IoT業界は大きな発展が予想される分野であり、M&Aが活発に行われています。IoT業界の市場動向やM&A・売却の動向、近年の事例、成功のポイントについて、図解も交えてわかりやすく解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
IoT業界は将来にわたって大きな成長が見込まれている分野です。
世界で利用されているIoT機器・端末の数は着実に増加しており、今後はとくに医療、産業、自動車・宇宙航空分野向けの機器や一般消費者向け製品が大きく伸びていくと予想されています。
図:世界のIoTデバイス数の推移および予測
令和3年情報通信白書(総務省)を基に作成
現在のところ日本企業のIoT利用率は低く、従業員規模100人以上の企業を対象にしたIDCの調査によると、2020年時点での利用率は6.8%に留まっています。
時系列で見てもIoT利用率の上昇は緩やかで、本格的な導入はまだこれからという感があります。[1]
とは言え、IoTやAIなどのデジタルソリューションの導入は動かしがたい流れとして進行しており、IoTを利用する側の企業によるIoT関連支出・投資額は持続的に成長していくものと見られます。[2]
2020時点において支出・投資額が相対的に大きい分野は、製造、電気(スマートグリッド・スマートメーター)、自動車(コネクテッドカー)、スマートホーム(セキュリティ・自動化・家電)、公共インフラ・情報システム、小売(オムニチャネル化)、運輸(貨物管理)などです。
とくに今後の成長が期待される分野としては、スマートグリッド・スマートメーター、公共インフラ・情報システム、スマートホーム、院内ケアシステム、農場監視システム、小売店舗内販促システムなどが挙げられます。
2020年から続くコロナ禍の影響はIoT産業を含むIT業界にも及んでいますが、他の業界に比べれば打撃は小さく、コロナ禍によりデジタル化の勢いが加速されたというプラスの側面もあります。
相対的に見ればIT業界にとって有利な状況が続いていると言ってもよく、今後も堅調な成長が見込まれています。[3]
とくにIoTインフラ市場への支出額は高い成長率で推移するものと予想されます。[4]
[1]国内IoT市場 企業ユーザー動向調査結果を発表(IDC)
[2]国内IoT市場 産業分野別予測とユースケース別の事例考察を発表(IDC)
[3]国内ITインフラストラクチャサービス市場予測を発表(IDC)
[4]国内IoTインフラ市場予測を発表(IDC)
IoT業界では技術開発やソリューションサービス提供での協業などを目的として活発にM&Aが行われています。
IoT技術・サービスの開発を推進しているのはベンチャー企業・スタートアップ企業が多く、大手中堅企業が技術・人材の獲得やオープンイノベーションを目的としてそうした企業を買収・子会社化するという構図が典型的です。
売却側としては、大手グループに加わることで経営基盤を安定化し、技術・サービス開発を次の段階に進めることが可能になります。
子会社化・関連会社化しない範囲でIoT企業の株式を取得して協力関係を構築するケース(資本業務提携)が多いのも、IoT産業関連のM&Aの特徴です。
売り手側としては資金の調達や相手企業の経営資源の活用により事業成長を加速することができ、買い手側としてはリスクを抑えつつ(段階的に)協業を進めることができるのがメリットと言えます。
IoTの用途は産業から生活まで多岐にわたることから、以下のような多様な業種の組み合わせでM&Aが行われています。
そのほか、ファンドによるIoTベンチャーへの投資も多く見られます。
IoT企業が買い手となるケースでは、開発力・人材力強化を目的としたシステム開発の買収や、海外同業者の買収などが行われています。
国内IoT関連企業が売り手側となったM&A(売却・資本提携・増資)の事例を紹介します。
ジェイティエンジニアリング:生産設備・機械器具の開発・設計・建設・保全事業や、工場を初めとする各種施設向けのIoTパッケージソフトウェア「Joy」シリーズの開発・提供事業を展開[5]
東京ガス:首都圏向け都市ガス供給事業、発電・電力供給事業、不動産事業などを展開[6]
譲り受け企業:「Joy」シリーズのソフトウェア資産とパートナー事業者ネットワークを継承し、DXソリューション市場での新規事業展開を図る[7]
プラススタイル:IoT製品を創出したい企業と最先端IoT製品を購入したい消費者をつなげるプラットフォーム「+Style」を通して、IoT関連の商品企画・販売促進・マーケティング・ECをサポートする事業を展開[9]
BBソフトサービス:海外大手ソフトウェアメーカーのセキュリティ製品の日本市場向けカスタマイズ・流通事業や、ソフトウェアベンダー・サプライヤー向けのライセンス販売・課金プラットフォーム事業などを展開[10]
譲渡企業・譲り受け企業:両社のノウハウを融合し、IoT製品販売・普及の拡大を図る[11]
GHインテグレーション:ネットワーク・インフラ、5G通信、IoT、AIなどの領域において、システム受託開発や大手システムインテグレーターを主要顧客とするSES(エンジニア派遣サービス)の事業を展開
フーバーブレイン:自社開発セキュリティツールなどを用いたセキュリティ対策支援ソリューション、自社開発の監視・分析ツールによる業務可視化・働き方分析ソリューション、ツール導入・運用支援・保守サービスなどの事業を展開
譲渡企業:フーバーブレインの上場IT企業としての信頼度・ブランド・資金力を利用して事業の拡大・高付加価値化と、次世代技術への対応体制の強化を図る
譲り受け企業:新たな成長領域への進出を図るために必要となる優秀なエンジニアの確保
エフェクト:組み込みシステムの受託開発やAI・IoT活用システムの自社開発などの事業を展開[13]
長大:橋梁・道路・河川・港湾・鉄道などに関する建設コンサルティング事業と、道路・公共施設運営などのサービスプロバイダ事業を展開[14]
譲り受け企業:公共インフラ領域におけるIT関連新規事業の創出および既存事業拡大[13]
イオトイジャパン:IoTビジネスの新規展開を検討している企業へのIoT技術・ソリューション提供会社の紹介、IoTビジネス事業化に関するコンサルティングなどの事業を展開[15]
エル・ティー・エス:既存事業改革・新規事業開発・DXなどに関し、戦略策定から実行支援にいたるコンサルティングサービスを提供[15]
譲渡企業・譲り受け企業:IoTビジネス事業化支援を初めとする新規事業開発コンサルティングサービスの強化[15]
cynaps:IoT機器とIoT開発運用プラットフォームの企画・開発・販売事業を展開[17]
三弘:産・官・学向け各種計測技術装置・計測システムの企画・開発・販売を70年以上にわたって手がけ、近年では密回避・換気アラートサービスなどのIoTクラウドサービスを展開[17]
譲り受け企業:cynapsとの協業によりIoTクラウドサービスの産業・工業用計測機器分野への拡大を図る[17]
ラトナ:IoT・エッジコンピューティング・AI分野での技術開発事業などを展開[18]
大日本印刷:印刷・プリント技術をベースとして、出版関連事業、マーケティング事業、情報セキュリティ事業、フォト・イメージング事業、包装・パッケージ関連事業、内外装材・産業用高機能材・電子機器部材事業などを展開[19]
譲渡企業:技術開発・事業拡大のための資金調達[18]
譲り受け企業:自社の強みとラトナの強み(IoT・エッジコンピューティング分野での技術力、エッジコンピューティング分野の特徴である高セキュリティ・低コスト)を掛けあわせ、物体認識・顔画像認識などの技術を通して小売・製造・エンタテインメント業界向けのソリューション提供力を強化[20]
LiveSmart:エネルギー事業者や不動産事業者などに向けて、AI・IoTを活用した生活空間スマート化プラットフォームを提供[21]
セコム:個人向けのホームセキュリティ・防犯・防災・高齢者見守りサービス、法人向けのセキュリティ・防犯・防災・災害時対策・勤怠管理サービスなどの事業を展開[22]
譲渡企業・譲り受け企業:「安心・安全・快適・便利」な暮らしに寄与するプラットフォーム事業において協力関係を構築[21]
ヒラソル・エナジー:AI・IoTにより太陽光発電設備をパネル単位で保守管理する遠隔モニタリング・データ解析プラットフォームを開発[23]
東急建設:公共インフラの土木工事、公共・民間向け建築、不動産取得・賃貸などの事業を展開[24]
譲り受け企業:ベンチャー企業への出資を通して新たな成長機会の創出を図る戦略の一環[23]
メロディ・インターナショナル:香川大学発のベンチャー企業で、胎児の心拍と妊婦のお腹の張りを計測する分娩監視装置「iCTG」と、同装置の計測結果を妊婦・クリニック医師・中核病院などの間で共有して遠隔医療コミュニケーションを実現するプラットフォーム「Melody i」を開発[25]
KYOTO-iCAP2号ファンド:京都大学の出資により設立された投資・事業支援会社京都iCAP(京都大学イノベーションキャピタル)が運営するファンドで、京都大学や他の国立大学から発したベンチャー企業を対象として投資事業を展開[25]
譲渡企業:事業成長の加速
譲り受け企業:投資事業の一環[25]
Momo:50種類以上のセンサーと5種類の通信規格をベースにして手軽にIoTシステムを構築できるプラットフォーム「Palette IoT」の開発・提供、同プラットフォームを用いたIoTシステム製品(スマート農業ツールや積雪量自動計測システムなど)の開発・販売、IoT関連ソフトウェアの共同開発・受託開発などの事業を展開[26]
みなとAファンド:みなと銀行とみなとキャピタルが共同で設立したファンドで、農林漁業者や農林漁業関連事業に携わる事業者などを対象とした投資事業を展開[27]
譲渡企業:事業成長加速と開発体制・内部体制強化のための資金調達[28]
譲り受け企業:投資事業の一環
[5]会社概要(ジェイティエンジニアリング)
[6]事業紹介(東京ガス)
[7]国内トップシェアのソフトウェア事業の譲受について(東京ガス)
[8] ソフトウェア「Joyシリーズ」の販売開始について(東京ガス)
[9]+Styleとは(プラススタイル)
[10]ビジネスモデル(BBソフトサービス)
[11]+Style事業の移管に関するお知らせ(BBソフトサービス)
[12]+Styleの運営会社変更のご案内(プラススタイル)
[13]エフェクトの完全子会社化によるインフラ技術革新の推進強化について(長大)
[14]長大について(長大)
[15]イオトイジャパンの連結子会社化のお知らせ(エル・ティー・エス)
[16]会社沿革(エル・ティー・エス)
[17]cynapsへ出資・業務資本提携を行いました(三弘)
[18]シリーズA Extensionラウンドにおいて、大日本印刷からの資金調達を実施(ラトナ)
[19]事業領域(大日本印刷)
[20]ラトナと資本業務提携(大日本印刷)
[21]セコムと資本提携契約を締結(LiveSmart)
[22]トップページ(セコム)
[23]ヒラソル・エナジーとの投資契約を締結(東急建設)
[24]事業内容(東急建設)
[25]「京都iCAP」を引受先とする第三者割当増資を実施(メロディ・インターナショナル)
[26]トップページ(Momo)
[27]「みなとAファンド」の設立について(みなと銀行)
[28]「みなとAファンド」による投資実行について(りそなグループ)
国内IoT関連企業が買い手側となったM&A(買収・合併)の事例を紹介します。
Dialog Semiconductor:低電力・コネクティビティ技術を強みとし、IoT・家電・自動車・産業分野向け半導体製品を提供する英国企業[29]
ルネサス エレクトロニクス:マイコンやSoC(System-on-a-chip)製品を中心とする各種半導体製品の開発事業と、自社製品群を用いたIoTシステム構築などの組み込みソリューション提供事業を展開[30]
譲渡企業:ルネサス エレクトロニクスの製品・技術基盤、販売・顧客サポート網の活用による成長機会の拡大
譲り受け企業:自社技術・製品群と補完関係にあるDialog Semiconductorの技術資産の獲得により製品ポートフォリオを拡充し、IoT・産業・自動車分野の高成長市場向けソリューション提供力を強化[29]
Eoxys Systems India:通信事業者や一般法人向けにIoT・クラウドソリューションを提供するインド企業[32]
メリテック:無線通信・モバイルネットワークの測定・解析・監視ソフトウェア製品や通信・産業・医療向けIoTプラットフォームなどを開発・提供[33]
譲り受け企業:IoTソリューション事業の基盤強化[32]
かなめい:大規模システム・Webサイトなどの開発・運営事業を展開[34]
リコノミカル:AI・IoT・AR・RPA野での技術開発・ビジネス開発などの事業を展開[34]
譲渡企業・譲り受け企業:人員・ノウハウの融合による事業推進のスピードアップと経営効率化[34]
[29]Dialogを買収(ルネサス エレクトロニクス)
[30]トップページ(ルネサス エレクトロニクス)
[31]Dialogの買収を完了(ルネサス エレクトロニクス)
[32]Eoxys Systems Indiaを買収(メリテック)
[33]トップページ(メリテック)
[34]システム開発のかなめいを吸収合併(リコノミカル)
M&Aの成否は売り手企業と買い手企業の相性(統合により生じるシナジーの大きさ、経営方針・組織文化・ITシステムの親和性など)によるところが大きく、相手企業とのマッチングが重要なポイントとなります。
近年ではM&Aマッチングサイトなどが普及したことにより、幅広い候補のなかから有望な相手企業を探したり、リアルタイムで売却・買収ニーズをチェックしたりすることが容易になりました。
そうしたサービスを利用して相性のよい相手を積極的に探し出すことが、M&Aを成功に導く大きな鍵です。
製品やサービスに利用している技術や新規開発技術の権利関係(権利の帰属、ライセンス契約の内容など)が、M&Aを機に大きな問題として浮上するケースがあります。
権利関係が不明確だったり、M&Aによる承継や契約の移転・継続が不可能な内容だったりすると、M&A後の事業展開に大きな支障を来したり、第三者とのトラブルが発生してその対処のために過大なコストがかかったりする恐れがあります。
これは買い手側にとって大きなリスクであり、買い手に統合される売り手企業にとっても他人事ではありません。リスクの大きさは譲渡価格を引き下げる要因にもなります。
技術の権利関係については詳細にチェックし、問題点があれば対応を慎重に検討・協議する必要があります。
M&Aによる職場環境・労働条件などの変化が人材流出やモチベーション低下を引き起こす例が少なくありません。
IoT開発事業においては人材力が主要な経営資源のひとつであり、キーパーソンの流出や人材の大量流出などが起これば致命的なダメージにつながる恐れがあります。
売り手側・買い手側ともに人材関連の問題に留意し、交渉段階から十分に検討・協議しておく必要があります。
会社・事業の売却という選択肢は事業成長のための基本的な戦略のひとつであり、起業家にとっては投資を回収して次の展開を図るための手段でもあります。
中長期的に売却という選択肢を視野に入れて事業を展開することにより、有力な買い手企業へ好条件で売却できる可能性が高まります。
事業の一部を切り離して譲渡する売り手企業や、M&Aを機に会社を離れる経営者・役員などに対しては、M&A契約で競業避止義務(一定の範囲・期間において売却対象と競合する事業を行うことを禁じる取り決め)が課されるのが一般的です。
競業避止義務の対象範囲・期間によってはM&A以降の事業展開の大きな足かせとなる可能性があるため、買い手側と十分に協議して落としどころを探る必要があります。
IoT業界は市場拡大が大いに期待できる分野であり、オープンイノベーションなどの観点からM&Aが盛んに行われています。
IoT企業にとってM&Aは基本的な事業戦略のひとつと言え、今後ますます活発に利用されていくものと予想されます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)