着物業界のM&A・売却動向、メリット【事例も徹底解説】
- 法務監修: 鈴木 裕太 (中小企業診断士)
市場が縮小傾向にある着物業界では、市場での生き残りや撤退を目的としたM&Aが活発です。着物会社の売却・買収では、主力事業への集中や経営資源の獲得などのメリットを期待できます。着物業界のM&A動向や事例、メリットをわかりやすく解説します。
はじめに着物(呉服)業界の定義や市場規模、動向をお伝えします。
着物(呉服)業界とは、一般的に着物・呉服の製造や卸売、販売(小売)を手がける産業全体を指します。
総務省の日本標準産業分類においては、主に以下の業種が着物(呉服)業界に該当すると言えます。
なお着物と呉服には、厳密に見ると以下の違いがあります。[3]
ただし、一般的に着物と呉服は、共に和装(和服)を指す際に用いられています。[4][5]
したがって、今回の記事では「着物(呉服)業界=和服の製造や卸売・小売を行う産業全体」として解説を進めます。
矢野経済研究所によると、2021年における着物(呉服)小売業界の市場規模は2,110億円であり、前年比と比べて前年比で9.6%増加しました。[6]
上記データは小売のみのデータであるため、卸売や製造の分野も含めると、着物(呉服)業界全体の市場規模はより大きいと推測されます。
なお、2013年から2021年までの市場規模(小売金額)の推移は以下のとおりです。
出典:呉服市場に関する調査を実施(2022年)(矢野経済研究所)
2013年から2019年までは微減傾向が続いていましたが、2019年から2020年にかけては、たった1年で26.1%も市場規模が縮小しました。[6]
理由としては、新型コロナウイルスの流行で入学式や成人式などのイベントが自粛され、着物を使用する機会が急激に減少したことが挙げられています。
2020年から2021年にかけては、コロナワクチンの接種が進んだことなどを要因に、各種イベントの自粛が緩和されたため、着物の需要は回復傾向となりました。[6]
着物(呉服)業界には、主に以下の課題があると言われています。
こうした課題を受けて、着物(呉服)業界では「消費者の不安解消」や「若年層の取り込み」、「顧客との関係継続」などを図る動きが活発的に行われています。
具体的には、主に以下の施策が行われています。[7][8]
[1] 日本標準産業分類 大分類E 製造業(総務省)
[2] 日本標準産業分類 大分類I 卸売業,小売業(総務省)
[3] 「着物」と「呉服」は全く別モノって知ってました?(TBSテレビ)
[4] 着物とは(コトバンク)
[5] 呉服とは(コトバンク)
[6] 呉服市場に関する調査を実施(2022年)(矢野経済研究所)
[7] 着物業界はピークの6分の1に縮小(ダイヤモンド・チェーンストアオンライン)
[8] 和装業界の商慣⾏について(経済産業省)
着物(呉服)会社にとって、M&A(買収・売却)はメリットの大きい戦略です。
この章では、売り手と買い手それぞれの視点で、M&Aを行うメリットを紹介します。
売り手側にとって、着物(呉服)会社を売却する主なメリットは以下のとおりです。
特に、市場が縮小傾向にある着物業界において、廃業コストをかけずに事業から撤退できる点や売却利益を得られる点、経営の安定化を実現できる点などは大きなメリットとなるでしょう。
買い手側にとって、着物(呉服)会社を買収する主なメリットは以下のとおりです。
市場規模が縮小している着物業界において、自社のみで事業の継続・成長を図ることには限界が出てくるかもしれません。
しかし、M&Aによって他社のノウハウやブランド力等を取得したり、事業規模を短期間で急速に拡大したりすれば、現状を打開できる可能性が高まります。
売り手のみならず買い手にとっても、M&Aは事業の維持・成長を実現する上で有用な手段となり得るでしょう。
着物(呉服)業界で行われているM&Aには、主に以下2つの特徴が見受けられます。
買い手側の視点で見ると、着物事業の規模拡大を目的に、大手企業が着物業者を買収する動きが活発です。
たとえば、後述する事例だと「RIZAPグループと堀田丸正のM&A」や「まるやま・京彩グループと東京山喜のM&A」などが該当します。
前述したとおり、着物会社が同業者を買収すると、買収先企業が有している着物事業のノウハウやブランド力、店舗などの経営資源を一括でまとめて取得できます。
そのため、縮小する着物市場での地位をより高めたり、事業の成長を加速させたりする目的で、着物事業を買収する動きが活発であると考えられます。
一方で売り手側の視点で見ると、業績が悪化した着物事業からの撤退を目的に、会社・事業を売却するケースが多く見受けられます。
たとえば、後述する「アスパラントグループとさが美のM&A」では、業績改善や経営の安定化を目的として会社売却が行われました。
また、「東京山喜」が行ったM&A事例のように、民事再生手続きの一環として、着物事業を売却するケースもあります。
市場が縮小している着物業界において、着物事業を問題なく続けることは困難となっています。
そこで、事業の生き残りや撤退を図る手段として、M&A(事業・会社の売却)が活用されていると考えられます。
最後に、着物(呉服)業界で行われたM&Aの事例を5例紹介します。
事例ごとに、M&Aを行った目的や手法などを解説します。
事例を確認することで、着物業界のM&Aに対して理解を深めることができます。
着物事業の買収・売却を検討している方はぜひ参考にしてください。
かのこ:着物の小売会社として、北海道と関東において店舗を展開
ヤマノホールディングス:着物の店頭販売や展示会開催、教室開催、着物のお手入れサービスなどの事業を展開
譲り受け企業:新規顧客の獲得、販路拡大
譲渡企業:譲り受け企業の経営管理・店舗管理ノウハウ導入による店舗の収益改善
東京山喜:当時、リユース着物の販売・買取事業を運営[10]
まるやま・京彩グループ:着物の小売業として、M&Aを行った時点で関東・関西・九州圏に50店舗を展開[11]
譲り受け企業:日本の大事な着物文化を後世に残すことの実現、事業のさらなる成長
譲渡企業:民事再生手続きの一環としての事業売却
堀田丸正:和装品や宝飾品、和装小物などの卸売・販売事業を展開[12]
RIZAPグループ:プライベートジムや健康食品の販売などの事業を多角的に展開[13]
譲り受け企業:アパレル事業における商品ラインアップの拡充[14]
京都きもの学院:着物等の販売事業、着付教室の運営
一蔵:着物の販売やレンタル、着方教室などの事業を運営
譲り受け企業:シナジー効果の実現、着物需要の掘り起こし
さが美:高級きもの専門店を展開
アスパラントグループ:投資事業を展開
譲り受け企業:さが美への投資(譲渡企業の企業価値向上のための投資)
譲渡企業:業績改善、経営の安定化、競争力の強化[17]
[9] かのこ事業の一部譲受(ヤマノホールディングス)
[10] 「たんす屋」事業譲受並びに新会社設立(まるやま・京彩グループ)
[11] 東京山喜の事業譲受(まるやま・京彩グループ)
[12] 会社概要(堀田丸正)
[13] 事業内容(RIZAP GROUP)
[14] RIZAP、和装の堀田丸正を子会社に(日本経済新聞)
[15] 第三者割当による新株式発行の払込完了(堀田丸正)
[16] 京都きもの学院の株式取得(一蔵)
[17] AG2号投資事業有限責任組合によるさが美に対する公開買付けの開始(アスパラントグループ)
[18] AG2号投資事業有限責任組合によるさが美に対する公開買付けの終了(アスパラントグループ)
厳しい経営環境が続いている着物業界において、事業の存続・成長を実現し得るM&Aは有用な手段です。
特に現状の経営に行き詰まっている企業において、「経営資源の獲得」や「大手企業の傘下入りによる経営の安定化」はM&Aを行う上で大きなメリットとなります。
着物業界のM&Aを検討している経営者の方は、ぜひ今回の記事を参考にしていただけますと幸いです。
(執筆者:中小企業診断士 鈴木 裕太 横浜国立大学卒業。大学在学中に経営コンサルタントの国家資格である中小企業診断士資格を取得(休止中)。現在は、上場企業が運営するWebメディアでのコンテンツマーケティングや、M&Aやマーケティング分野の記事執筆を手がけている)