M&Aにおける銀行の役割は?融資・アドバイザリーの特徴と手数料
- 執筆者: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
M&Aにおいて銀行は、買収資金の融資や専門的な助言などを提供します。また、売り手側の立場に立って、M&Aの支援や相談対応なども行います。M&Aにおける銀行の役割・立場、手数料をわかりやすく解説します。
銀行は主に以下の3つの役割・立場でM&Aに関与します。
役割・立場 | 内容 |
---|---|
買収資金の調達先 | M&Aに関する資金の借入を必要とする企業(主に買収資金を必要とする買い手)に対し融資を行う |
既存融資の債権者 | 売り手企業・買い手企業に融資を行っている債権者という立場からM&Aに関与する |
M&Aアドバイザー・相談窓口 | 売り手・買い手からの相談を受け付けたり、専門的なアドバイザリー(助言業務)を提供したりする |
企業に対する銀行の業務のなかで中心に位置するのは融資です。
M&Aでは新たに買収資金を融資する立場で関わる場合と、既存の融資の債権者として(M&Aの影響を受ける利害関係者の立場から)関与する場合があります。
銀行のなかにはM&Aに関する専門的なアドバイザリーを提供しているところと提供していないところがあります。
提供している場合にも、専門性や実績、得意とする案件、手数料などの点でかなり違いがあります。
以下ではそれぞれの役割・立場について詳しく解説していきます。
M&Aの買収対価として大きな現金が必要になるケースでは、手元資金だけでは足りず、銀行からの資金調達が行われるのが通例です。
銀行は企業への融資に際し、融資金額とその企業の信用力や事業見通しなどを天秤にかけて審査を行い、融資の可否や金利を決定します。
買収資金の融資の場合、買い手の信用力に加え、買収後の事業の見通し、買収金額設定の合理性・相当性、買い手・売り手の資産の価値・担保能力などが審査の大きなポイントとなります。
企業買収では比較的大きな資金が必要になることに加え、経営統合というプロジェクトは経常的な事業に比べて不確実性が高いため、審査では信用力が厳しく評価されます。
とくに、借り手がこれまでその銀行と取引がなく、新規に融資を申し入れる場合には、一般的に審査が厳しくなることが予想されます。
借り手がこれまでにもその銀行から融資を受けてきた場合、銀行側は借り手について債務履行の履歴や財務状況の推移、会社・経営者の様子などをよく把握しており、それに基づいて借り手の信用力と貸付のリスクを合理的に判断できます。
一方、新規の相手については情報が乏しいため、より慎重な姿勢で審査に臨むことになります。
借り手企業の信用力が十分でない場合、オーナー経営者の個人保証という形で信用力の補強が求められる場合もあります。
銀行は買収後の事業計画の合理性や統合により生じるとされるシナジーの実現可能性、経営統合に潜むリスクなどについて厳しくチェックします。
借り手は説得力のある具体的な事業計画を提示することが求められます。
経営破綻状態にある企業を買収するようなケースでは買収金額が売り手企業の純資産以下となる場合もありますが、それ以外の一般的なケースでは、買収金額は純資産額を上回るのが通例です。
買収金額から純資産額を引いた差額はのれんと呼ばれます。
のれんには帳簿に現れない売り手企業の超過収益力(ブランド力やノウハウなど)やシナジーへの期待が込められています。
買い手企業は売り手企業から提示された情報の分析などに基づいて買収の価値とリスクを検討し、売り手企業の超過収益力やシナジーの大きさを評価して買収金額に反映させます。
銀行としては資金の貸し手の立場から、よりリスクに重点を置いて、金額設定の合理性・相当性をシビアに検討します。
銀行としては、シナジーのような「将来得られるかもしれない価値」よりも、現に存在し、債務履行能力の保証となる目に見える価値のほうに信頼を置きます。
とくに、時価評価がしやすく流動性・換金性の高い資産(土地、建物、有価証券など)は確実性という点で高く評価されます。
そうした資産に担保を設定すれば、銀行はさらに融資に前向きな姿勢を示します。
M&Aにより売り手企業や買い手企業の債務履行能力が変化すれば、債権者にその影響が及びます。
そのため、会社法ではM&Aのスキームに応じて債権者の権利を保護するための規定を設けており、債務者である企業はそれにのっとった対応をする必要があります。
資金力のあるスポンサー企業が債務超過企業を買収して事業再生を図るケースでは、売り手企業と債権者である銀行の間で債権放棄やDES(デット・エクイティ・スワップ)が行われることがあります。
合併(吸収合併・新設合併)、会社分割(吸収分割・新設分割)、株式交換、株式移転では、M&Aが成立する前の段階で、債権者に異議申立ての権利が与えられる場合があり、債権者から異議を提示された企業は債務の弁済や相応の担保の提供などを行うことが求められます(会社法第789条[1]・799条[2]・810条[3])。
また、会社分割に対しては、M&A成立後についても債権者の権利を保護する規定が設けられています(同法第759条第2~4項[4]・第764条第2~4項[5])。
例えば、債務超過に陥っている企業が、債権者を害することになると知りながら、大きな債務を自社に残して優良事業だけ切り出して買い手企業に吸収分割で譲渡するようなケースは、詐害的会社分割として規制されます。
債権者が害される(債権回収の望みがなくなる)ことを買い手の方でも把握していた場合、債権者は買い手に対しても債務の履行を求めることができます(第759条第4項[4])。
債務超過に陥った企業をスポンサー企業が買収して事業再生を図るケースでは、債権者である銀行が債権の一部を放棄することが買収の前提条件とされることがあります。
銀行としては、債権放棄を拒んで買収が不成立となった場合と債権放棄を受け入れて買収が成立した場合を比べてどちらのほうが結果的に得かを検討します。
買収不成立なら売り手企業から債権の大半を回収できず、買収成立ならば(債権放棄による損失を考慮しても)相当の回収率が望めるのだとしたら、銀行は提案を受け入れることになるでしょう。
債権放棄の代わりにDES(デット・エクイティ・スワップ)が検討されることもあります。
DESとは債権(デット)を株式(エクイティ)と交換する(スワップ)ことで、債権の株式化とも呼ばれます。
DESにより銀行は債権(返済と利息を受ける権利)を手放してその代わりに株式を取得し、議決権(経営に口を出す権利)と配当を受け取る権利を得ます。
また、将来的に業績が回復して株価が上昇すれば債権を保有し続けた場合よりも大きな利益が得られる可能性があります。
ただし、再生がうまく行かなければ株式が紙くずと化してしまう恐れもあります。
[1] 会社法第789条(e-gov法令検索)
[2] 会社法第799条(e-gov法令検索)
[3] 会社法第810条(e-gov法令検索)
[4] 会社法第759条(e-gov法令検索)
[5] 会社法第764条(e-gov法令検索)
銀行はM&AアドバイザーとしてM&A全般について専門的な助言・支援(M&Aアドバイザリー)を提供する役目を果たすこともあります。
また売り手にとっては、最終的にM&Aアドバイザリーを担う立場になるかはともかく、取引銀行がM&Aに関する最初の相談相手となるケースがよくあります。
FAのように売り手・買い手の一方とのみ契約を結んでアドバイザリーを提供する場合と、仲介会社のように双方と契約を結んで仲介として働く場合とがありますが、仲介は利益相反の問題が生じる恐れが高いとされます。
アドバイザリー業務と融資など他の業務の利害がぶつかることによる利益相反の問題もあります。
ここでは、M&Aに関する事前相談先およびM&Aアドバイザーとしての銀行の役割を整理し、利益相反の問題について解説します。
また、銀行にM&Aアドバイザリーを依頼した場合の手数料についても簡単にまとめておきます。
2019年の中小企業白書(第2部第4章第1節[6])によると、事業承継を行った中小企業経営者の33%が取引銀行を相談先として利用しています。
これは公認会計士・税理士を合わせた利用率(72.5%)に次ぐ第2位の数値です。
また、銀行への相談が最も役に立ったと答えた経営者のうち32.9%が引継ぎ先を見つけること(マッチング)でとくに銀行が役に立ったと考えています。
企業がまだM&Aをはっきりと意識していない段階でも、取引銀行との経営相談の場でM&Aのニーズが浮かび上がるケースもあり、そうした場合には銀行がニーズを掘り下げ、売り手・買い手企業にM&Aの可能性や方法を伝達することで、M&A実行へのきっかけを与える役目を果たします。
FAなどのM&A専門会社が提供するものと基本的に同一です。M&Aの検討段階からクロージング(譲渡などの実行)にいたるまで、M&Aに関する意思決定のための助言を提供し、スケジュール・段取りを調整します。
具体的には、戦略の立案、相手企業とのマッチング、相手企業の財務状況や企業価値の分析、M&Aスキームの検討、専門家(弁護士・会計士・税理士など)の起用、相手企業との交渉、契約書作成、情報開示などについての助言を提供するほか、社内外の関係者のスケジュール調整や、法律上・契約上の手続きの段取りなどを行います。
メガバンククラスの大手銀行は大規模な案件やクロスボーダーM&A(海外企業とのM&A)などの専門性の高い案件を主に扱います。
仲介形態でのアドバイザリーを行うことはありません。
地方銀行は従来M&Aにあまり積極的ではありませんでしたが、中小企業の後継者不足の深刻化や中小企業M&Aを対象とする仲介業界の活況などに後押しされ、地元中小企業に対するアドバイザリー業務に力を入れるところが増えてきているようです。
地方銀行のM&Aアドバイザリーはマッチングに重点を置いており、仲介の形態をとることもあります。
中小企業同士のM&Aでは、自社の利益を追求するよりも、相性がよくて信頼できる相手との友好的な取引を求めるニーズが高いとされ、地方銀行はそれに応える形でアドバイザリー業務を提供していると言えるでしょう。
売り手にとって地方銀行は、信頼できる買い手探し、およびその後の契約成立をサポートしてくれる存在なのです。
また地方銀行は、融資先の企業(売り手)から資金を回収できなくなることを防ぐために、売り手オーナー側に立ってM&Aの成功を同じ目線で考えてくれる存在でもあります。
そのため、M&Aの準備や交渉、契約の場面で疑問に思うことを相談することで、親身になって解決に向けた助言やサポートをしてくれます。
売り手・買い手の双方とアドバイザリー契約を結ぶ仲介形式では、一方の契約者の利益を優先して他方の契約者を不当に扱うような事態(利益相反)が生じやすいとされます。
例えば、売り手より買い手のほうが今後もM&Aを行う可能性が高く、優良な顧客関係が継続することが期待できるため、買い手側に有利な条件(低い買収金額)で交渉をまとめようとするインセンティブが働きやすい指摘されます。
一方、高い買収金額であるほうが成功報酬は高額になるため、売り手側に偏るケースもあると言われています。
銀行の場合は融資など他の業務も行っているため、それとの兼ね合いでの利益相反も問題となります。
例えば、売り手側にM&Aアドバイザリーを行う一方で買い手側には買収資金のための融資を行う場合、売り手側を優先して買い手に過剰な負債を強いたり、貸付の回収可能性を高めるために譲渡価格を低く抑えようとし、結果的に買い手側の利益に偏った取引へと仕向けたりする恐れがあります。
買い手側にアドバイザリーと融資の両方を提供する場合にも同様の利益相反が生じる可能性があります。
銀行は融資の方をメインの業務としているのが一般的であるため、これらのケースでは譲渡価格を低く抑える方向へ誘導するインセンティブが強く働きやすいと指摘されています。
一方、銀行が売り手企業に投資している(投資のためにその企業の株式を保有している)ケースでは、株式の譲渡価格が高いほど投資の成果を高めることができるため、売り手側に有利な誘導をするインセンティブが生じます。
銀行に対しては、利益相反を防ぐための管理体制を構築することが法律(銀行法第13条の3の2[7]、同法施行規則第14条の11の3の3[8]など)で義務づけられています。
例えば、利益相反につながりやすい取引を事前に特定して類型化したり、融資を担う部門とM&Aアドバイザリーを担う部門の間で情報が共有されないように情報遮断体制を構築したりするなどの対策が求められます。
利益相反はグループ企業を介しても発生する可能性があります(例えば同じグループに属する企業が投資している会社の買収に関して銀行が買い手側のアドバイザリーを担当するケースなど)。
したがって、グループ内の企業間でも適切な利益相反管理体制を整備する必要があります。
銀行にM&Aアドバイザリーを依頼する側としても、利益相反の問題には十分注意し、銀行の利益相反管理方針をチェックした上で、不明な点は銀行側に問い合わせることが必要です。
M&Aアドバイザリーの手数料は業者により大きく異なり、案件によっても違います。
銀行では(FAや仲介会社などの専門業者と違い)手数料を具体的に公開することはほとんどなく、案件ごとに問い合わせが必要になるのが通例です。
大手銀行のアドバイザリー手数料は一般的にかなり高額であると言われています。
M&Aのサポートを受けたい売り手は、比較的手数料が安い地方銀行に相談するのが良いでしょう。
M&Aアドバイザリーの手数料には下記の4つの要素がありますが、近年では4つすべてを請求する業者はあまりなく、着手金と成功報酬のみ、または成功報酬のみという業者が多いようです。
名称 | 内容 |
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着手金 | アドバイザリー契約の締結時に支払う手数料で、検討・マッチングのプロセスの経費などにあてられる |
リテイナーフィー | 通例月額で支払う顧問料(着手金の形で顧問料を一括請求する例もある) |
中間成功報酬 | 基本合意締結時など、交渉がある程度まとまった段階で請求される報酬(成功報酬の10%程度) |
成功報酬 | 最終契約締結時にM&A取引金額に応じて請求される報酬 |
[6] 2019年版中小企業白書(中小企業庁)
[7] 銀行法第13条の3の2
[8] 銀行法施行規則第14条の11の3の3
銀行は、買収資金の調達先、既存融資の債権者、専門的なアドバイザー(身近な相談相手)という3つの立場でM&Aに関わります。
買収対価として大きな現金が必要になる場合には、資金調達先として銀行の存在が重要になります。
銀行から融資を引き出すためには、買収後の見通しについて説得力のある説明を提示する必要があります。
債権者としての銀行に対しては、法律を遵守した対応をとる必要があります。
事業再生の局面ではスポンサー企業を交えた複雑な交渉が求められるため、弁護士などと相談しながら事を進めるのが得策です。
銀行はM&Aの専門家としても力強い味方になりますが、融資業務などとの兼ね合いで利益相反が生じる恐れがあるということに留意しておく必要があります。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)