EC、小売業界では、業績悪化や後継者不在などを背景としたM&Aが活発です。M&Aにより、譲渡企業は「IT投資の強化」、譲り受け企業は「商品ラインナップの拡充」などのメリットを期待できます。
EC、小売業界の現況
定義
小売業とは、個人または家庭用消費のために商品を販売する業種や、建設業などの産業用使用者に少量または少額で商品を販売する業種を指します。[1]
一方でECとは、コンピュータを介してネットワーク上で行われる物・サービスの売買を意味します。[2]
つまりEC事業とは、インターネット上で商品・サービスの売買を行うビジネスモデルです。
具体的には、以下の業種がEC・小売業界に該当します。
業種 |
詳細 |
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EC・通販 |
EC・通販事業の運営 |
日用品・家電等小売 |
化粧品の販売、新車・中古車・カー用品の販売、ドラッグストア、スーパーマーケット、コンビニエンスストア、家具・インテリアの販売、家電量販店、携帯電話販売代理店、ホームセンター、書店、日用雑貨・ギフトショップ、スポーツ用品・楽器・ホビーの販売、ペットショップ、眼鏡・時計・貴金属店、その他店舗小売 |
飲食料品小売 |
酒類小売、飲食料品小売 |
市場規模・環境
小売業
経済産業省の商業動態統計によると、2021年における小売業の市場規模(小売業販売額)は、150兆4,620億円であり、前年比で1.9%増加しました。
業態別に見ると、百貨店やコンビニエンスストア、ドラッグストアの販売額が増加した一方で、ホームセンター、家電大型専門店、スーパーの販売額が減少しました。[3]
2017年〜2021年における市場規模は以下のとおり推移しており、市場規模は拡大傾向であると言えます。[4]
出典:商業動態統計 時系列データ(経済産業省)を基に弊社作成
EC
経済産業省の調査によると、2021年におけるEC業界の市場規模(BtoC)は、20.7兆円であり、前年比で7.35%増加しました。
2017年〜2021年は以下のとおり推移しており、右肩上がりで市場規模が急速に拡大しています。[5]
出典:電子商取引に関する市場調査の結果(経済産業省)を基に弊社作成
業界の課題・展望
EC・小売業界では、大きく以下2つが課題となっています。
- 深刻な人手不足
- 労働装備率の低さ
1つ目は人手不足です。厚生労働省の雇用動向調査では、業界別の欠員率(常用労働者に対する未充足人数の割合)が集計されており、こちらを確認することで各業界における人手不足の度合いがわかります。
2021年における小売業の欠員率は2.7%であり、全産業(1.8%)を上回っており、深刻な人手不足に陥っていると言えます。[6]
2つ目は労働装備率の低さです。労働装備率とは、有形固定資産を従業員数で割った数値であり、1人あたりの設備投資額を表します。
2020年度の法人企業統計調査によると、全産業の労働装備率は1,155万円である一方で、小売業の労働装備率は728万円となっています。[7]
セルフレジや電子タグによる商品管理等に対して、十分な設備投資が行われていないことが労働装備率の低さにつながっていると考えられます。
こうした課題を解決する上で、EC・小売業界では以下の取り組みが重要となってくるでしょう。
- 売上・客数予測に基づいた人員配置による従業員の負担軽減
- セルフレジの導入や在庫管理のシステム化、EC販売への移行による労働装備率の向上、必要人員の削減
- クレーム対応などに関するマニュアルの策定による従業員のストレス軽減、生産性の向上
EC、小売業界のM&A動向
M&Aの件数・規模
M&A Onlineによると、2022年上期(1〜6月)における小売業界のM&A件数は34件であり、前年同期と比べて9件多い結果となりました。
内訳は、多い順にアパレル関連が7件、調剤薬局・ドラッグストアとリユース品が各3件、その他と続きます。[8]
M&Aが行われている背景
EC・小売業界では、主に以下の目的・戦略でM&Aが活用されています。
- メーカーによるD2Cビジネスの広がりに伴う業績悪化の状況改善
- EC事業への進出、オンラインによる自社商品の販売
- システム開発会社の買収によるキャッシュレス技術などの獲得
- 先代経営者の高齢化、後継者不在
- 物流コスト削減やブランドの相互活用
- 市場での生き残りをかけた競合他社との差別化、事業規模の拡大
- 自社製品・ブランドの海外進出
- 事業の多角化
M&Aの成功可能性を高めるポイント
譲渡企業が重視すべき要素
- 譲り受け企業からの需要がある経営資源(人材やECサイト、取引先など)の確保、育成、強化等
- M&Aの際に障壁となり得る要因の改善(特約の変更・解除、不要な在庫の削減など)
- 売却後に事業の成長や安定化を実現できる可能性が高い譲り受け企業の選定
- 自社の企業価値を正しく算定できるバリュエーションの実施、EC・小売業のM&Aを得意とする専門家の起用
譲り受け企業が重視すべき要素
- 譲渡企業における取り扱い商品や店舗の立地、ビジネスモデルなどの精査
- ECサイトの運営ノウハウやキャッシュレス技術など、自社の目的達成につながる強みを有する譲渡企業の選定
- 譲渡企業における取引先とのチェンジオブコントロール条項や特約の有無、対策の検討
- 仕入などの業務プロセス、商品コードやシステム等の統一可否の検討
- 譲渡企業との誠実な態度での交渉、従業員に対する待遇保証・改善
- 譲渡企業との協働(クロスセルやブランドの相互活用など)による成長戦略の検討・実行
EC、小売業界でM&Aを行うメリット・デメリット
メリット
譲渡企業 |
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譲り受け企業 |
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デメリット
譲渡企業 |
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譲り受け企業 |
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EC、小売業界のM&A事例・インタビュー
主な有名事例
M&Aが行われた時期 |
譲渡企業・譲り受け企業の概要 |
M&Aの目的・背景 |
M&Aの手法・成約 |
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2022年5月 |
譲渡企業: エディオン 譲り受け企業: ニトリホールディングス |
譲り受け企業:店舗開発に向けた協働、商品の相互交流、EC事業でのシナジー創出など |
手法:資本業務提携(資本提携は株式譲渡により実施) 結果:ニトリHDがエディオン株式の8.6%を取得 取得価額:102億6,900万円[9] |
2019年11月 |
譲渡企業:ZOZO 譲り受け企業:Zホールデイングス |
譲り受け企業:Eコマース事業の強化 譲渡企業:ユーザー層の拡大[10] |
手法:公開買付け(TOB) 結果:ZホールディングスがZOZO株式の50.1%を取得し、同社を子会社化 取得価額:4,007億円[11] |
2020年 |
譲渡企業:スピードウェイ 譲り受け企業:セブン&アイ・ホールディングス |
譲り受け企業:アメリカにおけるコンビニエンスストア事業の拡大、節税メリットの獲得 |
手法:株式や持分の取得 結果:スピードウェイ事業の取得 取得価額:約2.2兆円[12] |
[1] 日本標準産業分類 大分類I-卸売業,小売業(総務省)
[2] 令和元年度内外一体の経済成長戦略構築にかかる国際経済調査事業(電子商取引に関する市場調査)報告書(経済産業省)
[3] 2021年小売業販売を振り返る(経済産業省)
[4] 商業動態統計 時系列データ(経済産業省)
[5] 電子商取引に関する市場調査の結果(経済産業省)
[6] 雇用動向調査 年計 結果表 年次 2021年(e-Stat)
[7] 法人企業統計調査 2020年度(e-Stat)
[8] 【小売業界】2022年上期のM&Aは34件(M&A Online)
[9] エディオンとの資本業務提携(ニトリホールディングス)
[10] ZOZO株式に対する公開買付けの開始(ヤフー)
[11] Zホールディングスによる当社株式に対する公開買付けの結果(ZOZO)
[12] コンビニエンスストア事業等に関する株式その他持分取得(セブン&アイ・ホールディングス)