印刷会社のM&Aの動向と事例15選、取引手法【最新版】
- 法務監修: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
印刷需要の低迷により印刷業界は大きな変革期を迎え、印刷会社の間ではM&Aによる事業変革・事業承継の動きが広がっています。印刷業界の現状と印刷会社のM&Aの動向、取引手法、近年の事例を詳しく解説します。
出版不況やマンガを中心とする電子書籍の普及、企業・官公庁におけるペーパーレス化などを背景として、印刷業の市場規模は年々縮小を続けています。
2005年から2014年にかけての10年で印刷業の出荷額は20.2%減少し、関連産業である製版業や製本・印刷物加工業にとってはさらに厳しい状況となっています。[1]
印刷業の10年の歩みを「印刷統計」で見てみよう(JAGAT)をもとに作成
印刷需要の低迷により、小規模事業者を中心に印刷事業所の稼働率低下が問題となっています。
また、印刷需要が全般的に低下する一方で多品種小ロット生産へのニーズが高まっていますが、抜本的な設備投資によってこれに対応できる事業者は少なく、多くの事業所で生産効率の低下が引き起こされている状況です。[2]
さらに、インターネット通販の形で印刷物の受注生産・配送を請け負う格安業者が台頭し、従来型の印刷業を圧迫しています。
こうした流れのなか、印刷事業者の倒産・廃業が相次ぎ、とくに中小事業者の淘汰が進んでいます。
また、後継者難により廃業を検討する印刷会社も少なくなく、事業承継が大きな課題となっています。[2]
従来型の印刷サービスに依拠したビジネスでは今後の成長が望めないことから、印刷会社はそれぞれの立場で事業変革を図ろうとしています。
代表的な事業変革の方向性は、事業の総合化、多角化、専門化です。
比較的経営資源に余裕のある印刷会社においては、従来の事業で培った印刷技術を活かしながら事業の総合化を図る動きが広まっています。
総合化の例としては以下のようなものが挙げられます。
凸版印刷や大日本印刷などの大手印刷会社においては、デジタルマーケティングやDXソリューション、高機能素材開発といった異分野に進出し経営多角化を図る動きが盛んです。
一般的な印刷用紙への印刷(出版印刷など)は市場衰退が著しい上に専門性により付加価値を付けることが難しい分野ですが、パッケージ・ラベルなど印刷用紙以外への印刷や特殊印刷の分野は比較的市場が堅調で、専門性の追求により付加価値向上を図りやすい特徴があります。
こうした分野を強みとしている会社であれば、専門化の推進による中長期的な事業成長が望めます。
印刷会社が印刷会社を買収するケースでは以下のような組み合わせが多く見られ、とくにパッケージ系印刷や特殊印刷を強みとする会社が売り手となるケースが目立ちます。
買い手 | 売り手 | 目的・背景 |
---|---|---|
印刷会社 | 印刷会社 |
|
特殊印刷系の印刷会社 | 同分野の印刷会社 |
|
大手・中堅印刷会社 | 海外印刷会社(主にパッケージ印刷系) |
|
ネット印刷会社 | 従来型印刷会社 |
|
売り手側の印刷会社は、主に以下のような理由・目的でM&Aを実施しています。
事業多角化を進める印刷会社は、デジタルマーケティングやIT関係を初めとする多種多様な企業とのM&Aを積極的に展開しています。
そのほか、特殊印刷製品を製造する企業が印刷機器・印刷素材メーカーを買収し、技術力とサービスの向上を図る例などもあります。
異業種企業が印刷会社を買収するケースでも、パッケージ印刷や特殊印刷を強みとする会社に買収ニーズが集中する傾向があります。
買い手となっているのはパッケージメーカーや機能素材メーカーなどで、M&Aの目的はパッケージ印刷・特殊印刷工程の内製化や、印刷技術を活用した新製品の開発強化などです。
売り手側の印刷会社としては、買い手企業やその傘下企業からの受注により事業を安定化したり、買い手の製造事業とのシナジーにより印刷事業の拡大を図ったりすることが可能になります。
ここでは、印刷会社のM&Aで用いられる代表的な取引手法である株式譲渡、事業譲渡、資本・業務提携について、概要を解説します。
株式譲渡はM&Aで最もよく用いられる手法で、印刷会社のM&Aも株式譲渡によるケースが大半です。
株式譲渡では、買い手企業が売り手企業株式の50%超~100%を取得し、売り手企業を子会社化します。
株式譲渡完了後に売り手企業において株主総会・取締役会を開き、買い手企業主導で新役員・代表取締役選任などを行い、双方のこれまでの事業・組織体制を活かしつつ経営統合を図ります。
M&A取引自体は売り手企業株主から買い手企業への株式の譲渡と株式名簿名義書換で完了するため、手続きが比較的簡便です。
株式譲渡では基本的に売り手企業全体を買い手がグループ内に取り込むことになります。
売り手企業が抱える簿外債務(未払い残業代など、現時点で貸借対照表に計上されていない債務)や潜在債務(従業員や取引先、周辺住民とのトラブルで将来的に損害賠償責任を負うリスクなど)もそのまま買い手に引き継がれます。
売り手企業が大きな問題・リスクを抱えていてそのまま子会社化することが難しい場合、事業譲渡により一部事業のみを買収したり、売り手企業を2つの会社に分割してからその一方のみを株式譲渡で子会社化したりする手法が用いられます。
比較的小規模な事業を対象とするM&Aでは事業譲渡の手法もしばしば用いられます。
例えば、売り手企業の一部の事業や少数の事業所・工場のみを譲渡するような場合です。
事業譲渡では、譲渡する事業の範囲を契約書で定めた上で、その事業に含まれる権利義務(資産、債権・債務、契約など)を買い手企業に移転します。
これによりその事業は買い手企業に吸収されます。
買い手にとって価値のある事業だけを譲渡したり、売り手企業が抱えるリスクを譲渡対象から外したりするなど、M&Aの範囲を柔軟に設定できるのが事業譲渡の利点です。
ただし、権利義務の1点1点を買い手企業に個別に移転する手続きが必要になり、契約関係の移転については契約の相手方の同意、不動産などについては変更登記も必要です。
権利義務の件数が多いと手続きが煩雑化し、事務コストが膨大になります。
資本提携は、出資を通して協力・協業関係を構築する手法です。
出資する側は出資先に対して株主として一定程度の影響力を行使することができ、出資を受ける側は増資により資金調達を行ったり出資者との協働により事業拡大を図ったりすることができます。
出資側の持株比率は3分の1以下にとどめるのが通例です。
3分の1を超えると、出資側が単独で株主総会の特別決議を否決できます(会社法第309条第2項[3])。
特別決議にかけられる事項には、定款変更や組織再編など、経営上の重要事項が含まれており、これを単独で否決できるとなると出資者の影響力が大きくなり過ぎる恐れがあります。
場合によっては資本提携後の状況に応じて追加出資を行って出資側企業が影響力を強め、最終的には子会社化にいたることもあります。
資本提携契約とともに、一定の業務範囲について具体的な協業の内容・方法・期間などを定めた業務提携契約を取り結ぶケースが多く、両者を合わせて資本業務提携と呼びます。
事業多角化を進める印刷会社が異業種企業とのM&Aにおいて資本業務提携を選択するケースもよく見られます。
北越パッケージ:各種パッケージの企画・デザイン・製造、加工紙・液体容器の製造[4]、ビジネスフォーム印刷・DPS[5]などの事業を展開
オストリッチダイヤ:各種紙類・プラスチックフィルムの印刷加工・断裁・製本、各種用紙・帳票の製造、一般印刷物の企画・印刷・加工などの事業を展開[6]
譲渡企業:印刷関係事業を切り離し、主力事業であるパッケージング事業への経営資源集中を図る[5]
アヤト:富山県に拠点を置き、企業・公的機関向けに定期刊行物・販促宣伝品・伝票などの印刷事業と印刷物企画・制作事業を展開
スキット:福井・東京・大阪・福岡に拠点を置き、同業・関連業種からの委託による商業印刷事業と、ポケットフォルダー・選挙ポスター・圧着DM・ノベルティーなどのオリジナル印刷商品開発・販売事業を展開[7]
譲渡企業:第三者への事業承継(後継者の獲得、従業員の雇用継続)
譲り受け企業:顧客層の異なる企業との経営統合によるシナジー創出、緊急事態下でも事業継続が可能な生産体制の構築
小西印刷所:兵庫県西宮市を拠点に地元企業からの直請けによる総合印刷業を展開[9]
日本創発グループ:印刷事業を中核として、デジタルコンテンツ事業・セールスプロモーション事業・オリジナルグッズ製造・OEM事業などの総合的なクリエイティブサービスを展開する企業グループの持株会社[10]
譲り受け企業:中核地方都市を拠点とする総合印刷会社のグループ化を通して事業成長を図る戦略の一環[9]
Harleigh (Malaysia)とShin-Nippon Industries:マレーシアに拠点を置き、マレーシア国内外の医薬品市場などに向けて各種包装の印刷・製造・販売事業を展開[12]
朝日印刷:医薬品・化粧品の包材(パッケージ・添付文書・ラベル)を中心とする印刷包材事業や包装システム販売事業などを展開[12]
譲り受け企業:ASEAN諸国における製造拠点・顧客基盤の確立、人材交流などを通じた人財育成[12]
Interprint:ドイツ・アルンスベルク市に本社を置く世界有数の建装材用化粧シート印刷メーカー[14]
凸版印刷:印刷テクノロジーをベースに多角的な事業を展開する大手総合印刷会社[15]
譲り受け企業:建装材事業におけるグローバルな生産拠点・販売ネットワークの確立と地産地消体制の推進、技術交流・共同開発を通じたソリューション力向上、生産ノウハウ共有による生産性向上[16]
ウイズプリンティング:大阪で印刷・製本事業を展開[17]
プリントネット:東京・埼玉・九州の5つの製造拠点をもとにインターネット印刷通販事業を展開[17]
譲渡企業:事業再生のため
譲り受け企業:関西地域における製造拠点獲得、サービス強化、運送コスト低減[17]
[4]業務内容(北越パッケージ)
[5]一部事業譲渡(北越パッケージ)
[6]会社概要(オストリッチダイヤ)
[7]事業内容(スキット)
[8]会社概要(スキット)
[9]小西印刷所の持分法適用関連会社化(日本創発グループ)
[10]グループ事業紹介(日本創発グループ)
[11]小西印刷所の株式の追加取得(日本創発グループ)
[12]HarleighおよびShin-Nippon Industriesの株式取得(朝日印刷)
[13]沿革(朝日印刷)
[14]Interprintの株式取得(凸版印刷)
[15]製品・サービス(凸版印刷)
[16]第174期有価証券報告書(凸版印刷)
[17]事業譲渡契約締結(プリントネット)
イーデール:フレキソ印刷技術を用いたラベル印刷機・パッケージ印刷機・各種フィニッシング処理機器の製造・販売事業を展開する英国企業[18]
キヤノン:大手光学機器メーカーで、新規事業のひとつとしてプリンティング事業を展開[19]
キヤノンプロダクションプリンティング:キヤノンのオランダ子会社で、産業・オフィス向けプリンターやデジタルプロダクションプリンティングシステムの研究開発・生産・販売事業を展開[20]
譲り受け企業:ラベル・パッケージ印刷機分野の強化(現行ラベル印刷機シリーズの拡販、ラインナップ拡充、新製品開発)、プリンティング事業の高付加価値化・生産性向上[18]
ライフテック:スクリーン印刷技術を用いた面状布発熱体(布ヒーター)の設計・製作事業を展開[21]
東洋レーベル:特殊印刷による各種機能性部品・立体転写シール・ラベル・ステッカーなどの受託製造事業を展開[22]
譲渡企業・譲り受け企業:両社のスクリーン印刷技術を一体化し技術開発の推進を図る[23]
MediBang:イラスト・マンガの制作ツールおよび投稿サイトの開発・運営を手がけるとともに、NFT(デジタルデータの非代替性トークン)技術を用いたGMOインターネットグループのマーケットプレイス上において、作品を制作・発信できるプラットフォームの整備と出品・受付対応サービスを展開[24]
共同印刷:印刷メディアの編集企画・制作・マルチデバイス展開、ビジネスフォーム印刷・DPS・BPO、パッケージ・高機能材料製造などの事業を展開[25]
譲り受け企業:譲渡企業との協業を通して、今後需要拡大が見込まれるNFT活用サービス関連事業の拡大を図る[24]
シグナル:北海道に拠点を置き、全国の自治体・官庁・関係団体向けに交通安全教育用冊子・リーフレット・チラシの企画出版事業を展開[26]
須田製版:北海道と東京に拠点を置き、印刷媒体とデジタル媒体(Web・電子書籍・デジタルサイネージ・動画など)の企画・デザイン・製作事業を展開[27]
譲渡企業:経営者高齢化などの懸案事項の解消[28]
譲り受け企業:本州方面での顧客基盤拡大、両社の得意分野の補完・強化[29]
ラトナ:IoT・エッジコンピューティング・AI分野の技術開発事業などを展開[30]
大日本印刷:印刷・プリント技術をベースとして、出版関連事業、マーケティング事業、情報セキュリティ事業、フォト・イメージング事業、包装・パッケージ関連事業、内外装材・産業用高機能材・電子機器部材事業などを展開[31]
譲渡企業:技術開発・事業拡大のための資金調達[30]
譲り受け企業:自社の強みとラトナの強み(IoT・エッジコンピューティング分野での技術力、エッジコンピューティング分野の特徴である高セキュリティ・低コスト)を掛けあわせ、物体認識・顔画像認識などの技術の活用を通して小売・製造・エンタテインメント業界向けソリューション提供力の強化を図る[32]
UNIWORX:Web マーケティング、 ECサイト構築・運営、システム開発などの事業を展開[33]
図書印刷:紙媒体・デジタル媒体の組み合わせによる販促・マーケティングソリューション事業、広報・ブランディングソリューション事業、印刷ソリューション事業などを展開[34]
譲り受け企業:デジタルマーケティング支援事業における提案力強化・事業領域拡大[33]
[18]英イーデール社を完全子会社化(キヤノン)
[19]プリンティング(キヤノン)
[20]欧州地域グループ会社(キヤノン)
[21]会社案内(ライフテック)
[22]製品情報(東洋レーベル)
[23]ライフテックより事業譲渡(東洋レーベル)
[24]MediBangとの資本業務提携(共同印刷)
[25]事業紹介(共同印刷)
[26]会社概要(シグナル)
[27]須田製版でできること(須田製版)
[28]交通安全雑記#153(シグナル)
[29]シグナル完全子会社化(須田製版)
[30]大日本印刷からの資金調達(ラトナ)
[31]事業領域(大日本印刷)
[32]ラトナと資本業務提携(大日本印刷)
[33]UNIWORXへの資本参加(図書印刷)
[34]サービス・製品(図書印刷)
ハシモトコーポレーション:印刷物のデザイン、製作・製版、オフセット印刷、オンデマンド印刷などの事業を手がけ、イムラ封筒の主力工場を支える印刷会社として同社と長年に渡り取引を継続[35]
イムラ封筒:オーダーメイド封筒を中心とするパッケージソリューション事業、DMの企画から発送まで請け負うメーリングサービス事業、3PL(サードパーティーロジスティクス)事業などを展開[36]
譲り受け企業:パッケージソリューション事業の運営安定化、印刷工程の内製化による業務効率化[35]
金羊社:エンターテインメント系メディア(CD・DVD・ゲームソフト)のパッケージ印刷、水性フレキソ印刷を用いた軟包装製品(食品包装・飲料ラベル)の製造・販売、建装材特殊印刷などの事業を展開[37]
レンゴー:板紙・段ボール製造の大手企業で、商品容器・パッケージ・ラベル製造事業も展開[38]
譲り受け企業:メディアパッケージ分野への本格的進出、軟包装・販促ツール事業の拡充[37]
昌栄印刷:特殊印刷技術・情報加工技術をベースに有価証券・ICカードなどの製造・加工・販売事業を展開[40]
巴川製紙所:紙・不織布・パルプ・プラスチックなどを用いた電気・電子・光機器用素材・部品の製造事業を展開[41]
譲り受け企業:昌栄印刷の印刷加工・情報加工技術の取り込みによる新製品開発機能拡充[40]
[35]ハシモトコーポレーションの株式取得(イムラ封筒)
[36]事業紹介(イムラ封筒)
[37]金羊社の子会社化(レンゴー)
[38]企業情報(レンゴー)
[39]有価証券報告書第153期(レンゴー)
[40]持分法適用関連会社の連結子会社化(巴川製紙所)
[41]会社概要(巴川製紙所)
[42]2020年3月期有価証券報告書(巴川製紙所)
印刷業界は印刷需要の変化により大きな転換期を迎えており、事業変革や事業承継を目的として多種多様な組み合わせによるM&Aが活発に行われています。
印刷会社にとって、経営戦略としてのM&Aの重要性は今後ますます高まっていくものと予想されます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)
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