IT業界(IT・WEB・情報通信)では、先進技術・エンジニア獲得などを目的としたM&Aが活発です。M&Aによって、譲渡企業は「下請け開発からの脱却」、譲り受け企業は「オフショア開発拠点の確保」などのメリットを期待できます。
IT業界のM&A・事業承継の動向と事例
IT業界の現況
定義
この業界には、情報の伝達・処理・提供などのサービスを運営する事業所、およびインターネットに関係するサービスを運営する事業所が含まれます。
具体的には、以下の業種が該当します。
業種 |
定義 |
---|---|
Web・デジタルマーケティング |
Webサイト・Webメディアの運営 |
スマートフォンアプリ |
スマートフォンアプリの開発および運用 |
ソフトウェア・ハードウェア開発 |
ソフトウェア・ハードウェアの自社開発や受託開発、クラウドサービスの開発および運用 |
先進技術 |
AI・X-tech・IoT・ビッグデータ等の先進技術に関する事業の運営 |
ゲーム・映像・音楽・電子書籍 |
ゲーム・映像・音楽・電子書籍の開発や事業運営 |
その他IT・Web関連業 |
キャリア・プロバイダなど |
市場規模・環境
2020年度におけるIT・WEB・情報通信業界の市場規模(情報通信業を運営する企業の売上高合計)は53兆4,498億円であり、前年度と比べて3.5%増加しました。[1]
なお、2016年度から2020年度の推移は以下のとおりです。[2]
参考:情報通信業基本調査(経済産業省)を基に弊社作成
業界の課題・展望
IT、WEB、情報通信業界では、以下2つの課題が深刻です。
人材不足
独立行政法人 情報処理推進機構の2019年度調査によると、ユーザー企業の89%、IT企業の93%がIT人材の量について「大幅に不足している」または「やや不足している」と回答しました。[3]
なお、2015年度から2019年度までの推移は以下のとおりです。
参考:「IT人材白書2020」概要(情報処理推進機構)を基に弊社作成
上記の課題を踏まえて、優秀なIT人材の確保を目的に、通常よりも高い報酬水準を設定して新卒・中途採用を行う事例が国内でも見られるようになりました。また、IT人材が有するスキルの見える化を図るサービスも広がりを見せています。[4]
過酷な労働環境
IT・WEB・情報通信業界では、長時間労働によってエンジニアなどの人材に過重な負荷がかかっていることが課題となっています。
実際に2020年度における厚生労働省の調査では、脳や心臓疾患、精神障害に関する労災請求件数が多い業種として「情報サービス業」がランクインしました。[5]
長時間労働の原因として、関係者同士のコミュニケーション不足や仕様変更、無理がある納期設定などがあります。
そこでIT・WEB・情報通信業界では、業界団体が中心となって長時間労働の是正に取り組んでいます。
具体的には、テレワークの推進や年次有給休暇の取得促進などの施策が行われています。[5]
IT、WEB、情報通信業界のM&A動向
M&Aの件数・規模
経済産業省がKPMG FASに委託した調査(KPMGはレコフM&Aデータベースなどの情報をもとに分析を実施)によると、2019年度における国内M&A件数は1,536件であり、そのうちIT(情報技術)業界のM&A件数は14%を占めており、12ある業界のうち3番目に高い割合です。[6]
したがって、IT業界のM&A件数(2019年度)は1,536件×14% = 約215件と推定できます。
同様の推定方法に基づくと、2015年度から2019年度におけるIT業界のM&A件数は以下のとおり推移しており、近年は件数が増加傾向にあると言えます。[6]
参考:コーポレートガバナンス改革を踏まえた価値創造に資する合併と買収に関する実態調査(KPMG FAS)を基に弊社作成
一方で、2010年度から2019年度におけるIT業界の上場企業1社あたり平均M&A投資金額(10年間でM&Aに費やした金額)は9,000万ドル(2022年9月現在で約130億円)であり、12業界のうち下から3番目の大きさです。[6]
「件数は全業界内で3番目に多い一方で、1社あたりがM&Aに投資する金額は他の業界と比べて小さい」ということから、IT業界では比較的小規模なM&Aが活発的に行われていると推測できるでしょう。
M&Aが行われている背景
IT・WEB・情報通信業界では、主に以下の目的・戦略でM&Aが活用されています。
- 優秀なエンジニアや技術者の確保
- AIや5Gなどの先進技術分野への進出、技術獲得
- 多重下請け構造からの脱却
- オフショア開発拠点の拡大、新興国への進出
- 後継者の確保(事業承継の実現)
- IT業界への新規進出
- 開発業務の内製化
M&Aの成功可能性を高めるポイント
譲渡企業が重視すべき要素
- 譲り受け企業からのニーズがある技術や販路などの経営資源確保
- 優秀なエンジニアの確保、技術者の育成
- エンジニアを中心とした人材がM&Aに対して抱く不安の解消、待遇保証
- 強みの明確化(技術者が有する技術水準の見える化など)
- 自社サービスの会員数や顧客数の拡大
- 独自のサービス運営ノウハウや技術の確保
- 収益源の安定性向上(上場している取引先の確保など)
- 法令遵守状況の確認、徹底
譲り受け企業が重視すべき要素
- 譲渡企業が抱える技術者のスキルや使用言語、年齢層などの確認
- 事業計画や開発環境、ビジネスモデルの精査
- 譲渡企業における労働環境(長時間労働の有無など)や法令遵守状況(二重派遣の有無など)、契約書などの精査
- エンジニアや技術者の円滑な引き継ぎ、離職防止、待遇改善
- 譲渡企業との誠実な交渉、ビジネスモデルや経営ビジョンに対する理解
- 自社事業とのシナジー効果が期待できる譲渡企業の選定
- 譲渡企業との技術者の交流促進、共同での技術研究・開発実施
IT、WEB、情報通信業界でM&Aを行うメリット・デメリット
メリット
譲渡企業 |
|
---|---|
譲り受け企業 |
|
デメリット
譲渡企業 |
|
---|---|
譲り受け企業 |
|
IT、WEB、情報通信業界のM&A事例・インタビュー
主な有名事例
M&Aが行われた時期 |
譲渡企業・譲り受け企業の概要 |
M&Aの目的・背景 |
M&Aの手法・成約 |
---|---|---|---|
2022年2月 |
譲渡企業:イエラエセキュリティ 譲り受け企業:GMOインターネット |
譲り受け企業:サイバーセキュリティ領域への新規参入、両社が有する顧客基盤・経営ノウハウ・技術力・ブランド力との間におけるシナジー効果の創出 |
手法:株式譲渡 結果:GMOインターネットがイエラエセキュリティ株式の50%を取得し、同社を子会社化 取得価額:92億200万円[7] |
2019年11月 |
譲渡企業:ZOZO 譲り受け企業:Zホールディングス |
譲渡企業:譲り受け企業が有するユーザー層の獲得による利益・会員数の拡大 譲り受け企業:Eコマース事業の強化 |
手法:公開買付け(TOB) 結果:ZホールディングスがZOZO株式の50.1%を取得し、同社を子会社化[8] 取得価額:4,007億円[9] |
2017年8月 |
譲渡企業:ソラコム 譲り受け企業:KDDI |
譲り受け企業:IoTプラットフォームの構築推進 |
手法:株式譲渡 結果:KDDIがソラコム株式を取得し、同社を連結子会社化[10] 取得価額:約200億円(具体的な金額は非公表)[11] |
[1]2021年情報通信業基本調査(2020年度実績)の結果(経済産業省)
[2]情報通信業基本調査 調査の結果(経済産業省)
[3] 「IT人材白書2020」概要(情報処理推進機構)
[4]我が国におけるIT人材の動向(経済産業省)
[5] IT業界の働き方・休み方推進(厚生労働省)
[6]コーポレートガバナンス改革を踏まえた価値創造に資する合併と買収に関する実態調査(KPMG FAS)
[7]イエラエセキュリティの子会社化(GMOインターネット)
[8]ZOZO株式に対する公開買付けの開始(ヤフー)
[9]Zホールディングスによる当社株式に対する公開買付けの結果(ZOZO)
[10]ソラコムの子会社化(KDDI)
[11] KDDI、「ソラコム買収に200億円」の執念と5年前の屈辱(日経クロステック)