市場が縮小している酒造業界において、酒蔵によるM&Aは「経営の安定化」や「事業規模の拡大」などのメリットを得られる有効な戦略です。酒蔵の最新M&A事例やM&Aにかかる費用、手続きをくわしく解説します。(中小企業診断士 鈴木裕太 監修)
はじめに、酒蔵(酒造)のM&A事例を17例紹介します。
各事例では、M&Aに関与した売り手・買い手企業の概要やM&Aの目的・背景、用いられたM&A手法を解説しています。
酒蔵のM&Aについて理解を深めたい方は参考にしてください。
売り手の栄川酒造は、福島県会津地方で約150年の業歴を誇る酒造事業者です。
県内における日本酒のトップブランドである「榮川」や、全国新酒鑑評会で金賞を連続受賞した大吟醸「榮四郎」など、優れた酒蔵と技術力で数々の人気商品を生み出しています。
買い手のリオン・ドールコーポレーションは、福島県会津若松市に本社を置く会社です。
同社は、福島県内を中心に67店舗の食料品主体のスーパーマーケットを展開しています。
売り手側は、市場が堅実に成長しているウイスキー市場に新規進出する目的で、買い手企業を引受先とした第三者割当増資による資金調達を実施しました。
一方で買い手側は、栄川酒造が製造する日本酒とウイスキーを販売することで、売上の増加を図る目的でM&Aを行いました。
両社は、下記2つの業務提携も予定しています。
2021年6月、両社のM&A(資本業務提携)は第三者割当増資の手法で実施されました。
本件の第三者割当増資は、栄川酒造がリオン・ドールコーポレーションを引受先として行われたものです。
調達資金額は1億8,000万60円です。[1]
売却対象となった越後伝衛門は、エルアイイーエイチの連結子会社である老松酒造が100%の持ち株比率を有していた会社です。
越後伝衛門は、酒類の製造・販売を行っていた会社です。
買い手企業は明らかにされていません。
売り手のエルアイイーエイチは、グループの中で将来的に大きなシナジー効果が見込まれないと判断し、越後伝衛門の株式を売却しました。
簡単に言うと、「不採算事業からの撤退」が目的だったのです。
2021年7月に行われた本件のM&Aでは、株式譲渡のスキームが用いられました。
売り手側が全ての株式を売却したことで、越後伝衛門は連結対象外となりました。
会社売却の金額は3,700万円です。[2]
売り手の菊の司酒造は、1772年創業の老舗酒蔵です。
買い手の公楽は、岩手県を中心に飲食事業や遊技場経営、ドローン事業、メガソーラー事業を手掛けている会社です。
M&Aを行った当時、ここ10年続いてきた酒蔵業界の市場変化によって、売り手企業の財務状況はひっ迫していました。
設備の老朽化や品質向上の限界を実感した売り手企業は、財務体質の改善や商品開発力の強化を図る目的で、買い手企業とのM&Aを実施しました。
2021年3月に行われた両社のM&Aでは、株式譲渡のスキームが活用されました。
売り手側が全ての株式を売却したことで、菊の司酒造は公楽の子会社となりました。
会社売却の金額は明らかにされていません。[3]
売り手の銀盤酒造は、1910年に富山県荻生村で創業した酒蔵です。
名水との呼び声高い黒部川扇状地湧水群を仕込み水とした日本酒や、北陸初の地ビールを製造したことで有名です。
買い手の盛田は、食品類や酒類、飲料の製造および販売事業を展開する会社です。
当時買い手企業の親会社であるジャパン・フード&リカー・アライアンスは、経営基盤の構築や事業規模拡大のために、外部企業との業務提携・M&Aを推進することを事業方針として掲げていました。
本件のM&Aもその一環として行われました。
M&A後は、「双方の製造機能を活用した商品の共同開発」や「事業基盤を活用した販路拡大」、「営業力強化」、「海外展開」を図るとしています。
2017年10月、両社は株式譲渡の手法を用いてM&Aを実施しました。
買い手企業は、95.0%に相当する議決権を取得し、銀盤酒造を子会社化しました。
株式の取得価額(アドバイザリー費用等を含む)は、5億100万円です。[4]
売り手の常楽酒造は、1912年に熊本県球磨郡で焼酎製造を開始した酒蔵です。
1994年にリキュール類製造免許を取得、2007年に新しいリキュール工場兼試飲即売所を開店するなど、積極的に事業を展開しています。
買い手となったのは、先ほど取り上げた盛田です。
盛田は、親会社が推進する「経営基盤の構築」および「事業規模拡大」を目的に、常楽酒造とのM&Aを実施しました。
2017年4月、両社は株式譲渡の手法を用いてM&Aを行いました。
売り手側の親会社が全ての株式を売却したことで、常楽酒造は盛田の子会社となりました。
会社売却の金額は4億円です。[5]
売り手の千代菊は、1738年に現在の岐阜県羽島市で創業した老舗の酒蔵です。
買い手となったのは、先ほど取り上げた盛田です。
買い手企業がM&Aを行った目的は、先ほどの事例と同様に、「M&Aによる経営基盤の構築、事業規模拡大」です。
2017年4月に行われた両社のM&Aでは、株式譲渡の手法が用いられました。
売り手側の親会社が全株式を売却したことで、千代菊は盛田の子会社となりました。
会社売却額は4億円です。[5]
売り手のハクレイ酒造は、1832年に京都丹後で創業した酒蔵です。
酒造に適した「山田錦」や「五百万石」などのお米、丹後富士「由良ヶ岳」中腹より流れ出る良質な水を使用した清酒は、各種品評会で多くの賞を受賞したり、日本航空の国際線ファーストクラスで提供されたりと、高い評価を受けています。
買い手の友桝ホールディングスは、1902年に佐賀で創業した清涼飲料の製造会社です。
買い手企業は、企業価値の向上につながると考えて、ハクレイ酒造とのM&Aを実施しました。
M&A後は、老舗ブランドであるハクレイ酒造の価値を最大限活用し、新しい酒文化の創造につなげるとしています。
2018年10月、両社は株式譲渡のスキームでM&Aを実施しました。
本件のM&Aにより、ハクレイ酒造は友桝ホールディングスの子会社となりました。
株式譲渡の価額は明らかにされていません。[6]
売り手の瀬戸酒造店は、慶応元年に創業した老舗の酒蔵です。
買い手のオリエンタルコンサルタンツは、道路整備・保全や交通運輸、防災、地方創生などの事業を多角的に展開している会社です。[7]
瀬戸酒造店は、最盛期には600石を製造する大規模な酒蔵でしたが、蔵人を集めることが困難となり、1980年に自家醸造を断念していました。
そのような中で、地域活性化を目的に買い手企業が売り手を子会社化したことで、自家醸造再開に向けた醸造所の建替工事 に着手できるようになりました。
M&A後、瀬戸酒造店は四季を感じる純米酒の醸造・販売を行うとともに、酒造のプロセスで生じる酒粕や麹を用いて新たな地域特産品として発酵食品を開発するとしています。
2017年、両社は株式譲渡の手法を用いてM&Aを行いました。
本件のM&Aにより、瀬戸酒造店はオリエンタルコンサルタンツの子会社となりました。
取得価額は非公表です。[8]
売り手の菱友醸造は、長野県下諏訪町で唯一の酒蔵として「御湖鶴」というお酒を製造していた会社です。
同社は、2017年4月に自己破産しました。[9]
買い手の磐栄運送は、福島県いわき市を本拠地とする運送会社です。[10]
磐栄運送は、取引先を通じて売り手企業の倒産を知りました。
同社は、「その地域で唯一の酒蔵を守りたい」という考えから、菱友醸造の酒蔵事業を継承したとのことです。
M&A後、磐栄運送は自社が製造した「御湖鶴」を顧客に贈答し、喜んでもらえるようになったことが強みであると述べています。
また、事業の多角化を実現したことで、「楽しそうな会社」というブランドイメージを作り上げることにも成功しています。[9]
2018年、磐栄運送は事業譲渡の入札によって売り手の酒蔵事業を取得しました。[10]
買収金額は公開されていません。
売り手の米澤酒造は、長野県上伊那郡にある中川村で明治40年に創業した酒蔵です。
地元のお米を使った「今錦」や、地域の景観や雇用を守るために作られた「おたまじゃくし」などのブランドが有名です。
買い手の伊那食品工業は、寒天の家庭用ブランドである「かんてんぱぱ」を展開している食品製造会社です。
1958年以来48年間にわたって増収増益を達成してきた超優良企業として有名です。
伊那食品工業は、中川村の観光資源を守ることを目的に、この地域で酒蔵を手がける売り手企業とのM&Aを実施しました。
M&Aが完了した後、伊那食品工業は寒天作りで培った氷温設備や最新の瓶詰機械などを酒蔵事業に導入しました。
また、徹底した衛生管理や空調管理の実施、超高額機械である「パストライザー」の導入なども進めました。
伝統的な酒造りの製法に食品メーカーのノウハウを融合させたことで、より優れたお酒を製造できるようになったと考えられます。
また、大手企業による資金・ノウハウの投入で事業拡大を図ることで、「中川村の観光資源を守る」という当初の目的も達成できると言えます。
2014年、伊那食品工業は米澤酒造を子会社化しました。
買収スキームや買収価額は非公表です。[11]
売り手のかづの銘酒は、日本酒「千歳盛(ちとせざかり)」のブランドで知られている酒蔵です。
買い手のドリームリンクは、居酒屋「半兵ヱ」などを全国的に展開している外食チェーンです。
M&Aを行った当時、売り手企業は後継者不在に悩まされていました。
地域内の酒蔵がなくなることを避けるために、同社は秋田商工会議所の「秋田県事業引継ぎ支援センター」に相談し、M&Aによる事業承継を実施しました。
M&A後、ドリームリンクは酒蔵の経営を引き継ぎ、日本酒を自社が運営する居酒屋店舗で提供するなどして、販路拡大に努めるとしています。
また、酒蔵ツアーの企画や、自社の料理にあう酒を開発することで、自社事業とのシナジー効果の獲得も目指します。
2017年12月に行われた両社のM&Aでは、株式譲渡のスキームが活用されました。
売り手側が全ての株式を売却したことで、かづの銘酒はドリームリンクの完全子会社となりました。
会社売却の金額は明らかにされていません。[12]
売り手の白龍酒造は、ジャパン・フード&リカー・アライアンスの孫会社として、酒蔵事業を手掛けていた会社です。
天保10年に創業した同社は、新潟県で清酒の醸造を運営してきました。[13]
買い手のウエストは、新潟県で店舗やビル、オフィスの清掃を手掛けている会社です。[14]
白龍酒造は、2008年11月にジャパン・フード&リカー・アライアンスのグループに加わりました。
その後は、ジャパン・フード&リカー・アライアンスから財務や経営などの面で支援を受けながら、順調に財務状態の健全化を果たしました。
今回のM&Aは、業績を回復させた売り手企業が、親会社に対して「地域の有力企業と資本関係をもって事業を行いたい」と申し出たことで成立しました。
2014年8月に行われた本件のM&Aでは、株式譲渡のスキームが用いられました。
ジャパン・フード&リカー・アライアンスの子会社である盛田が保有するすべての株式を売却したことで、白龍酒造はウエストの子会社となりました。
株式の譲渡金額は2億8,800万円です。[13]
売り手の菊川は、1871年に創業して以来、岐阜県を中心に清酒や焼酎などの製造・販売を手掛けてきた酒蔵です。
買い手の神戸物産は、海外での商品開発や自社輸入、国内自社工場での商品開発、小売店や惣菜店などの運営などを多角的に展開している会社です。[15]
当時神戸物産は、「6次産業『真』の製販一体」という目標を達成するために、積極的なM&Aによる経営基盤の強化に注力していました。
本件のM&Aも、経営基盤の強化を目的に行われました。
M&A後は、売り手企業が生産していた日本酒などを、自社の業務スーパーやグループ内の外食事業に販売し、業績拡大を図るとしています。
2014年4月に行われた両社のM&Aでは、会社分割と株式譲渡のスキームが併用されました。
具体的なM&Aの流れは以下のとおりです。
株式の取得価額は5,000万円です。[16]
売り手の関原酒造は、当時神戸物産の曾孫会社として、日本酒を主軸とした酒類の製造・販売を行っていた酒蔵です。
買い手となったのは、先ほど取り上げた神戸物産です。
神戸物産は、関原酒造の事業展開を効率化する目的でM&Aを実施しました。
M&A後は、売り手企業が生産した日本酒などを全国の業務スーパーで販売するとしています。
2013年、両社は株式譲渡の手法を用いてM&Aを実施しました。
売り手企業の親会社であるジー・コミュニケーションが全ての株式を譲渡したことで、関原酒造は神戸物産の100%子会社となりました。
株式の取得価額は1円です。[17]
売り手の霧島横川酒造は、コーアツ工業の子会社として酒類の製造・販売を行っていた酒蔵です。
買い手のミキカンパニーは、化粧品や石鹸類、宝石、衣類の販売を主力事業としている会社です。
売り手の親会社は、「経営資源の有効活用」と「霧島横川酒造株式会社の継続的成長」を実現する目的で、ミキカンパニーへの株式譲渡を行いました。
2010年、両社は株式譲渡のスキームを活用してM&Aを行いました。
コーアツ工業が保有する全ての株式を売却したことで、霧島横川酒造はミキカンパニーの子会社となりました。
子会社の売却金額は2億4,900万円です。[18]
売り手の老田酒造は、岐阜県高山市にある江戸時代創業の酒蔵です。
飛騨山系の水で作った辛口の日本酒「鬼ころし」で有名です。
買い手のタオイ酒造は、先ほど紹介したジャパン・フード&リカー・アライアンスが設立した会社です。
老田酒造は、赤字が続いている酒蔵事業を再生する目的で、大手であるジャパン・フード&リカー・アライアンスとのM&Aを実施しました。
M&A後は、本社の酒蔵と10km離れた工場に分かれていた酒造りのプロセスを工場に一本化したり、酒瓶やラベルなどの資材購入を親会社にまとめたり、グループ内の販売会社に小売を任せたりなど、大規模な事業改革を進めました。
2007年10月に実施された両社のM&Aでは、事業譲渡の手法が活用されました。
本件のM&Aは、以下の流れで進められました。
事業の売却金額は公開されていません。[19]
売り手の老松酒造は、酒類の醸造および販売事業を展開している会社です。
買い手の東理ホールディングス(現エルアイイーエイチ)は、食品流通事業や教育関連事業などを運営する企業を傘下に持つ持株会社です。[20]
東理ホールディングスは、グループの流通事業における「収益拡大」および「安定化」を図る目的で、老松酒造とのM&Aを実施しました。
2005年、両社は株式譲渡のスキームを用いてM&Aを実施しました。
売り手の創業者一族がすべての株式を売却したことで、老松酒造は東理ホールディングスの子会社となりました。
会社売却の金額は19億円です。[21]
[1] 当社連結子会社である栄川酒造株式会社の資本業務提携契約締結に関するお知らせ ~ 栄川酒造のウイスキー事業開始及び更なる成長加速に向けた支援体制強化 ~(ヨシムラ・フード・ホールディングス)
[2] 連結子会社の異動(株式譲渡)に関するお知らせ(エルアイイーエイチ)
[3] 事業譲渡に関するお知らせ(菊の司酒造)
[4] 銀盤酒造株式会社の株式の取得(子会社化)に関するお知らせ(盛田)
[5] 千代菊株式会社及び常楽酒造株式会社の株式の取得(子会社化)に関するお知らせ(盛田)
[6] 友桝ホールディングスによるハクレイ酒造株式会社の事業承継に関するお知らせ(友桝飲料)
[7] 事業内容(オリエンタルコンサルタンツ)
[8] 開成町で、慶応元年創業の株式会社瀬戸酒造店を 100%子会社化 6 月 27 日に醸造所建替工事の地鎮祭を挙行(オリエンタルコンサルタンツ)
[9] 自己破産した酒蔵を県外の運送会社が引き継いだ理由(日経ビジネス電子版)
[10] 福島・磐栄運送:旧菱友醸造の事業継承 「御湖鶴」ブランドも 下諏訪 /長野(毎日新聞)
[11] 日本酒ブームの影で増加する酒蔵の廃業――「買収」という「ポジティブな手法」が蔵元を救う(毎日新聞)
[12] ドリームリンク、後継者不在の酒蔵を子会社化(日本経済新聞)
[13] 孫会社株式の譲渡に伴う特別利益並びに業績見通しに関するお知らせ(ジャパン・フード&リカー・アライアンス)
[14] 会社案内(ウエスト)
[15] 会社概要(神戸物産)
[16] 子会社の異動を伴う株式取得(子会社化)に関するお知らせ(神戸物産)
[17] 当社連結子会社(曾孫会社)の株式取得に関するお知らせ(神戸物産)
[18] 子会社株式の譲渡に関するお知らせ(コーアツ工業)
[19] 地方の小さな蔵元の味、JFLA傘下で再生(asahi.com)
[20] 会社概要(エルアイイーエイチ)
[21] 老松酒造株式会社の株式の取得(子会社化)に関するお知らせ(東理ホールディングス)
次に、酒造業界の現状や今後について解説します。
デジタル大辞泉によると、酒造とは「酒をつくること」を意味します。[22]
一方で酒蔵とは、「酒を醸造または貯蔵する蔵」を意味します。[23]
つまり、酒蔵を所有してお酒を作っている事業者のことを「酒造業者」、事業者全体のことを「酒造業界」と呼ぶのです。
ただし実際には、お酒を作っている会社や事業者のことを「酒蔵」と呼ぶケースもあります。
2020年3月に国税庁が公表した「酒のしおり」によると、成人1人あたり酒類消費数量は1992年(101.8L)をピークに右肩下がりで減少し、2018年には79.3Lとなっています。
また、酒類の製造業者や卸売業者の数も以下のとおり大幅に減少しています。[24]
出典:国税庁ホームページ(https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/shiori/2020/pdf/200.pdf)
上記データからわかるとおり、酒造業界の市場は近年縮小傾向です。
以上のとおり、酒蔵を取り巻く経営環境は非常に厳しいものとなっています。
こうした現状も踏まえて、国税庁は酒類業界(酒蔵)が取り組むべき課題として、下記5つの項目を挙げています。[24]
特に重要であると考えられるのが①と②の課題です。
日本国内の市場は、人口減少や商品数の飽和により、従来通りに酒製品を製造・販売する戦略は効果的ではなくなっています。
そのため、消費者目線での商品開発やブランド化による商品の差別化、付加価値の向上を目指すことが重要です。
また、市場が縮小している国内ではなく、人口が増加している海外市場に目を向けることも効果的です。
そのためには、海外の事業者・消費者に分かりやすい商品表示や、流通業者の開拓などを行うことが大切です。
上記に挙げた課題への対応により、酒蔵の存続可能性を高めることができるでしょう。
[22] 酒造とは(コトバンク)
[23] 酒蔵とは(コトバンク)
[24] 酒のしおり(国税庁課税部酒税課)
酒蔵のM&Aについて、メリットとデメリットを売り手・買い手それぞれの視点で解説します。
メリットだけでなく、デメリットも考慮してM&Aを行いましょう。
M&Aによって酒蔵や事業・会社を売却するメリットとデメリットをご説明します。
売り手が期待できるメリットは以下の5点です。
以下では、それぞれのメリットを簡潔にご説明します。
現在多くの酒蔵では、経営者の高齢化で事業承継のタイミングを迎えているものの、親族や社内の中で後継者が見つからない問題に直面しています。
後継者不足の問題を解決しないと、たとえ業績が良くても酒蔵を廃業する事態に発展します。
M&Aの手法を用いて酒蔵事業または会社ごと売却すれば、第三者に事業を引き継ぐことができます。
つまり、「第三者への事業承継」という形で後継者問題を解決できるのです。
経営の悪化や後継者不足を理由に廃業すると、従業員や杜氏(酒造りを行う職人)は失業することになります。
また、会社が培ってきた酒造りの伝統や、顧客に親しまれてきたブランドも失われてしまいます。
一方でM&Aを行って酒蔵事業を第三者に譲渡すれば、買い手企業の下で事業を存続できます。
そのため、従業員・杜氏の雇用や伝統、ブランドも失われずに済むのです。
自社よりも事業規模や保有する資本が大きい買い手とM&Aを行うと、M&A後は買い手企業の傘下として事業を続けることになります。
豊富にある人材・資本や、買い手企業の知名度・ブランド力などを活用できるようになるため、経営の安定化や成長スピードの加速を期待できます。
M&Aを行うと、株式や事業の売却利益が売り手側(会社または株主)に入ります。
一度にまとまった金額の現金を獲得することで、新規事業や主力事業の成長・拡大に投資できるようになります。
もしくは会社経営からリタイアし、豊富にある現金を使って悠々自適な生活を送ることもできるでしょう。
中小規模の酒蔵の場合、金融機関からの借入時に経営者が個人保証を負うケースが多いと言われています。[25]
個人保証が設定されている場合、会社が倒産すると経営者個人が債務履行の責任を負うことになります。[26]
そのため、個人保証は経営者にとって非常に重いプレッシャーとなり得ます。
株式譲渡の手法を用いて会社ごと売却すると、負債が買い手に引き継がれます。
そのため、基本的には経営者の個人保証も解除されると言われています。
経営者の方は、会社の倒産に対するプレッシャーから解放され、安心してリタイア後の生活を送れるでしょう。
売り手が注意すべきデメリットは以下の2点です。
以下では、それぞれのデメリットを簡潔にご説明します。
M&Aを行うには、自社の酒蔵事業または会社を買収してくれる買い手が不可欠です。
業績が悪かったり、保有する事業や商品ラインナップなどに魅力がなかったりすると、いつまで経っても買い手が見つからないリスクがあります。
少しでも買い手が見つかる可能性を高めたいならば、業績の改善や技術力・ブランド力の向上などを図り、企業価値を高めた上でM&Aを行いましょう。
買い手が見つかっても、売り手側にとって満足できる条件で売却できるとは限りません。
買い手側の希望を全面的に受け入れると、M&Aを行ったあとに後悔するおそれがあります。
しかし一方で、自社の希望を強引に押し通そうとすると、M&Aの交渉自体が白紙となる可能性があります。
M&Aを行う際には、あらかじめ条件に優先順位をつけた上で交渉に臨むことが重要です。
また、早いタイミングでM&Aに着手し、希望条件で売却できる買い手を慎重に探す方法も効果的です。
酒蔵や酒造事業・会社を買収するメリットとデメリットをご説明します。
買い手が得られるメリットは以下の4点です。
それぞれのメリットをくわしく解説します。
酒造会社とM&Aを行うと、優れた酒造りの技術や杜氏、機械設備など、酒蔵事業に必要な経営資源を取得できます。
経営資源をまとめて取得することで、売上や市場シェアを短期間で大幅に増やせる可能性もあるでしょう。
新しく酒蔵事業に参入する場合、前述した経営資源(技術や人材、機械設備)を一から自社で揃える必要があります。
こうした経営資源を取得するには、多大な時間やコストがかかります。
また、十分な量の経営資源を確保しても、事業を収益化できるとは限りません。
投じた時間やコストが無駄となる可能性があるため、酒蔵事業への新規参入はハイリスクと言えます。
M&Aによって酒蔵事業を運営する会社を買収すれば、必要な経営資源をまとめて取得できます。
経営資源が一通り揃った状態で事業を開始できるため、新規事業の立ち上げにかかる時間を大幅に短縮できます。
また、売り手事業が有している顧客や商品ブランド、知名度なども引き継ぐことが可能です。
利益をもたらす顧客を引き継げるため、一から参入する場合と比べて、低リスクで酒蔵事業を開始できるでしょう。
酒蔵同士でM&Aを行うと、スケールメリット(規模の経済性)を獲得できます。
たとえば売り手と買い手で同じ原材料を仕入れている場合、原材料の大量仕入れにより、M&A前よりも仕入れコストを削減できるようになります。
また、重複する部門の統合によるコスト削減も期待できます。
M&Aにおけるシナジー効果とは、売り手企業と買い手企業が統合することで、それぞれが別に事業を行う場合よりも大きな効果が生まれることです。
たとえば売り手企業の売上が1億円、買い手企業の売上が1億円の場合、M&A後に買い手企業の売上が2億円を上回った場合、シナジー効果が生まれたと言えます。
シナジー効果は、クロスセリング・アップセリングやブランドの相互活用などによって生じます。
買収による効果を最大化したいならば、シナジー効果を期待できるM&Aの相手を慎重に選びましょう。
一方で買い手は、下記2つのデメリットに注意が必要です。
それぞれのデメリットをご説明します。
他の業界と比較して酒蔵業界は、従業員・杜氏と経営者、会社と地域社会の結びつきが強いと言われています。
そのため、経営者や経営主体の会社が変わることで、従業員・杜氏や取引先、顧客から反発を受けるリスクがあります。
反発を受けると、離職により働き手が減ったり、取引先や顧客との契約打ち切りで収益が減少したりする可能性があります。
このような事態を避けるためにも、売り手企業の伝統や働き方、価値観を重視する姿勢を見せることが大切です。
M&Aでは、買収後の利益増加やシナジー効果などを期待して、高い金額で買収するケースがあります。
しかし、緻密にM&Aのメリットをシミュレーションしても、想定どおりに事が進むとは限りません。
期待通りに利益を得られない場合、買収した費用が無駄となってしまいます。
場合によっては、多額の減損損失が生じます。
したがって、デューデリジェンスやバリュエーションを慎重に行い、高値での買収は避けるように注意が必要です。
[25] ~中小企業や小規模事業者の方へ~ 経営者保証なしで融資を受けられる可能性があります(政府インターネットテレビ)
[26] 中小企業や小規模事業者の方へ ご存じですか?「経営者保証」なしで融資を受けられる可能性があります(政府広報オンライン)
酒蔵のM&Aでは、主に「アドバイザリー費用」と「税金」が費用としてかかります。
この章では、各費用の概要を説明します。
アドバイザリー費用とは、M&Aアドバイザリー会社や仲介会社に支払う手数料です。
具体的には、主に下記の費用がかかります(カッコ内はM&A仲介会社に依頼した場合の相場です)。
ただし、一部の仲介会社やマッチングサイトは、成功報酬のみを手数料としています。
M&Aサクシードでは、譲渡企業は登録無料で利用でき、譲り受け企業が負担する手数料も一般的な仲介会社などと比べて安価です。
少しでもM&Aの費用を削減したいならば、アドバイザリー費用が安い業者・マッチングサイトを利用しましょう。
M&Aでかかる税金は、用いられるM&A手法によって異なります。
たとえば株式譲渡の場合、売り手側の株主に所得税と住民税、復興特別所得税がかかります(個人株主の場合)。
個人株主にかかる合計の税率は20.315%です。[27]
一方で事業譲渡の場合、売り手側の会社に法人税等が課税されます。
法人税等の実効税率は約30%です(法人の状況によって異なります)。[28]
複数のM&Aスキームを検討し、なるべく税金が少なくなる手法を選ぶことが重要です。
[27] No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)(国税庁)
[28] 法人課税に関する基本的な資料(財務省)
酒蔵のM&Aは、一般的に以下の流れで進められます。
以下では、各プロセスを詳細にご説明します。
M&Aを検討したら、まずは目標設定と戦略策定を行います。
「業績を良くする」などの曖昧な目標だと、本当に達成したい目的(特定地域でのシェア拡大など)を達成できなかったり、M&Aにかける費用が過大になったりするおそれがあります。
したがって、まずは具体的な目標を設定し、その目標を達成するための戦略を具体化することが重要です。
目標や戦略を明確化したら、M&Aのマッチングや実務のサポートを依頼する専門業者を選定します。
M&Aのマッチングには豊富な企業とのネットワーク、実務には会計や法務などの専門知識が求められるため、仲介会社などの専門業者にサポートを依頼した方が、よりスムーズにM&Aを行えます。
もしくは、M&Aのマッチングサイトに登録し、自らM&Aの相手企業候補を探す方法もあります。
基本的には仲介会社に依頼するよりも手数料が安くなるため、少ない予算でM&Aを行いたい企業はマッチングサイトを利用しましょう。
次に、仲介会社やマッチングサイトを介して、M&Aの相手企業を探します。
M&Aの相手探し(マッチング)は、一般的に下記の流れで進められます。
秘密保持契約の締結後に具体的な情報を開示する形をとることで、売り手側がM&Aを検討している旨が従業員や取引先などに漏洩してしまう事態を回避できます。
売り手と買い手双方がM&Aを進める意思を固めたら、本格的な交渉を行います。
条件交渉では、買収額や用いるM&Aスキーム、従業員・役員の処遇、今後のスケジュールなどを取り決めます。
双方がM&Aの大まかな条件について合意したら、基本合意書を作成します。
基本合意書には、交渉で決定した内容やデューデリジェンスに関する事項、独占交渉権の有無などが盛り込まれます。
基本合意書を締結したら、買い手企業が売り手企業に対してデューデリジェンスを実施します。
デューデリジェンスとは、売り手企業が抱えるリスクや問題点を洗い出し、M&Aの実施可否や対処方法を決定する手続きです。
デューデリジェンスでは、財務や税務、法務、ビジネス、ITなど幅広い領域について調査が行われます。
専門的な知識を要するため、公認会計士や税理士、弁護士などの専門家に調査を依頼するケースが一般的です。
買い手企業は、予算とリスクの許容度合いを考慮した上で、専門家に依頼する調査範囲を決定することが大切です。
一方で売り手企業は、真摯な態度でデューデリジェンスに応じましょう。
買い手側は、デューデリジェンスの結果をもとに、買収可否の決定や買収価格の調整を行います。
その後、売り手と買い手で最終的な条件交渉を行い、双方が条件に合意できたら「最終契約書(DA)」を締結します。
最終契約書には、M&Aの基本条件に加えて、主に以下の項目も盛り込まれます。
M&A手法によっても盛り込むべき項目は変わるため、弁護士などの専門家に契約書の締結をサポートしてもらうことがおすすめです。
契約書を締結したら、次にクロージングを行います。
クロージングとは、M&Aの取引自体を実行することです。
たとえば株式譲渡であれば、「株式等の引き渡し」と「対価の支払い」がクロージングの手続きです。
株式譲渡によるM&Aであれば、契約と同じタイミングでクロージングを行うことも可能です。
クロージングが完了することで、M&Aの手続き自体は完了となります。
M&Aの手続き自体は完了しても、買収によるメリットを得るには、売り手と買い手の経営を統合する必要があります。
M&A後に行う経営統合のことを「PMI(Post Merger Integration)」と言います。
具体的に統合すべき項目としては、主に下記が挙げられます。
前述したとおり、酒蔵の業界は特に従業員と経営陣との結びつきが強い業界です。
シナジー効果を獲得するためにも、経営統合をスムーズに行い、従業員が快適に働ける環境を整えましょう。
市場が縮小傾向にある酒造業界で酒蔵が生き残るには、従来とは異なる経営戦略の遂行が重要です。
その手段の一環として、事業規模の拡大や経営の安定化を目的としたM&Aは非常に有効です。
今回お伝えした事例やメリットを参考に、酒蔵のM&A(買収・売却)にチャレンジしていただけますと幸いです。
(執筆者:中小企業診断士 鈴木 裕太 横浜国立大学卒業。大学在学中に経営コンサルタントの国家資格である中小企業診断士資格を取得(休止中)。現在は、上場企業が運営するWebメディアでのコンテンツマーケティングや、M&Aやマーケティング分野の記事執筆を手がけている)