エステサロンの売却価格相場は、概ね「時価純資産+営業利益×3~5」が目安です。また、エステサロンの売却は、事業承継の手段として活用できます。売却・M&Aのメリットや最新動向・事例も徹底解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
エステサロン業界の売上高は2016年から2019年にかけて横ばい(前年比0.03~0.08%増)で推移しており、業界として伸び悩んでいる状況です。 [1]
引用:エステティックサロン市場に関する調査を実施(2020年)(矢野経済研究所)
2020年度には緊急事態宣言期を中心にコロナ禍で打撃を受けましたが、エステサロンは個室による施術が主流であり、比較的衛生環境をコントロールしやすいことから、コロナ禍の影響は限定的であると考えられます。
エステティシャンの労働環境に対するイメージ低下や、ワークライフバランスに関する一般的な意識の変化により、業界全体で人手不足の問題が深刻化しています。
エステサロン業は許認可や国家資格が不要で、比較的少ない資金での開業も可能であることから、参入障壁が低く、競争が激化しやすい性質を持っています。
近年の人手不足による人件費上昇も、競争を激化させる要因となっています。
小規模サロンがひしめく業界構造のなか、倒産にいたる例も少なくありません。
東京商工リサーチの調査によると2019年には倒産件数が73件にのぼり、過去最多を更新しました。[2]
エステサロン業界においては厳しい競争のなかで多種多様な業態が開発されてきました。
近年とくに注目を集めている業態としては、オリジナル化粧品の展開、男性向けエステ、セルフエステなどがあります。
施術に加えてオリジナルの化粧品を販売することにより新たな収益源が獲得でき、オリジナル商品を施術と絡めて提案することで売上の相乗効果を図ることも可能です。
オリジナル商品の展開はサロンのブランド価値を高める上でも有効です。
メンズコスメの市場が近年拡大を続けており、コロナ禍の影響が部分的には見られるものの、今後も拡大傾向は継続するものと予想されます。[3]
コスメ分野に比べて男性向けエステサロンはまだ開拓が進んでおらず、今後の発展が大いに期待される領域です。
セルフエステとは、店舗に設置された業務用エステマシンを利用者が自分で操作してケアを行うという仕組みの業態です。
エステティシャンが不要で、受付や操作説明を担当するスタッフだけで営業が行えるため、人手不足の緩和と人件費の大幅な削減が可能です。
料金は通常のエステサロンに比べて格安となっており、月額のサブスクリプション型が一般的です。
セルフエステサロンは低価格路線の極限と言える存在であり、感染予防の面でも有利であることから、今後の市場拡大が予想されます。
[1]エステティックサロン市場に関する調査を実施(2020年)(矢野経済研究所)
[2]2019年「エステティック業倒産動向」調査(東京商工リサーチ)
[3]メンズコスメティックス、ヘアケア・ヘアメイクの国内市場を調査(富士経済)
激しい競争のなか、自社努力によって事業を拡大したり、業態の多様化を図ったりすることは容易ではありません。
より現実的な選択肢として、サロン売却を成長戦略として利用する方法があります。
同業大手や事業規模の大きな異業種企業に会社を売却(過半数以上の株式を譲渡)して子会社となり、グループの安定した経営基盤を活用することで、事業拡大や業態多様化などの経営課題を達成する道がひらけます。
事業の選択と集中(採算性・成長性の低い事業の切り離しとコア事業への経営資源集中)を図ったり、後継者不在の会社が事業承継を実現したりする手段としても、M&Aは活用できます。
また、サロンの全資産・負債を清算して廃業する場合と比べて、M&Aで会社・事業を売却するほうが手元により多くの資金を残せる可能性が高く、スタッフの雇用を維持したり取引先への影響を最小限に抑えたりすることも可能になります。
エステサロンの売却先としては、同業者のほか、以下のような業種が代表的です。
セルフエステなどの新機軸のサービスを展開する企業においては、子会社化・関連会社化しない範囲で他企業から出資を受け、協業関係の構築や資金調達を行う動きも盛んです。
こうしたケースは広義のM&Aと呼ばれます。
会社や事業を譲り渡すわけではありませんが、相手企業は株主として一定の影響力を持つことになります。
売り手側はその代わりに相手企業の資金や経営資源を活用して事業成長を図ることができます。
M&A以外の売却手段としては、店舗を居抜き物件として売りに出す方法が代表的です。
居抜きとは、造作(設備・什器・内装など)を残したまま店舗を次の利用者に明け渡すことです。
賃貸店舗の場合は造作一式の譲渡を意味し、自己所有店舗であれば建物や土地を造作と合わせて譲渡することを意味します。
造作を解体するにはかなりの費用がかかりますし、売却可能な部分(状態のいい設備など)を個別に売却してもあまりよい値段はつきません。
居抜きであれば解体費用が不要になるだけでなく、造作一式に相当の値段がつくことがあり、退店費用を削減したり、場合によっては手元にまとまった資金を残したりすることが可能です。
たとえ造作を無償で譲渡することになったとしても、解体費用が不要になるぶんだけ得だと言えます。
M&Aにおいては会社や事業の全体が評価の対象となり、事業の規模・内容、収益の現状・将来性、財務状況、店舗・事業所の立地条件や設備の状態、競合優位性(例:ブランド力・認知度、人材力、特別なノウハウ・知的財産権)、コンプライアンスの実態などの多種多様な要素が価格に影響します。
また、買い手側との相性にも左右されます。経営統合により大きなシナジー(相乗効果)が生じると期待できるほど、売却価格が高くなる傾向があります。
したがって、M&Aの売却価格の相場を具体的に「○○円」とあげることは困難です。
M&Aにおいては、一定の合理的な方法により売り手企業の買収価値の評価(バリュエーション)を行い、それに基づいて交渉により売却価格を決定するという手続きを踏むのが一般的です。
バリュエーションの手法には様々なものがあり、現在最も正統的な手法とされるDCF法などを実行するには専門的な知識と経験が必要ですが、比較的簡便に実行できる手法として年倍法があります。
年倍法では、「企業の価値=時価純資産+直近の営業利益×3~5程度」とします。
年倍法は比較的規模の小さな非上場企業や個人事業主の事業を評価する際に用いられるもので、M&Aの検討段階で売却価格の目安を見積もる方法としても利用できます。
「時価純資産」は貸借対照表の「資産」と「負債」を時価で評価し直し、差し引きしたものです。
すべての資産・負債を時価評価することは時間的・コスト的に難しい場合が多いため、簿価と時価が乖離していると考えられるものにしぼって時価を算出し、それ以外は簿価のままとするのが通例です。
営業利益にかける倍率は、売り手企業の将来性や期待されるシナジーの大きさなどを評価して決定します。
「3~5」は目安であり、実際には3以下となる例もあれば5以上となる例もあります。
平均的なエステサロン1店舗の居抜き(造作一式譲渡)の相場は100~200万円程度と言われています。
立地や店舗サイズ・形状、設備などの条件により居抜きの価格は上下します(下表)。
| 高額売却につながりやすい条件の例 |
---|---|
立地条件 | 駅近辺・繁華街 |
サイズ・形状 | 営業に手頃なサイズ(大きすぎると買い手が少ない) |
設備・内装 | 機器・設備が最新式で充実している |
賃貸条件 | 家賃が相場より安い |
TACHIAOI:リラクゼーションをコンセプトにしたエステサロンの運営、オリジナルコスメのECなどの事業を展開[4]
AcroX Holdings:ホテル向けコンセプトルームのプロデュースを中心とした観光コンサルティング事業、地域創生コンサルティング事業などを展開[5]
譲り受け企業:サロン・化粧品事業を取り込み、ホテル向けアメニティの開発や観光に照準を合わせたサロン事業の展開などを行うことで、多様なニーズに対応したサービス提供体制の構築を図る[5]
エムズメディカル:「B’PRODUCE」のブランドで痩身エステ運営と化粧品・エステ関連商品製造販売の事業を展開[6]
MHアドバイザリー:ヘルスケア・美容・ライフサイエンスの分野において、生産性向上、成長戦略、フランチャイズ・のれん分け制度構築などに関する経営支援サービスを展開[7]
譲り受け企業:付加価値の高いブランド・フランチャイズ運営体制の展開を図る[6]
ファイブテイルズ:脱毛サロン運営事業、オリジナルブランド美容・化粧品EC事業などを展開[8]
かがやくコスメ:全国の生活協同組合を主な顧客として化粧品などの企画提案・販売事業を展開[8]
譲渡企業:かがやくコスメの豊富なリソースを活用し、より組織的な経営を通して事業成長を図る
譲り受け企業:化粧品企画開発・ECのノウハウや販売チャネルの共有を通して事業成長を図る[8]
シダックスビューティケアマネジメント(現EGAO):リゾート向けエステ事業、ホテル・旅館向け業務受託事業を展開[9]
新日本ライフデザイン:シダックスビューティケアマネジメント幹部社員により設立された会社で、ホテル業務受託、抗菌・除菌施工、遺品整理などの事業を展開[10]
譲渡企業:事業の選択と集中によりグループ経営の効率化を図る[9]
RVH:医療用・産業用モニタ向けハードウェア・ソフトウェアの開発・製造、IT総合サービス、システム開発、美容サロンなどの事業を展開する企業グループの持株会社[11]
ミュゼプラチナム:美容脱毛サロン運営事業、美容ケア用品開発・販売事業を展開(2017年にRVHが株式譲渡により買収)[12]
不二ビューティ:エステサロン運営事業を展開(2017年にRVHが株式譲渡・株式交換により買収)[13]
G.Pホールディング:かつて不二ビューティの親会社であった持株会社(2017年に不二ビューティとRVHの株式交換に伴いRVHの筆頭株主となる)[12]
譲渡企業:運転資金や中長期的な成長資金の面で問題のあるエステ事業を切り離し、他の事業に経営資源を集中することで安定した収益力の確保と企業価値向上を図る[13]
凜:関西地域でオール女性スタッフによる整体・アロマ・エステサロンの運営や化粧品販売などの事業を展開[15]
ファクトリージャパングループ:整体サロン運営事業、整体師・セラピスト・トレーナー養成事業、フランチャイズ事業、健康関連商品販売事業などを展開[16]
譲り受け企業:整体サロンのサービスメニュー拡充、新規顧客獲得、女性をターゲットにした整体・アロマ専門リラクゼーション事業の拡大、女性が働きやすい環境づくりの推進[]
E-Medical:予約から決済・利用までアプリ上で手続きが完結する完全無人ボックス型セルフエステ・オンライン診療のサービスを展開[17]
ピアラ:EC向けDX事業、オンライン・オフライン媒体による広告・マーケティング事業などを展開[17]
譲渡企業:ピアラの出資により調達した資金でボックス機器・アプリの開発促進、ボックス設置場所の開拓、オンライン診療の医師確保を図るとともに、ピアラのマーケティングツール・ノウハウの活用により集客力向上、顧客関係管理体制の整備を図る
譲り受け企業:E-Medicalのサービス上でオンライン接客ツールやサプリ・コスメなどの事業展開を図る[17]
ボディアーキ・ジャパン:サブスクリプション型の女性向け完全個室セルフエステサロンを全国展開し、遺伝子解析・栄養バランス分析に基づく美容・健康コンサルティングサービスも提供[18]
ピアラベンチャーズ:成長性のある中小企業・スタートアップ企業を対象に、マーケティング支援を通した投資活動を展開[18]
譲渡企業:ピアラベンチャーズが有するヘルスケア・ビューティ領域のマーケティングデータ・ノウハウを活用し成長加速化を図る[18]
譲り受け企業:ベンチャーキャピタルとしての投資活動
じぶんde:サブスクリプション型の女性向け完全個室セルフエステサロンを全国展開し、業務用エステマシンの定額レンタルサービスなども提供[19]
サファイア・キャピタル:中小企業・新興企業を対象に、成長戦略の策定・実行と経営基盤・組織の強化を通した投資活動を展開[20]
譲渡企業:認知度拡大、新規顧客拡大、マーケティング強化、人材新規採用、出店加速[19]
譲り受け企業:ベンチャーキャピタルとしての投資活動
アセアンビューティホールディングス:フィリピンでのエステサロン13店舗の運営を初めとして、ASEAN地域においてエステサロン事業や化粧品・美容機器の開発・製造・販売事業などを展開[]
ANAP:「ANAP」ブランドを中心に、女性・キッズ向けカジュアルアパレルブランドを多数展開[22]
譲り受け企業:成長著しいASEAN地域(とりわけフィリピン)への進出を事業成長の重点戦略と位置づけ、その戦略の一環として、ショッピングモール内店舗を中心とするフランチャイズ展開やECプラットフォーム開発などの共同事業を目的としてアセアンビューティホールディングスと業務提携を結び[21]、共創体制強化のために資本提携を実施[23]
[4]トップページ(TACHIAOI)
[5]TACHIAOIの株式取得に関するお知らせ(AcroX Holdings)
[6]エムズメディカルからB’PRODUCE事業譲受のお知らせ(MHアドバイザリー)
[7]会社概要(MHアドバイザリー)
[8]かがやくコスメによるファイブテイルズの株式取得について(ニューホライズン キャピタル)
[9]連結子会社の異動を伴う株式譲渡に関するお知らせ(シダックス)
[10]トップページ(新日本ライフデザイン)
[11]事業紹介(RVH)
[12]不二ビューティの完全子会社化に関するお知らせ(RVH)
[13]連結子会社の異動に関するお知らせ(RVH)
[14]有価証券報告書−第25期(RVH)
[15]COMPANY(凜)
[16]凜から整体・エステサロン事業を譲受(ファクトリージャパングループ)
[17]E-Medicalに投資を実行(ピアラ)
[18]ボディアーキ・ジャパンに投資を実行(ピアラ)
[19]総額40億円の資金調達を完了(じぶんde)
[20]グロース・キャピタル(サファイア・キャピタル)
[21]アセアンビューティホールディングスとの業務提携に関するお知らせ(ANAP)
[22]ブランドリスト(ANAP)
[23]アセアンビューティホールディングスとの資本提携に関するお知らせ(ANAP)
人材不足や競争激化、業態多様化が進むなか、エステサロン業界においてはM&Aが経営戦略として一般化しつつあります。売り手側としても攻めの姿勢で売却戦略を検討し、相性のよい買い手を選び出して、積極的に交渉を進めることが重要です。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)