工場は不動産として売却することが一般的ですが、M&Aの手法で売却する方法もあります。工場の売却は、事業転換や廃業などを目的に行われます。工場売却のメリットや手続き、事例をくわしく解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
工場売却は不動産の売買取引として行うのが通常の方法です。
工場の建物も含めて売るか解体して更地にしてから売るかなど、いくつかの選択肢があります。
場合によっては、会社ごと売却するという選択肢(M&A)も考えられます。
工場敷地も自社所有の場合、建物と敷地をあわせて売却する方法と、更地にして土地だけを売却する方法があります。
借地の上に工場を建てて操業しているケースでは、建物と借地権をセットで売却するか更地にして借地権のみを売却します。
売却のバリエーションとして、売却した工場を賃借りして利用する「セール&リースバック」という方法もあります。
更地にするには解体のために相当のコストがかかるため、できれば建物も含めて売却したいところです。
買い手が同業者で、これまでと同じ用途で工場を利用するということになれば、設備や間仕切りなどを現状のままして譲渡できるため、敷地のみを売却するのに比べてかなり高額での売却が期待できます。
しかし、そうした買い手が現れる可能性は高いとは言えずません。
一般的には、建物が幅広い用途に転用しやすい(あまり大がかりな増改築をしなくても別種の工場や倉庫、商業施設などとして転用できる)ほど買い手がつきやすく、高値売却につながります。
買い手がつきやすい建物・敷地の条件を挙げると、以下のようになります。
買い手がつきやすい建物の条件 | 買い手がつきやすい敷地の条件 |
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工場としての利用に限れば、工場地帯(工業団地など)に位置していることも好材料となります。
周囲に住宅がないほうが、振動・騒音などに関する規制が軽くなり、操業しやすくなるためです。
騒音規制法・振動規制法や各自治体の環境保全条例により、地域ごとに騒音・振動の規制基準が定められており、一般的に住宅地よりも工場地帯の方が規制は軽くなります。[1]
また、企業誘致のために工業団地での工場新設・取得に対し補助金や税制優遇などの措置を講じている自治体も多く、その点でも工業団地は売却に有利と言えます。
薬剤などを使用していた工場を売却する際には土壌汚染の問題に留意する必要があり、工場の使用を廃止したり敷地を整備したりする際に法令により土壌調査が義務づけられるケースもあります[2]。
汚染が基準値を超えていればそのままでは売却は不可能で、土壌の浄化・改良が必要です。
それ以外のケースでも、売却の可能性を高め、売却後に汚染が発覚して損害賠償を求められるような事態を防ぐため、土壌調査を行ったほうがよい場合があります。
本来、建物新築時には指定確認検査機関による完了検査を受け、建築基準法令に適合している旨の検査済証の交付を受けることが必要ですが、これを受けていないケースがまれではありません。
建物の増改築や用途変更を行う場合には法令への適合性の確認を受ける必要があり、検査済証がないと確認審査に余分な手間と時間がかかります。[3]
工場の建物を譲受する際には通例この確認が必要になるため、検査済証がないと売却しにくくなります。
また、確認の結果(建築当時の基準には適合していても)現在の基準には適合していないとなれば、建物売却は難しくなります。
建物が残っているとどうしても用途は限られてくるため、買い手の幅が狭まります。
解体して更地にすれば、住宅地への転換も含め幅広いニーズに対応する物件にすることができる可能性があります。
前項で挙げた「買い手がつきやすい敷地の条件」は更地にして売却する場合にも当てはまります。
住宅に転用できるようであれば買い手の幅は大きく広がりますが、住宅地として考える場合、立地や地勢の条件や環境基準がより厳しくなる傾向があります。
更地にすることでどのような売却先が見込めるようになるかを具体的に検討し、更地にするメリットと解体や土壌調査・浄化などにかかるコストを天秤にかけて慎重に判断することが重要です。
借地に建てられた工場を売却するには、建物とともに借地権を譲渡する必要があります。
場合によっては更地にして借地権のみを譲渡するという選択肢も考えられます。
土地の権利には土地そのもの(底地)の所有権と借地権があり、借地権には決して小さくない価値があります。
相続税額を算定するための土地評価においては、土地の価値のうち借地権が占める割合(借地権割合)は商業地で8~9割、住宅地で6~7割程度になることもあります。
借地権の売買ではこの割合がそのまま適用されるわけではなく、評価が下がることもあれば上がることもあります。
いずれにしても、借地権には譲渡を検討するだけの価値があることは間違いありません。
借地権の譲渡には原則として地主の承諾が必要です(民法第612条[4])。
承諾を得て譲渡が行われる場合、借地権売却額の1割程度を承諾料として地主に支払うのが慣例となっています。
地主が合理的な理由もなく承諾を拒んでいる(借地権譲渡により不利益をこうむるわけでもないのに承諾しない)場合、地主による承諾の代わりとなる裁判所の許可を求めて借地非訟事件[5]を申し立てるという選択肢があります(借地借家法第19条[6])。
申立てが認められれば借地権の譲渡が可能になりますが、利益の均衡を図るため借地条件(賃料など)の変更や承諾料の支払いが命じられることがあります。
裁判所の介入を経て借地権譲渡を実行した場合、地主と新しい借地人(買い手企業)が良好な関係を築くことは難しいと考えられることから、譲渡価格が下がってしまうことがあります。
弁護士などに間に入ってもらい、できる限り当事者間の話し合いで決着をつけるのが望ましいと言えます。
セール&リースバックとは、不動産物件を売却した上で買主と賃貸借契約を結び、その物件を賃借りして使い続けるという取引のことです。
工場のセール&リースバックには以下のような利点があります。
デメリットとしては、以下のようなことが挙げられます。
一般的なM&Aは、事業として有機的にまとまった経営資源(事業部門や会社全体)を取得することを目的として行われますが、不動産の取得を目的として会社・事業を買収するという特殊なタイプのM&A(不動産M&A)も存在します。
単なる不動産の売却ではなくM&Aという方法をとるのは、節税メリットが大きいためです。
工場を不動産として売却した場合、売り手には売却益に対して法人税や事業税が課され、建物部分の売却については消費税の納付も必要です。
買い手側には不動産取得税と(不動産登記のための)登録免許税が課されます。
売買契約書のために印紙税もかかります。[7]
一方、買い手企業に株式を売却して経営権を譲り渡すという方法(株式譲渡)でM&Aを行った場合、売り手側に株式譲渡所得に対する所得税が課されるだけです。
株式譲渡所得の税率は申告分離課税方式により一律20%(復興特別所得税込みで20.315%)であり[8]、不動産として売却した場合よりも大幅に税率が下がります。
株式譲渡による不動産M&Aは、魅力的な不動産を有していながら経営難や後継者難のために廃業を検討している企業などで行われます。
資金調達や事業の選択と集中のために特定の工場のみを切り離すことを検討するケースでは、「売却対象の工場の所有・管理のみを事業とする会社(A)」と「それ以外の事業を行う会社(B)」に会社を分割し、会社Aの株式を買い手企業に譲渡するという方法で不動産M&Aが行われることがあります。
こちらの方法にも節税メリットがありますが、株式譲渡のみの方法よりも税制面で複雑な配慮が必要とされます。
工場の売却について検討したり、買い手候補と交渉したりするなかで、工場で営まれている事業や会社そのものを売却するほうが望ましいという結論にいたることもあります。
例えば、株式譲渡を行って大手企業の傘下に入ることで工場での操業と従業員の雇用を継続し、操業拡大と事業成長を図ることが可能であるならば、工場を閉鎖・売却して資金を調達し現在の会社で事業を継続するよりも有望な選択肢となるかもしれません。
[1]騒音・振動のページ(神奈川県)
[2]土壌汚染対策法の概要(環境省)
[3]検査済証のない建築物に係る建築基準法適合状況調査のためのガイドライン(国土交通省)
[4]民法第612条(e-Gov法令検索)
[5]借地非訟事件について(東京地方裁判所)
[6]借地借家法第19条(e-Gov法令検索)
[7]不動産(土地・家屋)にかかる税金について(東京都主税局)
[8]タックスアンサーNo.1463株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)(国税庁)
以下のような流れで不動産売買取引が行われます。
相場調査や不動産会社による査定などを通して売却する工場の不動産としての価値を見積もり、売却方法や売却条件、売却に必要となる処置(例:建物解体や土壌調査)などについて検討し、売却戦略を立てます。
取引先などのつてをたどって自社で売却先を探すことも不可能ではありませんが、通常は不動産業者(宅地建物取引業者)と媒介契約を結び、売買の仲介(販売活動や手続きなどのサポート)を依頼します。工場などの事業用不動産の取扱実績が豊富な不動産会社を選ぶことが重要です。
媒介契約には「一般媒介契約」「専任媒介契約」「専属専任媒介契約」の3つがあり、それぞれにメリット・デメリットがあります。
契約の種類 | 一般媒介契約 | 専任媒介契約 | 専属専任媒介契約 |
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契約条件 | 他の業者とも媒介契約を結べ、自分で買い手を探すことも可能 | 他の業者とは媒介契約を結べないが、自分で買い手を探すことは可能 | 他の業者とは媒介契約が結べず、自分で買い手を探すことも不可 |
契約有効期間 | 無制限 | 3か月以内 | 3か月以内 |
業者の報告義務 | なし | 業務の処理状況を2週間に1回以上報告 | 業務の処理状況を1週間に1回以上報告 |
メリット |
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デメリット |
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不動産の調査・査定や販売活動のための戦略策定・価格設定、売買契約時の重要事項説明書作成などに必要になるため、以下のような書類を不動産業者に提出することが求められます。
登記事項証明書は不動産業者に代わりに取得してもらうこともできます。
不動産の固定資産税・都市計画税は、1月1日時点の所有者に対してその年1年分の税額が課されます。[9]
1月2日以降に譲渡が行われた場合、法律に従えば譲渡日から年末までの分も売主が払わなければなりませんが、譲渡日前後で売主・買主が税額を分担するのが不動産取引の慣行となっています。
買主の負担税額は販売活動や条件交渉にとって重要な情報であるため、固定資産税納税通知書の提示が求められます。
その年の納税通知書が送られてくる前に売買を行う場合、交渉・契約時点で税額が確定しませんが、税金の分担方法については当事者間ではっきり定めておきます。
工場の実態や売却目的、不動産業者による販売活動の状況、買い手候補の意向などに応じて、建物の整備や解体、土地の整備、専門家による土壌調査、土壌浄化などを行います。
買い手候補による現地確認にも対応します。
有望な買い手が現れたら不動産業者を交えて売買条件を交渉し、話がまとまれば不動産業者が重要事項説明書を作成して売買取引の主要事項を売主・買主に説明し、問題がなければ売買契約締結となります。
借地権を譲渡する場合、遅くとも条件交渉終了前までに譲渡承諾を得るための交渉を地主と行う必要があります。
契約締結時に買主から手付金(売却額の10%程度)が支払われるのが通例です。
物件の引き渡しまでの間に中間金を支払う取り決めにすることもあります。
売却の実行(引き渡し)までに以下の書類を用意しておきます。
手付金(と中間金)を除いた取引額残金を受領し、工場の権利証と建築確認済書・検査済書、鍵などを買主に渡します。
固定資産税納税通知書の情報に基づいて固定資産税・都市計画税の清算を行います。
不動産M&Aや一般のM&Aの場合も、専門業者と契約してサポートを受けながら、買い手探し、会社の価値の算定、売却方法の検討、買い手候補との条件交渉などを行っていきます。
M&Aでは会社・事業の全体が対象となるため、不動産売却よりも複雑な手続きが求められます。
また、M&Aの検討・交渉を行っているという事実は機密事項に属するため、情報管理にも特別な配慮が必要です。
M&Aの進め方について詳しくは以下の記事を参照してください。
東芝:大手総合電機メーカー
ソニー:大手総合電機メーカー
ソニーセミコンダクタ(現:ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング):ソニーの完全子会社化で、半導体の設計・開発・生産などを行う[10]
譲渡企業:システムLSI事業の抜本的な構造改革(注力領域の明確化と固定費削減)[11]
譲り受け企業:譲り受けた工場をソニーセミコンダクタの製造拠点に加えるため[11]
日立製作所:大手総合電機メーカー
ユー・エム・シー・エレクトロニクス:車載・産業・OA・情報通信などの電子機器受託開発サービスを展開[13]
譲渡企業・譲り受け企業:ITプロダクツ分野のものづくり強化に向けた協業[13]
ワタミ:外食事業・宅食事業を展開するとともにグループ全体の統括を行う[15]
デリカフーズホールディングス:外食・中食産業向けに青果物の仕入・加工・流通を行う青果専門商社[16]
譲渡企業・譲り受け企業:成果物提供・流通やミールキット事業での協業を通し、ワタミ宅食事業とデリカフーズグループの事業を拡大すること[16]
スニタトレーディング:インド料理店「サムラート」4店舗を初めとする外食7店舗を運営
ゴーゴーカレーグループ:「ゴーゴーカレー」を初めとするカレー店のチェーン展開とカレーの商品開発・卸・販売を行う
譲渡企業:不採算部門の整理、ゴーゴーカレーグループの販路を通した「サムラート」ブランドの認知拡大
譲り受け企業:ハラール料理(イスラム法にのっとった料理)を製造するセントラルキッチンの獲得、スパイス調達ネットワークの拡大
[10]会社概要(ソニーセミコンダクタソリューションズグループ)
[11]システムLSI事業及びディスクリート半導体事業の構造改革について(東芝)
[12]半導体製造設備等の譲渡に関する正式契約の締結について(ソニー)
[13]モノづくり強化協業で基本合意(日立)
[14]開示事項の経過(UMCエレクトロニクス)
[15]会社概要(ワタミ)
[16]ワタミ保有長崎工場の資産譲渡契約締結ならびに宅食事業における業務提携開始のお知らせ(デリカフーズホールディングス)
工場売却には様々な選択肢があり、それぞれにメリットと注意点があります。
工場売却の目的や建物・敷地の特性、物件整備(建物解体や土地浄化)のコストなどを考慮し、全体的な視点で最適な方法を選択することが重要です。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)
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