店舗M&Aとは、店舗形態の事業や運営会社を売買することです。事業拡大などのメリットがあるため、店舗M&Aは様々な業種で活用されています。店舗M&Aの方法と価格相場、メリット、事例などを徹底解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
店舗M&Aとは、店舗形態で営まれている事業や店舗運営会社を売買することを意味します。
店舗の不動産、設備・什器、在庫といった有形の資産だけでなく、商標・ブランド、ノウハウ、雇用契約、債権・債務なども譲渡対象に含まれ、売買金額の交渉では事業の将来性・成長性も評価対象となります。
M&Aには、売り手が買い手の子会社になる方法と、売り手の事業(の一部)を他社に一体化する方法があります。
M&Aは一定の取引手法(スキーム)に沿って行われます。
店舗M&Aなど比較的小規模なM&Aにおいては、子会社化するケースでは株式譲渡、他社と一体化するケースでは事業譲渡というスキームが用いられるのが一般的です。[1]
株式譲渡では、売り手企業の株主(例えばオーナー経営者や親会社)と買い手企業が株式譲渡契約を交わし、株式の過半数~100%を買い手企業が取得します。
これにより買い手が売り手企業の経営権を獲得し、子会社化します。
例えば、「A」というブランドで複数の飲食店舗を展開している企業が大手飲食店グループの子会社となり、親会社の関与のもとで「A」ブランドの飲食事業を継続展開する(買い手としては新たな飲食店ブランドを傘下に入れてグループ事業を拡大する)といったケースで用いられます。
株式譲渡は株式の譲り渡しだけでM&Aが成立するため、手続き面が簡便です。
買い手側は、負債や将来的なリスク(例えば労務関係のトラブルで将来的に訴訟を提起されるリスク)も含め、売り手の会社全体をグループ内に取り込むことになります。
事業譲渡では、事業を構成している権利義務(各種の資産、契約、債権債務など)を買い手企業に移転します。これにより、その事業は買い手企業に吸収されます。
事業に含まれるすべての権利義務を譲渡する必要はなく、契約によって譲渡対象の範囲を限定できます。
負債は譲渡対象としないのが一般的ですが、一部の負債(退職金関連の債務や、残債のあるリース契約など)を引き継ぐケースもあります。
事業譲渡では譲渡する権利義務を一つひとつ個別に買い手企業に移転する手続きを行い、移転手続きがすべて完了した時点でM&Aが最終的に成立します。
契約を移転するには相手方(例えば雇用契約の相手である従業員)の同意が必要ですし、不動産などを移転する場合には登記も必要になります。
権利義務の件数が多いと手続きが煩雑になり事務コストが膨大になるため、事業譲渡は1~数店舗を譲渡するような小規模なM&Aで用いられるのが一般的です。
「B」というブランドで飲食チェーンを展開している企業が「A」という名前の飲食店舗(設備・什器、ノウハウ、スタッフなど)を譲り受け、「B」ブランドの「○○町店」として改装して運営する、といったケースが事業譲渡の典型例です。
あるいは、「A」ブランドの飲食店(1~数店舗)を商標も含めて買い手が吸収し、「A」事業として自社運営していくようなケースもあります。
M&A以外の売却方法としてはスケルトン渡しや居抜きがあります。
スケルトン渡しというのは賃貸店舗の場合に使われる用語で、設備・内装などの造作をすべて解体して原状に戻してから家主に引き渡すことを指します。
売り手は資産のうち売却できるものは売却し、他は解体・処分することになります。
この場合は(設備・什器などを個別に買い取る相手はいても)店舗の買い手というのは存在しません。
店舗が自己所有の場合、内装などをすべて取り払って買い手に物件を引き渡すのがスケルトン渡しに相当します。
この場合は純粋に不動産(建物や土地)の売買となります。
居抜きは、造作を解体せずそのままの状態で店舗を引き渡すことを指します。
賃貸店舗の場合、造作一式をまとめて売り手から買い手に譲渡する契約を結び、売り手は賃貸契約を解約して買い手が新たに賃借人となります。
自己所有店舗の場合は造作と建物・土地をひとまとめにして売買するのが居抜きです。
スケルトン渡し・居抜きでは、事業資産のうち有形資産(の一部)のみが取引対象となりますが、M&Aではそれらに加えて事業に含まれる無形の価値も取引することができます。
スケルトン渡し・居抜きにより退店する場合、資産の一部はお金に換えることができますが、これまで培ってきた事業・ブランドは解体されてしまいます。
M&Aでは、事業・ブランドとして成立しているまとまった経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を買い手が引き継ぎ、継続・発展させていくことが可能です。
M&Aでは1つの事業や会社全体が取引対象となるため、売り手の事業内容・規模、財務状況、将来性など、多種多様な要素が取引価格に影響します。
また、買い手との相性(両社の事業が合わさったときにどのようなシナジー・相乗効果が生まれるか)も価格を左右します。
したがって、「○○業の店舗のM&A相場は坪あたり○○円」といったようにM&Aの相場を具体的な金額で挙げることはできません。
事業や会社というのは、非常に複雑な要素からなる「一点物」です。
M&Aにおいては、この一点物の価値を特別な手法を用いて見積もり、それに基づいて買収対象の選定や取引条件の交渉などを行い、最終的に売り手と買い手の協議により取引価格を決定します。
事業や会社を対象にした見積もりのプロセスをバリュエーションと呼びます。
バリュエーションには色々な手法がありますが、ここでは簡便な「年倍法(年買法)」を紹介します。
年倍法によるバリュエーションは専門家以外でも数字の意味が理解しやすく、当事者間の共感や納得感が重視される非上場中小企業のM&Aではよく利用されます。
M&Aの相場を考える上でも有用です。
年倍法では「事業・会社の価値=時価純資産+直近年度の営業利益の数年分」とします。
「時価純資産」は、譲渡対象の資産・負債を時価に直して差し引きした額(時価資産-時価負債)です。
これまでの店舗経営の結果が表れる部分と言えます。
「直近年度の営業利益の数年分」は、将来性(潜在的な収益力、買い手とのシナジーの大きさ)を見積もった部分です。
年倍法では将来の収益を具体的に分析したりはせず、現在の利益をもとに「その何年分」として大ざっぱに見積もります。
将来性が大きいと考えられれば営業利益にかける年数を多くし、小さければ少なくします。
一般的な相場は「3~5年」と言われています。
年買法に沿って店舗M&Aの価格を左右するポイントをまとめると以下のようになります。
| 評価を高める要因 | 評価を下げる要因 |
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純資産 |
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将来性 |
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買い手との相性がよいほど高額での売却につながり、M&A後の雇用維持・事業成長の可能性も高まるため、M&Aにおいてはマッチングが非常に重要です。
現経営者がM&Aを機に退職する場合には、事業引継ぎについてとくに注意が必要です。
小規模な店舗経営では経営者が経営面の切り盛りを一手に担い、経営者抜きでは事業がうまく回らない(店舗オペレーションや取引先との交渉、人材管理などが滞る)ケースが少なくありません。
こうしたケースで現経営者がそのまま退職してしまうと、買い手が事業を引き継いで活用していくことが困難であるため、将来性の評価が相場よりも著しく低くなるのが通例です。
年倍法で言えば、営業利益にかける年数が1以下となることもありえます。
対策としては、M&Aを行う前に店舗運営方法をできる限り仕組み化・マニュアル化しておくことや、現経営者がM&A後も当面は店に関わり事業引継ぎを支援することなどが考えられます。
一般的に、売買の対象となる資産・価値の範囲は「スケルトン渡し<居抜き<M&A」の順で大きくなります。
したがって、売却価格もこの順で大きくなるのが通例です。
居抜きの譲渡価格は立地や店舗サイズ・形状、設備・内装の状態(新しさや清潔感)などにより変化します。
一般的な小規模店舗(10~15坪程度)の場合、相場は100万円~250万円程度と言われています。
負債が大きくなく、利益が十分に出ている店舗や、買い手と統合することで大きく利益を伸ばすことが期待できる店舗であれば、M&Aの売却金額は居抜きよりも相当高額となるでしょう。
金銭面のメリットだけではありません。
M&Aであれば、雇用を維持し、得意先との取引を継続し、買い手と統合した新しい経営環境のもとで事業成長を図ることが可能です。
後継者不在で廃業を検討しているケースでも、M&Aによる第三者への引き継ぎを選択肢に入れることで事業承継の可能性は広がり、売却益の獲得や経営者保証の解消を通して引退後の生活を安定化することができます。
債務超過で倒産寸前という店舗であっても、買い手との経営統合により事業再生を果たすケースがあります。
M&Aを行う際にM&A仲介会社や会計事務所・金融機関などのFA(ファイナンシャル・アドバイザー)を利用した場合、着手金や店舗売却金額に応じた成功報酬がかかります(居抜きの仲介でも同様の費用がかかります)。
売却金額が大きいだけに手数料が相当高額になるケースもあるため、料金体系を十分把握しておくことが必要です。
M&Aマッチングサイトであれば売り手側は無料で利用できるのが通例で、買い手候補が見つかってから必要に応じて仲介会社やFAと契約するという使い方もできます。
買い手の立場から言うと、M&Aが最も高額な買い物ということになります。
しかし、経営統合によるシナジーはそれを補ってあまりあります(そうでなければM&Aをする意味はありません)。
M&Aで取り引きされるのは、すでに事業として成立しているまとまった経営資源です。
これを取り込むことで、新規事業を一から立ち上げるのに比べてはるかに短期間で事業を拡大できます。
M&Aでは言わば「時間を買う」ことができます。
これは他の方法では得られないM&A最大のメリットと言えます。
M&A仲介会社やFAを利用した場合、売り手側と同様の費用がかかります。
M&Aマッチングサイトでも買い手側には手数料がかかるのが通例ですが、仲介会社やFAに比べて安価に設定されています。
飲食業店舗の事例を3件、飲食以外のサービス業店舗の事例を4件、小売業店舗の事例を4件紹介します。
アミュゼホールディングス:福島県福島市で、鉄板しゃぶしゃぶ店や鍋物専門店(取り寄せ、デリバリー・テイクアウト)など、複数ブランドによる飲食事業を展開[2]
ブランシェ・エムズ:福島県福島市で、焼肉店や居酒屋などの複数ブランドによる飲食事業と食肉卸事業を展開[3]
譲渡企業:不採算事業(コロナ禍による営業自粛で業績が悪化し収益化の見通しが立てないビュッフェ事業)の整理[4]
大手アパレル会社(詳細非公表)で、アパレルブランドの全国展開に加えて大型ショッピングモール内でハワイアンカフェ2店舗の運営事業を展開
オークニ商事:和食を中心とした外食チェーン店の運営、障害児通所支援・高齢者介護施設の運営、コンサルティングなどの事業を展開
譲渡企業:事業ポートフォリオの見直し
譲り受け企業:外食事業における新規分野開拓
ヴェトナム アリス:銀座の複合商業施設に店を構えるヴェトナム料理専門店[6]
麺食:喜多方ラーメン「坂内」のフランチャイズ事業を中心とする飲食事業を展開[6]
譲渡企業:経営再建のための事業承継
譲り受け企業:新業態進出による事業拡大、外国人を含む人材の採用強化[6]
One Third Residence:24時間営業フィットネスクラブ6店舗の運営事業とミラー型デバイス「Fitness Mirror」によるオンライントレーニングサービス事業を展開[7]
アトラグループ:柔道整復師・鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師向けの情報サービス事業、療養費請求代行サービス事業、整骨院・鍼灸院のフランチャイズ事業などを展開[8]
譲渡企業・譲り受け企業:フィットネスクラブのフランチャイズ事業および「Fittnes Mirror」事業の共同展開[9]
佐野質店:愛知県豊橋市で1912年創業の質屋を経営[10]
Re TRUST:愛知県内で質屋・リサイクルショップを展開[10]
譲渡企業:後継者不在による第三者への事業承継、ブランドの維持・成長、Re TRUSTの広告・広報手段の活用による集客数アップ、ノウハウ共有による商品内容強化
譲り受け企業:店舗拡大[10]
東京都で美容室3店舗(従業員規模合計30名)を運営(詳細非公開)
東京都に本社を置き、美容関係を初め複数の事業を展開している東証一部上場企業(詳細非公開)
譲渡企業:代表者の退任に伴う事業承継、経営力のある異業種大手企業への引き継ぎによる事業成長
凜:関西地域で女性スタッフによる整体・アロマ・エステサロン運営や化粧品販売の事業を展開[11]
ファクトリージャパングループ:整体サロン運営事業、整体師・セラピスト・トレーナー養成事業、フランチャイズ事業、健康関連商品販売事業などを展開[12]
譲り受け企業:整体サロンのサービスメニュー拡充、新規顧客獲得、女性をターゲットにした整体・アロマ専門リラクゼーション事業の拡大、女性が働きやすい環境づくりの推進[12]
だいまる:栃木県宇都宮市で食品スーパー1店舗を運営[13]
小僧寿し:複数ブランドによる持ち帰り寿し事業、デリバリー事業、外食事業を展開[14]
譲り受け企業:食品小売事業への本格参入、スーパー店舗で製造した作りたて商品と飲料・日用食品などの小売商品を配送メニューに取り入れデリバリー事業領域を拡大[13]
福岡県で創業100年を超える酒屋を経営(詳細非公開)
エトウ:福岡県で製材、家具設計・製造・輸出入・ECなどの事業を展開
譲渡企業:後継者不在による第三者への事業承継
譲り受け企業:事業拡大
グロップ:岡山市で人材派遣業とペットショップ運営事業を展開[15]
アミーゴ:ペットショップを全国展開[15]
譲り受け企業:店舗網の拡大、譲渡企業が有する里親探しのノウハウの獲得[15]
平船精肉店:岩手県で精肉店を経営[16]
医療福祉関係の会社に勤務する個人[16]
譲渡企業:後継者不在による第三者への事業承継、従業員の雇用維持、名物の味(ローストチキン)の継承
譲り受け企業(個人):独立開業のため[16]
[2]トップページ(アミュゼHD)
[3]会社概要(ブランシェ・エムズ)
[4] 事業譲渡(アミュゼHD)
[5]会社沿革(オークニ商事)
[6]銀座の人気店を買収(麺食)
[7]トップページ(ワンサードフィットネス)
[8]事業内容(アトラグループ)
[9]One Third Residence の買収に関するお知らせ(アトラグループ)
[10]Rs TRUSTが(株)佐野質店を子会社化(新英HD)
[11]COMPANY(凜)
[12]凜から整体・エステサロン事業を譲受(ファクトリージャパングループ)
[13]株式譲渡契約締結(小僧寿し)
[14]企業概要(小僧寿し)
[15]連結子会社における事業譲受(アレンザHD)
[16]2019年版中小企業白書 事例2-1-5(中小企業庁)
店舗M&Aは売り手側・買い手側双方にとってメリットの大きい方法であり、様々な業種でM&Aを積極的・戦略的に活用する動きが広まっています。
少子高齢化・人口減少やコロナ禍などの影響で経営環境が不安定化するなか、M&Aは店舗経営にとってますます重要な手段となっていくものと予想されます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)