ビルメンテナンス会社の売却・M&A動向とメリット【事例11選】
- 法務監修: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
ビルメンテナンス会社の売却・M&A動向やメリット・デメリットについて、業界動向と絡めながらわかりやすく解説します。事業成長を目指した同業大手との経営統合やM&Aを活用した事業承継など、2020年から2022年に行われた最新事例も紹介します。
ビルメンテナンス業の売上高は2012年度から2018年度まで毎年2~3%程度の割合で成長し、2019年度には前年度比5.3%という高い成長率を示しました。
しかし、2020年度にはコロナ禍の影響で前年比1.4%減となっています。[1]
参考:ビルメンテナンス情報年鑑2022(全国ビルメンテナンス協会)を基に弊社作成
全国ビルメンテナンス協会によるアンケート調査によると、「コロナ禍による現在の業務への影響」という質問への回答で多いのは以下の3つです。[1]
回答 | 2020年の回答割合 | 2021年の回答割合 | ||
---|---|---|---|---|
本社 | 支社・営業所 | 本社 | 支社・営業所 | |
①顧客からの仕様削減・減額要請 | 61.0% | 74.2% | 53.2% | 65.3% |
②顧客の休業や事業縮小による仕事の減少・消失 | 66.0% | 69.9% | 48.0% | 46.0% |
③消毒・殺菌業務などの追加要請による仕事増加 | 49.2% | 48.5% | 45.9% | 51.3% |
③のようなプラス要素もあり、コロナ禍の影響を小さく抑える働きをしています。
また、2021年には前年よりも①②の要素(とくに②)が改善しています。
顧客企業の営業が通常に戻っても、「新しい生活様式」や消毒・殺菌に対する意識・ニーズは維持される面があることから、③の要素は少なくとも当面の間ビルメンテナンス業に影響を与える可能性があります。
ビルメンテナンス業界においては長らく人材不足が問題となっており、「現場従業員が集まりにくい」「現場従業員の若返りが図りにくい」「賃金上昇が経営を圧迫している」といった悩みを持つ企業が多数を占めます。
現場管理者や専門技術者の確保も課題に挙げられます。[1]
また、ビルメンテナンス業界は価格競争が起こりやすい傾向があり、近年では「物件オーナーとの契約料金交渉が難しくなっている」と感じている企業が増えています。
他の業界に比べてDXが遅れているという指摘もあり、デジタル技術やAI・ロボットの活用による人手不足解消・業務効率化が今後のビルメンテナンス業にとって重要な課題と言えます。
大手ビルメンテナンス会社のなかには、クラウドサービスやIoT技術、業務用ロボットなどを開発するベンチャー企業とのM&A(買収・資本業務提携)を通してDXを推進している例もあります。
ビルメンテナンス会社の売却先は主に同業者か不動産会社などの隣接業者です。
独立系の大手ビルメンテナンス会社や、大手不動産会社・小売業者・鉄道会社などの系列会社が買い手となり、中小規模のビルメンテナンス会社を子会社化する例が典型的です。
買い手側の目的は以下のような点にあり、売り手側としても買い手グループのもとで同様のメリットを享受することができます。
一般的に、中小企業の売却では以下のような目的・メリットが考慮されるケースが多く[2]、ビルメンテナンス会社の売却でも同様の傾向が見られます。
売り手側のデメリットとしては一般的に以下のような点が挙げられます。
①の点については、近年ではインターネットを活用したマッチングが一般化し、交渉もリモートで行える環境が整ったことで、成約の機会が拡大しています。
M&Aを支援する専門機関には、M&A仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー)、M&Aマッチングサイトなどがあります。
仲介会社やFAを利用した場合は譲渡金額に応じた成功報酬などがかかり、これを負担とする企業が少なくありません。[2]
一方、M&Aマッチングサイトは売り手側の手数料が無料であるのが一般的で、買い手側の手数料も安価に設定されています。
安川ビルサービス:福岡県北九州市でビルメンテナンスサービスを展開[3]
スピナ:西日本鉄道の子会社で、ビルの賃貸・メンテナンス・修繕・清掃・緑化工事、公共施設運営、タクシー・軽貨物輸送、オフィス商品の商事販売などの幅広いサービスを展開[4]
譲渡企業:
譲り受け企業:北九州地区におけるビルメンテナンス事業の拠点拡充[3]
AIC:オフィス・テナントビル・マンションを対象としたメンテナンス・プロパティマネジメントや、不動産賃貸仲介・売買・バリューアップなどの事業を展開[6]
綿半ホールディングス:傘下企業を通して、ホームセンターとスーパーの融合業態による小売事業、立体駐車場建設・建物外装リニューアル事業、植物原料・製薬原料の輸入事業などを展開[7]
譲渡企業・譲り受け企業:不動産情報の集約、物件管理機能強化[6]
都市ビルサービス:愛知県でマンション・ビルの保守・管理・清掃などの事業を展開[8]
穴吹ハウジングサービス:分譲・賃貸マンションの管理、不動産仲介、パーキングなどの事業を全国で展開[8]
譲渡企業:後継者不在による第三者承継
譲り受け企業:中部地方における事業拡大[8]
中央建物:京都市内の賃貸マンションの管理・清掃業務を中心に、不動産売買・仲介・管理業を展開[9]
レ・コネクション:京都市を中心に、不動産売買、不動産再生(京町家の再生)、不動産投資・資産運用サポート(不動産特定共同事業)、住宅・店舗の建築・リノベーション、宿泊施設・飲食店運営などの事業を展開[10]
譲渡企業:経営者高齢化に伴う事業承継
譲り受け企業:不動産管理業を取り込み、不動産特定共同事業の推進に活かす[9]
ビーエムサービス:東京都内を中心に事務所・店舗・マンションなどのビルメンテナンスサービスを展開[11]
京成電鉄:鉄道・バス・タクシー、不動産管理・売買・リフォーム、百貨店・スーパー・コンビニなどの多角的な事業を展開する企業グループの中核企業[12]
京成ビルサービス:京成電鉄の子会社で、ビル・マンションの管理・工事監理や人材派遣などの事業を展開[13]
譲渡企業:さらなる事業発展
譲り受け企業:既存事業の強化による収益拡大[11]
日本システムサービス:東京都心5区(千代田・中央・港・新宿・渋谷)のオフィスビルを主な対象とする清掃サービスを中心に事業を展開[14]
サンフロンティア不動産:都心オフィスビルの再生・販売、ビルメンテナンス、資産活用コンサルティング、ホテル開発・再生などの事業を展開[15]
SFビルメンテナンス:サンフロンティア不動産の子会社で、ビルの総合メンテナンス、清掃、建物調査、大規模修繕工事などのサービスを展開[16]
譲り受け企業:SFビルメンテナンスにとって比較的手薄な都心西側エリアにおける事業基盤強化[14]
中央ビルメイン:首都圏でビルの清掃サービスを展開[17]
三洋環境:岡山市に本社を置き、西日本・東日本(広島県~福島県)においてビルメンテナンスや内外装・設備工事、原状回復工事、リフォーム工事のサービスを展開[18]
譲渡企業:後継者不在による第三者承継
譲り受け企業:首都圏での顧客獲得・業容拡大[17]
イノウエテクニカ:静岡県東部を中心に公共施設・病院・工場などのビルメンテナンスサービスを展開[19]
TOKAIホールディングス:全国を対象とするLPガス・宅配水事業を中心に、静岡・愛知・神奈川で設備工事・不動産開発・リフォーム、静岡でビルメンテナンスの事業を展開[19]
譲渡企業:営業エリアを静岡県全域(中長期的にはさらに中京圏・全国)へ拡大
譲り受け企業:事業拡大[19]
大成:愛知県名古屋市に本社を置き、ビル・マンションのメンテナンス、水回りトラブルの24時間対応サービスなどの事業を展開[20]
第一住建:大阪・東京・名古屋に拠点を置き不動産投資、物件管理、賃貸・売買仲介、建設などの事業を展開するグループの中核企業[21]
譲り受け企業:
新栄ビルサービス:兵庫県姫路市を中心にマンション・ビルの総合管理・清掃サービスを展開[22]
東洋テック:関西圏を中心にセキュリティ・ビルメンテナンス・防災対策などを含む総合管理サービスを展開[23]
譲渡企業・譲り受け企業:ノウハウ・リソースの共有と一体運営を通したグループシナジー追求[22]
ふきのとう:富山県内でビル管理・清掃サービスを展開[24]
ホクタテ:北陸地区を中心に、ビルメンテナンス・警備事業、ノベルティ・贈答品・オフィス用品の商社事業、旅行事業、通信・管理システムの構築・保守事業などを展開[25]
譲渡企業・譲り受け企業:グループ内連携による人手不足解消、営業基盤強化、業容拡大、サービス付加価値向上[24]
[3]安川ビルサービスの株式取得(スピナ)
[4]事業案内(同上)
[5]孫会社の株式譲渡(安川電機)
[6]AICがグループ入り(綿半HD)
[7]グループの強み(同上)
[8]都市ビルサービスの株式取得(穴吹ハウジングサービス)
[9]京都市内に本社を置く2事業者の事業を譲受(レ・コネクション)
[10]事業内容(同上)
[11]ビーエムサービスが京成グループに(京成電鉄)
[12]京成グループ情報(京成電鉄)
[13]会社沿革(京成ビルサービス)
[14]日本システムサービスの株式取得(サンフロンティア不動産)
[15]事業紹介(同上)
[16]トップ(SFビルメンテナンス)
[17]M&Aに関する取材先企業のご紹介(東京商工会議所)
[18]トップ(三洋環境)
[19]イノウエテクニカの株式取得(TOKAI HD)
[20]事業譲受(第一住建HD)
[21]事業内容(同上)
[22]新栄ビルサービスの株式取得(東洋テック)
[23]選ばれる理由(同上)
[24]ふきのとうの株式取得(ホクタテ)
[25]トップ(ホクタテ)
ビルメンテナンス業界においては事業成長や事業承継などを目的とした売却が盛んに行われています。
厳しい競争のなかで人材確保やDXを推進し、事業の継続・成長を図る上で、M&Aの積極的な活用が今後ますます重要になっていくものと予想されます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)