半導体業界のM&A動向と近年の事例14選【徹底解説】
- 法務監修: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
半導体企業のM&Aは、急速な市場成長などを背景に活発化しています。半導体業界のM&A・業界再編動向を解説し、有名事例や2020年・2021年の事例を中心に、近年のM&A事例をくわしく紹介します。
市場成長を背景として、世界の半導体業界においては2015年頃から大手企業を中心とするM&Aが頻発し、大規模な統合が進んでいます。[1]
日本企業が関わった大規模M&Aとしては以下のような事例があります。
ただし、NVIDIAによるArm買収は競争阻害をもたらすとして米・EU規制当局により阻まれ、譲渡契約解消にいたっています。
同様の事情で大規模M&Aが破談となる事例が少なからず発生しています。[3]
日本企業は設計から開発・製造まで自社で行う垂直統合型デバイスメーカー(IDM)として1980年代に高い世界的シェアを誇りましたが、1990年代以降はシェア低下が続いています。
原因としては以下のような点が挙げられます。[4]
こうした現状に対して国内半導体産業の再強化を図るため、国は2021年に半導体戦略を策定しました。
戦略の柱のひとつに、海外先端ファウンドリ企業の国内誘致および日本企業との共同開発・共同生産推進があり、これを受けて国内大手企業による海外ファンドリ企業へのM&A(出資)の動きも始まっています(後述のソニーセミコンダクタソリューションズ・デンソーによる出資など)。
日本企業の多くがシェアを低下させるなか、半導体素材・部品・製造装置分野は比較的高い競争力を維持しており、M&Aの買い手または売り手となる事例が多く見られます。
半導体企業の主なM&A動向をまとめると以下のようになります。
買い手 | 売り手 | 目的 |
---|---|---|
半導体メーカー(デバイス・素材・部品・装置製造) | 半導体メーカー |
|
半導体メーカー・電子部品メーカー | 多角化企業の半導体製造部門 |
|
電子部品メーカー | 半導体メーカー |
|
半導体専門商社 | 半導体専門商社 |
|
IT関連商社 | 半導体専門商社 |
|
ファンド | 半導体メーカー、半導体関連ベンチャー |
|
[1]再編が進む半導体産業の今後(前編)(デロイトトーマツ)
[2]Armを400億米ドルで買収(NVIDIA)
[3]半導体業界のM&A頓挫、当局のレッドライン示す(REUTERS)
[4]半導体戦略(経済産業省)
Japan Advanced Semiconductor Manufacturing:台湾に本社を置きアジア・ヨーロッパ・北米においてファウンドリビジネスを展開するTSMCが日本に設立する子会社で、日本政府から強力な支援を受けることを前提に、2022年中にファウンドリ建設開始、2024年末までに生産開始を予定[5]
ソニーセミコンダクタソリューションズ:ソニーグループの半導体事業における中核企業で、イメージセンサーを中心とする半導体デバイスの研究開発・設計・生産・販売事業を展開[6]
デンソー:自動車用システム・部品の開発・製造を中心に、産業機器製造、農業の工業化、生活関連機器製造などの事業を展開[7]
譲り受け企業:ロジックウェーハ・車載半導体の中長期的な安定調達の実現[5][8]
ディー・クルー・テクノロジーズ:デジタル・アナログ混載LSIなどの半導体製品、AI・アルゴリズム・アプリなどのソフトウェア、各種制御基盤、産業向けセンシングシステムの開発・提供事業を展開[9]
日清紡ホールディングス:無線・通信システム機器、アナログ半導体を初めとするマイクロデバイス、自動車ブレーキ、各種産業用精密部品、化学品および繊維製品の開発・製造・売買・輸出入事業を展開する企業グループの持株会社[10]
譲渡企業:日清紡グループからの開発受託による収益安定化、同グループの顧客基盤を通した受注拡大、過去の開発資源の再活用[11]
譲り受け企業:子会社の日清紡マイクロデバイスにおいてアナログ半導体技術をベースとした各種産業向け総合ソリューション提供事業を展開するために不可欠な技術分野の補完[12]
UJ-Crystal:名古屋大学の研究者が中心となり設立したスタートアップ企業で、溶液法による育成技術をベースとしてパワー半導体SiC単結晶の開発・製造・販売事業を展開[13]
オキサイド:医療・半導体・自動運転などの分野に向けて単結晶材料・光デバイス・レーザ装置・光計測機器などの製造販売事業を展開[14]
譲渡企業・譲り受け企業:SiC単結晶の量産化に向けた共同研究開発の推進[13]
オムロン:工場自動化制御機器・電子部品の製造事業、社会インフラソリューション事業、家庭・企業向け医療機器製造・デジタルサービス運営事業を展開する企業グループの中核企業[16]
ミツミ電機:ボールベアリングやピボットなどの機械加工品や電子機器の製造事業を展開するミネベアミツミの子会社で、半導体デバイス、光デバイス、機構部品・高周波部品・電源部品の製造事業を展開[17]
譲渡企業:ビジネスモデル変革・新事業創出に向けた事業ポートフォリオマネジメント強化のため[18]
譲り受け企業:
Dialog Semiconductor:英国に本社を置き、低電力・コネクティビティ技術を強みとしてIoT・家電・自動車・各種産業分野向け半導体製品の開発・提供事業を展開[20]
ルネサス エレクトロニクス:マイコンやSoC(System-on-a-chip)製品を中心とする各種半導体製品の研究・開発・設計・製造・販売事業と、自社製品群を用いたIoTシステム構築などの組み込みソリューション提供事業を展開[21]
譲渡企業:ルネサス エレクトロニクスの製品・技術基盤、販売・顧客サポート網の活用による成長機会の拡大
譲り受け企業:自社技術・製品群と補完関係にあるDialog Semiconductorの技術資産の獲得により製品ポートフォリオを拡充し、IoT・産業・自動車分野の高成長市場向けソリューション提供力の強化を図る[20]
テイコクテーピングシステム:ドライフィルムレジスト・バックグラインド保護テープの貼り合わせに特化した半導体製造装置を国内外に供給[23]
日本化薬:半導体や情報通信などの分野向け機能性材料・色素材料・触媒・フィルム部材製造事業と、医薬品・医療機器の製造事業を展開[24]
譲り受け企業:
兼松PWS:主に国内市場向けに、ドイツSuss MicroTec社および香港ASM Pacific Technology社製品を中心とした半導体製造装置・関連機器・部品・サブシステムの販売・メンテナンスサービスを展開[26]
ルモニクス:ドイツInnoLas Semiconductor社の国内販売代理店としてウェーハマーキング装置の販売・メンテナンスサービスを展開[26]
譲渡企業・譲り受け企業:両社の商品群の相互補完によるシナジー創出[26]
パナソニック セミコンダクターソリューションズ:パナソニックグループの半導体事業における中核会社で、近年は空間認識技術と電池応用技術に注力して事業を展開[27]
パナソニック デバイスセミコンダクターアジア:パナソニック アジアパシフィック(パナソニックグループのシンガポール法人)の社内カンパニーで、半導体の開発・販売事業などを担当
パナソニック セミコンダクター蘇州:半導体製造・販売と車載カメラ製造の事業を展開
Nuvoton Technology Corporation:台湾に本社を置く半導体企業Winbond Electronics Corporationの子会社で、ロジック集積回路の研究・設計・開発・製造・販売と6インチ半導体ウェーハの製造・試験・OEMの事業を展開[27]
譲渡企業:競合他社の勢力拡大や巨額投資・M&Aを通した業界再編の進行などにより半導体事業の経営環境が熾烈化するなか、将来性のある他社のもとで同事業の成長を図ることが最善と判断[27]
[5]半導体ファウンドリの設立と少数持分出資(ソニーセミコンダクタソリューションズグループ)
[6]グループ(同上)
[7]製品・サービス(デンソー)
[8]JASMへの少数持分出資(デンソー)
[9]会社概要(ディー・クルー・テクノロジーズ)
[10]事業概要(日清紡HD)
[11]株式異動(ディー・クルー・テクノロジーズ)
[12]ディー・クルー・テクノロジーズの株式取得(日清紡HD)
[13]UJ-Crystalとの資本業務提携(オキサイド)
[14]トップ(同上)
[15]沿革(同上)
[16]事業紹介(オムロン)
[17]事業概要(ミネベアミツミ)
[18]半導体・MEMS工場およびMEMS開発・生産機能の譲渡(オムロン)
[19]滋賀セミコンダクターの株式取得(ミネベアミツミ)
[20]Dialogを買収(ルネサス エレクトロニクス)
[21]トップページ(同上)
[22]Dialogの買収を完了(同上)
[23]事業譲受(日本化薬)
[24]事業・製品(同上)
[25]親会社変更(テイコクテーピングシステム)
[26]ルモニクスの全株式を取得(兼松PWS)
[27]半導体事業の譲渡(パナソニック)
[28]半導体事業の譲渡完了(パナソニック)
凸版印刷:印刷テクノロジーをベースに多角的な事業を展開し、半導体分野においてはフォトマスク(半導体原板)やパッケージ基盤などを開発・製造[29]
トッパンフォトマスク:凸版印刷の新設子会社(インテグラルとの合弁会社)で、半導体フォトマスク製造事業を展開[29]
インテグラル:独立系投資ファンド会社[30]
譲渡企業:フォトマスク事業を分社化し独立企業として経営の自由度を高めた上で、IPO支援実績が豊富なインテグラルからの経営支援・ノウハウ提供を受けつつ、市場ニーズを捉えた俊敏な投資の実行と競争力の強化を図る[30]
京都セミコンダクター:化合物を用いた光半導体デバイスとモジュールの開発・製造・販売事業を展開[31]
デクセリアルズ:電子部品・接合材料・光学材料などの製造・販売事業を展開[32]
譲渡企業・譲り受け企業:補完関係にある両社の経営資源を相互に活用し、市場成長が見込める高速通信・センシング分野において新製品・技術の共同開発や顧客基盤拡大を図る[31]
ナノ・ソルテック:中古半導体製造・検査装置の買取・リファブ(新品同様スペックへの修復)・販売事業を展開[34]
あいホールディングス:各種業務用情報機器の開発・販売事業、設計・建設総合コンサルティング事業、脱炭素システム開発・製造・販売事業、IoTソリューション事業などを展開する企業グループの持株会社[35]
譲渡企業:あいホールディングスグループの販売チャネルの活用により、国内外大手半導体メーカーなどへの販路拡大と買取強化を図る[34]
譲り受け企業:収益性の高い半導体装置事業への参入によりポートフォリオ強化を図る
パワースピン:東北大学の最先端研究成果であるスピントロニクス技術・パワーエレクトロ技術を用いた半導体回路設計サービス、チップ・モジュールシステム試作サービス、保有知財・回路IPライセンス供与などの事業を展開[37]
ジャフコ グループ、三菱UFJキャピタル、東北大学ベンチャーパートナーズ:ベンチャー企業を対象とする投資事業を展開[37]
譲渡企業:半導体回路設計技術者・本社スタッフの採用や首都圏本社拠点立ち上げなどのための資金調達[37]
東芝メモリ(現 キオクシア[38]):東芝のメモリ事業(メモリ・周辺製品の開発・製造・販売事業とその関連事業)のさらなる成長と外部資本導入を目的として設立された子会社[39]
Pangea:東芝メモリの買収を目的としてベインキャピタルを軸とする企業コンソーシアムにより組成[39]
ベインキャピタル:グローバルに事業を展開するプライベートエクイティ・ファンドで、東京オフィスにおいて日本企業に対する投資活動を展開[40]
譲渡企業:東芝の借入金返済原資確保・財務体質回復を図るため[39]
ARM Holdings:マイクロプロセッサー、フィジカルIPおよび関連技術・ソフトウェアの設計事業と、開発ツール販売事業などを展開[42]
ソフトバンクグループ:投資事業、移動通信サービス事業、IT関連製品・サービスの企画・製造・販売・運営事業、EC・SNS・インターネット広告事業などを展開する企業グループの持株会社として、戦略的投資事業を展開[43]
譲渡企業:ソフトバンクグループによる投資・経営支援をもとに、人材の大規模増員とイノベーション投資推進を行い、知的所有権ライセンス供与・半導体研究開発受託事業の成長加速を図る[44]
譲り受け企業:IoTの拡大により生み出される事業チャンスを捉えるための戦略的投資
[29]製品・サービス(凸版印刷)
[30]半導体原版メーカーを会社分割により設立(同上)
[31]京都セミコンダクターの株式の取得(デクセリアルズ)
[32]会社概要(同上)
[33]沿革(京都セミコンダクター)
[34]ナノ・ソルテックの株式の取得(あいHD)
[35]主要事業(同上)
[36]沿革(同上)
[37]第三者割当増資で7億円を調達(パワースピン)
[38]会社情報(キオクシア)
[39]東芝メモリの株式譲渡(東芝)
[40]About Us(ベインキャピタル)
[41]2018年度有価証券報告書(東芝)
[42]ARM買収の提案(ソフトバンクグループ)
[43]グループ企業一覧(同上)
[44]ARM買収の完了(同上)
市場の急激な成長を背景としてM&Aによる半導体業界の再編が世界的に加速しています。
日本においても半導体素材・部品分野を中心に様々なM&Aが行われており、世界的な潮流や国による半導体戦略の展開を受けて今後さらにM&Aが活発化することが予想されます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)