化学業界の最新M&A動向・化学メーカーのM&A事例15選
- 法務監修: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
化学業界ではイノベーション推進などを目的としたM&Aが活発です。M&Aでは、開発力強化などのメリットを得られます。業界の現状と、化学メーカー(化学製品製造会社)の最新M&A動向・事例を徹底解説します。
化学産業は事業所数・製品出荷額・従業員数において製造業全体の10数パーセントを占める大きな産業です。[1]
化学産業の中心である石油化学工業の製品は、以下の3つのレベルに分けることができます。
基礎化学品の需要は今後も世界的に順調に伸張すると見られますが、日本企業の基礎化学品生産は安価な海外製品の市場拡大などの影響で需要減少が続いています。[2]
一方、②③のうち感光性・強磁性・高導電性・絶縁性・高遮熱性などの高い機能性を持つ製品については、日本企業が高いシェアを維持している例が多く、特定分野での機能性を追求した化学品のイノベーション推進が今後も成長の大きな鍵を握っていると言えます。
大手総合化学メーカーにおいては、特定事業分野の強化とイノベーション推進のため、特定分野に強み・先進性を有する同業企業へのM&A(買収や出資)を行う動きが盛んです。
特定分野の化学品製造事業を展開する企業においても、関連性のある同業者を買収し、シナジー追求と成長加速を図る例が多々見られます。
売り手側の化学メーカーとしても、M&Aにより技術・生産面の連携を図ることで中長期的な事業成長が期待できます。
また、収益性・成長性が期待できない事業を切り離し、経営資源をコア事業に集中するためにM&Aが利用される例も少なくありません。
化学メーカーと異業種企業の間では以下のような組み合わせのM&Aが行われています。
買い手 | 売り手 | 目的・メリット |
---|---|---|
化学メーカー | バイオ・医薬メーカー | 買い手:バイオ・医薬関連分野の強化 売り手:経営基盤・開発力の強化、事業の選択と集中 |
化学製品を扱う商社 | 化学メーカー | 買い手:サプライチェーンの上流・下流に当たる化学メーカーの取り込みによる事業ポートフォリオ拡充 売り手:買い手の調達・販売ネットワークの活用による事業安定化・拡大 |
化学品を用いる最終製品のメーカー | 化学メーカー | 買い手:生産力・開発力の取り込み 売り手:生産・販売の安定化、買い手の営業力・取引網を介した事業拡大 |
産業廃棄物処理・リサイクル企業 | 化学メーカー | 買い手:化学品製造技術の取り込みによる再生マテリアル製販一貫体制の構築 売り手:原料調達・生産・販売の安定化 |
エムアンドシー:レアメタル(モリブデン・タングステン)を用いた精密加工部品製造業。医療分野等へ納品。
日本材料技研:化学品製造業・オープンイノベーションに関するコンサルティング業。VC機能も有する。
譲渡企業:新規顧客の開拓・さらなる素材の活用等に乗り出せる。
譲り受け企業:機能材料分野における大手企業で埋もれている休眠特許ライセンスを譲り受けて、スケールアップ、マーケティングを進めて事業化しているため、エムアンドシーの素材についても広く活用することができる。
Henkel AG & Co.:接着剤を中心とする化学製品と、ヘアサロン・家庭向け美容品、各種洗剤・クリーナーの製造販売事業を展開[3]
ハリマ化成グループ:樹脂・化成品、製紙用薬品、電子材料、ローターなどの化学製品の製造販売事業、倉庫業、ホテル・ゴルフ場経営事業、不動産管理事業などを展開する企業グループの持株会社[4]
譲り受け企業:自動車業界・通信業界においてはんだ材料への需要が高まるなか、Henkelの高性能はんだ材料製品群と世界レベルの販売網・生産拠点などを取り込み、はんだ材料事業のラインナップ拡充と競争力強化、生産規模拡大、生産効率向上を図る[5]
ナティアス:医薬品産業向けに、核酸API、核酸系アジュバント、PCR遺伝子検査用プライマー/プローブ、核酸中間体などの製造販売事業と、核酸医薬品の受託製造事業を展開[7][8]
三井化学:生活・健康産業向け機能性化学製品、自動車産業向け複合材料製品、半導体・電子部品工程部材、農業向けグリーンケミカル製品、各種基礎化学品などを製造する大手総合化学メーカーで、近年は素材提供に留まらずサービス要素を組み合わせたソリューション型ビジネスを推進[9]
譲渡企業:自社の核酸API製造技術と譲り受け企業の酵素技術・精密有機合成技術を掛けあわせ、核酸中間体製造事業・核酸医薬品受託製造事業の強化を推進[8]
譲り受け企業:生活・健康分野におけるソリューションビジネスの拡大[10]
関東化学工業:家庭用・業務用粉体洗剤の受託製造事業、防錆保護被膜剤のオリジナル製品製造事業、航空業界向け防除雪氷液・融雪剤製造事業を展開[11]
理研アルマイト工業:ロケット部品や人工衛星構体などの宇宙航空分野を中心に、各種産業用部品・部材に対するアルミニウム表面処理の受託事業を展開[12]
譲り受け企業:産業向け製品から家庭向け製品まで幅広い領域に対応する技術を有する譲渡企業をグループ内に取り込み、技術力の強化と事業分野の拡大を図る[12]
OATアグリオ:農薬、肥料、バイオスティミュラント(植物の免疫力向上剤)を中心とする研究開発・製造・販売事業を展開[13]
北興化学工業:水稲・園芸分野の農薬や電子材料・医薬品原料・中間体などのファインケミカルの製造販売事業を展開[14]
譲渡企業:経営資源の選択と集中により新技術・新製品の開発加速を図る[15]
譲り受け企業:水稲除草剤分野のポートフォリオ拡充、国内外における同分野事業の拡大[16]
J-ケミカル:木質系接着剤・ホルマリンなどの販売事業を展開[18]
ユタカケミカル:J-ケミカルと三菱ガス化学の出資により設立され、J-ケミカルの製造部門を担う会社として接着剤・ホルマリンの製造販売事業を展開[18]
三菱ガス化学:各種基礎化学品と無機化学品・合成樹脂・光学材料・電子材料・脱酸素剤などの機能化学品の製造販売事業、エネルギー資源開発・発電事業、健康食品素材の開発事業などを展開[19]
譲り受け企業:接着剤・塗料などの原料であるホルマリンに関連する事業の拡大(譲渡企業との連携により接着剤の原料から製品までの一貫生産体制を構築し、ホルマリン事業を安定的な収益基盤へと成長させる)[18]
東海化学工業所:医療・食品用乾燥剤の製造販売事業を展開[21]
パーカーコーポレーション:産業機械・試験機械の輸入・販売、生産設備の試作・設計・製造、自動車産業を初めとする各種産業向け化学品の製造販売事業などを展開[22]
譲渡企業・譲り受け企業:技術ノウハウ・製品販売網の共有により事業拡大・経営基盤多様化を図る[21]
ENEOS:石油製品(ガソリン・灯油・潤滑油など)の精製・販売事業、ガス・石炭の輸入・販売事業、石油化学製品などの製造・販売事業、電気・水素の供給事業を展開[24]
出光興産:燃料油の製造・販売、基礎化学品・高機能材の製造・販売、火力発電・再生可能エネルギー電源の開発・運営、資源の採掘・開発などの事業を展開[25]
譲渡企業:製造機能を停止した事業所の整理[26]
譲り受け企業:製品としての揮発油留分の需要減少加速が見込まれるなか、揮発油留分を高付加価値の石油化学原料生産に活用するための設備拡充を図る[27]
三菱ケミカル:三菱ケミカルホールディングスグループの中核事業会社で、各種機能化学品・素材の製造販売事業を展開[28]
大阪有機化学工業:アクリル酸エステルの生産を基盤として、樹脂原料、電子材料、化粧品原料、機能性材料などの製造・販売事業を展開[29]
譲り受け企業:譲渡企業の頭髪化粧品用アクリル樹脂事業を取り込み、化粧品用アクリル樹脂の製品ラインナップ拡充と海外販売チャネル獲得、生体適合材料・超親水性コーティング開発への活用を図る[28]
[3]会社情報(ヘンケルジャパン)
[4]グループ体制(ハリマ化成グループ)
[5]Henkelのはんだ材料事業買収(ハリマ化成グループ)
[6]Henkelのはんだ材料事業買収日程変更(ハリマ化成グループ)
[7]事業内容(ナティアス)
[8]三井化学を引受先とする第三者割当増資(ナティアス)
[9]会社概要
[10]ナティアスへの出資と業務提携(三井化学)
[11]製品一覧(関東化学工業)
[12]関東化学工業をグループ傘下へ(理研アルマイト工業)
[13]事業概要(OATアグリオ)
[14]会社概要(北興化学工業)
[15]事業譲渡(OATアグリオ)
[16]事業の譲受け(北興化学工業)
[17]開示事項の経過(OATアグリオ)
[18]J-ケミカル社の株式取得(三菱ガス化学)
[19]事業紹介(三菱ガス化学)
[20]合併、社名変更(MGCウッドケム)
[21]子会社の異動を伴う株式取得(パーカーコーポレーション)
[22]事業紹介(パーカーコーポレーション)
[23]2021年3月期有価証券報告書(パーカーコーポレーション)
[24]会社概要(ENEOS)
[25]事業概要(出光興産)
[26]出光興産への設備譲渡契約締結(ENEOS)
[27]石油化学製品製造設備の譲受(出光興産)
[28]化粧品用アクリル樹脂事業の譲受(大阪有機化学工業)
[29]事業・製品(大阪有機化学工業)
[30]第75期有価証券報告書(大阪有機化学工業)
マイオリッジ:京都大学発スタートアップ企業で、再生医療製品・バイオ医薬品・培養食品などのメーカーに向けて、iPS細胞由来心筋細胞の販売や、培地成分データベースの提供、独自の培地スクリーニング技術を活用した培地受託開発などの事業を展開[31]
住友化学:基礎化学品や幅広い分野にわたる機能性化学品を製造する大手総合化学メーカー[32]
三菱ケミカルホールディングス:基礎化学品や幅広い分野にわたる機能性化学品、医薬品・医療機器などを製造する大手総合化学グループの持株会社[33]
譲渡企業:細胞培養関連製品・サービスの開発促進[31]
譲り受け企業(住友化学):医薬品分野において市場成長が見込まれる細胞加工製品の品質向上、培養コストの削減[34]
譲り受け企業(三菱ケミカルHD):細胞培養周辺材料の課題解決力強化、品質・供給の安定化[35]
Meiji Seikaファルマ:医療用医薬品、動物薬、環境影響に配慮した農薬などの製造販売事業を展開[36]
三井化学アグロ:三井化学グループの農薬事業における中核企業で、独自の原体をベースにした農薬の研究開発・製造・販売事業や、建築資材の環境管理(防虫・防蟻・防湿)事業などを展開[36]
譲渡企業:農薬事業は海外展開も含めさらなる成長が期待できるものの、コロナ禍のなか医療用医薬品事業の事業基盤を強化し新薬創出に向けて経営資源の集中を図ることが急務であることから、同事業の譲渡を決定[37]
譲り受け企業:譲渡企業が有する農薬原体、国内外の顧客基盤、創薬・製剤技術、天然物に関する技術を取り込み、国内市場におけるプレゼンス向上と海外農薬市場への展開加速、継続的な新規原体創出、市場ニーズに基づく製剤開発の強化を図る[36]
バイオエックス:半導体技術を活用した酵素反応測定装置の開発・製造・販売事業を展開[39]
佐々木化学薬品:一般化学薬品や金属表面処理薬品、機能性樹脂の開発・製造・販売を手がけ[40]、近年はライフサイエンス分野に参入して試薬や抗体の販売・受託作製事業を展開[41]
譲り受け企業:ライフサイエンス事業における取扱分野拡充[40]
[31]資本業務提携(マイオリッジ)
[32]事業・製品(住友化学)
[33]製品を探す(三菱ケミカルHD)
[34]マイオリッジと資本業務提携(住友化学)
[35]マイオリッジに出資(三菱ケミカルHD)
[36]Meiji Seikaファルマの農薬事業を取得(三井化学アグロ)
[37]農薬の製造販売事業の譲渡(Meiji Seikaファルマ)
[38]Meiji Seikaファルマの農薬事業を取得完了(三井化学アグロ)
[39]製品紹介(バイオエックス)
[40]バイオエックスの株式取得(佐々木化学薬品)
[41]ライフサイエンス事業(佐々木化学薬品)
美濃化学工業:プラスチック原料の製造販売・委託加工業を展開[42]
アカルタスホールディングス:一般廃棄物・産業廃棄物の収集運搬・中間処理、廃棄物処理に関するコンサルティング、不用品回収・遺品整理、プラスチック原料・スクラップの仕入・販売・加工などの事業を展開する企業グループの持株会社[43]
譲り受け企業:プラスチック製造ノウハウをグループ内に取り込み、譲渡企業と既存子会社との連携を通して再生プラスチックマテリアルの製販一体体制を構築し、同分野の事業拡大を図る[42]
ハクビ化学:愛媛県四国中央市に拠点を置き製紙用の各種接着剤や工業薬品の製造販売業を展開[44]
カミ商事:愛媛県四国中央市に本社を置き、紙原料の仕入事業と、子会社を通じて製造した各種用紙・板紙・家庭向け紙製品シリーズの販売事業を展開[45]
譲り受け企業:家庭向け紙製品生産の更なる効率化[44]
Green Earth Institute:RITE(公益財団法人地球環境産業技術研究機構)発のベンチャー企業で、バイオマスを原料とした非石油由来の化学品・燃料の開発と商業化の事業を展開[46]
エア・ウォーター:産業ガス供給、機能化学品開発・製造、医療ソリューションサービス、エネルギー供給、農産物生産、食品製造販売などの多様な事業を展開[47]
双日:自動車・航空機・鉄道・船舶・インフラ・ヘルスケア・金属資源・化学素材などを扱う総合商社[48]
譲渡企業:譲り受け企業(出資企業)の事業ネットワークや専門性の高い知見を活用し、バイオ化学品の事業パイプライン拡充と国内外での事業開発推進を図る[49]
譲り受け企業(エア・ウォーター):環境問題対応素材の開発やケミカルリサイクルなどの環境ビジネスに進出し、他事業との連携を通してスマート・循環型社会に対応した事業ポートフォリオへの変革を加速[50]
譲り受け企業(双日):自社の化学業界関連顧客ネットワークや販売・調達網と譲渡企業の技術を掛け合わせ、今後大きな成長が期待されるバイオ化学品分野での新事業構築と、低炭素・循環型社会に貢献する環境ビジネスの創出を図る[46]
[42]美濃化学工業の株式取得(アカルタスHD)
[43]事業紹介(アカルタスHD)
[44]ハクビ化学の株式取得(カミ商事)
[45]事業案内(カミ商事)
[46]Green Earth Instituteに出資参画(双日)
[47]事業紹介(エア・ウォーター)
[48]事業紹介(双日)
[49]第三者割当増資を実施(Green Earth Institute)
[50]Green Earth Instituteに出資(エア・ウォーター)
化学業界では特定分野の強化を目的として同業者とのM&Aを行う動きが盛んです。
また、技術面で関連性のあるバイオ・医薬企業とのM&Aや、サプライチェーン上のつながりが強い隣接企業とのM&Aも活発化しています。
こうした動きは今後さらに拡大していくものと見られます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)