事業承継税制とは、後継者が承継した自社株式に関して、贈与税・相続税の納税が猶予・免除される制度です。後継者の負担を軽減できる点がメリットです。要件や特例措置の概要、手続き、デメリットを徹底解説します。
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事業承継税制とは
事業承継税制は、後継者である受贈者や相続人が、非上場会社の株式を贈与・相続などにより取得した場合において、その非上場株式にかかる贈与税・相続税について、一定の要件を満たすことで、その納税を猶予し、後継者の死亡により、納税が猶予されている贈与税・相続税の納税が免除される制度です。[1]

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[1] 法人版事業承継税制(国税庁)
「一般措置」と「特例措置」の違い
2018年度税制改正では、それまでの事業承継税制の措置である「一般措置」に加え、10年間の措置として、納税猶予の対象となる非上場株式等の制限(総株式数の最大3分の2まで)の撤廃や、納税猶予割合の引上げ(80%から100%)などがされた「特例措置」が創設されました。
特例措置と一般措置の制度の主な違いは以下のとおりです。[2]
適用期限
一般措置:なし
特例措置:10年以内の贈与・相続等(平成30年1月1日から令和9年12月31日まで)
対象株式数
一般措置:総株式数の最大3分の2まで
特例措置:全株式
納税猶予割合
一般措置:贈与:100% 相続:80%
特例措置:100%
特例承継計画の必要性
一般措置:不要
特例措置:5年以内の特例承継計画の提出要(平成30年4月1日から令和5年3月31日まで)
承継パターン
一般措置:複数の株主から1人の後継者
特例措置:複数の株主から最大3人の後継者
雇用確保の要件
一般措置:承継後5年間 平均8割の雇用維持が必要
特例措置:弾力化
経営環境の変化に対応した免除措置
一般措置:なし
特例措置:あり
相続時精算課税の適用
一般措置:60歳以上の者から20歳以上の推定相続人(直系卑属)・孫への贈与
特例措置:60歳以上の者から20歳以上の者への贈与
事業承継税制を活用する要件
事業承継税制を活用する場合、以下のような要件を満たす必要があります。[3]
先代経営者の要件
- 会社の代表者であったこと
- 相続開始の直前または贈与の直前において、現経営者とその親族などで総議決権の過半数を保有しており、かつ、これらの者の中で筆頭株主であったこと
- 贈与時に代表者を退任していること(有給役員として残ることは可)
後継者の要件
- 相続開始時または贈与時において、後継者とその親族などで総議決権の過半数を保有し、かつこれらの者の中で筆頭株主であること
- 相続開始の直前において役員であり、相続開始から5カ月後に代表者であること
- 贈与時に20歳以上、贈与の直前において3年以上役員であり、かつ、代表者であること
認定対象会社の要件
- 中小企業であること
- 上場会社、風俗営業会社ではないこと
- 従業員が1人以上であること
その他の要件
- 資産保有会社等でないこと
資産保有会社等とは、総資産に占める非事業用資産の割合が70%以上の会社(資産保有型会社)や総収入金額に占める非事業用資産の運用収入が75%以上の会社(資産運用型会社)をいいます。
ただし、常時使用する従業員(後継者自身とその親族を除く)が5名以上いるなど、事業実態があるものとして一定の要件を満たす場合には資産保有型会社等には該当しないものとされています。

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[3] 事業承継と税制(中小企業庁)
相続税・贈与税を免除してもらう要件
納税猶予された相続税や贈与税は、以下に示す一定の要件を満たせば、納税が免除されます。[3]
相続税・贈与税に共通する要件
- 申告期限後の当初5年間において、やむを得ない事由により後継者が代表権を有しなくなった日以後に、後継者が「猶予継続贈与」を行った場合。
ここで、「猶予継続贈与」とは、納税猶予を受けている後継者(2代目経営者)が、株式を次の後継者(3代目経営者)に贈与し、その後継者(3代目経営者)が納税猶予を受ける場合における贈与をいいます。
この場合において、後継者(2代目経営者)の納税猶予税額のうち、次の後継者(3代目経営者)が納税猶予を受ける株式に対応する部分が免除されます。
- 申告期限後の当初5年経過後において、後継者が「猶予継続贈与」を行った場合。
- 申告期限後の当初5年経過後に、会社が破産手続き開始の決定または特別清算開始の命令等を受けた場合。
相続税の免除要件
後継者である相続人が死亡した場合
贈与税の免除要件
現経営者(贈与者)または後継者(受贈者)が死亡した場合
事業承継税制の主な取消事由
事業承継税制は大きなメリットがあり、納税猶予や免除が受けられるという制度です。
しかし、以下に示す事由により、猶予された納税が取り消されてしまう場合があるため、注意が必要です。[4][5]
M&A(株式譲渡や合併等)を行う
会社の解散や吸収合併による消滅、会社分割、株式交換による子会社化など、M&Aを実行すると納税猶予は取り消しとなります。
また、株式を譲渡することは、換金と同じ効果があるため、この場合でも納税猶予は取り消されます。

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後継者が会社の代表ではなくなる
納税猶予を受けたにもかかわらず、その後継者が代表者を辞めてしまっては制度の立法趣旨に反します。
このような場合には、納税猶予は取り消され、猶予された相続税を一括で納付することになります。
ただし、代表者を辞めることとなったことにつき、障害者になった場合などやむを得ない事由がある場合は取り消し対象とはなりません。
一定条件を満たす会社(資産管理会社など)に該当する
事業承継税制を適用するためには「資産管理会社でないこと」が要件の1つとなっています。
従って、資産管理会社など、一定の条件を満たす会社に該当した場合、納税猶予は取り消しとなります。
雇⽤の平均8割維持要件を満たさなくなる
事業承継税制の目的の1つに中小企業の雇用の維持があります。
つまり、納税猶予のメリットを受けるからには一定期間、一定割合の従業員雇用を維持しなければならないという制約が要求されています。
この要件を満たさなくなった場合には、納税猶予は取り消しとなります。
その他
納税猶予が取り消しとなる場合は上記の他に、以下のような場合は納税猶予が取り消しとなります。
- 株式市場に上場した場合
- 風俗営業会社になった場合
- 売上がゼロになった場合(すなわち、認定承継会社でなくなった場合)
[4] 法人版事業承継税制のあらまし(国税庁)
[5] 第4章 認定の取消しについて(中小企業庁)
事業承継税制の手続き・流れ
ここでは、事業承継税制の適用を受けるまでの手続き・流れについて見ていきます。[4]
特例承継計画の作成・提出(特例措置の場合)
事業承継税制には「一般措置」と「特例措置」の2種類がありますが、事業承継税制の申請を行う場合には、より有利な扱いとなる「特例措置」の適用を受けるのが一般的です。
「特例措置」を受けるためには、「特例承継計画」を作成しなければなりません。
特例承継計画には、次のような項目を記載します。
- 会社の事業内容や従業員数
- 特例代表者
- 特例後継者
- 承継までの経営計画
- 承継後5年間の経営計画
特に、承継後の当初5年間の経営計画については、「1年目の経営計画」「2年目の経営計画」・・・といったように、詳細な実施内容を記載する必要があります。
後継した後の経営者としてどのような施策を実行していくのか記載しなければなりません。
また、特例承継計画の前後において、贈与や相続によってオーナーが保有する株式の後継者への譲渡が行われます。
贈与の場合には、時期を任意に選ぶことができますが、相続の場合には予期せず経営権の引き継ぎが行われることもあります。
特例承継計画には「株式を承継する時期(予定)」についての記載項目がありますので、相続または贈与が発生した時期について、具体的に記載することになります。
相続・贈与後、一定期間内での事業承継税制の申請
特例承継計画の作成が完了し、贈与・相続が発生すれば、都道府県庁に対して事業承継税制の認定申請を行います。
認定申請の期限は贈与の場合は贈与を行った年の10月15日〜翌年1月15日。
相続の場合は相続が発生した日の翌日から起算して8ヶ月以内となります。
都道府県庁からの認定書交付
認定の申請にあたっては、「特例承継計画」「定款の写し」「株主名簿の写し」「履歴事項全部証明書」などを添付して申請し、都道府県で審査が行われた後、審査に通れば「認定書」が交付されます。
税務署に対する認定書の写し、申告書等の提出
「認定書」を入手すれば、税務署に対して贈与税・相続税の申告を行います。
贈与税・相続税の申告書には、都道府県から交付を受けた事業承継税制の「認定書の写し」を添付します。
贈与税の申告は贈与が行われた日の属する年の翌年2月1日〜3月15日が期限になります。
また、相続税の申告期限は相続発生から10ヶ月以内となります。
相続税申告は事業承継税制の申請とともに行う場合は、スケジュール的にかなり厳しくなるため、できる限り早いタイミングで専門家に相談を行うことをおすすめします。

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担保の提供
相続税・贈与税を猶予する場合は、その額に相当する担保を国税庁に提供しなければなりません。
ほとんどのケースにおいて、自社株式を担保に提供することになります。
株券を発行している会社の場合は、法務局へ自社株式を提供し、株券を発行していない会社は税務署へ必要書類を提出することで、担保の提供となります。
納税猶予の開始、年次報告書・継続届出書の提出
当初5年間は毎年報告を行う
贈与税・相続税の申告をした後、最初の5年間は毎年、事業承継税制の適用要件を満たしていることを報告する義務があります。
報告は都道府県に対して「年次報告書」及び税務署に対して「継続届出書」をそれぞれ年に1回、下記の申告期限までに提出します。
- 年次報告書(都道府県):「報告基準日」の翌日から起算して3ヶ月以内
- 継続届出書(税務署):「第一種基準日」の翌日から起算して5ヶ月以内
ここで「第一種基準日」とは、相続税・贈与税の申告期限の翌日から起算して、1年が経過した日をいいます。
年次報告を怠った場合
もし、年次報告を怠った場合は、提出期限の翌日から2ヶ月以内に、納税猶予を受けていた贈与税または相続税を一括して納税しなくてはなりません。
さらに、利子税も負担する必要があるため、大きな負担となります。
年次報告は忘れないよう注意が必要です。
雇用維持に関する報告について
事業承継税制の適用要件として、「従業員の雇用を5年間にわたって8割以上維持する」とう要件があります。
事業承継後5年間の間に、この要件を満たすことが難しくなった場合は、「実績報告」を作成し、都道府県に提出し、認定支援機関の指導助言を受けなければなりません。
最終的に都道府県知事からの確認書の交付を受けることができない場合、贈与税・相続税の納税猶予が継続できなくなる可能性もあるため、注意が必要です。
6年目以降は、3年に1回税務署に継続届出書を提出する
当初5年間の事業継続期間が経過すれば、6年目以降の都道府県への報告は必要ありません。
ただし、その後3年ごとの頻度で税務署に対して「継続届出書」の提出が必要となります。
事業承継税制のメリットとデメリット
事業承継税制は大きなメリットがありますが、一方でデメリットもあります。
ここでは、事業承継税制のメリット・デメリットを見ていきます。
メリット
相続税や贈与税の納税資金を準備せずに済む
事業承継においてオーナーが自分の保有する自社株式を、後継者に相続させる場合や贈与する場合において、通常、多額の相続税・贈与税がかかり、多額の資金を準備する必要があります。
しかし、事業承継税制を活用すれば、自社株にかかる相続税の80%が免除され、また、贈与の場合は贈与税の全額が免除されます。
つまり、相続税や贈与税の納税資金を準備せずに済むことが、事業承継税制の最大のメリットといえます。
納税によって資金繰りが悪化せずに済む
前述したように、通常であれば、事業承継の際に、相続税・贈与税などで多額の納税資金が必要となり、場合によっては、承継後の資金繰りが悪化する可能性があります。
しかし、事業承継税制を活用すれば、事業承継時に多額の資金を準備する必要がなく、資金繰りの悪化を回避することができます。
納税資金を事業への投資に回すことができる
事業承継税制を活用することにより、免除された納税資金を新規事業への投資に回すことで、事業承継後の事業を拡大することも可能となります。
後継者の負担が軽減するため、後継者を選定しやすくなる
一般的に事業承継には、贈与や相続を含め、M&A仲介会社などに依頼することも多く、後継者への負担は大きくなります。
これにより、後継者がなかなか見つからないといった現象も起きやすくなります。
事業承継税制の活用により、後継者への負担は大きく減らすことができるため、後継者の選定もしやすくなるといえます。
他の事業承継対策とは異なり、利益圧縮などを行わずに良い
事業承継を行う場合、後継者への株式譲渡が一般的です。
その際、事業承継対策の一環として株式価値の評価を低くするため、前オーナーへの退職金の支払いなどを行い、利益を圧縮することが一般的です。
ここで、株式価値を評価する手続きにおいても、デューデリジェンスなど一定の手続きを踏む必要があり、煩雑な手続きが要求されます。
事業承継税制を活用すれば、これら一連のプロセスを経ることなく、スムーズに事業承継を行うことができます。
デメリット
取消理由に該当した場合、猶予されている税金と利子税を支払う必要が生じる
事業承継税制のメリットを受けるためには、雇用維持などの条件があるため、承継後に事業縮小のためリストラをした場合など、要件を満たさなくなってしまうこともあります。
その場合は猶予されていた贈与税・相続税を一括で納付しなければならないだけでなく、利子税0.9%の納付が必要となります。
複雑な制度であり、手続きが大変
事業承継税制(特例措置)の認定を受けるためには、「特例承継計画」の作成に加え、多くの書類を準備する必要があります。
さらに、適用後においても、都道府県や税務署に年次報告書の提出が必要であり、手続き面において、非常に煩雑となります。
一度でも年次報告書の提出が遅れたり、要件を満たさなくなったりした場合には、納税猶予されていた贈与税・相続税を一括で支払わなければならなくなるため、注意が必要です。
事業承継税制に対応できる専門家が少ない
事業承継税制は、2009年に創設され、その後2018年、2019年と改正されてきましたが、比較的新しい制度であり、内容も複雑であるため、対応できる専門家が少ないのが現状です。
特に、適用当初5年間及びその後の年次報告書に関しても専門家のサポートが必要となるため、専門家に依頼する場合には10年程度付き合うことになります。
それだけ長い付き合いが必要となるため、一貫したサポートができる専門家は現状においては十分とはいえません。

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これに対し、事業承継税制を活用した承継では、一定の手続きは必要であるとはいえ、贈与税や相続税が最終的に免除されるという大きなメリットを受けることができます。
この点においても、事業承継税制を活用する方がメリットは大きいといえます。
一方、事業承継税制を活用した後、例えばM&Aを行えば、納税や利子税の納付が必要となり、抜本的な事業改革を行えないリスクがあります。
そのリスクを避ける手段として、事業承継税制に依らず、当初からM&Aによって第三者に事業承継する選択肢も有効であるといえます。

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まとめ
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難しいと感じる場合には、必要に応じて顧問税理士その他の専門家からアドバイスを受けることをおすすめします。

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(執筆者:公認会計士・税理士 河野 雅人 大手監査法人勤務後、独立。新宿区神楽坂駅近くに事務所を構え、高品質・低価格のサービスを提供している。主に中小企業、個人事業主を中心に会計、税務の面から支援している)
公式HP:河野公認会計士税理士事務所