AI企業のM&A事例17選 動向、売却のメリットも徹底解説
- 執筆者: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
AI産業市場は急速に拡大しており、M&Aも活発です。AI産業の市場動向と、AI企業(AI関連技術・サービスを開発・提供している企業)のM&A・売却動向、メリット、近年のM&A事例を詳しく解説します。
AI産業は近年めざましいスピードで成長しており、AI産業の市場規模は今後も順調に拡大していくものと見られます。
IT専門調査会社IDC Japanの調査によると、2020年の国内AIシステム市場の規模は前年比47.9%増の約1,580億円となりました。[1]
コロナ禍によりITシステムのユーザー企業がDXの必要性を改めて強く認識するようになり、企業変革のためのAI導入が加速された結果、AI関連のソフトウェア、ハードウェア、コンサルティングなどの市場が大きく伸びたものと思われます。
AI産業にとってはコロナ禍が打撃となるどころか、むしろ追い風となって働いている状況と言えます。
今後も毎年平均25.5%の成長率で市場規模が拡大していくとIDC Japanは予測しています。
オープンイノベーション(外部・異分野との協業によるイノベーション)などの観点から、大手を中心に各業種の企業が、AI関連ベンチャー企業を対象とするM&A(子会社化や一部事業譲受、出資・資本提携)を盛んに行っています。
買い手側としては、先端技術・サービス開発のためのリスクやコストを抑えながら、他社の成果やリソースを取り込んでイノベーションを加速することができるというメリットがあります。
売り手側としても、大手企業の傘下に入り安定した経営基盤のもとで開発・サービス提供体制を拡大したり、事業譲渡や増資で得た資金を用いて事業成長を加速したりすることが可能になります。
現在のところAI企業はM&Aにおいて売り手側に立つケースが多いものの、開発体制強化やサービス拡大を目指して積極的に他社買収を進めるAI企業も現れてきています。
AI企業は技術開発・活用のレベルに応じて3タイプ(下記A~C)に分類することができ、タイプごとにM&Aの傾向(相手方の業種や期待されるシナジーなど)に違いが見られます。
この分類をもとにAI企業が関わるM&Aの主な傾向をまとめると以下のようになります。
これらのほか、ベンチャーキャピタルによるAI企業への出資(AI企業から見れば増資による資金調達)なども盛んに行われています。
売り手 | 買い手 | シナジー |
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A・BタイプのAI企業 | 電機などのメーカー |
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BタイプのAI企業 | CタイプのAI企業 |
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B・CタイプのAI企業 | マーケティング会社、不動産会社、消費者向け製品のメーカーなど |
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システム開発会社 | BタイプのAI企業 |
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買い手の事業と関連するサービスを展開する異業種企業 | CタイプのAI企業 |
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AI企業が売り手となったM&A事例と、AI企業が他社を引受先として行った増資・資本提携の事例を紹介します。
Zero:クライアント企業のマーケティング活動・DXをサポートするAIアルゴリズムの設計・実装やAIソリューション提供などの事業を展開[2]
ネオマーケティング:マーケティングリサーチ、デジタルマーケティング、ブランディング、PR、D2C支援、カスタマーサクセスなどのサービスを展開[3]
譲り受け企業:マーケティング・DX支援におけるAI活用の推進、マーケティングデータ解析における効率化・予測精度向上[2]
AI Infinity:自然言語処理・音声認識・画像解析の技術を活用したAIソリューションを開発[4]
エムティーアイ:IoT・AIを活用して消費者・企業・自治体をつなぐヘルスケアデータベースサービス・子育て支援アプリの開発事業と、モバイル決済などのフィンテック事業を展開[5]
譲渡企業・譲り受け企業:協業によるAI事業の拡大[4]
シンコム:半導体開発・設計、半導体関連ソフトウェア・ハードウェアの開発・販売・輸出入、深層学習関連のソフトウェア・ハードウェアの設計・開発などの事業を展開[6]
アダプトIP:エッジAI受託開発、AI学習データセット作成、ワイヤレス・5Gシステム開発、LSI設計・テストなどの事業を展開[7]
フジアルテ:製造業向け人材派遣・紹介、製造請負、生産管理体制構築などのサービスを展開[8]
譲渡企業・譲り受け企業:顧客基盤・営業拠点ネットワークの相互活用、採用・人材育成・キャリア形成支援活動の連携を通した事業成長、事業ポートフォリオ拡充[9]
ABEJA:高度なディープラーニング技術をベースにしたAIソリューション・AIコンサルティングの事業を展開[10]
ヒューリック:オフィスビル・商業施設・宿泊施設・高齢者住宅の開発・賃貸・資産価値最大化などの事業を展開[11]
譲り受け企業:オフィス賃貸事業のDX推進、DXプラットフォームを実装したサブスクリプション型フレックスオフィス「Bizflex」[12]の事業における譲渡企業との協業の強化[10]
シナモン:AI関連製品・サービスの開発、AIソリューション提供などの事業を展開[12]
サントリーホールディングス:スピリッツ・ビール・ワイン・健康食品製造などの事業を展開するサントリーグループの持株会社[13]
譲り受け企業:スタートアップ企業への投資を通したオープンイノベーション推進(具体的には、顧客体験向上のためのDX加速、ビジネスプロセスの抜本的再構築の推進、オンライン販売手法開発)[12]
Alpha:独自のAI配信アルゴリズムと3D技術を駆使したマーケティングプラットフォーム「3DAD」を展開[14]
Macbee Planet:データとテクノロジーを活用したLTV(顧客生涯価値)予測に基づくマーケティング事業を展開[14]
譲り受け企業:譲渡企業の得意分野のひとつであるゲーム・エンターテインメント業界へのLTVマーケティングの展開、自社主要クライアントである美容業界・金融業界への「3DAD」の提供による事業拡大、データ解析・配信技術のAIによる効率化・精度向上、譲渡企業の3D技術の活用によるサービス向上と新広告領域(VR・AR)の展開[14]
ヒラソル・エナジー:AI・IoTにより太陽光発電設備をパネル単位で保守管理する遠隔モニタリング・データ解析プラットフォームを開発[16]
東急建設:公共インフラの土木工事、公共・民間向け建築、不動産取得・賃貸などの事業を展開[17]
譲り受け企業:ベンチャー企業への出資を通して新たな成長機会の創出を図る戦略の一環(具体的には、DX推進・デジタル技術拡大による競争優位性の獲得、再生可能エネルギー利用拡大によるサステナビリティ推進)[16]
Kyoto Robotics:立命館大学発のベンチャー企業で、ロジスティクスや製造の現場の完全自動化を目的とした3次元画像認識・AI制御・知能ロボットシステムを開発[18]
日立製作所:日立グループの中核をなす総合電機メーカー
譲り受け企業:譲渡企業のAI・ロボット技術を取り込み、ロボットSIソリューション(ロボットを用いた自動化システムの構築)の付加価値向上とワンストップ提供体制強化を図る[18]
アジラ:行動認識AIを中核とした映像解析の事業と、ディープラーニング技術を用いたOCR(文字画像の電子テキスト化)の事業を展開[19]
ローレルバンクマシン:通貨処理機器・システムや金融オンライン端末の開発・製造・販売・保守などの事業を展開[19]
譲渡企業:映像解析事業への経営資源集中
譲り受け企業:AIをベースとしたOCR事業と既存事業の融合による新規事業開発[19]
エフェクト:組み込みシステムの受託開発、AI・IoTシステムの自社開発などの事業を展開[20]
長大:橋梁・道路・河川・港湾・鉄道などに関する建設コンサルティング事業と、道路・公共施設運営などのサービスプロバイダ事業を展開[21]
譲り受け企業:グループの経営資源・ノウハウと譲渡企業の先端ITの融合による各種研究開発の加速、新事業領域創出、既存事業拡大 [20]
LegalForce:一般企業・法律事務所向けAI契約書レビュー支援ソフトウェア「LegalForce」やクラウド契約書管理システム「Marshall」を開発[22]
WiL、ジャフコグループ、三菱UFJキャピタル、みずほキャピタル、SMBCベンチャーキャピタル、DIMENSION:ベンチャーキャピタルとして運営ファンドを通した投資事業を展開[22]
譲渡企業:開発体制・営業体制強化と認知獲得推進のための資金調達[22]
レコテック:廃棄物の種類・量・所在を可視化し再生資源循環の最適化を図るAIプラットフォームを開発[23]
双日:自動車・航空機・鉄道・船舶・インフラ・ヘルスケア・金属資源・化学素材などを扱う総合商社[24]
譲渡企業:AIプラットフォームの開発推進
譲り受け企業:サーキュラーエコノミー型の新たなサプライチェーンの構築を図る[23]
[2]Zero の株式の取得に関するお知らせ(ネオマーケティング)
[3]サービス(ネオマーケティング)
[4]AI Infinityの連結子会社化に関するお知らせ(エムティーアイ)
[5]サービス情報(エムティーアイ)
[6]企業情報(シンコム)
[7]Company(アダプトIP)
[8]サービス紹介(フジアルテ)
[9]シンコム及びアダプトIPの子会社化に関するお知らせ(フジアルテ)
[10]ABEJAとの資本・業務提携契約を締結(ヒューリック)
[11]事業内容(ヒューリック)
[12]人工知能スタートアップ「シナモン」へ資本参加(サントリー)
[13]事業紹介(サントリー)
[14]Alphaの株式の取得に関するお知らせ(Macbee Planet)
[15]沿革(Macbee Planet)
[16]ヒラソル・エナジーとの投資契約を締結(東急建設)
[17]事業内容(東急建設)
[18]知能ロボットシステム開発のKyoto Roboticsを買収(日立グループ)
[19]AI-OCR「ジジラ」をローレルバンクマシンへ事業譲渡(アジラ)
[20]エフェクトの完全子会社化によるインフラ技術革新の推進強化について(長大)
[21]長大について(長大)
[22]LegalForce、シリーズCラウンドにおいて総額30億円調達(LegalForce)
[23]レコテックに出資(双日)
[24]事業紹介(双日)
AI企業が買い手となったM&Aの事例を紹介します。
電源カフェ:リモートワーカーなどをターゲットとして、電源コンセントが利用可能なカフェの検索サービス「DENGEN CAFÉ」を展開[25]
TIME MACHINE:AIによる自動日程調整ツールやオンライン名刺交換ツールを開発[25]
譲渡企業・譲り受け企業:シームレスな連携による両社サービスの拡充[25]
フォーカスチャネル:都心部の富裕層向けマンションを主な設置場所としてデジタルサイネージ(電子看板)による広告事業を展開[26]
ネットテン:全国9か所に営業拠点を置き、小売店・飲食店・官公庁向け屋外デジタルサイネージ設置販売事業を展開[27]
ニューラルポケット:AI解析技術とカメラ・デジタルサイネージの組み合わせによる各種ソリューションを提供(街中や物流施設における人・車両の動態把握、リアルタイムのターゲティング広告、ファッショントレンド予測など)[28]
譲り受け企業:譲渡企業の営業力・営業網・設置ノウハウ・メンテナンス体制などを活用しつつ、AIを組み込んだデジタルサイネージのサービス拡大を図る[26][27]
エクスウェア:各種企業の基幹システム開発、SaaSの基盤開発・アプリ開発、AI活用サービスの開発などの事業を展開[29]
エクサウィザーズ:自社開発のAIプラットフォーム・AIプロダクトをベースに、社会課題解決・産業革新を目的としたソリューション事業を展開[30]
譲渡企業:AIに関する技術力・対応力の強化
譲り受け企業:エンジニア人材の確保、AIの開発体制・社会実装推進体制強化[29]
フィニティ:東海地区において自動車部品製造・機械設備製造・食品加工・物流などの大手・中堅企業を主な顧客として基幹業務システム開発事業を展開[31]
シーアイエス:東海地区の企業向けにシステム基盤構築や業務パッケージ導入支援などの事業を展開し、近年はAI・クラウドを活用したソリューション提供事業を強化[31]
譲渡企業・譲り受け企業:協業によるシステム開発・ソリューション提供体制の強化[31]
かなめい:大規模システム・Webサイトなどの開発・運営事業を展開[34]
リコノミカル:AI・IoT・AR・RPA分野における技術開発・ビジネス開発などの事業を展開[34]
譲渡企業・譲り受け企業:人材・ノウハウの融合による事業推進加速と経営効率化[34]
[26]電源カフェの全株式を取得し完全子会社化(TIME MACHINE)
[26]フォーカスチャネルの株式の取得に関するお知らせ(ニューラルポケット)
[27]ネットテンの株式の取得に関するお知らせ(ニューラルポケット)
[28]HOME(ニューラルポケット)
[29]エクスウェアを完全子会社化(エクサウィザーズ)
[30]事業概要(エクサウィザーズ)
[31]当社連結子会社による株式取得に関するお知らせ(JBCCホールディングス)
[32]沿革(JBCCホールディングス)
[33]グループ内組織再編に関するお知らせ(JBCCホールディングス)
[34]システム開発のかなめいを吸収合併(リコノミカル)
AI産業は急速に成長しており、今後も大幅な市場拡大が見込まれます。
そうしたなか、M&Aの動きも盛んです。
拡大する市場における熾烈な競争を勝ち抜く上で、M&Aは基本的な事業戦略としてますます重要性を増していくものと思われます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)