M&Aでは、デューデリジェンスなどの調査を行い、売り手企業が抱えるリスクを入念に調査し、価格算定や契約に反映することが重要です。公認会計士が、M&Aで行う調査の種類や項目、ポイントを解説します。(公認会計士 伊藤嘉朗 監修)
M&Aの調査は買収対象企業が抱えるリスクを把握し、適切に対応することを目的に実施されます。
調査手段には以下の通り複数の種類があり、これらの調査を組み合わせて実施するのが一般的ですが、デューデリジェンスによる調査がM&Aにおける調査の中心となります。
デューデリジェンス(Due Deligence)は、M&Aの最終契約の締結に先立ち、弁護士や会計士など各種専門家と買収対象会社の協力のもと、買収対象企業を詳細に調査し各種リスクを抽出する手続きです。
M&Aにおいてはデューデリジェンスにより洗い出された企業のリスクや問題点を考慮して、買収スキームや取引価格に反映し買収契約の締結に至ります。
買い手にとって、M&AのプロセスにおいてDDは買収の成否を左右する重要な手続きと言え、程度の差はありますが、M&Aでは実施される必須のプロセスです。
企業の登記情報、株主・役員・従業員などの組織構成、損益、資金繰りなど財務状況といった基本情報の調査です。調査方法は下記が挙げられます。
なお、企業は対外的に不利にならない情報を選別して開示していることも想定されるため、情報が偏っている可能性には留意が必要です。
買収対象企業の競合他社の調査です。
買収後に市場で競合する他社企業が存在する場合に、市場シェアや商品・サービスを比較することにより、買収対象企業の商品開発、仕入、加工、販売、サービスといったサプライチェーンにおける競争力の源泉などを調査します。
M&Aを成功に導くために、買収後の競争の優位性を高める戦略を策定することは有用です。
信用調査と同様に自社による調査も可能ですが、他社との激しい競争環境にあるケースや同業他社の情報の重要性が高い場合には調査会社への依頼も検討されるとよいでしょう。
買収対象企業に反社会的勢力とのつながりの有無を確認する調査です。
コンプライアンス意識が高まるなか、反社会的勢力と関係を持つ企業を規制する条例や法規制は厳しく運用されています。
不十分な調査により意図せず関与してしまった場合でも、その後の営業取引や融資取引の停止だけでなく、自社事業のレピュテーションリスクなどを抱え、自社の企業運営そのものに深刻な影響を及ぼす可能性が考えられます。
調査法方としては、まずはインターネットや新聞・官報など紙媒体による情報収集を行います。
何らかの懸念が深まった場合には、取引先や金融機関など関係者への聞き取り調査や、信用調査会社や反社会的勢力との関与のチェックを専門に行うコンサルティング会社へ調査を依頼し、入念に情報を集めることが重要になります。
DDの目的は「買収対象企業のリスクの抽出」と「買収後の統合作業(PMI)の準備」を通じて、M&Aの実行可否を検討することです。
DDを実施することで買収企業の各種リスクを適切に抽出・把握することにより、M&Aの契約やクロージングに向けてリスク低減策を実施するか、もしくはリスクを金額的に測定できる場合には企業価値の評価額に反映することも考えられます。
さらに、DDの過程において、企業の経営実態など外部からは知り得ない重要な内部情報が開示されます。
買収後の事業展開や経営統合においてシナジー効果を最大限に発揮させられるように、統合作業の計画策定に役立てることが重要です。
デューデリジェンスは何を調査対象とするかにより種類が分類されます。
どの種類のDDが行われるかは買収対象企業の事業内容や規模などにより異なりますが、一般的に財務DD,法務DD,ビジネスDDは実施されます。
いずれの種類DDを実施すべきかを決定するには、専門家と相談の上決定されると良いでしょう。
財務DDは、財務、会計面から、過去の損益情報や現在の財務データの調査を行い、さらに将来の事業計画の前提となる数値や損益予測を確認する調査です。
過去の損益や財務情報はもちろんのこと、将来の事業予測に役立つ情報を得ることが重要です。
財務DDは監査法人、会計士・税理士事務所、財務系コンサルティング会社(FAS)に委託することが一般的です。
法務DDは、法的なリスクを抽出し、買収スキーム、買収価格、最終契約等の交渉を効果的に進めるための調査です。
検出された法的なリスクは買収スキームや買収価格に反映する、または表明保証により売主に対応してもらうといったリスク対応策を実施します。
法務DDは法律事務所(弁護士)に委託することが一般的です。
なお、企業の規模や複雑性によっては社内の法務部で実施することも可能でしょう。
税務DDとは、主に買収対象会社の税務リスクを洗い出す調査です。
過去や将来の税金負担に関するリスク調査だけでなく、税制上有利な買収スキーム選択のアドバイスを含めるケースもあります。
法人税のほか、買収対象事業によっては消費税や海外税制などの他の税目が対象となることもあります。
税務DDは税理士事務所に委託することが一般的です。
ビジネスDDは、買収対象企業の事業性や将来性、統合後のシナジー効果、リスクを把握するための調査です。
M&Aは経営戦略の実現手段であり、期待するシナジー効果が実現できるのか、最大化するにはどうすればよいのかを検討するビジネスDDはM&Aにおいて最重要な手続きといえます。
ビジネスDDは、経営コンサルティング会社に委託することもありますが、買収後の統合作業を円滑に進めるために、買い手企業の担当者が積極的に関与することが望ましいでしょう。
人事DDとは、対象会社の人事や労務状況に関するリスクを把握するための調査です。
労務関連法規の順守状況の確認はもちろんのこと、M&A後の人材の動向も調査対象となりえます。
特にソフトウェア開発やサービス業など人材が重要な経営資源となる業種においては、M&A後に従業員のモチベーションが低下し、人材が流出しては、M&Aのシナジー効果実現は困難になるため、従業員をリテンションする方策が必要になるケースも考えられます。
人事DDは人事コンサルティング会社に委託することが一般的です。
ITDDは、買収対象企業の運用する情報システムを調査し、システム統合の可能性を検討するための調査です。
特に業務運営において情報システムが重要な役割を果たしている事業の場合、M&A後もシステムを適切に活用できなければ大きな制約を抱えてしまいます。
また、システム統合によりITコストシナジーを発揮できる可能性もあります。
ITDDはITコンサルティング会社に委託することが一般的です。
環境DDは、保有不動産の土壌や大気汚染といった環境リスクを明らかにするための調査です。
例えば新興国に工場を有するような海外企業の場合、環境汚染など深刻な環境リスクを抱えている可能性があり、これらの環境リスクを事前に把握し対応策を検討しておくことが重要です。
環境DDは、専門のコンサルティング会社や監査法人に委託することが一般的でしょう。
M&Aでの実際の調査対象項目は多岐にわたりますが、代表的なものを紹介します。
買収対象企業の業種や規模、事業の複雑性を勘案した上でリスクがありそうな項目を適切に選択し、計画的かつ入念に調査を実施することが重要です。
事業の商流を整理し、主要販売先の状況や商品別の売上・仕入の状況を過去数年間の推移をみることで事業の安定性を調査します。
また、仕入、生産、販売部門の稼働状況や、資本提携があれば提携関係など、いわゆる事業インフラの安定状況も確認しましょう。
買収対象企業のサービスや商品の市場規模の推移、同業他社との競争の状況、参入障壁の有無、潜在的な代替品の脅威などから、将来的に成長が期待できる事業かの検討を行います。
事業やビジネスに関する調査において、外部コンサルタントのノウハウを起用する場合にも、買収後の事業統合プロセスも踏まえ自社の事業担当者が積極的に関与することが望ましいでしょう。
シナジー効果は買収金額の決定に大きな影響を及ぼします。
M&Aプロセスにおいてやり直したい取組みとして「シナジー分析」が最多回答となるアンケートもあります。[1]
シナジーはその効果により、売上やコストシナジーなど、複数の項目へ分類するフレームワークが存在します。
このような理論も活用し、買収により期待できるシナジー効果について仮説を立てて調査に臨み、買収後にどの程度の効果を望むことができるのか、具体的かつ定量的に検証することが重要です。
調査項目は多岐に渡りますが、売上や仕入れなど損益構造のみでなく、運転資本の調達や借入といった資金繰りの状況を詳細に確認しましょう。
なお、子会社を有する場合には、その重要性に応じて子会社の会計・財務の状況も合わせて調査しましょう。
過去数年間の決算書、各種会計帳簿や請求書等の証憑書類の閲覧を中心として調査が実施されます。
過去の税務申告書や税務当局から通知書類の閲覧により、適切に税務申告や納付が行われていたか、税務リスクの高い取引の有無や税務ポジションを検討します。
業種によっては法人税のみならず、固定資産税や源泉税など他の税目も確認します。
また、海外事業を営んでいる場合、移転価格税制など国際的な課税関係は複雑になりやすいため、専門家を交えて調査を実施することが望ましいでしょう。
取引先との取引基本契約、融資契約、雇用契約など事業運営において重要と思われる契約書は可能な限り幅広く確認することが重要です。
また、不動産を有する場合には登記により所有権や担保など権利状況を調査します。
重要な契約書や各種の登記を実際に閲覧し、事実関係を正確に確認することが重要です。
事業で使用する不動産や機械の権利関係(所有か賃貸か)や、在庫、有価証券や不動産など保有資産の資産価値を調査します。
無形資産が重要になる業種では、特許権や商標権の取得状況など事業で使用する技術や無形資産に関する法律上の権利の保全状況を調査します。
過去の履歴も含め、資産の権利侵害による訴訟の提起の有無も顧問弁護士などへの確認を通じて行いましょう。
組織図、事業所一覧、会議体の一覧により組織構造や従業員数を確認します。
あわせて、主要な部門の責任者などいわゆるキーパーソンを把握しておくことが望ましいでしょう。
その他、各種規程の整備・運用状況を確認することで事業運営が組織的に行われているかの確認もお行います。
取締役会や各種会議体の議事録、監査役や従業員へのヒアリングや内部監査による社内監査の調査報告書など内部資料により法令・規則の順守や内部管理規程の運用状況を確認します。
その他、訴訟の提起や行政処分の有無、公共機関や外部機関による調査報告書の閲覧、届出、登録、許認可が必要な業種であればそれらの取得・更新状況の確認も行います。
経営者の学歴や職歴といった経歴や勤続年数など経歴を調査します。
履歴書や本人へのヒアリングを起点に、必要に応じて過去に勤務していた会社の登記情報の確認や詳細な調査が行われることもあります。
特に反社会的勢力との関わりに懸念がある場合には、専門業者への相談や調査依頼が望ましいでしょう。
情報化が加速しており、レピュテーションリスクが事業に与える影響は重要性を増しています。
インターネットやSNS上の情報、取引先や金融機関へのヒアリングなど第三者からの客観的な評判を確認しましょう。
M&Aの調査は基本合意の締結からクロージング(最終契約)の間の時期に実施されます。
一般的に、M&Aは時間がかかるほど不成立となってしま確率が高まると言われており、調査に時間をかけた結果、買収そのものが不成立になってしまっては本末転倒です。
基本合意締結前に実施する初期的検討を踏まえ、M&Aにより取得しようとしている経営資源を明確にし、迅速かつ要点を抑えた調査を行いましょう。
M&Aでは買収金額は多額となり、M&Aが失敗に終われば事業運営に与える影響は深刻です。
買収契約に表明保証を含めるといったリスク回避手段も選択肢としてはありますが、買収後に顕在化した全てのリスクを売主に負担してもらうことは現実的ではありません。
対象企業の全ての企業活動を入念に調査することは困難ではあるものの、M&Aの目的に照らして必要だと思われる項目は手間を惜しまず入念に実施しましょう。
M&Aの調査のうち、特に法務、会計、人事関連の調査では法令の知識や実務経験が必要となるため、専門家の知識や経験が欠かせません。
専門家の起用費用は少額ではないですが、M&Aを成功させるための必要経費だと考えポイントを絞って専門家を活用しましょう。
なお、ビジネスDDのような事業運営に直結する調査では、M&A後の事業統合を円滑に進める上で必要な情報を扱います。
自社の事業担当者を積極的に関与させることが望ましいでしょう。
M&Aの調査は買収のリスクを低減させ、成功に導くために必須なプロセスです。
また、リスクを把握するだけでなく、何らかのリスク低減策や買収価格に反映するといった適切な対応策を講じる必要があります。
高度で専門的な判断が必要される調査も多いため、専門家の協力のもと、対象企業の特徴やリスク要因を踏まえ迅速かつ入念な調査を実施しましょう。
(執筆者:公認会計士 伊藤 嘉朗 監査法人にて各種法定監査、IPO支援、各種コンサルティング業務等に約4年従事。その後、1部上場企業やIPO準備企業にて企業内会計士として決算・開示資料作成を約4年経験。現在は独立開業し、上場企業を中心に決算・開示資料支援や簿記研修の講師なども行う。)