自動車整備業界では、事業承継などを理由とした会社・事業の売却が盛んです。売却価格の相場は、「時価純資産+営業利益×3〜5」で算出できます。売却動向・価格の決まり方、近年のM&A事例を徹底解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
近年の自動車整備業の売上高は、年度により多少の増減はありますが、ほぼ横ばいで推移しています。
成長産業ではないものの、安定した収益が生み出されている業界と言えます。
一方、事業所数は2016年から2021年まで6年連続で減少しており、減少率は小さいものの、減少傾向にあるようです。[1]
自動車整備業は車検需要に大きく支えられており、近年の売上高が安定的に推移しているのは車検需要が安定していることが主な要因とされます。
しかし、日本はすでに人口減少時代に突入しており、中長期的には車検を含めた整備需要が低下していく恐れがあります。
格差拡大や雇用不安定化、若者の車離れなども整備需要にとってマイナス要因です。
また、カーシェアリングや自動運転車が本格的に普及すれば自動車の総数が減少し、車検や整備の需要も影響を受けると考えられます。
ただし、カーシェアリングのうちレンタカーと同様の事業として営まれるタイプでは、営業車両を扱うことになるため、自家用乗用車よりも頻繁に車検を受ける必要が生じます。
自動運転車も、公道を無人で走行できるような段階に達すれば厳しい整備基準が求められる可能性が高いでしょう。
つまり、これらは整備需要を押し上げる要因ともなりえます。
こうしたことから、中長期的な整備需要を予測するのは難しい状況です。
自動車整備士の不足・高齢化が進行し、人材確保が大きな課題となっています。
自動車整備業の有効求人倍率は急激に上昇しており、アンケート調査でも整備士が不足・やや不足と回答した整備工場が50%を超えます。
少子化や若者の車離れにより、自動車整備学校の入学者数も減少傾向にあります。[2]
業種を問わず中小企業の多くが後継者不在問題を抱えていますが、帝国データバンクの調査によると2021年における自動車整備業の後継者不在率は全業種平均(61.5%)よりもやや高い値となっています。[3]
電気自動車(EV)やハイブリッドカーが普及し、自動車に用いられる技術や装置の多くが電子化してきており、自動車整備業にとって電子制御技術・装置への対応が避けられない状況です。
今後はさらに自動運転車やコネクテッドカーの開発が進展し、自動車に用いられる電子技術がますます高度化していくことは間違いないでしょう。
電子制御装置は従来の自動車整備業務が扱ってきた対象とは異質であり、技術革新のサイクルも短く次から次へと新しい技術が登場するため、対応は容易とは言えません。
こうした状況のなか、道路運送車両法改正により、自動車整備の事業範囲が「分解整備」から電子制御装置整備を含む「特定整備」に拡張されました。[4]
2020年4月から始まった「特定整備」制度においては、自動車整備業の認証は「分解整備のみ」「電子制御装置整備のみ」「分解整備および電子制御装置整備の両方」の3つに分かれており、従来通り分解整備のみを営んでいくことも可能です。
しかし、旧車の整備に特化するようなケースは別として、今後の自動車整備業にとっては電子制御装置整備を事業に含めることが必須となっていくでしょう。
[1]令和3年度自動車特定整備業実態調査結果の概要(日整連)
[2]人材確保に関する関東運輸局の取組(国土交通省)
[3]全国企業「後継者不在率」動向調査(2021 年)(帝国データバンク)
[4]自動車特定整備事業(国土交通省)
自動車整備業の売却では同業者・隣接業種企業の子会社となる例が多く見られます。
売却の目的は、親族外への事業承継、事業規模の大きな企業との統合による業容拡大などです。
小規模の自動車整備会社が単独で先端技術への対応力を強化することは困難ですが、大手グループの傘下に入ることで中長期的な展望が開けます。
買い手となる隣接業種は、自動車ディーラー、トラック貨物輸送を初めとする物流業、自動車部品卸売業、自動車用品小売チェーンなどです。
事業成長戦略の選択肢として、子会社化ではなく資本業務提携を選ぶ自動車整備会社もあります。
資本業務提携では、子会社化にいたらない程度の割合で他社からの出資を受けて強固な協力関係を構築し、協業を進めて双方の事業成長を図ります。
デルオート:自動車トランスミッションの修理・リビルト、自動車整備などの事業を展開[5]
SPK:自動車部品・自動車カスタマイズパーツ・各種機械組付部品の卸売・輸出入事業を展開[6]
譲渡企業・譲り受け企業:両社の自動車関連事業の連携によるシナジー追求[5]、整備事業を含む新規モビリティ事業の立ち上げ[7]
室蘭ダイヤモータース:北海道室蘭地域で三菱自動車製品の販売事業、自動車整備事業、自動車保険事業などを展開[9]
D&Dホールディングス:自動車のプライシング、コンサルティング、販売代理・仲介、レンタル、修理・整備などの事業を展開する企業グループの持株会社[10]
譲り受け企業:札幌・旭川エリアで展開してきた三菱自動車系列店舗運営と譲渡企業の事業を掛けあわせ、レンタカー需要の大きい北海道エリアの特性に沿ったビジネス展開を図る[11]
福丸自動車工業:大阪府八尾市で自動車整備・板金・修理、新車・中古車販売の事業を展開[12]
西和物流:関西・九州地域に主な拠点を置き、トラック貨物輸送や倉庫業を展開[13]
譲渡企業:事業承継、社業の一層の発展[12]
和寒自動車工業:北海道上川群で自動車整備業を展開[14]
北のふるさと事業承継支援ファンド:北海道・北洋銀行・北海道銀行・北海道信用金庫・旭川信用金庫・北見信用金庫・北央信用組合・北海道中小企業総合支援センターが出資するファンドで、北海道内の小規模企業の円滑な親族外承継を支援[15]
譲渡企業・譲り受け企業:譲渡企業の親族外への事業承継にあたり、後継者による株式買取が可能になるまでの間、譲り受け企業が一時的に同社株式を保有[14]
道東自工:北海道帯広市に本社を置き、道東方面を中心に自動車整備業を展開[16]
北海道トナミ運輸:札幌市に本社を置き、トラック貨物輸送、引っ越し、3PL(サードパーティロジスティクス)などの事業を展開[17]
譲り受け企業:物流事業における安全品質の向上[16]
旭自動車工業:新潟市を拠点に自動車販売・整備業を展開[18]
ONE&PEACE:新潟県で自動車販売・買取・整備を扱う店舗をグループ展開[19]
譲渡企業・譲り受け企業:譲渡企業の顧客対応力・整備技術と譲り受け企業の自動車販売店網の連携および情報共有化を通して、自動車販売と関連サービスの強化を図る[18]
Seibii:自動車整備士による整備・修理・パーツ取り付けなどの出張サービス「セイビー」を開発・運営[20]
グロービス・キャピタル・パートナーズ:創業・成長段階の起業家・ベンチャー企業を総合的に支援する投資活動を展開[21]
譲渡企業:「セイビー」開発強化のためのエンジニア採用とサービス認知拡大のためのマーケティング投資を目的とした資金調達[20]
札幌自動車整備センター:札幌市西区に拠点を置き、自動車整備業、新車・中古車の修理・販売・買取業を展開[22]
林自工:札幌市清田区に拠点を置き、内燃機関の加工・再生、産業機械部品の制作・加工・再生、自動車整備、新車・中古車販売、損害保険代理店などの事業を展開[23]
譲渡企業・譲り受け企業:両社の事業領域・地域性の強みを活かしたシナジーの追求、サービス向上[22]
FLP:埼玉県でトラックの修理・整備・販売・買取業を展開
フジトランスポート:グループ会社によるトラック販売・システム開発・自動車整備事業と連携しつつ大型トラック主体の長距離輸送事業を展開
譲渡企業:後継者不在のため第三者へ事業承継
譲り受け企業:全国的な事業拠点拡大戦略の一環
溝ノ口自動車:神奈川県で自動車整備・修理業、自動車部品・自動車保険の販売業を展開[24]
イエローハット:全国の系列店舗において自動車用品の販売と自動車整備・タイヤ交換・板金・修理・ボディコーティング・オイル交換などのサービスを展開[25]
譲り受け企業:車検・板金・整備技術の向上、ピットサービスの収益拡大[24]
内藤自動車工業:山梨県韮崎市に拠点を置き、一般車両の整備・小売業、トラック・バス・特殊車両の整備業を展開[27]
カインズ:山梨県韮崎市に拠点を置き、輸入車・国産車の整備・販売・修理・板金塗装、旧車の特殊整備などの事業を展開[28]
譲渡企業・譲り受け企業:譲渡企業の一般整備・新車販売ノウハウと譲り受け企業の輸入車販売・特殊整備ノウハウを融合させ、さらなる事業成長を図る[27]
高森自動車整備工業:三重県津市に拠点を置き、自動車修理・整備・販売・リースなどの事業を展開[29]
オートバックスセブン:自動車用品販売・取付交換・整備を提供する小売店舗のフランチャイズ事業、BMI・MINIのディーラー事業、自動車用品卸売・EC事業、ASEAN地域における自動車用品卸売・小売事業を展開[30]
譲り受け企業:次世代技術に対応するための整備事業者ネットワークの構築[29]
ホクトーモータース:名古屋市で自動車整備・修理・板金塗装や中古車販売の事業を展開[32]
グッドスピード:名古屋市に拠点を置き、SUVを中心とする新車・中古車の販売・買取・整備・板金、ガソリンスタンド、保険代理店、レンタカーなどの事業を展開[33]
譲り受け企業:中期経営目標に基づき中古車小売販売台数拡大に努めるなかで、増大する整備ニーズに対応するための体制強化を図るとともに、他社購入車への整備サービス提供拡大も目指す[32]
彌生ヂーゼル工業:東京都で自動車・自動二輪車の再生・修理・整備業を展開[34]
ターミナルサービス:都内4か所でトラックターミナルを運営し、保守・清掃・警備・緑地管理・各種工事などを総合的に受託[35]
譲り受け企業:自動車整備業に進出し、トラックターミナル事業におけるソフト面のサービス強化を図る[34]
[5]株式の収得(SPK)
[6]事業案内(SPK)
[7]中期経営計画の策定(SPK)
[8]沿革(SPK)
[9]HOME(室蘭ダイヤモータース)
[10]事業概要
[11]室蘭ダイヤモータースの株式取得(D&D HD)
[12]福丸自動車工業との資本提携(西和物流)
[13]サービス(西和物流)
[14]投資先の決定(北海道中小企業総合支援センター)
[15]北のふるさと事業承継支援ファンド(北海道中小企業総合支援センター)
[16]道東自工の株式取得(北海道トナミ運輸)
[17]業務内容(北海道トナミ運輸)
[18]旭自動車工業との資本業務提携(ONE&PEACE)
[19]私たちについて(ONE&PEACE)
[20]グロービス・キャピタル・パートナーズなどから総額8.4億円を資金調達(Seibii)
[21]沿革(グロービス・キャピタル・パートナーズ)
[22]札幌自動車整備センターの全株式を取得(林自工)
[23]会社概要(林自工)
[24]溝ノ口自動車の株式取得(イエローハット)
[25]店舗メニュー(イエローハット)
[26]沿革(イエローハット)
[27]内藤自動車工業の事業譲受(カインズ)
[28]会社概要(カインズ)
[29]高森自動車整備工業の株式取得(オートバックスセブン)
[30]事業内容(オートバックスセブン)
[31]2021年3月期第1四半期報告書(オートバックスセブン)
[32]ホクトーモータースの株式取得(グッドスピード)
[33]会社概要(グッドスピード)
[34]株式の取得(ターミナルサービス)
[35]会社概要(ターミナルサービス)
[36]会社概要・沿革(彌生ヂーゼル工業)
M&Aにおいては、一定の合理的な手法を用いて売り手企業の価値を算定し、その結果に基づいて価格交渉を行って売却価格を決定します。
企業価値の算定手法には様々なものがありますが、ここでは、M&Aの専門家に依頼しなくても算定でき、売却価格相場の目安としても利用できる「年倍法」を紹介します。
年倍法では、「企業価値=時価純資産+直近年度の営業利益の数倍」とします。
「時価純資産」は貸借対照表の資産・負債を時価に直して差し引きしたもの(時価資産-時価負債)で、これまでの事業活動の結果を表します。
「直近年度の営業利益の数倍」は会社の将来性を評価した部分です。
年倍法では現在の営業利益をもとに将来的な収益力を大ざっぱに見積もります。
営業利益の「3~5倍」とするのが一般的な相場とされますが、実際の数値は売り手企業の経営状況や買い手企業との相性(期待されるシナジーの大きさ)などにより変動し、相場から外れることも少なくありません。
年倍法に沿って自動車整備業の売却価格を左右するポイントをまとめると以下のようになります。
| 評価を高める要因 | 評価を下げる要因 |
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純資産 |
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将来性 |
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自動車整備業界は現在までのところ安定した収益性を保持してきましたが、人口減少や消費スタイルの変化、自動車の電子化・自動化などにより大きな転換期を迎えています。
会社売却は中長期的な事業成長を図ったり後継者難を解消して事業・雇用を継続したりする上で非常に有効な選択肢であり、今後ますます重要性を増していくものと予想されます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)