解体工事業界は老朽化したインフラや空き家の増加により成長基調にあり、M&A(売却・買収)が活発化しつつあります。解体工事業界の現況と解体工事業売却の動向、メリット、近年の事例などを詳しく解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
国土交通省が毎年実施している建設工事施工統計調査によると、解体工事業(はつり・解体工事業)の完成工事高は(年度によりかなり増減があるものの)近年おおむね上昇基調を示しています(図1)。
なお、2012年度の急激な上昇は前年に起きた東日本大震災の影響によるものと思われます。
図1:はつり・解体工事業の完成工事高(元請・下請合計 単位:百万円)
出典:建設工事施工統計調査 第2表 業種別完成工事高(e-Stat)
高度成長期には大量の建築物・インフラが建設されましたが、その多くが老朽化し、修繕・更新を必要とする状態になってきています。
また、1970年代から2000年代にかけて数多くの木造住宅が作られており、築40年・50年となって解体時期を迎える住宅が大量に生まれています。[1]
少子高齢化とそれに伴う人口減少により、全国的に空き家が増加しています(図2)。
空き家率は地域により濃淡があり、2018年時点で18%を超えている都道府県もあります。[2]
図2:全国の空き家数と空き家率の推移
出典:平成30年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計 結果の概要(総務省統計局)
空き家の中には老朽化などの理由で利用者・買い手が見いだしにくいものも多く、売却・転用のために土地を更地化する需要が(潜在的に)広く存在します。
放置された空き家は周辺地域の衛生環境や美観を損ね、犯罪に利用される恐れもあることから、国・自治体も対策に乗り出しています。[3]
空き家解体の需要は中長期的に増加・継続するものと予想されます。
解体工事業者は中小零細企業や個人事業主が大半で、地方においては土木工事業・建築工事業・産業廃棄物処理業などとの兼業が多いという特徴があります。
ゼネコンを頂点とする多重下請構造の末端に位置することからしわ寄せを受けやすい立場にあります。
業界内の過当競争などにより、受注単価が上がりにくい(下落しやすい)状況にあるとされます。[4]
解体工事などの一括見積もりWebサービスを展開するクラッソーネが2019年に提携解体工事会社101社を対象にして行ったアンケート調査[5]によると、直接雇用社員数が10名未満の企業が全体の75.3%を占めます。
また、経営者自らが現地調査や見積もり作成、近隣トラブル対応、営業といった経営業務以外の業務に従事しているケースが多く、業界の課題として「産業処理場不足・処理コスト高騰」「人材(とくに職人や営業要員)の不足」を挙げる企業が8割を超えます。
アスベスト関連工事への対応(事前調査・飛散防止など)も約4割の企業が課題だと回答しています。
[1]建築物ストック統計の公表について(国土交通省)
[2]平成30年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計 結果の概要(総務省統計局)
[3]空き家対策について(国土交通省)
[4]建築物の解体現場における現状と課題等について(環境省)
[5]解体工事会社の経営実態調査(クラッソーネ)
解体工事会社が売り手側となったM&Aの事例と、解体工事会社が関わる業務提携の事例を紹介します。
矢澤:アスベスト・ダイオキシン除去工事などの環境汚染対策工事と内装解体工事の事業を展開[6]
ベステラ:製鉄・発電・ガス・石油化学などの大規模プラントを主な対象として、各種特許工法を用いた解体工事業を展開[7]
譲り受け企業:プラント解体工事における環境汚染関連特殊工事への対応力強化[6]
木村工務店:釧路市に本社を置き、道東(釧路、北見、網走)エリアにおいて解体工事を中心とする事業を展開
鈴木商会:札幌市に本社を置き、資源リサイクル事業(産業・解体現場から出る金属スクラップの回収・処理・資材化)、家電リサイクル事業、アルミ精錬事業、自動車リサイクル事業を展開
譲渡企業:営業力強化、閑散期における重機の有効活用、雇用安定化、後継者不在問題の解消
譲り受け企業:グループ内で解体から廃棄物処理まで完結できる体制の構築、道東エリアでの事業強化
駿河サービス工業:木質系廃棄物を中心とする廃棄物の収集運搬・処分業と、住宅・建物の解体業を展開[8]
特種東海製紙:特殊紙の技術をベースにした特殊素材・産業素材・生活関連用品製造業を展開[9]
譲渡企業:事業領域の拡大
譲り受け企業:新たな基幹事業とするために立ち上げた環境関連事業セグメントの強化・拡充、グループ内で発生する廃棄物の再資源化促進[8]
シンセイ:愛知県尾張地域を中心として産業廃棄物収集運搬・処分業と総合解体工事業を展開[10]
エヌフロント:産業廃棄物処理・資源リサイクル・不用品回収などの事業を展開する企業グループの中核企業で、環境コンサルティング・廃棄物一元管理・再生資源卸売・軽貨物運送などの事業を運営(2020年のホールディングス体制移行によりナガイホールディングスに商号変更)[11][12]
譲渡企業・譲り受け企業:尾張地域における廃棄物処理事業のサービス向上[10]
新東京グループ:産業廃棄物の収集運搬・処理・再資源化事業、建築物・内装の解体工事業、製鉄用鉄スクラップや非鉄金属の供給・輸出事業、太陽光発電システムの販売・施工・コンサルティングなどの事業を展開[13]
新東京トレーディング:新東京グループの子会社で、再生プラント施設をベースとした鉄スクラップ・非鉄金属の中間処理・販売業を展開[14]
東京都で解体工事・土木工事などの事業を展開(詳細非公表)[14]
譲渡企業:雑品スクラップ(鉄などの金属類を含む各種機械類のスクラップ)の主要需要国であった中国の規制強化により同分野の市況が停滞し、新東京トレーディングが担う再生プラント事業はグループ内でのシナジーが今後あまり期待できない状況にあることから、同事業の切り離しを決定[14]
クラッソーネ:解体工事業界のDX推進や空き家問題の解消を目的として、解体工事の施主と工事会社を直接つなぐマッチングプラットフォーム(一括見積もりWebサービス)の事業を展開[15]
JICベンチャー・グロース・インベストメンツ:日本企業の国際競争力向上やイノベーション促進を目的として投資事業を展開する政府系ファンド[15]
Bonds Investment Group:社会課題の解決や社会革新・産業革新に取り組む事業を対象として投資事業を展開[16]
譲渡企業:マッチングプラットフォーム事業のブランド認知拡大・開発体制強化のための資金調達[15]
譲り受け企業:投資事業の一環
エンビプロ・ホールディングス:総合リサイクル、トレーディング、障がい者福祉、環境コンサルティングなどの事業を展開する企業グループの持株会社
エコネコル:エンビプロ・ホールディングスの子会社で、産業廃棄物リサイクルやプラント解体工事、リサイクル資源輸出などの事業を展開
三井住友トラスト・パナソニックファイナンス:総合ファイナンス事業を展開
日本機械リース販売:三井住友トラスト・パナソニックファイナンスの子会社で、リース満了物件の処分と中古工作機械リース・割賦販売の事業を展開[17]
エコネコルが有するスクラップ処理・解体のノウハウと日本機械リース販売が有する機械設備査定・売買機能などの知見を持ち寄り、資産評価と建物解体・不要設備処分、再資源化・再販をワンストップで提供するサービスの新規展開を図る[17]
関西タクト:舗装工事、港湾工事、解体工事などの土木工事事業を展開
尾藤建設:主にJR西日本を施主とする鉄道関連工事(解体・仮設・土木・建築など)の事業を展開[18]
関西タクトの舗装・港湾・解体工事の技術と尾藤建設の線路近接工事の技術を組み合わせ、サービスの拡大・向上を図る[18]
ベステラ:製鉄・発電・ガス・石油化学などの大規模プラントを主な対象として、各種特許工法を用いた解体工事業を展開[6]
第一カッター興業:独自の切断・穿孔技術をベースにした社会インフラの維持・補修・解体工事業や、マンション・ビル・商業施設の高圧洗浄・保守点検・補修事業などを展開[19]
両社の有する技術や人的リソースの相互活用により、プラント解体工事・社会インフラ工事における大型案件・高難度案件の受注拡大を図る[20]
[6]株式取得に向けた基本合意書締結のお知らせ(ベステラ)
[7]2022年1月期第3四半期報告書(ベステラ)
[8]駿河サービス工業の株式取得に関するお知らせ(特種東海製紙)
[9]トップページ(特種東海製紙)
[10]シンセイとの資本業務提携のお知らせ(ナガイホールディングス)
[11]グループ企業紹介(ナガイホールディングス)
[12]グループクロニクル(ナガイホールディングス)
[13]グループ事業(新東京グループ)
[14]子会社株式の譲渡に関するお知らせ(新東京グループ)
[15]シリーズAで約8億円の資金調達を実施(クラッソーネ)
[16]Portfolio(Bonds Investment Group)
[17]業務提携契約締結および協業展開について(エンビプロ・ホールディングス)
[18]尾藤建設と業務提携しました(関西タクト)
[19]第一カッターの技術(第一カッター興業)
[20]第一カッター興業との包括的業務提携合意のお知らせ(ベステラ)
解体工事の需要は中長期的に増加・継続することが見込まれており、そうした状況を背景として、解体関連企業の統合・連携や環境関連企業による解体工事業進出などの動きが活発化しています。
中小規模の解体工事会社は人材などの経営リソースが不足しがちで、競争激化の影響や多重下請構造のしわ寄せを受けやすい立場にありますが、会社売却を活用することで経営課題の解消や事業成長を実現することが可能になります。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)