出版業の売却・M&A動向と事例12選
- 執筆者: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
出版市場が縮小しデジタル化の圧力が高まるなか、中小規模の出版社による売却が活発に行われています。出版業界の現況と出版業売却のメリット、売却動向、近年の売却・M&A事例などをくわしく解説します。
出版物の販売額は1996年まで一貫して上昇していましたが、この年を境に一転して下り坂となり、「出版不況」と呼ばれる状況が常態化しました。
とくに雑誌市場はインターネットの普及とともに非常に速いスピードで縮小しています。[1]
2010年代後半からは電子書籍の販売額が徐々に増加し、出版業の市場規模の縮小を緩和しています。
電子書籍の売上の大半を占めるのは電子コミック(コミック雑誌含む)で、とくに2019年以降大きく販売額を伸ばしているところです。[2]
コミック以外の書籍のなかでは、学習参考書と児童書の分野が近年手堅い売れ行きを示しており、とくに児童書(絵本・学習図鑑・児童文庫など)は市場が拡大傾向にあります。[3]
少子化が進む一方で親が子ども一人当たりにかける教育費の額は大きな上昇傾向を示しており[4]、成績向上や知能発育の効果を見込んで本を買い与える親の需要が学習参考書・児童書の堅調を支えているものと見られます。
引用:子どもの減少と相反する一人あたり教育費の増加(参議院)
2020年~2021年にかけてはコロナ禍の巣ごもり需要が出版業にとって特需と言える状況を生んでいます。
大ヒット作品『鬼滅の刃』の存在もあって電子・紙のコミックが伸張し、2020年にはコミック全体の販売額が過去のピーク時(1995年)の額を突破しています[2]。
2021年上半期にはコミック以外の電子書籍も顕著な伸びを示しました[5]。
電通が毎年発表している「日本の広告費」(日本全体で1年間に費やされた広告費の推計)によると、2007年の時点でインターネット広告費が雑誌広告費を上回り[6]、2009年にはさらに新聞広告費を超えています[7]。
新聞社・出版社が主体となって提供しているインターネットメディア・サービスに対する広告費は2020年の段階でもまだ低い水準にあり、今後の開拓が大いに期待されるところです[8]。
電子コミック市場はコロナ禍前から活況を呈していますが、コミック以外の電子書籍の伸びは緩やかで、電子雑誌はむしろ市場が縮小気味です。
電子書籍ではライトノベル・ビジネス書といった軽い読み物や電子オリジナルの写真集などが成長を支えています。[9]
今後の出版業にとってデジタル化が最大の鍵となることは間違いないでしょうが、これまで紙だったものを電子媒体に移しただけで出版業界が十分に盛り返せるとは考えにくいところです。
コンテンツの電子化に加えて、以下のような施策への取り組みを本格化していくことが求められていると言えます。
[1]日本の出版販売額(出版科学研究所)
[2]コミック販売額(出版科学研究所)
[3]書籍販売額(出版科学研究所)
[4]子どもの減少と相反する一人あたり教育費の増加(参議院調査室)
[5]2021年上半期の出版市場を発表(出版科学研究所)
[6]2007年の日本の広告費は7兆0191億円(電通)
[7]2010年 日本の広告費|媒体別広告費(電通)
[8]2020年 日本の広告費|媒体別広告費(電通)
[9]電子出版販売額(出版科学研究所)
出版業は従来のあり方のままでは存続が難しい状況ですが、本格的なデジタル展開を自力で推し進めることができるのは大手など一部の出版社に限られるでしょう。
中小規模の出版社にとっては、デジタル関連の経営基盤を持つ会社(電子コンテンツ配信やデジタルマーケティングなどの事業を展開している会社)の傘下に入って事業ポートフォリオの変革を図るか、同業者との統合により経営基盤を拡大してデジタル化の加速を図ることが、有望な選択肢となります。
出版社を買収対象として見た場合、以下のような点が主な訴求ポイントとなります。
買い手がデジタル関連異業種の場合、①~③を取り込むことで紙・デジタルを連動させた事業展開が可能になり、オリジナルの出版コンテンツの活用によってソリューション力向上や売上拡大を図ることできます。
売り手側としては、保有コンテンツの有効活用やデジタル化の加速などのシナジーが期待できます。
買い手が同業者の場合、得意分野・ブランドの相互補完やノウハウ・取引基盤の融合を通して経営基盤を安定化することで、デジタル化に向けた取り組みなどを加速することが可能になります。
デジタル化を早くから推し進め、すでにある程度の成功を収めている出版社のほうが、買い手候補として望ましいと言えます。
出版業界の現況を考えると、できる限り早いタイミングで売却の検討を開始し有望なパートナーを見つけ出すことが得策と言えます。
先細りの状態を放置すると企業価値が毀損されてしまい、好条件での売却は難しくなっていきます。
資金繰りに窮するような状況に追い込まれれば、売り手としての交渉力は如実に弱まります。
そのようなことが起こる前に、十分に余力のある段階で売却の検討を開始すべきです。
経営者が高齢で後継者が不在というケースでも同様のことが言えます。
健康問題などにより急を要する事態となる前に、まだ余裕のあるタイミングで会社売却(第三者への事業承継)について検討することが重要です。
日本では現在、中小規模の出版社が売り手となるM&Aが盛んに行われています。
他の業界に比べ、一部の事業のみを売却する事例(知名度・歴史のある雑誌や書籍シリーズの売却など)が多いのが特徴と言えます。
また、経営環境の厳しさを反映して、不採算事業の切り離しや倒産企業の事業再生を目的としたM&Aもしばしば見られます。
そのようなケースであっても、出版業や出版コンテンツという資産が高い買収価値を持つことが少なくありません。
買い手となっているのは以下のような企業です。
海外では、ペンギンとランダムハウスの合併や、その合併で誕生したペンギン・ランダムハウスによるサイモン&シュスターの買収など、大手出版社同士のM&Aが行われており、日本でも今後そうした大型業界再編の動きが起こる可能性は多分にあると言ってよいでしょう。
シグナル:北海道に拠点を置き、全国の自治体・官庁・関係団体に向けて交通安全教育用冊子・リーフレット・チラシの企画出版事業を展開[10]
須田製版:北海道と東京に拠点を置き、印刷媒体とデジタル媒体(Web・電子書籍・デジタルサイネージ・動画など)の企画・デザイン・製作事業を展開[11]
譲渡企業:経営者高齢化などの懸案事項の解消[12]
譲り受け企業:本州方面における顧客基盤の拡大、両社の得意分野の補完・強化[13]
学校図書:小中学校向け教科書・教材を出版[14]
数研出版:小中高校・大学向け教科書・教材や受験参考書を出版[15]
譲り受け企業:事業基盤の拡大[16]
イカロス出版:航空、軍事、農業、翻訳などの専門雑誌・書籍を中心とする出版事業を展開[17]
インプレスホールディングス:IT、音楽、デザインなどの専門分野に特化した出版・メディア製作事業やEC・電子書籍・出版流通のプラットフォーム開発事業などを展開するインプレスグループの持株会社[18]
譲り受け企業:コアなファンに訴求できる専門コンテンツ分野の拡大、メディアミックス展開によるファンコミュニティ構築、電子出版・Webサービス・法人向け事業などの開発[19]
角川春樹事務所:文庫本を中心とした書籍や女性向け雑誌の出版事業、映画製作事業などを展開[21]
ホールワールドメディア:角川春樹事務所の子会社で、同社の雑誌「Popteen」出演モデルなどに対するタレントマネジメントや関連メディア企画・運営などの事業を展開[22]
フォーサイド:デジタルコンテンツの配信・出版事業、プライズゲーム用景品の製作・販売事業、不動産管理事業、投資銀行事業などを展開する企業グループの持株会社[23]
モビぶっく:フォーサイドの子会社で、電子書籍配信・スマートフォンアプリ配信事業を展開[22]
譲り受け企業:グループ会社が運営する小中学生女子向けファッション雑誌「Cuugal」の事業と角川春樹事務所の「Popteen」事業の連動によるシナジーの実現[22]
譲渡企業:フォーサイドグループの電子書籍配信サイトを介した書籍・雑誌のデジタル配信推進、コンテンツIPの商品化や展示会・出版イベント開催のための支援パートナー獲得
譲り受け企業:出版取次業務のための支援パートナー獲得、角川春樹事務所の実績・ノウハウを活用した販売網拡大[21]
廣済堂(現広済堂ホールディングス):情報ソリューション事業、人材サービス事業、葬祭業を展開する廣済堂グループの持株会社[26]
廣済堂出版:書籍・雑誌・電子書籍・DVD・CDを製作・出版[27]
廣済堂あかつき(現あかつき教育図書):小中学校向け教科書・教材、児童書などを出版[28]
廣済堂出版株式の譲渡先:出版事業に係る知見とネットワークを持つ個人(詳細非公表)[27]
廣済堂あかつき株式の譲渡先:教科書・教材事業に係る知見とネットワークを持つ個人(詳細非公表)[26]
譲渡企業(廣済堂):事業ポートフォリオ改革のため(出版不況、少子化、検定教科書事業の不振などのため短期的な収益改善が期待できない廣済堂出版と廣済堂あかつきの事業を切り離し、成長性のある事業に経営資源を集中)[27][29]
日本文芸社:生活実用書・コミック・小説などの雑誌・書籍の出版、マンガアプリ開発・配信などの事業を展開[30]
メディアドゥ:電子書籍取次、電子図書館運営、編集・校正作業支援クラウドサービスの開発、オンデマンド印刷、出版プラットフォーム開発などの事業を展開[31]
譲渡企業:親会社(RIZAPグループ)による抜本的な構造改革(グループシナジーが見込めない事業や短期的な収益改善が難しい事業を売却し、美容・ヘルスケア分野を中心とした成長事業へ経営資源を集中)[30]
譲り受け企業:譲渡企業が有するコンテンツの効率的・効果的な販売促進、自社グループの電子書店との協働、新たなコンテンツのマーケティング・付加価値向上に向けた研究開発[32]
枻出版社:バイク・アウトドア・写真などに関する趣味性の高い専門雑誌・書籍の出版、広告・販促用品の製作請負、出版事業と連動した飲食店運営・住宅設計などの事業を展開[34]
ピークス:枻出版社の子会社で、デジタルマーケティング、デジタルサービス・映像・Webコンテンツの企画・製作・運用、出版物デザインなどの事業を展開[35]
ドリームインキュベータ:主に大企業を対象とした事業創造・成長支援コンサルティング事業と、ベンチャー企業などに対する事業投資・インキュベーション事業を展開[36]
ヘリテージ:枻出版社の雑誌事業と飲食事業の一部を引き継ぎ成長させることを目的に設立[37]
実業之日本社:多分野にわたる書籍・雑誌を出版[38]
譲渡企業:事業再生のため[39]
譲り受け企業(ドリームインキュベータ):新設子会社ピークスにおいて、枻出版社・(旧)ピークスから引き継いだ事業をサブスクリプションサービス化・電子化するなどして新しいコンテンツ体験を創造し、ファンマーケティング(コンテンツのファンとの関係性をベースにしたマーケティング)事業の推進を図る[35][40]
譲り受け企業(ヘリテージ):枻出版社から引き継いだカルチャー・ライフスタイルメディアをベースにDXを推進し、新しいコマース体験の創造やリアルとオンラインをつなぐイベントの運営を通して事業成長を図る[37]
譲り受け企業(実業之日本社):アウトドア分野の出版事業の拡大を図る[38]
高陵社書店:教育図書・専門図書・絵本などを出版[41]
スピーディー:ブランドコンサルティング、タレントエージェンシー、スタートアップ投資、無名著者書籍の発掘・出版、(子会社のコミディアにおいて)デジタルコミック出版などの事業を展開[42]
譲り受け企業:紙媒体書籍マーケットのDX(ブロックチェーンを活用した配本管理、効率的なロジスティクスなどの実現)を目指しつつ[41]、高陵社書店のノウハウを活用してデジタル作品の紙媒体展開を図る[43]
主婦の友社:主に女性をターゲットに生活・美容・趣味・健康関係の書籍・雑誌・Webコンテンツを製作・出版[44]
Donuts:バックオフィス向けクラウドサービスシリーズやインターネットゲームの開発・提供、動画・ライブ配信などの事業を展開[45]
譲り受け企業:出版事業に参入し、雑誌発行と連動したデジタルメディア展開、DX・eコマースの推進、オンライン・オフラインでのイベント展開などを図る[46]
ダイヤモンド・ビッグ社:海外旅行ガイドブック「地球の歩き方」シリーズやインバウンド旅行者向け冊子などを出版[47]
学研プラス:児童書・参考書・実用書を中心とする総合出版事業、メディアソリューション事業などを展開[48]
譲渡企業:コロナ禍による事業環境の変動を背景とした事業整理
譲り受け企業:「地球の歩き方」という歴史のあるブランドを継承して新設子会社において運営し、学研グループにおけるデジタルサービス展開・グローバル展開と連動させつつ事業拡大と新価値創出を図る[47]
ぶんか社グループ(ぶんか社、海王社、新アポロ出版、文友舎、楽楽出版):コミックの雑誌・単行本を主力商品とする総合出版社グループで、日本産業推進機構の出資・支援のもとで電子媒体出版などを積極的に推進[50]
ビーグリー:コミック配信サービス「まんが王国」を中核として、ファンとクリエイターをつなげるコンテンツプロデュース事業を展開[50]
譲渡企業:ビーグリーが有するビッグデータ、ノウハウ、クリエイターとのコネクションを活用し作品創出力向上の加速を図る[50]
譲り受け企業:ぶんか社グループのノウハウを活用しコンテンツ提案力の向上や作品の差別化を図る[50]
学研プラス:児童書・参考書・実用書を中心とする総合出版事業、メディアソリューション事業などを展開[48]
イード:Webメディア運営事業、Webマーケティングリサーチ事業、ECショップ運営システム提供事業を展開[52]
譲り受け企業:アニメ関連メディア事業の拡大[53]
[10]会社概要(シグナル)
[11]須田製版でできること(須田製版)
[12]交通安全雑記#153(シグナル)
[13]M&Aによる有限会社シグナル完全子会社化についてお知らせ(須田製版)
[14]トップページ(学校図書)
[15]トップページ(数研出版)
[16]学校図書のグループ会社化に関するお知らせ(数研出版)
[17]HOME(イカロス出版)
[18]事業内容(インプレスホールディングス)
[19]イカロス出版の完全子会社化に関するお知らせ(インプレスホールディングス)
[20]第30期第2四半期報告書 (インプレスホールディングス)
[21]角川春樹事務所との資本業務提携に関するお知らせ(フォーサイド)
[22]連結子会社における事業譲受及びホールワールドメディアの子会社化に関するお知らせ(フォーサイド)
[23]グループ情報(フォーサイド)
[24]第22期第3四半期報告書(フォーサイド)
[25]第22期第2四半期報告書(フォーサイド)
[26]サービス(広済堂ホールディングス)
[27]子会社株式及び債権の譲渡並びに特別損失の発生に関するお知らせ(廣済堂)
[28]会社概要(あかつき教育図書)
[29]連結子会社の異動及び債権放棄、並びに特別損失の計上に関するお知らせ(廣済堂)
[30]当社グループの構造改革に伴う連結子会社の異動に関するお知らせ(RIZAPグループ)
[31]事業紹介(メディアドゥ)
[32]日本文芸社の子会社に関するお知らせ(メディアドゥ)
[33]2022年2月期 第1四半期報告書(メディアドゥ)
[34]倒産速報 枻出版社(帝国データバンク)
[35]当社子会社による事業譲受、及び新たな事業の開始に関するお知らせ(ドリームインキュベータ)
[36]事業概要(ドリームインキュベータ)
[37]枻出版社からの一部事業譲受に関するお知らせ(ヘリテージ)
[38]枻出版社からの一部事業譲受に関するお知らせ(実業之日本社)
[39]民事再生手続申立のお知らせ(枻出版社)
[40]「趣味」をプロデュースするファン・メディア・スタジオ、ピークス始動(ドリームインキュベータ)
[41]老舗出版社”高陵社書店”の株式を100%取得しました(スピーディー)
[42]BUSINESS DOMAIN(スピーディー)
[43]老舗出版社”高陵社書店”の株式を100%取得しました(スピーディー/PR TIMES)
[44]ホーム(主婦の友社の本)
[45]ABOUT(Donuts)
[46]出版メディア事業に参入、主婦の友社から『Ray(レイ)』関連事業を譲受(Donuts)
[47]「地球の歩き方」出版関連事業の譲り受けに関するお知らせ(学研プラス)
[48]事業内容(学研プラス)
[49]HOME(地球の歩き方)
[50]NSSK IIによるぶんか社の株式譲渡契約の締結について(日本産業推進機構)
[51]有価証券報告書-第8期(ビーグリー)
[52]事業概要(イード)
[53]事業譲受に関するお知らせ(イード)
出版業界は紙媒体を中心とする従来のあり方からの変革を迫られており、デジタル化を推進し未来を切り開くための手段としてM&Aが積極的に活用されています。
売り手側となる企業も、会社・事業の売却を経営戦略として前向きに捉え、早期に検討を開始することが重要です。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)
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