事業承継における専門家の種類・役割【中小機構の支援策も解説】
- 法務監修: 西田 綱一 (公認会計士)
事業承継の専門家は事業承継の過程でサポートしてくれるパートナーであり、税理士・弁護士・中小企業診断士・事業承継士等が該当します。事業承継に関する専門家の役割や種類、探し方を徹底解説します。
主な専門家の種類 | 主な役割・業務内容 | 相談するメリット |
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税理士 |
| 税務・会計に関する支援に限らず、経営支援・金融支援といった多面的な支援を受けることができる |
弁護士 |
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公認会計士 |
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事業承継をサポートする専門家には、主に以下の種類があります。
以下では、各専門家の役割や相談するメリットを詳しく説明します。
税理士は税務の専門家です。税務代理・税務書類の作成・税務相談の提供を業務とします。
またこれらに付随する業務として、財務書類の作成や会計帳簿の記帳代行等の提供もできます。[1]
事業承継においては、適正な税務申告書等の作成等を支援します。
事業承継の形態がM&Aの場合、税理士は税務についてのデュー・ディリジェンス(以下「DD」)を提供します。
DDとは事業承継対象企業である譲渡側における各種のリスク等を精査するため、主に譲り受け側が専門家に依頼して実施する調査のことです。
税務DDは事業承継対象企業の企業価値に影響する潜在的な税務リスク(例:過去の申告が誤っていたことによる追徴課税等)の把握等の観点から行われます。
税務DDにおいて一般的に実施される主な調査手続は以下の通りです。
また中小企業のM&Aは、一般的に株式譲渡又は事業譲渡のスキームで行われるケースが多いため、代表者交代が行われるタイミングであることが通常です。
株式譲渡と事業譲渡にはそれぞれにメリットとデメリットがあるので、顧問先からM&Aについて相談を受けた際には、メリット・デメリットを総合的に勘案した上での適切な助言やスキームの提案等の役割を果たすことが税理士には期待されています。
税理士は中小企業の経営者にとって身近な相談役です。
顧問として中小企業の実情を把握し、中小企業の税務・会計を理解しています。
税理士に相談するメリットは、顧問先として、税務・会計に関する支援に限らず経営支援・金融支援といった多面的な支援を受けられることです。
法的な観点での検討が不可欠な事業承継において、弁護士は法務の専門家として株式譲渡や事業譲渡といった手法の選択や譲渡スキームの検討・策定等、全体的な手続進行のコーディネート役を担うケースがあります。
別途依頼を受けた場合には、個別の対応事項(例:契約書等の作成・リーガルチェック等)についてスポット的に対応するケースもあります。
事業承継についての契約時には、契約書等の書面の内容が当事者の合意した事項を正確に反映しているかのチェックが必要です。
また内容の確定について交渉が必要となるケースもあります。
合意内容によっては企業自身で判断することが難しい場合もあるため、法務の専門家である弁護士による契約書等の作成・リーガルチェックの支援が必要となります。
また経営者が会社の金融債務等の保証人となっているケースは少なくありません。
このような経営者保証は、譲渡側経営者にとっても重要な懸念事項であるため、弁護士による適正な処理が期待されます。
事業承継の形態がM&Aの場合、弁護士は法務DDを提供します。
法務DDは事業承継の対象企業の抱える法的なリスク等について、主に譲り受け側が必要に応じて行います。
特にM&Aの手法として株式譲渡が選択された場合には、譲渡側の抱える法的なリスクをそのまま引き継ぐことになりかねませんので、全般的かつ網羅的な法務DDがなされるケースが想定されます。
法務DDは主に下記の観点から行われます。
弁護士には判明した法的なリスクや現実的な対応策について、依頼者に説明できるよう可能な限り整理しておく役割が期待されます。法務DD前に法的な問題点が判明した場合も同様です。
弁護士に相談するメリットとして、法務面でのサポートを受けられること以外に代理人として利害関係者との交渉を任せられることも小さくありません。
事業承継においては、主に以下のような利害関係者間での利害関係の調整が必要です。
公認会計士が事業承継において果たす主な役割は以下の通りです。
仮に中小企業の事業承継をM&Aにて行うとすると、譲り受け側に提出された譲渡側の財務書類が一般に公正妥当と認められる会計基準等に基づいて作成されていない場合等には、譲渡額を含め不利な条件での交渉となるケースや交渉自体が不成立となるケースがあります。
事前に適正な財務書類を作成するよう公認会計士が譲渡側経営者を支援することが期待されます。
また譲渡対価の基礎となるバリュエーションや財務DDも公認会計士の業務です。
バリュエーションとは企業・事業の価値の金銭での評価です。
算出された評価額はM&Aで譲渡額を決める際に目安の一つとして取り扱われます。
財務DDは通常以下を目的としてなされます。
財務DDの結果は、譲渡対価や譲渡スキーム等の修正やM&Aそのものを取りやめる場合の判断において、重要な要素となり得ます。
譲渡条件の調整に利用されるだけでなく、把握されたリスク要因や問題点がPMIと呼ばれるM&A実行後の経営統合作業時に有用な情報として活用されます。
適正な財務書類の作成やコーポレート・ガバナンス構築の支援を監査と会計の専門家の観点から受けられることが公認会計士に相談する主なメリットです。
また、M&A取引の早い段階でなされるバリュエーションはM&A取引の基礎となる重要なものなので公認会計士に相談するメリットは小さくありません。
司法書士は不動産登記・商業登記・供託・裁判事務とそれらに関する法律の相談に乗れる国家資格です。
司法書士は司法書士法を根拠としています。
司法書士は事業承継の専門家ではありませんが、事業承継の手続きの中には登記など司法書士の力を借りる場面があるため、相談するメリットがあります。
中小企業診断士は中小企業の成長戦略策定やその実行のためのアドバイスを主な業務とします。
事業承継における役割として、企業・事業の価値を向上させるための「見える化」「磨き上げ」への支援等が挙げられます。
事業承継の形態がM&Aの場合、中小企業診断士はビジネスDDを提供します。
ビジネスDDは、譲渡側の商流や収益構造といったビジネスモデルを整理し、外部環境・内部環境からマーケットにおける競争力を分析してなされます。
事業の将来性や譲り受け側との統合によるシナジーの検討等を目的としています。
また中小企業診断士には譲渡側の事業の全体像を把握し、企業概要書の作成を支援する役割が期待されています。
企業概要書は譲り受け側に対し譲渡側の具体的な情報を伝えることで、その後のM&Aの手続の円滑な進行に資するものです。
事業の運営面からのPMIの支援も役割として期待されています。
中小企業診断士は中小企業と行政・金融機関等をつなぐパイプ役を担います。
専門的知識の活用による中小企業施策の適切な活用支援等を受けられることが中小企業診断士に相談するメリットです。
事業承継士は一般社団法人事業承継協会が認定している民間資格です。
事業承継協会は、事業承継士が対象とするのは「社長個人の相続」と「会社の事業承継」の両方の分野を融合させたものであり、単なる相続対策、節税対策にとどまらず、弁護士・公認会計士・税理士・中小企業診断士といったそれぞれの専門家をコーディネートできる立場にいる、としています。
事業承継士の資格取得講座を運営している事業承継センター株式会社によると、事業承継士は会社の理念・儲かる仕組み等を承継し、後継者による更なる成長を図ることを通じて全体最適をもたらせるとしています。
事業承継アドバイザーは、一般社団法人金融検定協会によって認定されている資格です。
金融検定協会とは、主に金融機関の職員向けの試験等を運営している団体です。
事業承継アドバイザーは金融機関の職員における、事業承継に関するアドバイスの能力向上を目指して創設されました。
資格認定を受けた事業承継アドバイザーに相談できれば、M&A当事者の安心感に繋がります。
事業承継を支援する公的機関の一つとして、事業承継・引継ぎ支援センターがあります。
事業承継・引継ぎ支援センターは従業員承継・M&A・廃業等に対する相談を幅広く受け付けています。
相談時点において意思決定できていないものについても対応していて、相談者のニーズを把握した上で、適切な対応策を検討しています。
また相談者にとって事業承継・引継ぎ支援センター以外に適切な支援機関が存在しない場合等において、特定のマッチング相手が決まっている場合や合意できている場合に、その後の手続の一部を直接支援するケースもあります。
マッチング相手が決まっていない場合は、事業承継・引継ぎ支援センターが保有するデータベースも活用しながら相手探しを実施します。
マッチング相手が見つかった場合には、税理士などの士業等の活用も含めた支援がなされます。
事業承継・引継ぎ支援センターには、地域金融機関のOBや税理士・中小企業診断士・弁護士等のM&Aの知見を有する専門家が常駐しています。
マッチング後や従業員承継等に係る支援に加え、事業承継に関連した幅広い相談対応が受けられることが事業承継・引継ぎ支援センターに相談するメリットです。
M&A専門会社はM&Aの実現にとって重要な役割を果たす支援機関です。
通常、中小企業はM&Aについて十分な知見を有していないため、中小企業だけでM&Aの手続を進めるための意思決定に踏み切ることは容易ではありません。
M&A専門会社には、専門的な知見に基づく中小企業に対する実践的な提案を通じて、M&Aの意思決定を支援する役割が期待されています。
M&A専門会社はM&Aに仲介者として関わるケースとFAとして関わるケースがあります。
仲介者として関わる場合は、譲渡側・譲り受け側の双方と契約を締結します。
譲渡側・譲り受け側の双方の事業内容が分かるため、両当事者の意思疎通が容易となるメリットがあります。
M&Aの実行に向けて円滑な手続が期待できます。
FAとして関わる場合は、譲渡側・譲り受け側の一方と契約を締結します。
契約者の意向を踏まえ、契約者に対し踏み込んだ助言・指導等まで行うことが期待されます。
一方当事者のみと契約を締結しており、契約者の利益に忠実な助言・指導等を受けられることがメリットです。
M&A専門会社の具体的な業務内容として主なものは以下の通りです。
一般的にM&Aを支援する際には、以下のような能力が必要とされます。
これらを持つM&A専門会社による支援があって、これまでに数多くのM&Aが成立しました。
M&A専門会社は案件全般の進行役としての役割を担っています。
適切に交通整理すれば、M&A当事者における各種専門家や相手方との調整に関する負担や情報集約にかける負担は大幅に軽減され、M&A当事者は集約された情報に基づく判断に集中できます。
またM&A専門会社は戦略面やバリュエーションに専門性を持つ場合が多いため、買収する事業の範囲や価格についての有用な助言を受けられることがメリットです。
金融機関が事業承継を支援する場合、顧客は与信先であることが多く、与信業務を含む固有業務に付随して、事業承継に関する助言等がなされます。
金融機関において、まず顧客からの相談を受け付けるのは、通常、営業店です。
相談内容は必ずしも事業承継に関するものに限りません。
もし相談中に事業承継についての必要性を見出した場合には、当該顧客に事業承継の必要性についての気付きを提供するのが金融機関の大きな役割です。
ただし事業承継は経営者にとってセンシティブな話題です。
経営者との対話の際には、適切な伝え方やタイミングについて金融機関は考慮する必要があります。
金融機関は与信先である顧客の詳細な財務情報等を保有しています。
顧客にとって経営相談等も行う身近な支援機関で、特に地方において重要なネットワークを有する存在です。
金融機関から顧客の経営内容・財務内容等を十分把握した上での中長期的な視野でのM&A支援が受けられることが相談するメリットです。
また事業承継がM&Aにて行われる場合、顧客のマッチング候補先を外部に求めるだけでなく、自らの顧客基盤の中からマッチング候補先を抽出できる点も金融機関に相談するメリットです。
[1]税理士法1条
専門家によって得意とする業務は異なりますので、相談・依頼したい業務内容を得意としている専門家を選びたいところです。
以下にM&A専門会社の報酬の名目と支払いのタイミングの一般例を記載します。
これらはあくまで例示に過ぎません。
手数料の金額や体系はM&A専門会社によって異なります。
成功報酬のみ請求するM&A専門会社もいます。
また専門家が違えば、料金体系そのものが異なるケースも想定されます。
どの事業承継の専門家からサポートを受けるにしろ報酬の妥当性等について、希望条件を明確に伝えつつ締結前に納得がいくまで十分な説明を受けることが必要です。
いくら事業承継をサポートする専門家が大手であっても、実際に案件を担当するのは数名の担当者のみです。
知名度だけでなく担当者のこれまでの経験・能力・人間性まで含めて専門家を選択したいところです。
実際に事業承継が始まると、サポートの主担当者と企業側の担当者は、昼夜を問わず、携帯電話でのやり取りが多くなります。
それだけに信頼できる担当者かどうかで最終的には専門家を選ぶことも重要です。
中小機構では、より多くの事業者に事業承継支援を届けるため、支援機関・金融機関と連携して専門家を派遣し、各地域における事業承継支援の強化を図っています。
事業承継・引継ぎ支援センターは国が設置する公的相談窓口です。
親族内への承継も、第三者への引継ぎも含めて、中小企業の事業承継の様々な相談に対応しています。
中小機構は円滑な事業承継に向けた計画的な取り組みやノウハウ共有のためのセミナーを提供しています。
また事業承継フォーラムが存在しており、その主旨として、日本経済を支える中小企業の事業承継は日本の喫緊の課題であり、事業承継に悩んでいる経営者はもちろんのこと、まだ事業承継を意識していない経営者にも課題としてイメージをもってもらい行動に移して欲しいという旨が記載されています。
事業承継・引継ぎ支援センターは、中小企業再生支援協議会やよろず支援拠点といった他の公的機関や、士業等を含む民間の支援機関とも連携しています。
M&A以外の対応が適切であると判断した場合には、適切な支援機関への橋渡しを行っています。
また税務面・法務面に関する士業等への相談や企業概要書の作成が必要である場合においては、事業承継・引継ぎ支援センターが外部専門家等を紹介し、連携の上で作成の支援を行います。
外部専門家等の利用は譲渡希望者にとって費用負担が生じますが、税務面・法務面での見解が重要なポイントとなるケースもあるので、必要な場合は外部専門家等の活用が検討されます。
インターネットで検索すると、自社の近くで開業している専門家が見つかるでしょう。
ただし情報の正確性や担当者の能力・人柄まではインターネットでは分かりません。
ここまで事業承継の専門家について説明しました。
具体的な種類を挙げ、細かく役割やメリットについて解説したので詳しくイメージできた方もいらっしゃるでしょう。
実際に専門家に相談される際には、是非今回の記事をご参考にしてください。
(執筆者:公認会計士 西田綱一 慶應義塾大学経済学部卒業。公認会計士試験合格後、一般企業で経理関連業務を行い、公認会計士登録を行う。その後、都内大手監査法人に入所し会計監査などに従事。これまでの経験を活かし、現在は独立している。)