市場が拡大傾向にある警備業界では、人手不足などの課題解決手段としてM&Aが活用されています。警備業界のM&A動向や最新事例、M&Aのメリット、売却・買収の成功可能性を高めるポイントを徹底解説します。(中小企業診断士 鈴木裕太 監修)
はじめに、警備業の定義や業務内容、現状・市場規模、課題をお伝えします。
警備業法第2条では、警備業を「他人の需要に応じて、人の身体に対する危害や事故、財産の盗難を警戒・防止する業務を行う営業」と定義されています。[1]
また、同法第2条1項の1〜4号では、警備業の業務を以下のとおり定めています。[1]
警察庁が公開している「令和2年における警備業の概況」によると、2020年における警備業者数は10,113業者です。[2]
前年度より205業者(2.1%)増であり、2016年(9,434業者)から4年連続での増加となっています。
なお、区分(1号警備〜4号警備)ごとの内訳は以下のとおりです。[2]
※ある警備業者が複数区分の警備業務を行っている場合、各区分の警備業務にそれぞれ計上
以上より、警備業者の大半は「1号警備業務(施設巡回警備)」と「2号警備業務(交通・雑踏警備)」が主な事業内容であると言えます。
一方で、2020年における警備員数は588,364人であり、前年度と比べて17,637人(3.1%)の増加となりました。
こちらも警備業者数と同様に、2016年(543,244人)から4年連続で増加しています。[2]
全国警備業協会が実施した調査によると、回答した8,339業者の売上高合計は3兆4,734億2,931万円でした。
2016年(約3兆4,236億円)から2019年(約3兆5,534億円)にかけて市場規模が拡大したものの、2020年はやや縮小しました。[2]
以上より、警備業界は約3.5兆円の市場規模を誇る巨大産業であるといえます。
警備業界では、「人手不足」が深刻な課題となっています。
全国警備業協会の調査によると、約93%の警備会社が警備員不足の状況に陥っています。[3]
また多くの警備会社から、警備員不足を理由に新たな仕事を受注できないという声があがっています。
深刻な人手不足の影響で、警備員が該当する保安職の有効求人倍率は6.26倍であり、全職業の1.08倍と比べて非常に高い状況です。[3]
警備員の数が不足している背景には、「長時間労働の常態化」や「給与・処遇の悪さ」などの課題があると言われています。
よって、人材不足を解消するには、「業務量の平準化などによる長時間労働の是正」や「給与・処遇の向上」などの施策を行うことが重要です。
課題を解決して警備員が働きやすい環境を作ることで、人材不足の問題を解消しやすくなるでしょう。
[1] 警備業法第2条(e-Gov)
[2] 令和2年における警備業の概況(警察庁)
[3] 警備業における適正取引推進等に向けた自主行動計画(全国警備業協会)
警備業界で過去に行われたM&A事例では、買収・売却の目的や用いられるスキームなどの理解を深めることができます。
この章では、警備業界のM&Aを厳選して10例紹介します。
警備業のM&Aを深く知りたい方は必見です。
綜合警備保障:セキュリティ事業、総合管理・防災事業の運営
ALSOKリース:警備機器(防犯カメラなど)や防災設備(自動火災報知機など)のリースおよび割賦販売
譲り受け企業:グループ体制の効率化
ワールド警備保障(現:CSP東北):宮城県に本社を置く警備会社
セントラル警備保障:常駐警備や機械警備、輸送警備の事業を運営[5]
譲り受け企業:東北地区の収益拡大
らいふホールディングス:介護事業を運営する「らいふ」と、食品検査事業を運営する「エムビックらいふ」の持株会社
綜合警備保障:セキュリティ事業、防災事業の運営
譲り受け企業:周辺分野への事業領域拡大[7]
譲渡企業:ALSOKグループの営業基盤を活用した介護事業の発展[8]
共栄セキュリティーサービス:施設警備、雑踏・交通誘導警備、ボディーガード事業を運営
セコム:セキュリティサービス、防災、メディカルサービスなどの事業を運営
譲渡企業:シナジー効果の創出、警備業務品質の向上・効率化
ADTマレーシア:マレーシア国内で、家庭や中小企業を主な対象としてセキュリティシステムの提供事業を運営
ADTシンガポール:シンガポール国内で、ADTマレーシアと同様の事業を運営
セコム:セキュリティ事業や防災事業などを運営
譲り受け企業:アジアで増加傾向にある富裕層、中間層を含む新たな成長市場への事業展開
明成:電気工事や施設警備、メンテナンスなどの事業を運営
東洋テック:警備事業、ビル管理事業を運営
譲り受け企業:電気工事事業のノウハウ・リソースの取得によるシナジー効果の獲得
アサヒ安全業務社:列車の見張業務、雑踏・交通警備、施設警備・常駐保安警備などの事業を運営[13]
エルテスセキュリティインテリジェンス(ESI):警備の依頼を行えるプラットフォームや、給与前払いサービスなどを運営[14]
譲り受け企業:デジタル新時代における新たな警備業の創出(警備事業のノウハウ取得)
ケアプラス:在宅療養者向けに、「まごころベルサービス」のブランド名で訪問医療マッサージ事業を運営
綜合警備保障:セキュリティ事業や防災事業の運営
譲り受け企業:顧客満足度の向上、自社グループの発展および企業価値向上[15]
譲渡企業:シナジー効果が見込める会社とのM&Aによる事業の発展[16]
東芝セキュリティ:東芝グループが有する工場等における警備・監視の受託事業を運営[17]
セコム:セキュリティ事業や防災事業、メディカルサービスなどを運営
譲渡企業:経営再建に向けた資産の圧縮、セコムが有する機械設備のノウハウ導入による警備事業の発展
ライフ・コーポレーション:愛知県で施設常駐警備事業を運営
日輪:愛知県で人材派遣事業を運営
譲渡企業:後継者不在による事業承継
譲り受け企業:シナジー効果の獲得、警備事業への進出
[4] 完全子会社の吸収合併に関するお知らせ(綜合警備保障)
[5] 会社概要(セントラル警備保障)
[6] 東北地区の再編に関するお知らせ(セントラル警備保障)
[7] ALSOK、らいふHDの株式取得について発表(日本経済新聞)
[8] 全株式を綜合警備保障株式会社に譲渡する件(らいふホールディングス)
[9] セコムとの業務提携及び資本提携に関するお知らせ(共栄セキュリティーサービス)
[10] 共栄セキュリティーサービス-株価時系列(Yahoo!ファイナンス)
[11] マレーシア、シンガポールのセキュリティ会社2社がグループ入り(セコム)
[12] 明成の株式取得に関するお知らせ(東洋テック)
[13] アサヒ安全業務社の株式取得に関するお知らせ(エルテス)
[14] サービス(エルテスセキュリティインテリジェンス)
[15] ALSOK、ケアプラスを子会社化(日本経済新聞)
[16] 株主変更の理由及び今後の事業展開に関するお知らせ(ケアプラス)
[17] 東芝、警備子会社をセコムに売却 25億円(日本経済新聞)
[18] 東芝セキュリティの株式譲渡について(東芝)
[19] 日輪が警備業参入 ライフ・コーポを子会社化(中部経済新聞)
次に、警備業界のM&A動向を解説します。
先述したM&Aの事例をまとめると、警備業界のM&Aには下記3つの特徴があると言えます。
警備の事業で収益を得るには、優秀な警備員を1人でも多く確保することが重要です。
しかし一から警備員のスキルアップを図るには、膨大な時間やコスト、労力がかかります。
そこで、一度にたくさんの優秀な警備員を確保するために、警備会社による同業他社の買収が活発に行われています。
また、「機械警備」の分野を強化する目的によるM&Aも活発です。
機械警備とは、カメラやセンサーなどの機械を活用した警備業務です。
1986年以降、機械警備の対象となる施設数は右肩上がりで増加しており、機械警備市場は順調に拡大していると言えます。[20]
ただし機械警備の事業を行うには、セキュリティシステムの開発に多大なコストや労力がかかります。
そこで、「セキュリティシステムへの投資を通じた機械設備事業の強化」を目的としたM&Aが活発に行われているのです。
警備事業との関連性が強い業種の企業を買収し、シナジー効果の獲得を図る警備会社も少なくありません。
M&Aにおけるシナジー効果とは、複数の会社が1つに統合されることで、各社が別々に事業を行っている時の合計よりも大きな効果(売上や利益など)が生み出される現象です。
たとえば警備事業と介護事業は、ターゲットとなる顧客層が重なるため、相互送客やクロスセル(例.警備サービスと介護サービスのセット販売)などの施策により、売上高や利益増加のシナジー効果を獲得できます。
そのため、警備会社と介護事業を運営する会社のM&Aは活発に行われています。
他にも、人材派遣や訪問医療など、システム開発など、警備事業とのシナジー効果を期待できる業種は多岐に渡ります。
実際、前述した「日輪とライフ・コーポレーション(人材派遣×警備)のM&A」や「綜合警備保障とケアプラス(警備×訪問医療)のM&A」などの事例で分かるとおり、異業種同士のM&Aは盛んに行われています。
売り手側としては、事業承継を目的に警備会社を売却するケースが多いと言われています。
警備業に限らず、現在国内にある多くの中小企業では、経営者の高齢化によって事業承継のタイミングを迎えています。
しかし一方で、後継者がおらず存続の危機に直面する企業も少なくありません。
そこで、先ほど紹介したライフ・コーポレーションのように、外部企業・経営者への事業承継を目的とした警備会社の売却が活発に行われています。
[20] 警備業の概況(全国警備業協会)
この章では、警備業のM&Aを行うメリットを売り手と買い手の視点で解説します。
売り手による警備業の売却では、下記5つのメリットを期待できます。
以下では、それぞれのメリットをくわしく解説します。
本来、親族や社内の従業員・役員の中で後継者が見つからない状態が続くと、最終的には会社を廃業する事態となります。
後継者不足を理由に会社を廃業した場合、警備のサービスを利用していた顧客に迷惑をかける可能性があります。
また、長年培ってきた会社のブランドやノウハウを失うことになるため、経営者は寂しい思いをするかもしれません。
M&Aを行えば、警備会社を外部の経営者や法人に引き継いでもらえます。
事業が存続するため、長年サービスを利用してくれた顧客に迷惑をかけずに済みます。
また、ブランド力やノウハウも引き継がれるため、経営者の方は安心してリタイア後の生活を過ごせるでしょう。
後継者不足を理由に廃業すると、雇用契約も解消となります。
つまり、警備員や事務所のスタッフは仕事を失ってしまうおそれがあるのです。
また、たとえ後継者がいる警備会社でも、業績悪化による倒産で従業員が路頭に迷う可能性はあります。
そこで、雇用維持の有効な手段となるのがM&Aです。
基本的にM&Aでは雇用契約が買い手に引き継がれるため、従業員の雇用は維持されます。
特に、業績が安定している企業や豊富な資金力を持つ企業とM&Aを行えば、従業員の労働条件が改善する効果も見込めます。
自社よりも事業規模や収益性などの面で優れている企業とM&Aを行い、その企業の傘下に入れば、安定的な経営や事業成長の加速を実現できる可能性があります。
たとえば買い手が警備業界で高い知名度とブランド力を有する企業であれば、傘下入りに伴い顧客を獲得しやすくなり、事業の成長スピードが加速する効果が見込めるでしょう。
また、買い手企業が有する資金力やコスト削減のノウハウなどを活用することで、財務状態の改善にもつながります。
法人自体や経営者にとっては、株式や事業の売却による資金獲得も大きなメリットです。
一般的に、M&Aによって会社や事業を売却した場合、純資産と2〜5年分の営業利益を足した金額ほどのキャッシュを得られます。
そのため、仲介手数料や税金を支払っても、まとまった金額の資金を手元に残せます。
まとまった額の資金を獲得することで、新規事業の立ち上げやセンサーなどの設備への投資が可能となります。
もしくは、不採算事業を売却し、主力である警備事業にリソースを集中させることもできます。
また、M&Aに伴い会社経営からリタイアする方であれば、売却で獲得した資金で悠々自適な老後生活を送れる可能性もあるでしょう。
中小企業が銀行からお金を借りる際、経営者個人が保証を負う場合が多いです。
株式譲渡の手法を用いてM&Aを行った場合、買い手側が会社の債務を引き継ぐことになります。
そのため、M&Aに際して経営者の個人保証を解除できることが一般的です。
個人保証から解放されることで、自らの個人財産を返済の原資に充てる必要がなくなれば、安心してリタイア後の生活を送れるでしょう。
一方で警備事業者が他業種の会社を買収するケースや、警備事業を買収するケースでは、下記3つのメリットを期待できます。
以下では、それぞれのメリットをくわしくご説明します。
一方で警備会社とM&Aを行えば、警備員やセンサー等の機械設備など、警備事業を営む上で必要なリソースをまとめて確保できます。
そのため、事業拡大や警備業への新規参入にかかる労力を大幅に削減できる可能性があります。
警備会社同士、警備会社による他業種の買収では、シナジー効果を獲得できる可能性があります。
前述のとおり、関連する業種の会社とM&Aを行えば、クロスセルなどによる売上拡大のシナジーを得られます。
また、警備会社同士のM&Aでも、営業拠点の統廃合や採用の一元化によるコスト削減などのシナジーを期待できます。
警備業界のM&Aに限らず、他の会社・事業の買収を行うことで、事業の成長スピードを速めるメリットを得られます。
たとえば警備会社同士のM&Aでは、先述のとおり警備事業に必要な人材や設備などの経営資源をまとめて取得できます。
そのため、自力で採用活動や設備投資を行う場合と比べて、短期間で事業規模を拡大できます。
また、警備会社の買収では、警備事業のノウハウや売り手企業が持つ顧客・販売網も獲得できます。
そのため、他業種の会社が警備会社を買収するケースでは、自力で警備業に新規参入する場合と比べて、より低リスク・短期間で事業を軌道に乗せやすいと言えます。
最後に、売り手・買い手それぞれが警備業のM&Aを成功させるポイントを解説します。
売り手側の視点で見た場合、M&Aの成功を「希望条件で売却できるM&Aの相手企業が見つかること」や「高い金額で会社・事業を売却すること」であると捉えることができます。
売り手側が警備業のM&Aを成功させる上では、下記2つのポイントを押さえることが大切です。
警備業界のM&Aに限らず、収入が不安定な企業よりも、収入が安定している企業の方が買い手から好まれます。
そのため、M&Aを成功させたいならば、まずは安定的な収入につながる案件を複数確保することから始めましょう。
すでに安定的な収入源を確保しているならば、書面などに取引先リストをまとめ、買い手企業に対して積極的にアピールすることが重要です。
先述のとおり、警備業界では慢性的な人手不足が大きな課題となっているため、経験やスキルが豊富な警備員に対する需要は非常に大きいです。
そのため、優秀な警備員をたくさん抱えているほど、高い金額で警備会社・事業を売却できる可能性があります。
したがって、高値でM&Aを成約させたいならば、まずは自社が抱える警備員のスキルアップに努めましょう。
具体的には、機械警備などの需要がある事業で経験を積ませたり、警備関連の資格を取らせたりする施策が有効です。
また、労働条件を改善して、警備員が長く働いてくれる環境を作ることも重要です。
長く働いている警備員を増やすことで、「経験豊富な人材を多く抱えている」と買い手企業から高く評価されやすくなるからです。
一方で買い手側の視点で見ると、「買収の目的を達成すること」や「買収に費やした資金を回収できること」であると考えられます。
M&Aを成功させる上で意識すべきポイントは下記の2つです。
デューデリジェンス(DD)とは、売り手企業を財務や法務、ビジネス、人事などの視点から詳細に調査するプロセスです。
デューデリジェンスを行うと、売り手企業が抱える多種多様な問題点やリスクを洗い出すことができます。
たとえば財務DDを行えば、後々になって多額の損失を生み出す可能性がある偶発債務を発見できます。
また、人事DDを行えば、雇用している警備員の人数や勤続年数、労働環境などを把握できます。
問題点やリスクを洗い出すことで、妥当な金額以上で買収し、買収資金を回収できなくなる事態を回避しやすくなります。
また、自社の目的達成につながる人材や設備等を持っているかが分かるため、メリットがあまりない買収の実行を回避できます。
自社事業とのシナジー効果を精査することも、M&Aを成功させる上で重要です。
シナジー効果が創出されれば、自力で事業を運営しているときよりも、大幅に売上増加や費用削減の効果を得られます。
一方でシナジー効果が創出されずに、ただ単に買収資金を回収できるだけでは、時間と労力をかけてM&Aを行う意義が薄いと言えます。
自社と買収先候補の事業内容や保有する経営資源を比較し、どのくらいのシナジー効果が得られるかを慎重に調べましょう。
シナジー効果のくわしい説明や、効果の程度を見極める際に役立つフレームワークについては、下記の記事で紹介しています。
警備業のM&Aでは、「従業員の雇用維持」や「警備員などの人材獲得」などのメリットを期待できます。
そのため、現状の経営に課題を抱えている警備会社にとって、M&Aは非常に有用な戦略となります。
今回紹介した事例や成功のポイントを参考に、警備業のM&Aに挑戦していただけますと幸いです。
(執筆者:中小企業診断士 鈴木 裕太 横浜国立大学卒業。大学在学中に経営コンサルタントの国家資格である中小企業診断士資格を取得(休止中)。現在は、上場企業が運営するWebメディアでのコンテンツマーケティングや、M&Aやマーケティング分野の記事執筆を手がけている)