商社の売却・M&A動向とメリット、事例をわかりやすく解説
- 法務監修: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
商社(専門商社)業界では、同業者(専門・総合商社)やメーカーへの会社売却が活発です。商社の売却では、取引先拡大などのメリットを得られます。売却動向や2020年〜2022年のM&A事例を徹底解説します。
専門商社業界では事業承継や事業拡大を目的とした会社売却が盛んに行われています。
売却ではなく資本提携(相手企業からの出資を通して協力関係を構築するM&A手法)により事業拡大を図る動きもあります。
買い手・出資者となっているのは、同業者(総合商社・専門商社)や関連分野のメーカーなどです。
| M&Aで得られるメリット |
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買い手企業(商社) | 特定商材分野の強化、手薄であったエリアでの取引強化、消費者ニーズに立脚した事業展開の実現 |
売り手企業(商社) | 財務基盤の安定化、取引先拡大、DX推進、事業承継の実現、中期的な事業成長の実現 |
商社間で行われる買収・出資の主な目的は、特定商材分野の強化にあります。
総合商社や複数の専門分野を有する複合専門商社が、特定分野(コア事業分野、中期経営目標の重点分野、新規開拓中の分野、事業ポートフォリオ転換のために強化中の分野など)を拡大するために、当該分野の専門商社を相手とするM&A(買収・資本提携)を盛んに行っています。
また、これまで事業展開が手薄であったエリアでの取引を強化するために当該地域に強みを持つ商社を買収したり、サプライチェーン上でよりメーカーに近い位置にある商社がより消費者に近い立場の商社を買収し、消費者ニーズに立脚した商社事業の展開を図ったりする動きもあります。
売り手側の商社としても、潤沢な事業基盤を有する商社グループに加わることにより、財務基盤安定化や取引先拡大、DX推進などのメリットが得られます。
後継者難を抱えた商社においては、第三者への引き継ぎにより事業承継を実現した上で、中期的な事業成長を図る道が開けます。
| M&Aで得られるメリット |
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買い手企業(メーカー) | 調達から製造・販売に至る一気通貫体制の拡充、ニーズに即した的確な開発・生産の実現、新規開拓分野における製造事業の強化 |
売り手企業(商社) | 事業の安定化、製造事業の拡充、事業拡大のための資金調達実現 |
異業種の売却先・資本提携先としては、同分野のメーカー(オリジナル製品メーカーやOEM・ODMメーカー)が代表的です。
買収側のメーカーとしては、同分野において優れた調達力や物流機能、企画提案力を有する商社をグループ内に取り込むことにより、調達から製造、販売に至る一気通貫体制を拡充したり、ニーズに即した的確な開発・生産を実現して事業の最適化を図ったり、新規開拓分野における製造事業を強化したりすることができます。
売り手側の商社としても、メーカーとの密な連携を通して事業の安定化や拡大が図れます。
専門的な調達力・企画力をベースにOEM事業などを展開している商社においては、製造事業の拡充を図ることも可能になります。
そのほか、ファンドからの出資により事業拡大のための資金調達などを行う商社の例もあります。
官民連携ファンドである観光遺産産業化ファンドもそうした商社への投資を実行しています。[1]
桜物産:主に東北地域の印刷加工会社・食品製造加工会社に対して各種フィルム・包装資材の提供を行う専門商社[2]
GSIクレオス:繊維および機械材料・化学品などの工業品を取り扱う商社で、模型用塗料やアパレルなどのオリジナル製品の企画・生産・販売や受託製造(OEM・ODM)の事業も展開[3]
譲渡企業・譲り受け企業:食品向け・工業向けフィルム(とくに環境に配慮した機能性フィルム)の拡販を通した競争力向上[2]
ノルメカエイシア:災害医療分野の専門商社として、独自の国内外ロジスティクスシステムとソリューション提供力を強みとした事業を展開[4]
日本ピストンリング:自動車エンジン部品の製造販売を主力事業とし、近年では新事業として医療機器・産業機械分野での開発を強化[4]
譲り受け企業:譲渡企業が有する医療・公的機関関係の顧客基盤と災害医療分野のソリューション提供力・開発力を取り込み、医療関係分野の事業拡大と事業ポートフォリオ転換の推進を図る[4]
名弘商事:愛知県名古屋市に本社を置く梱包資材・包装資材・物流機器専門商社で、納入後のメンテナンスサービスも提供[6]
神谷薬品:愛知県豊橋市に本社を置く化学工業薬品専門商社で、自社倉庫・自社配送による物流サービスや設備設置・施工・メンテナンスなどの事業も展開[6]
譲渡企業:後継者不在による第三者への事業承継
譲り受け企業:名古屋を含む尾張エリアでの事業強化、物流機器分野への進出
東栄貿易:全国の百貨店・スーパー・小売店・卸売店を取引先とする輸入洋酒の専門商社[7]
アルカン:外食フランチャイズ・店舗運営や食品製造・加工・輸入・販売などの事業を展開するJFLAホールディングスグループ[8]の子会社で、フランスを初めとする欧州地域の食材・酒類を取り扱う輸入専門商社[7]
譲渡企業・譲り受け企業:グループにおける輸入食品・酒類事業を拡充するとともに、譲渡企業の歴史・特長を活かしてより消費者に近い立場での商品開発・販売促進を充実させ、人材管理・購買・マーケティング活動の共同化によりコスト削減・効率化を図る[7]
KIZUNA大分:ECコンサルティング・Web広告代理・カスタマー対応支援などの事業を展開するKIZUNAが地域戦略のために設立した商社[9]で、KIZUNAグループが培ったマーケティングノウハウを活用しつつ地域の事業者との協働により大分県の地産品を主体とした事業を開発[10]
ほうわ創業・事業承継支援ファンド:豊和銀行とフューチャーベンチャーキャピタルにより設立されたファンドで、大分地域において創業期または事業承継期にある企業の支援を目的とした投資事業を展開[10]
譲渡企業:飲食店開業・店舗改修のための資金調達[10]
エスティトレード:民生用光ディスクドライブを中心とするデジタル機器の専門商社[11]
アイ・オー・データ機器:デジタル機器(PC・家電・スマートデバイスなど)の周辺機器の総合メーカー[11]
譲り受け企業:光ディスク関連事業の強化[11]
詩の国秋田:秋田銀行により設立された商社で、主に農業・食品関連分野や伝統工芸分野の地域事業者に対して商品開発・ブランディング・プロモーション・国内外販路開拓などのソリューションを提供[13]
中國信託創業投資公司:台湾の大手民間金融グループである中國信託ホールディングの投資専門子会社(中國信託ホールディングと秋田銀行は2013年から業務提携を実施)[14]
譲渡企業:海外取引支援事業の強化[14]
寒川商事:石油化学材料、電子部品、梱包資材などを扱う専門商社[15]
兼松アドバンスド・マテリアルズ:総合商社兼松傘下の商社で、スリット加工を施した非鉄金属材料を中心に電子部品・化学材料などの多様な商材のJIT納入サービス(「必要なものを必要なだけ必要なときに」提供するサービス)を展開[15]
譲渡企業:事業の拡大[16]
譲り受け企業:譲渡企業の事業基盤・有力客先を取り込み、中期経営ビジョンの最重要課題である化学材料・電子部品分野の強化を図る[15]
ソルトン:産業用コネクタなどの電子部品を扱う専門商社で、専門技術者による各種サポートも提供[17]
丸紅:広範な分野において輸出入・国内取引・内外事業投資・資源開発などの事業を多角的に展開する総合商社[18]
譲り受け企業:AI・5G通信・電気自動車などの開発の進展に伴いコネクタを初めとする電子部品の需要拡大が見込まれるなか、新規分野(2016年に進出)の電子部品事業において商品ラインナップ拡充と物流サービス効率化を実現し、事業拡大を図る[17]
スミテックス・インターナショナル(現 STX):とくに綿の扱いにおいて長い歴史を有する繊維専門商社で、アパレルOEM事業なども展開[19]
蝶理:繊維および化学品・機械の専門商社で、オリジナルの繊維原料・ファブリック・テキスタイルの開発やアパレルの企画・製造などの事業も展開[20]
譲渡企業・譲り受け企業:国内アパレル向け繊維市場の縮小やコロナ禍により事業環境が厳しさを増すなか、両社の経営資源(商材・取引先・生産基盤)を融合し、綿から化合繊にわたる繊維原料の総合展開や、オリジナル商材のクロスセリング(相手企業の取引先ルートでの拡販)、アパレル生産の強化などを図る[19]
野津善助商店:山陰地区で事業を展開する産業用薬品・食品原料・添加物専門商社で、在庫薬品の小分け製造やローリーでの薬品配送などのサービスも提供[22]
ソーダニッカ:ソーダ製品を初めとする石油化学製品、合成樹脂、包装関連製品、電子材料などを取り扱う商社で、全国4箇所のケミカルセンターにおいて化学品の保管・混合・濃度調整・小分けサービスを提供[23]
譲り受け企業:譲渡企業の販売ネットワークや物流機能を取り込み、中国地方(とくに手薄であった山陰地区)における事業強化を図る[24]
サンマリノ:アジア・欧州に幅広い情報招集・素材調達力ネットワークを有する繊維専門商社で、婦人服・雑貨の企画提案型OEM・ODM事業も展開[25]
オンワードホールディングス:オリジナルブランド・海外ライセンスブランドを多数展開する大手アパレルメーカーグループの持株会社[26]
譲渡企業・譲り受け企業:企画から原料調達・生産・販売まで一気通貫したサプライチェーンの構築、余剰在庫を生まないサステイナブルなものづくり基盤の強化、情報の一元管理による売れ筋予測向上・製造原価低減・リードタイム短縮・品質向上、OEM・ODM事業の拡大、人材交流を通したスキル向上・ノウハウ蓄積などを図る[25]
東和産業:関西圏で事業を展開する眼科専門商社で、眼科医療機器の販売のほか開業支援などのサービスも提供[27]
エムスリー:医療関係者・製薬会社・医療機器メーカーに向けて各種インターネット・プラットフォームサービスやデジタルソリューションを提供[27]し、子会社を通して外科・眼科分野の商社・コンサルティング事業も展開[28]
譲り受け企業:眼科分野向けにプラットフォーム・デジタルソリューション事業を強化するとともに、首都圏を中心に展開している眼科専門商社サービスを関西圏に拡大[27]
中川金属:大手メーカーとそのグループ企業への直接販売を軸に事業を展開する切削工具専門商社[29]
永井産業:中川金属の子会社で、千葉・茨城地域の製造業者に対象に機械工具の販売を行う専門商社[29]
ユアサ商事:産業機器、工業機械、住宅設備・管材・空調、建築・エクステリア、建設機械、エネルギー、消費財・木材の各分野を取り扱う複合専門商社[30]
譲り受け企業:産業機器部門におけるコア事業のひとつである切削工具販売の強化、事業領域の一層の拡充[29]
小林美材商社(現 ガモウリッタ):愛知・岐阜の美容サロンを主な取引先として美容関係の商品販売・情報提供・セミナー開催などの事業を展開する専門商社[31]
ガモウ:美容業務用品・美容器具一式の販売、美容情報の提供、イベント・ヘアショー・人材教育セミナー開催などの事業を全国展開する専門商社[32]
譲渡企業・譲り受け企業:美容業界における競争力強化[33]
[2]桜物産の株式取得(GSIクレオス)
[3]事業紹介(GSIクレオス)
[4]ノルメカエイシアの株式取得(日本ピストンリング)
[5]32022年3月期第3四半期報告書(日本ピストンリング)
[6]トップ(神谷薬品)
[7]アルカンによる東栄貿易との資本業務提携(JFLA HD)
[8]会社概要(JFLA HD)
[9]沿革(KIZUNA)
[10]KIZUNA大分への投資実行(豊和銀行)
[11]株式取得に関する基本合意書締結(アイ・オー・データ機器)
[12]有価証券報告書(アイ・オー・データ機器)
[13]トップ(詩の国秋田)
[14]第三者割当増資の実施(詩の国秋田)
[15]寒川商事の株式取得(兼松アドバンスド・マテリアルズ)
[16]契約締結完了(寒川商事)
[17]ソルトンの買収(丸紅)
[18]会社概要(丸紅)
[19]スミテックス・インターナショナルの株式の取得(蝶理)
[20]事業紹介(蝶理)
[21]沿革(スミテックス・インターナショナル)
[22]事業案内(野津善助商店)
[23]事業概要(ソーダニッカ)
[24]野津善助商店の株式取得(ソーダニッカ)
[25]サンマリノと資本業務提携(オンワードHD)
[26]事業内容(オンワードホールディングス)
[27]東和産業を子会社化(エムスリー)
[28]サービス(エムスリー)
[29]中川金属の株式取得(ユアサ商事)
[30]事業紹介(ユアサ商事)
[31]会社情報(ガモウリッタ)
[32]About(ガモウ)
[33]小林美材商社との資本提携(ガモウ)
専門商社業界においては同業者や関連分野メーカーなどへの売却が盛んに行われています。
発展的な事業承継や専門性を活かした事業拡大を図る上でM&Aは非常に有効な手段であり、多くの商社が様々な相手企業とのマッチングを通して会社売却を成功させています。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)