M&A実務には法務・税務・財務面での高度な知識が必要です。経営者の方も最低限の実務知識は知っておく必要があります。公認会計士が、M&A実務の流れや内容、実務を学ぶ上でおすすめの本を詳しく解説します。(公認会計士・税理士 河野 雅人 監修)
M&Aは、事業の拡大や再編、あるいは後継者への事業承継といった目的を達成するための事業戦略のひとつとして行われます。
M&Aを行うために事前に目的や優先順位、希望の条件などを明確にしておくことが重要になります。
また、M&Aを行うにあたり、売り手企業、買い手企業の双方において企業価値の向上を図ることが重要になります。
売り手企業にとっては自社の企業価値を向上させることにより、買い手企業が現れやすく、好条件で買収してもらえる可能性も高まります。
そのために、財務内容や組織体制などの見直しを図るなど準備をしておくことも大切です。
買い手企業にとっても、企業価値の向上により、売り手企業からより魅力的な譲渡先と判断されるでしょう。
企業価値の算定方法は企業規模や企業の収益力、ビジネスモデルなどによって異なり、専門的な知識が必要となるため、M&A仲介会社・アドバイザーによる助言・相談は必須といえます。
M&A仲介会社とはM&Aの事前準備から成約するまで、情報の共有や交渉などを行います。
そのため、M&Aを成功させるためには、信頼できるM&A仲介会社の存在はとても重要になります。
M&Aは売り手企業が買い手企業に単純に事業を引き継ぐということではなく、双方がM&A後に事業拡大やコスト削減などのシナジー効果を多く獲得できる相手を選ぶことになります。
そのため、自社にとってどのような業種、地域、強み、弱みを持っている企業が最適な相手先となるかを検討しなければなりません。
また、自社についても自社の業界や強み、弱みなどを十分に理解するとともに、業界の特徴や脅威なども分析しておくと良いでしょう。
M&Aを検討する上では、M&A仲介業者は必須となります。
M&A専門のアドバイザーが担当者として、相談からクロージングまで手掛けています。
M&A仲介業者に相談すると、M&Aの目的や希望する条件などについてヒアリングが行われ、実現に向けたさまざまなアドバイスをもらえます。
また、多くのM&A仲介業者では相談料は無料となっており、相談の段階で簡易的な評価によるおおよその自社価値評価や売却価額を算定することができます。
M&A仲介業者が決まれば、M&A仲介業者とアドバイザリー契約を締結することになります。
契約を締結するとM&A仲介業者から登記事項証明者や事業報告書、確定申告書など自社に関する資料の提出を依頼されるため、あらかじめ準備しておきましょう。
M&A仲介業者では、企業の社名を記載しない説明資料「ノンネームシート」や社名を記載した詳細な説明資料などを作成します。
M&A仲介業者との契約後、M&A仲介業者によって、自社の希望に近い相手企業リストを10社~30社程度提示されます。
そして、自社において金融機関や会計事務所の意見をもとに絞り込みを行い、さらに絞り込んだ相手先に対して、シナジー効果やM&A成立の可能性などを考慮し優先順位をつけます。
そして、買い手候補となる企業が現れれば、売り手と買い手企業同士で秘密保持契約(NDA Non-Disclosure Agreement)を締結します。
秘密保持契約とは、M&Aに関する情報を公表されるまで外部には漏らさないことを約束する契約です。
M&Aでは、機密性の高い情報のやり取りが発生します。
そのような情報が外部に漏れると、M&Aの成否にかかわるだけでなく株価やその後の双方の経営にも影響がおよぶこともあります。
そのようなリスクを未然に防止するために秘密保持契約を締結します。
これを締結した後、M&Aの交渉を開始します。
「ノンネームシート」や「企業概要書」を元に相手企業からM&A仲介業者へ興味を示す連絡が来たら、次に経営者同士のトップ面談を行います。
トップ面談は基本的にあくまでも交流としての位置づけであり、交渉をする場ではありません。
経営者同士の顔合わせ、相性確認をする場です。それぞれの自己紹介や質疑応答が中心となり、双方の会社や工場の見学が行われることもあります。
トップ面談が行われた後に、M&Aに関する細かい条件交渉へと移行することになります。
一度または複数回のトップ面談でM&Aの条件交渉に移行するかどうかは、状況によりさまざまです。
条件交渉は間にM&A仲介業者が入って、売却金額や売却予定日などの条件のすり合わせを行います。
トップ面談・条件交渉を経て自社と相手企業の双方がM&A実施に合意した段階で、相手企業と基本合意書を締結します。
基本合意書は本契約ではなく、あくまでもM&Aに関するお互いの意思を確認する仮契約という位置づけです。
基本合意書には、一般的に売却予定金額や売却予定日、役員の異動、調査の進め方、善管注意義務などが記載されます。
M&A基本合意書を締結したら、デューデリジェンスを行います。
デューデリジェンスは、自社と相手企業における情報の非対称性の解消を目的として行われます。
自社の経営情報については十分に理解していても、相手企業の内部情報は保有していないため、経営状況など詳細に把握していません。
ここに「情報の非対称性」が存在します。
情報の非対称性を解消して自社と相手企業が対等な立場で交渉を行えるようにすることが、デューデリジェンスの重要な目的です。
一般的にデューデリジェンスは、買い手が売り手企業について把握したい事項に沿って行われます。
デューデリジェンスで明らかにするのは、買い手企業から見るとおおよそ以下のとおりです。
一般的にデューデリジェンスで実施される項目は、財務・法務・労務・ビジネスの4分野となります。
財務デューデリジェンスでは、貸借対照表に計上されている資産の実在性、評価の妥当性、簿外負債の有無、粉飾の有無などを調査します。
法務デューデリジェンスは法令を遵守した経営がなされているかなどを調査するために行われます。
労務デューデリジェンスでは、就業規則や賃金規定、退職金規定などの各種規程や残業代、有給休暇、内規などが調査されます。
ビジネスデューデリジェンスは、内部統制や営業方針、在庫管理、会計方針、IT運用状況などが調査されます。
デューデリジェンスは、買い手企業の主導により行われます。
ただし、財務や法務の分野は専門家の知見が必要なため、公認会計士や弁護士など専門のM&Aコンサルタントや会計事務所、法律事務所に依頼するケースがほとんどです。
上記以外の労務、ビジネス分野については、買い手企業の従業員が行うケースが一般的となります。
デューデリジェンスの結果にもとづいて、M&Aの方針を具体的に決めていきます。
デューデリジェンスの結果はM&Aの本契約の基礎となるだけでなく、株主に対する説明責任を果たすものでもあります。
特に売却価格については、M&Aにおいて最も重要な部分となるため、慎重に検討されなければなりません。
調査結果に問題がない場合には、本契約締結に向けて、売買価格や取引条件の見直しを含めた最終的な交渉プロセスに進みます。
ただし、デューデリジェンスの結果、予期せぬ問題の発覚などによりM&A実現が困難となり、交渉が決裂する可能性もあります。
売り手側は、デューデリジェンスを受ける立場であり、買い手企業に適正な情報を提供するため協力しなければならず、売り手側の従業員は非常に負担が掛かることになります。
具体的には、開示資料の準備や資料の作成、質問対応など日常業務と合わせて進めなければなりません。
特に中小企業は内部管理体制が整備されておらず、要求された資料を十分に作成できないこともあります。
資料不足が重なると、買い手企業は適切に評価ができず、M&Aを見送るという判断をさせてしまうこともあります。
上記のような事態を避けるには、M&Aを検討した初期の段階で、顧問の税理士や弁護士などと相談しながら書類を整備しておくことも大切です。
なお、売買価格の決定は買い手企業が決めるとはいえ、デューデリジェンスによって算出された価格の妥当性については、売り手企業である自社においても判断できるよう専門家とともに準備しておいてください。
必要な場合には、売買価格について反論や交渉もでき、売却価格の調整ができます。
デューデリジェンスの結果をもとに、M&Aの最終条件や細目を決定する本契約の契約書の作成段階に入ります。
本契約に向けて、以下の事項を決めます。デューデリジェンスで問題となった事項があれば、契約条件に反映させることも検討しなければなりません。
上記と合わせて、M&Aのクロージングに向けて、スケジュール調整、株券の準備、契約書の製本、登記、売却後の引継ぎ計画など、さまざまな実務をM&A仲介業者や各専門家からサポートを受けながら進めていきます。
M&Aにおけるクロージングとは、株式の譲渡または事業の譲渡の手続きおよびこれに伴う譲渡代金の決済手続きをいいます。
M&Aでは多くのケースで本契約書の締結日以降にクロージング手続きが行われます。
M&Aの本契約書にはさまざまな前提条件が規定されており、原則として最終契約締結日からクロージング日までの期間において、前提条件を満たすためにさまざまな実務を行い、前提条件が満たされたことを確認したうえで、クロージング実務に移行します。
クロージングが終了すると、M&Aが完了します。
ロングリストとは、一定の基準で選定した売り手候補もしくは買い手候補となる企業ついてリストアップしたものをいいます。
さらに、ひとつずつその実現可能性やシナジー効果を探っていき、数社にまで絞り込んだリストをショートリストといいます。
さらなる交渉を進めるためには、ノンネームシートや一般に公開されている情報よりも具体的で詳細な情報を得ることが必要です。
そのためにM&Aプロセス全体を通して多くの機密情報が取り交わされることになります。
そこで、秘密保持契約を締結することになります。
秘密保持契約は買い手側と売り手側の間で直接交わされる場合もあれば、M&A仲介会社を介して交わされる場合があります。
M&A仲介会社は、売却を検討している企業が買い手候補企業に社名を明かさずに自社の情報をまとめた資料(ノンネームシート)や、社名を明かしたうえで詳細な情報をまとめた企業概要書(IM:Information Memorandum)を作成し、買い手候補企業をリストアップします。
ここで、ノンネームシートにおいて売却を検討している企業の特徴を必要以上の情報を載せると、買い手候補企業に特定されるリスクが高まります。
一方で、情報漏洩リスクを回避すべく、情報を不明確にすると自社企業の魅力や特徴が伝わらず、買い手候補企業が適切に自社の内容を検討することができません。
売却を検討している企業は事前にどこまでを情報を開示するか、十分にM&A仲介会社と検討することが重要です。
事業承継に関する専門家と呼ばれるのは以下のような人です。
それぞれの専門家の特徴を見ていきます。
事業承継アドバイザー、事業承継プランナーはともに、法務・税務・企業価値算定など事業承継に関する幅広い知識を有する民間資格を有する者です。
この資格を有していれば事業承継専門家として、一定の信頼性が認められます。
経営者からすれば、これらの者に相談することで、事業承継全般について有益なアドバイスを受けることができます。
ただし、事業承継アドバイザー、事業承継プランナーは幅広い知識を有するものの各専門分野について高度な知識を有しているとはいえません。
そのため、事業承継の実務については各士業など他の専門家に依頼することをおすすめします。
公認会計士、税理士は税務・会計に関する高度な知識を有する専門家です。
さらに経営に関する知識を有し、経営コンサルティングを業務としている者も多くいます。
M&Aによる事業承継を行う場合、公認会計士、税理士は財務および税務デューデリジェンスを行います。
つまり、相手企業の財務や税務上のリスク・問題点などを調査します。
弁護士とは法律全般について高度な知識を有する専門家です。
事業承継においても適法性やトラブル解決に関する業務を行います。
たとえば事業承継を実施するときには、相続人との間でトラブルが生じる可能性があります。
このような場面では当事者間での解決は難しく、弁護士に依頼するケースが多くあります。
弁護士を起用すれば、事業承継で生じるトラブルを円滑に解決できます。
また、M&Aによる事業承継を行う場合、弁護士は法務デューデリジェンスを行います。
さらに弁護士は各種契約書の作成も担い、その適法性をチェックします。
司法書士も弁護士と同じように法律の知識を有する専門家です。
特に事業承継においては不動産の名義変更や会社の解散、合併などをともない、その際の登記に関する実務を司法書士に依頼することになります。
事業承継において後継者が身近にいない場合、廃業する以外に第三者に事業承継するケースがあります。
特に第三者に事業承継したい場合はM&A仲介会社にアドバイスを求めることになります。
M&A仲介会社とはM&A実務に特化した専門家集団であり、主に証券会社やコンサルティング会社などが、マッチングからクロージングまでトータルでサービスを提供しています。
多くのM&A仲介会社がある中、それぞれM&Aの形態や業種に応じて得意分野があるため、実際に業務を依頼するときには、自社の業種のM&Aに強い仲介会社を選ぶことになります。
M&A仲介会社は一般的に着手金や成功報酬など必要となる手数料の種類は多く、費用も高額になりやすいため、発生する費用をあらかじめきちんと確認しておくことが大切です。
「バリュエーション」とは、企業価値算定をいいます。
企業価値は、事業の将来性や資産負債、収益性、得意先などその企業を構成するあらゆる要素を総合的に評価したうえで算定されます。
バリュエーションで算定される企業価値は株価と異なり、より総合的に企業の強みや弱み、将来性を分析し評価します。
バリュエーションで算定された企業価値は、売却(買収)価格の基礎となる重要なものです。
したがって、バリュエーションは、会計や税務、法律などさまざまな専門的知識を有していなければ正確に行うことができません。
企業価値の算定方法には、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ、コスト・アプローチの3つのアプローチがあります。
実務では一般的に複数のアプローチを使用します。
マーケット・アプローチは、株式市場での時価をベースに評価する方法です。
評価対象会社が上場企業であれば、その企業の株価をベースに評価し、評価対象会社が非上場企業であれば、業種業態が類似する上場企業の株価をベースに評価します。
マーケット・アプローチは市場価格がベースとなっているため、最も客観的かつ公正な評価方法といえます。
ただし、市場価格は一時的に異常な動きを示すこともあるため、実務では一定期間の平均値をとるなど、一時的な要因を排除するような工夫が必要になります。
マーケット・アプローチの主な評価方法は、以下のとおりとなります。
実務においては、市場株価平均法と類似会社比較法がよく使用されています。
インカム・アプローチは、評価対象会社の収益力をベースに評価する方法です。
代表的な評価方法としてDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法があげられます。
DCF法は、評価対象会社の将来期待される一連のキャッシュフローを一定の割引率で現在価値に割り引くことで株価を算定する方法です。
DCF法は評価対象会社の詳細なキャッシュフローの計画に基づくため、複数のシナリオの設定や変動要素の影響を加味したシミュレーションをすることも可能であり、柔軟な評価ができる点に特徴があります。
一方で、将来の期待キャッシュフローには主観的な要素が入るため恣意的に評価することも十分可能といえます。
インカム・アプローチの主な評価方法は以下のとおりとなります。
コスト・アプローチは、評価対象会社の純資産をベースに評価する方法です。
会社の貸借対照表上の資産、負債の時価を評価することによって企業価値を評価します。
貸借対照表は、現在の企業の財政状態を反映したものであり、将来の収益力に関しては織り込まれていないため、評価対象会社が永続することを前提とする場合は、単独で使用することは合理的とはいえない点に留意しなければなりません。
コスト・アプローチの主な評価方法は、以下のとおりです。
実務上、よく使用されるのは時価純資産法です。
上で述べた各アプローチの評価結果は必ずしも同一にはなりません。
コスト・アプローチは過去から現在までの価値を表したものにすぎず将来価値が織り込まれていないため評価額としては最も低くなります。
マーケット・アプローチは市場価格をベースとしているため、真の企業価値とかけ離れた評価となる可能性もあります。
また、インカム・アプローチは恣意的な評価も入り込みます。
このように、各アプローチによって算定結果にバラつきが出やすいことに留意しなければなりません。
したがって、各アプローチによる評価額の差については合理的な説明ができなければなりません。
合理的な説明ができない評価結果については計算過程に誤りがある可能性もあります。
バリュエーションは専門的な知識を有するため高度な知識を有する者が実施することになります。
一般的に以下のような専門家に依頼することになるでしょう。
公認会計士は、M&Aにおいて企業価値算定から事業評価まで幅広く依頼することができます。
M&A仲介会社も、仲介やM&Aコンサルティングに加えて、社内に専門家チームを有し、バリュエーションをあわせて請け負っている会社が多くあります。
証券会社が主幹事となっている場合は、証券会社の主導によりバリュエーションを行うケースがあります。
M&Aの検討段階において、買い手候補企業から買収の基本条件の提示を受け、売り手企業が特定の買い手候補に絞って交渉を継続することを決定した場合、その時点までの当事者の了解事項を確認する目的で、基本合意書(MOUまたはLOI)を作成します。
MOUとはMemorandum of Understandingの略であり、LOIとはLetter of Intentの略です。
一般的に基本合意書は法的拘束力を有さず、その時点までの当事者の了解事項のほか、一般的に以下のような内容が記載されます。
基本合意書はM&Aの実行をする義務まではないという意味で法的拘束力を有しないとされるのが一般的です。
その時点でのお互いの了解事項を書面の形で明記することで、当事者が改めて内容を確認し、その後の契約交渉の指標にできるというメリットがあります。
反面、基本合意書は最終契約前の仮の合意であり、デューデリジェンスの結果やその後の事情の変更に柔軟に対応できる余地を残しておくためのものです。
ただし、独占交渉権など法的拘束力を持たせる内容とすることも可能です。
契約条件には一般的に買収の対象、買収ストラクチャー、買収金額が規定されます。
買収の対象は、基本合意書の段階では、メインとなる事業や資産については決まっていても、それ以外の事業や資産については詳細が決まっていないこともあります。
また、買収ストラクチャー(株式取得、合併、会社分割、事業譲渡など)については、1つに限らず複数のスキームを併記することがあります。
買収金額については、デューデリジェンスの結果により調整される可能性もあるため、一定の幅のある概算金額が示されることになります。
さらに、役員や従業員の処遇、特定債務の引き継ぎなど、M&Aを遂行するにあたって当事者が了解したその他の重要な事項が記載されます。
基本合意書には、デューデリジェンスや契約交渉、契約締結、クロージングに至る大まかなスケジュールが規定されます。
基本合意書には、売り手企業のデューデリジェンスへの協力は必須になるため、デューデリジェンスへの協力義務が規定されます
M&A案件を遂行するにあたって、弁護士や公認会計士、税理士その他のアドバイザー報酬を含め、各種の費用が発生するため、こられの費用の分担方法を基本合意書で定めます。
基本合意書には、独占交渉権が規定されるケースが一般的です。なぜならM&Aの検討には時間と費用がかかるため、基本合意書を締結する段階では、買い手候補としては、売り手企業に対し、他の買い手候補との交渉を一定期間禁止し、その間に最終契約の締結を目指したいと考えるためです。
売り手にとっては独占交渉権を与えると、その間、より有利な条件を提示した買い手候補との交渉が禁止されるため、独占交渉権の付与に3~6か月と期間を定めるのが一般的となっています。
有効期間は、一般的にデューデリジェンスから契約交渉、最終契約を締結に至るまでの交渉期間を想定し、そこに多少の余裕をもたせた期間となります。
日本企業同士のM&Aであれば、日本の法律に準拠し、特定の裁判所を管轄とする旨の規定があれば十分です。
一方、外国企業と基本合意書を締結する場合には、外国企業のほうで基本合意書に違反した場合に、どのような法的措置がとれるかも念頭において準拠法および管轄を規定する必要があります。
基本合意書には、M&A案件において最終契約の前段階の重要な契約書です。
その内容には法的拘束力の範囲や独占交渉権など法的にも重要な内容が規定されます。
したがって、法律の専門家である弁護士のサポートが必要となるでしょう。
デューデリジェンスは、自社と相手企業における情報の非対称性の解消を目的として行われます。
自社の経営情報については把握できていたとしても、買い手企業からすると売り手企業の内部情報を入手できないため、経営状況を詳しく把握できていません。
ここに「情報の非対称性」が存在します。
情報の非対称性を解消して自社と相手企業が対等な立場で検討および交渉を行えるようにすることが、デューデリジェンスの担う重要な役割です。
したがって、デューデリジェンスは、買い手企業が把握したい事柄に沿って行われます。
一般的にデューデリジェンスで必須とされる項目は、財務、法務、労務、ビジネスの4分野とされます。
財務デューデリジェンスでは、決算書等の帳簿上で示された資産が実在しているか、帳簿上に載っていない負債がないか、粉飾はないかなどを調査します。
法務デューデリジェンスは、企業が締結している契約がM&Aを進めるうえで妨げにならないか、企業経営が法令に遵守しているかなどが調査されます。
労務デューデリジェンスでは、就業規則、賃金規定、退職金規定などの各種規程や残業代、有給休暇、組織上の内規、稟議のルールなどを調査します。
ビジネスデューデリジェンスは、営業方針、在庫管理方法、集金方法などを調査する行為です。
デューデリジェンスでは、さまざまなリスク項目が検出されます。
当然、買い手企業としては、発見されたリスクを無視することはできません。
発見されたリスクへの対処法には以下のような選択肢があります。
上記①~⑦のうち、どの方法で対処するかは発見されたリスクの内容、発現の可能性と事業への影響度合いなどにより総合的に判断します。
デューデリジェンスは、買い手企業の意向に沿って行われるため、買い手企業が主導となります。
ただし、財務・法務の分野は専門性が高く買い手企業のみで行うことは困難となるため、公認会計士、弁護士などデューデリジェンス専門のコンサルタントに相談を依頼するケースがほとんどです。
上記以外の労務・ビジネス分野については、買い手企業の社員が調査するケースが一般的です。
そのため、デューデリジェンスは、以下の3チームで行います。
また、M&A案件によっては、専門家により人事労務デューデリジェンスチームやITデューデリジェンスチームなどが組織されることもあります。
最終契約書とは正式なM&Aの契約書であり、株式譲渡であれば株式譲渡契約書、合併であれば合併契約書となります。
ここではM&Aに最も多い株式譲渡契約書では以下のような項目が記載されます。
-取引対象物
-取引価格
-取引価格の調整方法
-支払方法
-売主の表明および保証
-買主の表明および保証
-秘密保持
-公表
-公租公課および費用
-株式譲渡禁止
-存続条項
-完全合意
-通知
-準拠法・管轄
取引対象となる株式の種類と数、価格および価格の調整方法と代金の支払時期について明記します。
クロージングの前提条件とは、相手方が契約上の義務を充足していない場合、自らはクロージングを行う義務を免れ、案件から手を引くことができることを明記するもので、特に買い手企業にとっては重要である。
表明保証とは、売り手が買い手に対して偶発債務や簿外債務などが存在しないことを契約書上で表明し保証することをいいます。
誓約事項とは、買い手、売り手双方がクロージング前後に一定の行為を行うことを、あるいは行わないことを約束するものです。
たとえば、クロージング前において売り手は重要な資産の譲渡、新たな借り入れの実行、設備投資、非定型的な契約の締結、増資、減資などが禁止されます。
また、クロージング後においては、誓約事項として、例えば、売り手における競業禁止、売り手の役員・従業員に対する勧誘禁止、買い手による売り手の従業員の雇用維持などが盛り込まれます。
売主・買主双方において自己の義務違反により相手に損害が生じた場合の補償について明記されます。
売主・買主双方において、一定の事項が生じた場合には、本契約を解除できる旨が明記されます。
最終契約書の内容を漏れなく作成し、締結するためには、当初からのM&Aの経緯を十分に把握している者が関わるべきものです。
したがって、アドバイザリー契約を締結したM&A仲介会社やM&Aアドバイザリーなど当初から当該M&A案件に携わった者が最終契約書の作成から締結まで担うべきです。
ここまで述べてきた通り、一般的にM&Aを進めていく上で必要となる契約書や書類は以下のとおりとなります。
合併、事業譲渡、株式公開買付、株式交換など。さまざまなM&A手法の最新スキームを丁寧に解説しています。
コーポレート・ガバナンスのあり方やデューデリジェンスや企業価値評価の方法、M&A実務の進め方が理解できます。[1]
最新版 M&A実務のすべて
※アフィリエイトリンクではありません(以下のリンクも同様)。
M&A実務を網羅的に把握できるよう、典型的なM&Aの契約条項だけでなく、金融商品取引法、独占禁止法、労働法、知的財産法など関係法令を網羅的に解説しています。
第2版では、初版を全面的に見直し、組織再編行為や事業譲渡、一部出資、共同出資についてそれぞれ独立した項目として取り上げ詳しく解説しています。[2]
主に中小企業のM&Aを対象とし、会計、税務、法律について整理し、企業評価の手法を総合的に解説しています。
2014年の第7版以降の制度改正をアップデートしています。[3]
買い手企業の担当者がM&A実務を行う上でのポイントを時系列で解説しています。
第2版では2014年会社法改正や2017年税制改正など、M&A実務に影響のある法律、会計、税務面の重要な制度改正をフォローしています。
また、M&Aを取り巻く環境変化や裁判例等を踏まえ、最新の実務を反映し、ストラクチャリングに関する部分を中心に、大幅に加筆修正を行っています。[4]
中小企業M&A実務で最も多く活用されている「株式譲渡」に特化して法務に関する知識をわかりやすく解説しています。
初心者にもわかりやすい基本的な知識も多く解説され、2020年4月1日施行の民法改正にも対応しています。[5]
[1] 最新版 M&A実務のすべて | 北地達明, 北爪雅彦, 松下欣親, 伊藤憲次 |本 | 通販(Amazon)
[2] M&A実務の基礎〔第2版〕 | 柴田 義人, 檀 柔正, 石原 坦, 廣岡 健司 |本 | 通販(Amazon)
[3] M&A実務ハンドブック(第8版) | 鈴木 義行, 鈴木 義行 |本 | 通販(Amazon)
[4] 企業買収の実務プロセス<第2版> | 木俣貴光 |本 | 通販(Amazon)
[5] 中小企業M&A実務必携 法務編 第2版 | 梅田 亜由美 |本 | 通販 (Amazon)
M&Aでは、動機と目的を明確にすることが大切です。
そして、実務の段階に入ったら専門家に任せるべき点は任せて良いですが、自社に深く関わる部分については最低限の知識と手順を理解しておくことで、スムーズなM&Aを実現できます。
(執筆者:公認会計士・税理士 河野 雅人 大手監査法人勤務後、独立。新宿区神楽坂駅近くに事務所を構え、高品質・低価格のサービスを提供している。主に中小企業、個人事業主を中心に会計、税務の面から支援している)
公式HP:河野公認会計士税理士事務所