アーリーリタイアとは早期引退のことであり、資金の備えが必要です。経営者がM&Aを行えば、早期引退に必要な資金を一括で確保できます。今回は、アーリーリタイアの意味や年齢別の必要金額などを徹底解説します。(公認会計士 西田綱一 監修)
アーリーリタイアとは、60代の定年を待たずに早期退職・引退(リタイア)することです。
アーリーリタイアは、英語の“early retirement(早期退職)”に由来する和製英語です。
早期リタイアと呼ばれることもあります。
少し前まで、日本のサラリーマンは60~65歳の定年まで勤め上げることが一般的でした。
しかし働き方改革の推進などによって、60~65歳の定年まで勤め上げることは必須ではないと考える方が増えつつあります。
40代・50代のほとんどを仕事に費やすのではなく、人生を自由に謳歌したいと考える人々が増えてきたことなどにより、アーリーリタイアが注目され始めています。
そしてサラリーマンだけでなく、自分で事業を経営する経営者にとってもアーリーリタイアの検討が重要であると考えられ始めています。
そもそも経営者には定年がありません。
そのため、本当は仕事を辞めたくても、仕事を辞めるタイミングを見失いがちです。
第二の人生を自分の好きなことに費やしたいと考えている経営者にとっては、アーリーリタイアの実現が大きくプラスに働くでしょう。
ただしアーリーリタイアには、働かなくても生活を送れるだけの十分な貯蓄や資産が必要なため、しっかりと計画して実行に移す必要がある点には注意が必要です。
セミリタイアは、自分の自由な時間や生活を大切にしながら、必要な分だけ仕事をするライフスタイルです。
セミリタイアとアーリーリタイアの違いは、勤労による収入の有無です。
アーリーリタイアは築いてきた資産で余生を過ごすのに対し、セミリタイアではアルバイト・フリーランスなどで一定の収入を得ながら生活します。
セミリタイアでは仕事による収入が全く得られなくなるわけではありません。
自分の好きな時間に好きなだけ仕事をして、最低限の収入を得ていきます。
2019年版中小企業白書によると、事業引継時の年齢に限らず事業承継を行った経営者は、経営者引退後の収入に「満足」・「やや満足」と感じている割合が53.5%[1]でした。
経営者引退後も、働いている方が多いことが要因だと考えられます。
FIREは、英語の“Financial Independence, Retire Early”を略したものです。
経済的な自立を実現させて、仕事を辞める生活スタイルのことです。
アーリーリタイアとFIREの違いは、やはり、収入の有無です。
FIREの場合、収入を得る方法は株式投資・不動産投資・FXなどの不労所得です。
生活スタイルが多様化している中で、趣味やボランティア活動等、仕事以外を中心にした生活に移行すべくFIREを実現したいと考えている方が増えています。
FIREでは、資産運用によって経済的自立を目指すため、アーリーリタイアほどには多額の資産形成を必要としません。
そのため、FIREは比較的若い段階でも実現可能です。
仕事に費やしていた時間を自由に使えるようになります。
これはアーリーリタイアの最大のメリットの一つということができるでしょう。
アーリーリタイアの最大のメリットとして、もう一つは、仕事のストレスから解放されることです。
2019年版中小企業白書によると、事業承継した経営者・廃業した経営者、共に、現在の生活に満足している方は、「時間的余裕がある」・「精神的余裕がある」と感じている割合が高いです。
経営者としての忙しさや責任感から離れ、安心して生活している方が多いのだと考えられます。[1]
アーリーリタイアを実現できると、まとまった時間が取れるため、仕事を理由にこれまでできていなかった新たなチャレンジや趣味に時間を充てることができます。
お金に余裕があるなら、世界中を自由に旅することも可能です。
アーリーリタイアによりスムーズに後継者に事業を承継できれば、既存の取引先や顧客に迷惑がかかる心配もありません。
2019年版中小企業白書によると、経営者引退を決断した時点で事業継続を検討していた経営者の9割以上が、実際に事業の引継ぎを行っており、廃業を検討していた経営者の9割以上が実際に廃業しています。[1]
また、事業の引き継ぎの満足度について、約半数の企業が引き継ぎに『満足している』と回答しています。
他方、引き継いで良かったことが『特にない』という割合は、譲り渡しでは25.7%、譲り受けでは19.3%です。
[1]多くの企業が引き継ぎによるメリットを享受している実態が明らかになっています。
さらに、国による事業承継の推進策として、「事業承継税制」という特別制度が設けられています。
[2]「事業承継税制」は、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について、贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。
この事業承継税制には、会社の株式等を対象とする「法人版事業承継税制」と、個人事業者の事業用資産を対象とする「個人版事業承継税制」があります。
また節税策以外にも、日本政策金融公庫が行う事業承継・集約・活性化支援資金制度があります。[3]
自分が経営者でなくなることで、会社の文化や働き方を刷新できる可能性があります。
経営者としての資質や能力を持つ人材に後継者を任せられれば、会社としては大きなメリットを得ることが可能です。
2019年度版中小企業白書によると、中小企業経営者が後継者を決定する上で、資質・能力として、「自社の事業に関する専門知識」・「自社の事業に関する実務経験」を重視した方の割合が高かったです。[1]
また事業承継を契機に経営革新等を行う中小企業を支援する制度として、事業承継・引継ぎ補助金があります。[4]
事業承継・引継ぎ補助金は、事業承継を契機として経営革新等を行う中小企業・小規模事業者に対して、その取組に要する経費の一部を補助するとともに、経営資源の引継ぎに要する経費の一部を補助する事業を行うことにより、事業承継等を促進し、日本経済の活性化を図ることを目的とする補助金です。
[2]事業承継税制特集|国税庁
[3]事業承継・集約・活性化支援資金|日本政策金融公庫
[4]事業承継・引継ぎ補助金(令和3年度) (jsh.go.jp)
ではアーリーリタイアに必要な金額はどのくらいなのでしょうか?
今回、アーリーリタイアに最低限必要な金額を算出するために、以下の仮定を置き算出しました。
上記の仮定により金額を算出した結果、アーリーリタイアに最低限必要な金額は、以下の通りとなりました。
M&Aとは、「Mergers(合併) and Acquisitions(買収)」の略称です。
日本では、会社法の定める組織再編(合併や会社分割等)に加え、株式譲渡や事業譲渡を含む、各種手法による事業の引継ぎ(譲り渡し・譲り受け)のことを表すことが多いです。
大雑把に言いかえると、会社を社外の人物や別の会社に売却することです。
M&Aでは親族や社内に後継者になれる方がいない場合でも、候補者を外部に求めることができます。
また、現経営者は会社売却の利益を得ることができる等のメリットがあります。詳しく見ていきましょう。
M&Aでの対価として、売り手は買い手から現金もしくは新株式の発行などを受け取ることになります。
対価の受け取りにより、アーリーリタイアを実現するのに十分な金額の現金を一括で獲得できる可能性があります。
また通常、会社の廃業には、事業用設備や在庫商品の処分費用など、資金が必要になります。
2019年度版中小企業白書によると、廃業した中小企業のうち36.2%が、廃業に当たり、100万円以上の費用を必要としています。[1]
M&Aで会社を売却すれば、廃業費用がかからないことは大きなメリットです。
2016年の日本公庫総研レポートによると、日本では売上規模が小さい企業ほど後継者不在率が高くなっています。[5]
後継者不在の中小企業は、後継者の候補がいないにもかかわらず対策を講じない場合には、廃業せざるを得ません。
廃業すると、従業員の雇用が失われたり、取引の断絶によりサプライチェーンに支障が生じたりするなど、多くの関係者の混乱を招きます。
また全国的に、廃業による経営資源の散逸が積み重なると、日本経済の発展にとっても大きな損失となり得ます。
このような状況において、後継者不在の中小企業の事業をM&A により社外の第三者が引き継ぐケースが増えてきており、M&Aも、中小企業にとって事業承継の手法の1つとの認識になってきています。
2016年の日本公庫総研レポートによると、中小企業の今後のM&Aの活用可能性は約6割です。[5]
会社を設立し、人を雇い、教育し、管理のための規定や業務システムを整備し…、とゼロから事業を育てていくのは非常に時間がかかります。
買い手にとっては、既に存在する企業を買収すれば、一気に市場へのアクセスが可能になります。
特に先行する競合先が既に利益を出しているような市場では、ゼロから始めて追いつくのは容易なことではありません。
このような時間短縮を目的としたM&Aの結果として、会社や事業の成長が加速する可能性があります。
2019年版中小企業白書によると、事業承継した企業と事業承継していない企業の売上高成長率を比較すると、事業承継した企業は、承継の翌年から5年後までの間、事業承継していない企業と比較して、売上成長率が高いという結果が出ています。[1]
また総資産成長率についても、2010年度に事業承継した企業は承継後全ての年で、2009年度・2011年度に事業承継した企業も5年中3年で、事業承継していない企業の総資産成長率を上回っていました。[1]
事業承継問題の行き詰まりなどによって廃業の危機に直面している中小企業が、既存取引先・地域の同業種・隣接業種企業とのM&Aによって、事業や雇用の継続を実現しているケースは多くみられます。
場合によっては従業員の雇用環境がむしろ良くなるケースも存在するでしょう。
譲渡企業の雇用維持は、地域活力の維持にもつながります。
地域経済の源泉は、その多くが中小企業によるものであり、中小企業による雇用から成り立っているともいえるからです。
非上場企業においては、オーナーが個人保証を金融機関やリース会社に差し入れているケースが多いです。
こういった場合は、売り手から買い手に、M&Aの後速やかに個人保証を外すことを求めることも少なくありません。
それに買い手がどのように応じるかは交渉の論点です。
しかし通常、売り手のオーナーが引退する場合は、買い手としてはその個人保証を外すよう対応することになります。
特に中小企業は経営資源が乏しいため、M&Aにかかる手間や労力は大きいと言えます。
売り手がM&Aによって会社を売却したくても、買い手が見つからない可能性や希望通りの条件で売却できない可能性があります。
一般に財務諸表がきれいな企業は、スムーズに買い手が見つかりやすく、希望条件も通りやすいとされます。
裏を返すと、財務諸表が不明瞭・不正確な状態で、かつ、売上が安定しない企業は、買い手がつきにくく、希望条件も通りにくいでしょう。
デューデリジェンス(Due Diligence)とは、M&A対象企業における各種のリスク等を精査するため、主に譲り受け側がFAや士業等専門家に依頼して実施する調査のことです。
M&Aではデューデリジェンスを通じて、純資産や将来キャッシュフローをもとに企業の価値を算出することが多いです。
毎年の売上高が不安定で、しかも財務諸表が不正確では、正しい企業価値が算出しづらいので、そのような企業は買い手が付きにくいです。
また、赤字企業も買い手が付きにくいと考えられます。
しかし、赤字の原因が明確になっており、M&A によって問題点が解消されると見込まれる場合には、買い手が見つかることも考えられます。
2016年の日本公庫総研レポートによると、買い手としてM&Aの検討を行ったものの実施に至らなかった理由として、「買収金額等の条件交渉や企業風土が合わなかった」などの理由が挙がっています。[5]
譲渡企業:原乳、タイヤ、肥料、雑貨、医薬品などの中長距離配送[6]
譲り受け企業:大型トラックによる長距離輸送、トラック保有台数:グループ総数2,350台(2021年7月)
譲渡理由:後継者不在
譲り受け理由:売上・市場シェア拡大
GHインテグレーション:受託開発・SES事業(ネットワークインフラ /5G/IoT領域に精通)
フーバーブレイン: サイバーセキュリティ事業、生産性の向上支援事業等
譲渡理由:事業成長のため
譲り受け理由:優秀な人材の確保・事業拡大のため
ここまでM&Aによるアーリーリタイアについて説明してきました。
セミリタイア・FIREとの違いについても触れ、数値やデータを用いて説明したため、よくイメージできたという方もいらっしゃることでしょう。
M&Aによるアーリーリタイアを実行する場合は、メリット・デメリットをしっかりと理解し、計画的に行うことが重要です。
(執筆者:公認会計士 西田綱一 慶應義塾大学経済学部卒業。公認会計士試験合格後、一般企業で経理関連業務を行い、公認会計士登録を行う。その後、都内大手監査法人に入所し会計監査などに従事。これまでの経験を活かし、現在は独立している。)