム開発会社や、様々なビジネスを展開する事業会社をグループに持つ企業
譲渡企業:後継者不在にともなう事業承継
譲り受け企業:優秀なエンジニアの確保、事業の拡大
[1] エッグの子会社化(スカラ)
[2] 沿革(スカラ)
[3] ファーエンドテクノロジーの子会社化(イルグルム)
[4] 沿革(イルグルム)
[5] アイビープログレスの子会社化(コムシード)
[6] 子会社の異動(クシム)
[7] コミクスからの事業譲受(エフ・コード)
[8] スクデット・ソフトウェアの株式取得(ヴィッツ)
[9] Avaloq社を傘下におくWP/AV CH Holdings I社の株式取得(日本電気)
[10] 製品・ソリューション(NEC)
[11] Avaloq社の買収を完了(NEC)
[12] ソードの株式取得(PCIホールディングス)
[13] ソフテックの株式取得(サイバーセキュリティクラウド)
[14] カイカとの資本提携(テリロジー)
[15] テリロジーの株式取得(カイカ)
[16] ヒューマンソフトの株式取得(アクシス)
[17] ジェイピー・セキュアの完全子会社化(イー・ガーディアン)
[18] 企業情報(イー・ガーディアン)
[19] ゼネラルソフトウェアの株式取得(システムリサーチ)
[20] 企業概要・沿革(システムリサーチ)
[21] エイチアイを買収・完全子会社化(ミックウェア)
[22] 連結孫会社の異動及び特別利益の計上に関するお知らせ(アートスパークホールディングス)
[23] アシリレラの株式取得(PKSHA Technology)
[24] ホープスの株式取得(SHIFT)
[25] Sequent Software Inc.の株式取得(TIS)
[26] グループの事業内容(TIS)
[27] 筆まめの株式譲渡(ソフトフロント)
[28] 会社概要(ソースネクスト)
[29] 筆まめの株式取得(ソースネクスト)
[30] 筆まめの株式譲渡契約締結(ソースネクスト)
[31] アドバンティブの株式譲渡(fonfun)
[32] エイムの株式取得(ユビキタス)
この章では、ソフトウェア業界の定義と動向を解説します。
ソフトウェアの定義やビジネスモデル、近年の動向などを知りたい方は参考にしてください。
ASCII.jpデジタル用語辞典によると、ソフトウェアとは「コンピューターを動作させるプログラム・命令を記述したデータのまとまり」を意味します。[33]
以上より、ソフトウェア業界は「ソフトウェアに関するビジネスを行う事業所の集まり」と言えます。
総務省の日本標準産業分類では、ソフトウェア業として以下の4業種を挙げています。[34]
具体的には、システム開発会社やシステムインテグレーションサービス会社、ゲーム開発会社などがソフトウェア業に該当します。[34]
また、ホームページ作成・SEO対策等を行う業務もソフトウェア業と定義されています。[35]
加えて、SaaSのサービスは「情報処理・提供サービス業」や「インターネット附随サービス業」に含まれる業種[35]ですが、広義の意味でのソフトウェア業として考えられることもあります。
2021年情報通信業基本調査によると、2020年度におけるソフトウェア業の売上高(当該業種の売上高)は16兆6,619億円であり、前年度と比べると2.2%の増加となりました(2019年度は16兆2,988億円)。[36]
営業利益は2兆715億円から2兆2,738億円と、前年度比で9.8%もの増加となりました。[36]
参考:2021年情報通信業基本調査(総務省)を基に弊社作成
情報通信業全体に占めるソフトウェア業売上高(2020年度)の割合は31.2%であり、電気通信業(33.4%)に次いで2番目に高い割合[36]となっており、日本において重要なIT産業の一つであることがわかります。
また、令和3年版情報通信白書によると、ソフトウェアへの投資額は1980年以降右肩上がりに増加しており、2019年には情報化投資全体の6割を占める約8.8兆円となっています。[37]
こうした背景から、ソフトウェア業界は現時点で活況を見せており、今後もさらなる成長が期待できると言えます。
[33] ソフトウェアとは(コトバンク)
[34] 日本標準産業分類(総務省)
[35] 経済構造実態調査2020年乙調査 記入のしかた(総務省)
[36] 2021年情報通信業基本調査(総務省)
[37] 令和3年版情報通信白書(総務省)
M&A Onlineによると、2021年におけるIT・ソフトウェア業界のM&A発表件数は165件であり、全業種の18.9%とのことです。[38]
なお、2012年以降の10年間において、4年連続で件数は過去最多とのことです。[38]
参考:DXの流れが強まる中、M&Aの件数、金額ともに過去最高を更新(M&A Online)、2020年のIT・ソフトウエア業界のM&A(M&A Online)を基に弊社作成
取引金額に関しても、2016年の1兆2239億円を大幅に上回る2兆2510億円となり、過去最高を更新しました。[38]
ソフトウェア業界でM&Aが活発化している背景には、DX化などを理由に、IT市場全体が拡大していることがあると言えます。
IT市場の拡大に伴い、ソフトウェア会社は売上や利益を増やすチャンスに直面しています。
また、事業規模の拡大を図るにあたって、優秀なエンジニアやAIやIoTなどの最新技術を必要とするソフトウェア会社も少なくありません。
そこで、事業規模の拡大や人材・技術の獲得を目的に、ソフトウェア会社の買収・売却を行うケースが増えていると考えられます。
ソフトウェア会社のM&Aが活発である背景には、会社売却・買収によって得られるメリットが大きいこともあります。
この章では、売り手企業と買い手企業それぞれの視点から、ソフトウェア会社がM&Aを行うことで期待できるメリットを紹介します。
売り手であるソフトウェア会社は、M&Aによって以下に挙げた5つのメリットを期待できます。
この項では、各メリットを具体的に解説します。
ソフトウェア会社を運営している経営者の中には、「今は受託開発を主力事業としているものの、本当は自社でソフトウェアを開発したり、サービスを運営したりしたい」と考えている方も少なくありません。
受託開発では他社からの要望に応じてソフトウェアを開発するため、事業を運営するにあたって我慢する部分が出てきたり、時間や仕事のやり方に制約が生じてストレスが溜まったりすることもあるでしょう。
受託開発の事業・会社を売却すれば、売却した事業に費やしていた人員や予算などのリソースに空きができます。
そのため、受託開発のビジネスから撤退し、リソースを投入することで自社サービス開発などの新規事業に挑戦が可能となります。
受託開発のビジネスモデルから脱却することで、経営者や従業員の満足度は高まることが期待できます。
また、下請けで受託開発事業を行っていたときと比べて、利益率の向上や経営の安定化といった効果も得られる可能性があるでしょう。
同業であるソフトウェア会社とM&Aを行うと、買い手企業が抱えるエンジニアとの人材交流を図ったり、買い手企業が有するノウハウや技術の提供を受けたりすることが可能です。
そのため、会社売却(事業売却)前と比較して、エンジニアの育成を加速させる効果が期待できます。
また、大手のソフトウェア会社に事業・会社を売却すると、給与面などの待遇向上も期待できます。
待遇が良くなることで、エンジニアの離職率低下やモチベーション向上、優秀なエンジニアの採用容易化などのメリットも得られるでしょう。
大手ソフトウェア会社の傘下に入ると、買い手企業が有している知名度やブランド力、資金力、最新技術・設備といった経営資源を活用して、自社事業を運営できるようになります。
より質の高いリソースを多く投入できるため、自社で事業を地道に続ける場合と比べて事業の成長速度を加速させることが可能です。
また、中小・ベンチャー企業では受注困難である大規模な案件を取り扱うチャンスも増えるため、自社のみでは達成が難しいほどの事業規模拡大も期待できます。
加えて、豊富な資金力の活用や下請け構造からの脱却などによって、経営状態が安定化するケースも少なくありません。
ソフトウェア会社・事業の売却では、一般的に「時価純資産+営業利益の3〜5年分」や「エンジニアの価値単価×人数」の計算式で算出した金額をベースに、M&Aの取引金額を決定します。
そのため、ソフトウェア会社・事業を売却すると、まとまった金額の売却益を確保できます。
まとまった金額の資金を確保することで、新規事業や別にある主力事業に資金を投入し、事業の成長を加速させることが可能です。
もしくは、アーリーリタイアを実現し、悠々自適な生活を送ることもできるでしょう。
一般的に、経営者が高齢であると、会社を親族や会社内の従業員・役員に引き継ぐ流れとなります。
しかし、中には後継者が見つからずに、事業承継を実現できないケースもあります。
後継者がいない状態で経営者が亡くなったり入院したりすると、会社経営の続行が困難となり、たとえ黒字でも廃業する事態となり得ます。
会社を廃業すると、働いていた従業員は仕事を失ってしまいます。
また、取引先や顧客にも多大な迷惑が及びます。
一方で、外部の会社・経営者にソフトウェア会社を売却すれば、会社の経営を存続させることが可能です。
つまり、後継者不足の問題を解決し、事業承継を実現できるのです。
M&Aによって事業承継を実現することで、廃業に伴って従業員や取引先等に迷惑をかけずに済むでしょう。
買い手としてソフトウェア会社を買収すると、以下に挙げた4つのメリットを期待できます。
この項では、各メリットを具体的に解説します。
ソフトウェア会社にとって、優秀なエンジニアは利益を生み出す源泉と呼べる貴重な存在です。
ただし、エンジニアを優秀と呼べるレベルまで育成するまでには、膨大な時間やコスト、労力がかかります。
外部から優秀なエンジニアを採用するにしても、単価が高いため十分な人数を確保することは難しいでしょう。
一方でソフトウェア会社を買収すれば、そこで働いている優秀なエンジニアをまとめて獲得できます。
そのため、エンジニアの育成・採用にかかる時間や労力、コストを削減することが可能です。
また、短期間のうちにまとまった人数のエンジニアを確保することで、事業の成長スピードを速めることもできるでしょう。
加えて、エンジニアが持っている技術を自社に取り込むことで、技術力向上や新製品の開発なども実現できます。
ソフトウェア会社を買収すると、エンジニアや技術だけでなく、その企業が持っている製品や販売網、取引先、オフィス(拠点)なども獲得できます。
そのため、買収前と比べて事業規模や販路の拡大も実現できます。
たとえば自社とは別のエリアに拠点を置くソフトウェア会社の買収により、自社の活動拠点を広げることができます。
自社とは異なる製品を有する企業の買収では、これまでアプローチできていなかった顧客層に製品やサービスを提供できます。
また、同業他社を買収することで、単純にソフトウェア業の売上高や利益の増加も見込めます。
事業や製品間でシナジー効果が創出されれば、自社と買収先が別々に事業を行う場合の合計と比べて、より多くの売上を得られる可能性もあるでしょう。
中小企業白書(2016年版)には、業種別に見たIT投資有無と業務実績の関係に関するデータがまとめられています。
このデータによると、どの業種においても、IT投資を行っている企業はそうでない企業と比べて「売上高」と「売上高経常利益率」の水準が共に高いことが明らかとなっています。[39]
以上より、ソフトウェア業以外の業種(小売業や製造業など)においても、事業の存続・成長を図る上でIT投資は重要なものであることが見て取れます。
しかし、IT事業を専門的に行っていない企業にとって、事業の成長に直結するIT化を実現することは簡単ではありません。
十分な効果を生み出せる施策を実行できるとは限らない上に、効果を実感できるまでに多大な時間やコスト、労力がかかるでしょう。
M&Aによってソフトウェア会社を買収すれば、その企業が持っている設備やノウハウ、技術等を活用し、効率的にIT化を実現できます。
また、外注していたIT業務を内製化することで、コスト削減や社内でのノウハウ蓄積といったメリットも得られるでしょう。
市場が成長していることから、他業種からIT・ソフトウェア業界に進出しようとする企業は少なくありません。
しかし、ノウハウや技術等が何もない状態からソフトウェア事業に進出することはハイリスクである上に、事業が軌道に乗るまでには長い期間を要すると考えられます。
ソフトウェア会社・事業を買収することで、ソフトウェア事業に必要な人材や技術、販売網などをまとめて取得できます。
必要な経営資源が一通り揃った状態でソフトウェア業界に参入できるため、一から自力で新規参入する場合と比べて、リスクを抑えることが可能です。
また、事業が軌道に乗るまでの期間も短縮できるでしょう。
ソフトウェア会社によるM&Aのプロセスは、大きく以下4つのフェーズに分けることができます。
以下では、各プロセスを流れに沿って解説します。
まずは、M&Aの検討・準備として、以下2つの実務を行います。
あらかじめM&Aを行う目的や戦略を明確化することで、スムーズなM&A専門業者への依頼が可能となります。
M&Aの専門業者に関しては、手数料体系や得意とするM&Aの規模・業種、担当者との相性などを基準に選定することが重要です。
特に手数料に関しては、着手金の有無や成功報酬の料率などによって、支払う金額が大幅に変わるため注意が必要です。
M&Aの専門業者と契約を締結したら、M&Aを行う相手企業とのマッチング・交渉に移ります。
具体的に行うべき実務は以下のとおりです。
M&A相手企業の選定は、売り手企業の希望条件やM&Aの実現可能性などをもとに仲介会社などの業者が実施します。
マッチングサイトを活用する場合は、売り手または買い手企業が自らの目で希望に適う相手企業を探します。
M&Aの候補が見つかったら、売り手企業の具体的な情報を買い手側に開示する前に、「ノンネームシート(企業名が特定されない範囲で情報が記載された資料)の提供・確認」と「売り手と買い手による秘密保持契約の締結」というプロセスを経ることが一般的です。
上記のプロセスを経ることで、売り手企業がM&Aを検討している旨が外部にもれるリスクを軽減できます。
その後買い手側で売り手企業の情報を分析し、M&Aの交渉を進めると決断したら、経営者同士のトップ面談や条件交渉を行い、価値観や条件面の確認・すり合わせを行います。
条件面で双方が合意したら、合意した内容や今後のスケジュール等を基本合意書にまとめます。
基本合意書を締結することで、双方の間で認識に相違が出るリスクを軽減したり、その後のスケジュールについて法的拘束力を持たせたりすることができます。
基本合意書を締結した後は、以下の流れで最終契約書の締結まで手続きを進めます。
デューデリジェンスとは、売り手企業が抱えるリスクの把握や対応策の策定、経営統合の準備などを図る目的で、公認会計士などの専門家(または買い手企業)が売り手企業を詳細に調査するプロセスです。
具体的には、財務や法務、税務、ビジネスなどの分野を、各方面の専門家が調査します。
デューデリジェンスが完了したら、その結果を基に「M&Aの実行可否判断」や「買収金額や条件の修正・変更」などが行われます。
修正・変更内容をもとに、売り手と買い手の間で条件について最終的な交渉を行います。
条件について双方が合意したら、最終契約書(DA)を締結します。
最終契約書には、合意した条件の内容だけでなく、表明保証や前提条件、補償条項なども盛り込まれます。
記載する内容はケースバイケースですので、弁護士などの専門家にサポートしてもらいましょう。
最終契約書を締結したら、契約書の内容に沿ってクロージングを行います。
クロージングとは、「株券の交付」や「対価の支払い」などの手続きによってM&Aの取引を実行することです。
クロージングが完了することで、M&Aの取引自体は完了となります。
ただし、前述したM&Aのメリットを実現するには、売り手企業と買い手企業の経営を統合すること(PMI)が重要です。
したがって、クロージングが完了した後は、PMIの計画策定・実行を図ります。
具体的には、企業文化や人事、業務プロセスなどの統合・改善を実施します。
以上でソフトウェア会社のM&Aは完了です。
ソフトウェア業界では右肩上がりに市場が拡大しており、それに伴ってエンジニアの確保や事業規模拡大などの重要性が高まっています。
人材確保などの目的をスピーディーに実現する上で、M&A(買収・売却)は有用な手段となります。
今回お伝えした内容を参考に、ソフトウェア会社のM&Aに挑戦していただけますと幸いです。
(執筆者:中小企業診断士 鈴木 裕太 横浜国立大学卒業。大学在学中に経営コンサルタントの国家資格である中小企業診断士資格を取得(休止中)。現在は、上場企業が運営するWebメディアでのコンテンツマーケティングや、M&Aやマーケティング分野の記事執筆を手がけている)