農業におけるM&A・事業承継の動向、メリット、手法、最新事例
- 記事監修: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
農業従事者の減少・高齢化が進むなか、法人による農業経営が増加し、事業承継や農業進出を目的としたM&Aが活発化しています。農業の現状やM&Aの目的・メリット、手法、動向、近年の事例をくわしく解説します。
2021年2月の時点において農業を営む経営主体(個人・法人・団体)の総数は約103万900と推計され、そのうち個人事業主は約99万1,400(全体の約96%)、法人は約3万1,600、団体は約7,900です。
時系列で見ると、一貫して個人事業主が減少して法人が増加する流れとなっています。[1]
農業従事者の中核を占める基幹的農業従事者は長期的に減少し続けており、高齢化が進行しています(図1)。
基幹的農業従事者とは、農家(農業を経営する世帯)の世帯員のうち、15歳以上で、普段から農業を専業または主な仕事としている人を指します。
図1:基幹的農業従事者の数・年齢構成
出所:農業を担う人材の育成・確保に向けて(農林水産省)
こうした状況を背景として、担い手を欠く農地を取得して経営規模を拡大する農業法人が増加し、法人に雇用されて農業に従事する人の割合が上昇しています。[2]
農業法人とは、農業を営む法人の総称です。
大きく分けると、農業を営む会社(会社法に定められた株式会社、合名会社、合資会社、合同会社)と、農業組合法に定められた農事組合法人があります。
会社である農業法人は農業以外の事業を営む会社と法的に同様の扱いがされます。
一方、農事組合法人においては、事業内容が農業関係共同利用施設の設置、農作業の共同化、農業経営、およびそれらに付随する事業に限定され(農業組合法第72条の10[3])、組合員になれるのは農民や組合などに限定されます(同法第72条の13[4])。
そのため、事業を多角化したり組織を拡大したりするためには株式会社などへの組織換えが必要となります。
組織換えには総組合員の3分の2以上の賛成による特別決議が必要です。[5]
農地を用いて農業を営むためには、個人・法人にかかわらず、農地法に基づき一定の要件を満たす必要があります。
とくに、農業法人が農地を「所有」して農業を営むためには、「農地所有適格法人」としての要件を満たすことが求められます(農地法第2条第3項[6])。
農地を借りて農業を営むのであれば農地所有適格法人の要件は不要ですが、その場合にもいくつか満たすべき要件があります。[7]
経営主体 | 満たすべき要件 |
---|---|
すべての農業経営主体(個人・法人) | 【農地利用】 農地のすべてを効率的に利用するための事業計画を持つこと 【面積】 農地取得後の農地面積合計が原則として50アール以上であること(北海道では2ヘクタール以上、その他の地域でもアール数が異なる場合がある) 【地域との調和】 地域が一体となって採用・実施している農地利用法・栽培法・水利調整などに支障をきたすような行為を行わないこと |
農地所有適格法人 | 【法人形態】 非公開の(株式に譲渡制限がある)株式会社、農事組合法人、持分会社(合名会社・合資会社・合同会社)であること 【事業内容】 売上高の過半を農業(農作業や生産物の加工・販売、必要な資材の製造など)が占めること 【議決権】 総議決権の過半数を農業関係者(法人が行う農業に常時従事する個人、農地の権利を提供した個人、基幹的な農作業を法人に委託している個人、農地中間管理機構・農地利用集積円滑化団体を通して法人に農地を貸し付けている個人、地方公共団体・農業協同組合など)が占めること 【役員構成】 農業に常時従事する株主・組合員・社員(持分会社の出資者)が、役員(取締役・理事・業務執行社員)の過半数を占めること 【役員の農作業従事】 農業に常時従事する役員または重要な使用人のうち少なくとも1人が、定められた日数以上農作業に従事すること |
農地を賃借して農業を営む一般法人 (リース法人) | 【賃貸借契約】 農地の賃貸借契約に解除条件(農地を適切に利用しない場合は契約解除となること)が付されていること 【地域における役割分担】 適切な役割分担(話し合いへの参加や農道・水路の維持活動への参画など)のもとに農業を行うこと 【役員の農業従事】 役員または重要な使用人のうち少なくとも1人が、農業(関連するマーケティング・経営企画なども含む)に常時従事すること |
2009年の農地法改正で農地リース方式による農業参入が自由化されました。
農地所有適格法人は2016年の農地法改正で農地所有要件が緩和されたことにより誕生した呼称です。
これらの改正を背景として一般企業による農業参入が進み、農地所有適格法人・リース法人の数が大きく伸びています。[8][9]
リース法人として栽培農業に参入した企業の業種・営農作物は下図のような構成になっています。
図2:2019年12月末現在の業種別(左)・営農作物別(右)のリース法人数(「農業・畜産業」に該当するのは、観光農園・菌床栽培を行っていた法人や、一般企業が農業参入にあたり作った子会社など)
出所:リース法人の農業参入の動向(農林水産省)
矢野経済研究所の調査によると、異業種国内有力企業による農業ビジネスの市場規模は年々増大しており、とくにリース農地と太陽光利用型栽培施設による農業ビジネスが大きな比重を占めています。
2018年度の推計では、調査対象全体の市場規模が697億5,300万円、うち農地所有適格法人による事業が112億3,200万円、リース法人による事業が295億5,000万円、太陽光利用型栽培施設での事業が212億4,100万円などとなっています。[10]
[1]令和3年農業構造動態調査結果(農林水産省)
[2]農業を担う人材の育成・確保に向けて(農林水産省)
[3]農業組合法第72条の10(e-Gov法令検索)
[4]農業組合法第72条の13(e-Gov法令検索)
[5]農事組合法人の株式会社への組織変更について(農林水産省)
[6]農地法第2条(e-Gov法令検索)
[7]法人が農業に参入する場合の要件(農林水産省)
[8]農地所有適格法人の農業参入の動向(農林水産省)
[9]リース法人の農業参入の動向(農林水産省)
[10]国内有力企業の農業ビジネスに関する調査を実施(2019年)
農業従事者が減少・高齢化するなか、後継者難を抱える農家・農業法人が少なくありません。親族内承継が困難な場合でも、第三者(親族外)への譲渡という手段を選択肢に入れることで、事業承継の可能性は大きく広がります。
M&Aにより事業規模の大きな他の農業法人や一般企業と統合する(法人と一体化したり、子会社となったりする)ことにより、より安定した経営基盤のもとで事業を展開する道がひらけ、ITや新農法の導入により経営効率化や事業成長を図ることが可能になります。
今後の農業を考える上でデジタル化は避けられないテーマです。
デジタル技術による農作業・水管理の自動化や、農産物・家畜の状態のリアルタイムモニタリングなどは、作業の効率化、コスト削減、生産力向上に大きく貢献すると考えられます。
逆に、デジタル化に対応できない農業法人は競争に後れをとることになるでしょう。
農業の経営主体の大半を占める個人農家や小規模な農業法人にとって、自らの資産・努力によってデジタル化を推し進めることは困難ですが、他法人と統合して経営基盤を強化することにより、そうした展開も容易になります。
農家・農業法人による同業者の買収には以下のような目的・メリットが考えられます。
異業種企業による農家・農業法人の買収には以下のような目的・メリットが考えられます。
M&Aは株式譲渡や事業譲渡、合併といった一定の取引手法(スキーム)に従って行われます。
農地所有適格法人や農事組合法人の場合、選択できるスキームに法的な制限があります。
個人が当事者(売り手・買い手)となる場合、事業譲渡のスキームが用いられます。
事業譲渡とは、事業を構成する権利義務(資産、負債、契約など)を個別に買い手に移転するという手法です。
譲渡する権利義務の内容を当事者間の協議で選別できるのが利点です。
しかし、個別の権利移転手続き(債権・債務・契約の相手方の同意取得や変更登記など)が必要であるため、売り手側の事業規模が大きく権利義務の件数が多いと手続きが煩雑となり、事務コストがかさみます。
個人間や個人・法人間の事業譲渡では通常それほど権利義務の件数が大きくなることはありません。
農業法人として特別に課される制限はなく、一般企業と同様にスキームを選択できます。
基本的なスキームには、株式譲渡、株式交換、株式移転、株式交付、事業譲渡、会社分割(吸収分割・新設分割)、合併(吸収合併・新設合併)があります。
これらのうち、株式譲渡(売り手法人株式の50%超~100%を買い手法人が取得し、売り手法人を子会社化する手法)は業種にかかわらず最も広く利用されるスキームです。
農業法人のM&Aでは事業譲渡もよく利用されます。
一般的に、法人間の事業譲渡では事務コストが問題となる場合が少なくありません。
合併(2つの法人が一体化する手法)や会社分割(一部の事業を他法人に一体化する手法)では、権利義務がまとめて移転されるため、その点についての手続きは簡便ですが、会社法にしたがって株主や債権者、従業員のための一連の手続きを遂行する必要があります。
農業法人は比較的小規模である場合が多いことから、合併・分割よりも事業譲渡が選択されるケースが大半です。
こうしたスキームは2つの法人が経営統合(狭義のM&A)を行うための方法です。
一方、経営統合にはいたらないものの、出資を通して2つの法人が協力・協業関係を構築するケース(資本提携・資本参加)もあり、これも広い意味ではM&Aに含まれます。
農地所有適格法人であるためには議決権要件(総議決権の過半数を農業関係者が占めること)を満たす必要があるため、株式譲渡スキームにより買い手法人が売り手法人の株式を取得して子会社化するという方法はとれません。
それに代わるスキームとして、以下のような手法があります。
農地所有適格法人同士のM&Aであれば、こうした株式取得を用いたスキームよりも、事業譲渡により売り手側の事業を買い手側に移転するというスキームの方が簡便です。
議決権要件に抵触しない範囲で農地所有適格法人に出資を行い、協力関係を構築するケース(広義のM&A)もよく見られます。
農事組合法人が当事者となるM&Aでは以下のスキームが利用できます。
①②については、総組合員の3分の2以上の賛成による決議が必要となる場合が一般的です。[11]
③については、農業組合法に基づき以下のような手続きを行うことが求められます。[12]
M&Aを行う前に農事組合法人から株式会社に組織変更した上で、株式会社に対するM&Aのスキームを利用するケースもあります。
2020年から2021年の間に行われた農業法人のM&Aの事例をいくつか紹介します。
スマートアグリカルチャー磐田:静岡県磐田市において、最先端の大規模園芸設備を用いてパプリカなどの野菜の大量生産・販売事業を展開[13]
大和フード&アグリ:大和証券グループにより食・農業の新規ビジネス展開のために設立された子会社で、トマトの生産・販売事業を展開[13]
譲り受け企業:譲渡企業を通して大規模園芸設備による生産事業を拡充し、新たにパプリカの生産・販売ビジネスを開始[13]
農の郷:「しまね大学発・産学連携ファンド」の出資により設立されたベンチャー企業で、トマト生産事業を展開[14]
丸三:出雲市に本社を置き、パチンコ・スロット事業、飲食事業、ホテル・温泉宿事業などを展開[15]
譲渡企業:設立時の事業方針(5年以内の会社売却)の実行
譲り受け企業:以前手がけていたトマト栽培事業への再参入、島根大学との共同研究によるトマト加工品開発、栽培品種・収穫量の拡大による売上増加、観光農園事業の拡大[14]
アグリ・アライアンス:東広島市で環境整備(暗渠排水)と土作りにこだわった野菜栽培事業を展開[16]
グッドソイルグループ:東京・広島・スイス・フィリピンに拠点を置き、栽培用土壌の開発、野菜・果物の栽培、生産物を用いた加工品の開発・販売などの事業を展開[17]
譲渡企業・譲り受け企業:グループとして共同事業を推進[18]
七つ森ふもと舞茸(旧農事組合法人麓上舞茸生産組合):宮城県黒川郡で舞茸を初めとする農産物の生産・販売事業を展開[20]
プロジェクトウサミ:太陽光発電システム機器やオール電化システム機器の販売・施工、エコ住宅リフォームなどの事業を展開[21]
譲渡企業:後継者不在問題の解消、事業のさらなる発展
譲り受け企業:農業進出による事業多角化[20]
キートスファーム:岩手県盛岡市で岩手県特別栽培農産物認証・有機JAS認証を取得した有機野菜などの栽培事業を展開[23]
いわぎん農業法人投資事業有限責任組合:岩手銀行、いわぎん事業創造キャピタル、日本政策金融公庫が共同で組成したファンドで、岩手銀行営業エリア内の認定農業者(または認定農業者として認定を受けることが確実な農業法人)を対象とした投資事業を展開[23]
譲渡企業:農地集積などの取り組みを通して持続可能な農業生産方法を確立し、地域農業の担い手として地域の発展に貢献しつつ、企業価値の向上を図る
譲り受け企業:投資事業の一環[23]
プラントフォーム:魚と植物を同時に育てる循環型農業手法「アクアポニックス」の企画・設計・施工・運営委託、同手法を用いた自社プラントでの野菜栽培・魚介類養殖、生産物の加工・販売などの事業を展開[24]
メタウォーター:浄水・下水・汚泥処理設備を初めとする機械・電気設備の設計・製造・施工・維持管理などの事業を展開[25]
譲り受け企業:譲渡企業の「アクアポニックス」を活用した新産業・雇用創出ソリューション事業の展開(下水処理場の未利用地における下水熱・再生水利用農業生産拠点の創出など) [24]
[13]スマートアグリカルチャー磐田への経営参画について(大和証券グループ)
[14]農の郷、LPCグループに(山陰中央新報デジタル)
[15]会社概要(丸三)
[16]HOME(アグリ・アライアンス)
[17]トップページ(グッドソイルグループ)
[18]共同事業スタート(アグリ・アライアンス)
[19]株式取得に関するお知らせ(グッドソイルグループ)
[20]農業法人のM&A案件成約について(七十七銀行)
[21]サービス内容(プロジェクトウサミ)
[22]七つ森ふもと舞茸 事業継承のご案内(プロジェクトウサミ)
[23]いわぎん農業法人投資事業有限責任組合による投資について(岩手銀行)
[24]プラントフォームの第三者割当増資により同社株式を取得(メタウォーター)
[25]ソリューション(メタウォーター)
農業従事者は年々減少し、高齢化が進行しており、後継者難を抱える農家・農業法人が少なくありません。
規制緩和により参入障壁が低くなったことで、異業種からの農業参入が活発化し、農業界では個人経営から法人経営へのシフトや経営の大規模化が徐々に進んでいます。
今後は農業のデジタル化・スマート化の流れが本格化していくものと見られます。
そうしたなか、事業承継や事業拡大、新事業推進などの手段としてM&Aが活用されており、今後さらにそうした動きが活発化していくことが予想されます。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)
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