M&Aのソーシングとは、M&Aの相手候補を探し出し、交渉を進めるまでのプロセスです。今回は、M&Aの成功に不可欠なソーシングについて、重要性や進め方、業務内容などをくわしく解説します。(公認会計士・税理士 河野 雅人 監修)
M&Aにおけるソーシングとは、M&Aプロセスにおける初期の段階をいい、M&A相手先企業の候補を探し出し、交渉を進めて行くまでのプロセスをいいます。
M&Aを成功させるためには、初期の段階から重要になります。
良い相手に会社を売却しようと思ったら、できるかぎり早く動き出し、余裕を持ってM&Aソーシングを行うのが重要です。
M&Aという選択肢が出た時点で、M&A仲介会社に相談してみるのがおすすめです。
まだ、M&Aで会社を売却すると決めていなくても問題ありません。
M&A仲介会社はM&Aが最適な手段ではないと判断する場合もあります。
M&Aにおけるソーシングは、M&Aを実施する上で初期段階のプロセスであり、大きく分けて以下の2つのステップで構成されます。
売り手企業と買い手企業の双方の希望条件をヒアリングし、M&Aアドバイザーが適切な相手先候補を選定します。
この段階では通常、相手先候補は複数選定されます。
M&Aアドバイザリー会社は、選定した相手候補企業との間を仲介し、M&Aをスムーズに行うための交渉を行います。
希望する条件を100%満たす相手企業を見つけ出すことは不可能ですので、M&Aを行うタイミングや会社の規模などを考慮し、最も優先するべき条件についてM&Aアドバイザリー会社にソーシングを委託して意識を合わせておくことが、重要となります。
一般的に、中小企業のM&Aアドバイザーと呼ばれる人は銀行や証券会社、M&A仲介会社が担っており、高い営業力、提案力、交渉力を持ち合わせています。
中小企業のM&Aでは、売り手企業と買い手企業の信頼関係や相性が重視されるため、これら営業力、提案力、交渉力の高いM&A仲介会社を選ぶことで最適なM&Aをスムーズに進めることができます。
M&Aアドバイザーに対しては、M&Aをスムーズに進めるためにも、M&Aの目的や希望条件を明確に伝えることが重要となります。
M&Aを検討する際には、M&Aを行う目的、優先順位を明確にしておくことが重要です。
自分自身の引退や後継者への引き継ぎを重視とするのか、従業員の雇用継続を重視するのか、それらのどこに優先順位を高く設定するかによってM&Aの手法も選定する相手先候補企業も変わってきます。
M&Aアドバイザーと買い手候補企業を選定する際に、自社にはどのような希望があり、条件はどうなのかといった点について明確にし、それによってM&Aを進める際の明確な基準を設定してください。
ロングリストとは、M&Aの買い手企業を選定するに際し、まずは売り手企業が自社に関する情報を開示し、開示した売り手企業の情報に関心を示し、問い合わせてきた企業を一定の基準で選定した買い手候補企業のリストをいいます。
通常、20〜30社ほどですが、100社前後になることもあります。
ロングリストでは、会社名の他にも後に示すショートリスト作成のための買い手候補企業を絞り込むのに必要な情報が記載されます。
具体的には、買い手候補企業の会社名、本店所在地、事業目的、主要エリア、設立年度、従業員数、電話番号、ホームページのURL、メールアドレスなどです。
ロングリストを作成する際、どのような相手先候補をリストに掲載するかといった基準を設定します。
一般的には売り手企業の立場からは、希望の金額で売却できるのか、また、買い手企業にとってM&Aによりどのような効果が期待できるのかといったことを基準として設定します。
この基準をベースに、M&Aアドバイザーと相談しながら、問い合わせてきた企業について、リスト化しロングリストを作成します。
ロングリストの記載事項は、一般的に買い手候補企業についての概要にとどまり、詳細な事業内容まで記載されません。
しかし、その後のM&Aプロセスを進めていく上で、買い手候補企業の詳細な事業内容はもちろん、将来的な展望や買い手候補企業の立場も考慮して、M&Aプロセスを進めることに留意が必要です。
ショートリストは、ロングリストをベースに買い手候補企業に関する、より具体的で詳細な内容の一覧表です。
数十社記載されたロングリストから5~6社程度まで絞り込みます。
ショートリストの基準は、ロングリストのように売り手側の希望条件よりも、買い手企業にとってのM&A本来の目的であるシナジー効果を重視したより本質的なものとなります。
M&Aアドバイザリー会社の持つ幅広い企業情報などをもとに基準を設定します。
主な基準は次のようなものです。
直近数年の売上、利益、従業員数などは、M&A後の売り手企業の事業継続や従業員の雇用維持に大きく影響するため、重要な基準となります。
売り手企業の希望売却価格と、現実的な買収価格の整合性といった視点が基準となります。
買い手企業がどのような株主構成であるかも重要な基準となります。
また、売り手企業の事業と整合性のある事業か、自社との相性は合うかなども基準とすることができます。
ショートリストを作成する上では、M&Aの本来の目的に沿ったものであることが最重要となります。
優先順位を明確にした上で、買い手企業を絞り込むことになります。
そして、絞り込んだ買い手候補企業に対して、交渉に入ります。この段階においては、機密情報の取り扱いにも十分注意が必要です。
M&Aアドバイザリー会社は依頼者のM&Aを行う目的・希望を十分に把握したうえで、希望条件に合った相手先企業を選定していきます。
相手先企業の選定を行う場合、まずは業種や規模、地域、予算などを考慮しながら、対象企業をリスト化していきます。
この時点では、相手先企業の情報は、基本的な情報のみとなります。
そして、そのリストからさらに絞り込みを行い、アプローチする企業を決めます。
M&Aアドバイザリー会社が保有している企業のリストはM&A仲介会社や専門家ごとに異なるので、どの専門家に依頼するかによって、相手候補企業も異なってきます。
ショートリストなどによりターゲットとなる企業を絞り込んだら、ターゲットとした企業へのアプローチに向けて準備を進めていきます。
ターゲット企業へのアプローチに向けた主な準備は以下のようになります。
準備が一通り終われば、次に相手先企業と条件交渉に進みます。
この際、M&Aアドバイザーは交渉の日程・場所を調整したり、お互いの交渉内容や要望をあらかじめ伝えたりと、交渉がスムーズに進むように動きます。
中小企業のM&Aは、詳細な条件よりも経営者同士の信頼関係がしっかりと構築できるかによって、成約が決まるケースは少なくありません。
したがって、中小企業はソーシングを得意とするM&Aの専門家にサポートを依頼することがとても重要になります。
ソーシング方法には、大きく分けて「プッシュ型ソーシング」と「プル型ソーシング」があります。
ここでは、それぞれの方法についての概要とメリット・デメリットについて解説します。
プッシュ型ソーシングは、自社が自ら売り手候補又は買い手候補を探し出し、アプローチしていく方法です。
企業が独自に相手先企業を選択するため、相手先候補が当初から絞られる傾向があります。
また、M&Aに関する財務や税務、法務などの分野における幅広い知識が求められます。
プッシュ型ソーシングでは、自社が持つネットワークや営業力を使用して相手先企業を見つけ交渉を進めることになります。
仲介会社を通さないため、コストを抑えることはできるというメリットがありますが、一方で相当な時間と労力を要します。
また、自社のネットワークや営業力には限界があり、最適な相手候補を見つけ出せない可能性があります。
プル型ソーシングは、自社が他社からM&Aのアプローチをされるようにする手法です。
具体的にはM&A仲介会社など相手先候補を紹介してくれる会社を利用します。
買い手企業側は、M&A仲介会社に事前に自社の情報や希望条件、価格面やその他の条件を詳細に伝えます。
売り手側は、自社の情報や希望条件に加え、会社名がわからない程度の自社の概要を記載したノンネームシートを作成します。
このノンネームシートをもとに、仲介会社は適切な買い手候補企業へアプローチすることになります。
プル型ソーシングでは、買い手企業の希望に合致する企業を見つけ出すために、多くのM&A仲介会社に依頼することが大切です。
M&Aを希望する買い手企業にとっては仲介会社から紹介される企業も、M&Aによる売却を希望していることから、諸条件があえば、M&Aが成立する可能性が高まります。
プル型ソーシングの最大のメリットは、M&A仲介会社などの専門家によるサポートを受けられる点にあります。
M&A仲介会社に依頼することでアドバイザーが、経験と実績による専門知識を駆使してスムーズにM&Aを進め、M&Aの実現がしやすくなります。
また仲介会社に企業概要書の作成や、相手先候補の交渉など、M&Aプロセスの重要なプロセスを任せられることもメリットです。
デメリットといえば、M&A仲介会社に対する費用が発生することです。
ここでは、M&A仲介会社にソーシングを依頼する際のポイントについて解説していきます。
M&Aを成功させるためには、適切な相手企業を見つけることが重要です。そのために自社の事業概要や強み・弱みなどの情報を整理してM&A仲介会社へ伝えなければなりません。
仲介会社へ伝えた自社に関する情報は、必要に応じて相手企業へも伝えられます。
相手企業の信頼を得るためには、場合によっては、財務状況や将来性、従業員情報など詳細な情報の提供も必要になります。
M&Aには必要となる資料・書類が多くあり、M&Aをスムーズに進めるためにも事前に準備しておく必要があります。
主に以下のような資料・書類が必要になります。
会社案内(会社経歴書)、決算書、法人税申告書、製品カタログ(サンプル)、取引先販売内訳など
定款、登記事項証明書、印鑑証明書、株主名簿、組織図、役員の経歴書、法人税申告書(過去3カ年分)、直近までの試算表、借入金の状況、固定資産台帳、不動産登記事項証明書、不動産評価証明書、土地・建物の賃貸借契約書、リース契約書、各種保険契約書、預金残高証明書、営業に関する許認可、など
どのような目的でM&Aを成功させるかを明確にして、それを実現するため戦略を立てることはとても重要です。
M&A手法はさまざまで、株式の譲渡や事業の一部または全部譲渡などのように経営権の移転を伴う場合もあれば、業務提携のように支配関係ではなく協力関係を構築する場合もあります。
M&A手法にはそれぞれにメリット・デメリットがあるため、どのような目的でどのような効果を期待するのかを明確にすることが大切です。
経営者、従業員、取引先といった利害関係者それぞれの視点での影響を考慮することも重要です。
M&Aプロセスを進めるにあたっては、M&A仲介会社や弁護士、公認会計士、税理士など多くの人物が関与します。
M&A仲介会社についてはM&Aの相談を受ける初期の段階において機密保持契約書(NDA)を締結し、その重要性を十分に理解しています。
また弁護士や公認会計士、税理士など士業と呼ばれる職業専門家は、法令上全ての関与先に対して守秘義務を負っているため、これらの者から機密情報が漏えいすることもないでしょう。
最も漏洩しやすいところは、身内である会社内部にあることを認識しなければなりません。
取締役などの役員クラスでなれば、経営に関する注意義務を理解していますが、一般の社員は通常そのような意識が薄いといえます。
もちろん、重要機密事項ですので、社員に対しても、自社がM&Aを進めているという情報を開示することはありませんが、同じ社内で話をする、メールやファックスの内容を見られる、電話での話を聴かれる、などによりその内容が漏れ、従業員を通して社内や社外にまで広がることも考えられます。
メールやファックスの受渡し、作成資料やコピーが露見しないよう資料の管理は徹底し、社内でも関与する人数を極力減らした方がいいでしょう。
このように、M&Aに関与するメンバーについては、関与する役員・社員をできるだけ最小の人員で進めます。もちろん、外部の関係者もできるだけM&Aプロセスに関与させないことが重要となります。
M&Aはほとんどの中小企業にとっては会社の生き残りをかけた一大事業といえます。
それだけに、どこに譲渡するかよりも、どのM&A仲介会社を選択するかは非常に重要です。
そこで、M&A仲介会社を選ぶ際の基準を解説していきます。
M&Aにおいて、理想的な相手先を見つけ、成功に導くためには、M&A仲介会社がM&Aの専門家として業界・業種に精通しているかどうかは最大のポイントとなります。
幅広い情報、有効なネットワークを持ち、そこから収集した情報を正確に分析する能力が必要とされます。
M&Aは企業規模の大小とは関係なく行われています。
従って、大企業のM&Aを専門的に取り扱っている仲介会社もあります。
中小企業がそのような大企業専門のM&A仲介会社に依頼しても成功するとは限りません。
むしろ、中小企業のM&Aに実績のある仲介会社に依頼するべきです。
M&A市場では、企業規模を区分する際、一般的に年商によって、「3億~10億」や「10億~50億」、「50億以上」というように区分されています。
従って、M&Aを考えている企業は、自社の年商の区分を認識し、その区分に合うM&Aの実績が豊富な仲介会社を選ぶことをおすすめします。
M&Aの相手先の所在地が都心か地方かによって、M&A仲介会社の選び方も変わってきます。
通常、地方企業の場合はその地域に強いM&A仲介会社を選ぶのが良いのはもちろんですが、売り手が地方であっても、買い手が地方進出を狙う都心部の企業である場合は必ずしも地方の仲介会社が優先とはいえません。
すなわち、M&Aの目的や希望によって、選択肢が異なる同時に、相手企業のM&Aの目的によっても選択肢が異なってくるのがM&Aの特徴といえます。
M&A仲介会社の手数料体系は、仲介会社によって大きく異なります。
相談の段階で相談料が必要な仲介会社も存在するため、問い合わせる前に手数料の仕組みを把握しておく必要があります。
成功報酬費用についても、総資産ベースで計算しているのか、買収価格ベースで計算しているのか、など算定根拠の細かい点にも注意する必要があります。
仲介会社の中には、手数料体系を詳しく説明しない会社もあるため、疑問点があれば必ず質問するようにしましょう。
ソーシングはM&Aプロセスの中でも特に重要なプロセスであり、M&Aの成功に大きな影響を与えます。
プッシュ型のソーシングのように、専門家に依頼せず自社だけで行うという方法もありますが、自社だけでM&Aを成功させるのは非常に困難が伴います。
そのため、通常はM&A仲介会社や経営コンサルティング会社のような専門家に依頼するのがベストです。
専門家にサポートの依頼をすることで、しっかりとした体制を構築できることができます。
M&Aという中小企業にとっての一大事業を、専門家の力を借りて出来得る限り成功率を高めるようにするのがおすすめです。
(執筆者:公認会計士・税理士 河野 雅人 大手監査法人勤務後、独立。新宿区神楽坂駅近くに事務所を構え、高品質・低価格のサービスを提供している。主に中小企業、個人事業主を中心に会計、税務の面から支援している)
公式HP:河野公認会計士税理士事務所