カフェの売却方法には、居抜き(造作譲渡)とM&A(事業譲渡・株式譲渡)があります。各方法の概要と、売却価格の相場、近年の売却事例、売却を成功させるためのポイントをくわしく解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
カフェ売却には、店舗物件を売却する方法と事業・会社を売却する方法(M&A)があります。
前者の場合、造作(設備・内装・什器など)を残したまま(解体せずに)次の利用者に店舗を引き渡す「居抜き」という手法が一般的です。
M&Aでは事業譲渡と株式譲渡が主に用いられます。
賃貸店舗で営業しているカフェの場合、居抜きとは造作の譲渡を意味します。
次の賃借人(同物件でカフェなどの事業を行う予定の個人・法人)との間で譲渡する造作の範囲や売却金額について交渉し、造作譲渡契約を交わします。
それに加えて、造作譲渡に関して家主の承諾を得ることも必要です。
賃貸物件の借主は、原則として物件を原状(借りたときの状態)に戻してから退去する義務があります。
原状回復義務は民法(第599条[1]・第620条[2])に規定されており、通常は契約書にも明記されています。
したがって、原則的には借主は造作をすべて撤去する義務を負っていますが、居抜きが成立すれば原状回復が不要となり、閉店コストが削減できます。
賃貸契約書に造作譲渡を禁止する条項が含まれていることがありますが、そうしたケースでも家主との交渉次第で居抜きが許可される例が少なくありません。
当然ながら、次の借主が同物件の賃貸契約を締結できなければ造作譲渡は成立しません。
貸主が賃料アップを考えているようなケースでは、現借主・新借主・貸主の間で微妙な交渉が必要になります。
自己所有の建物でカフェを営業していた場合、造作を残したまま建物を売却するのが居抜きです(造作を残したまま建物を賃貸しすることも居抜きに当たります)。
敷地も自己所有の場合、建物・敷地をセットにして売却する方法や、建物のみ売却して敷地は賃貸しする方法などがあります。
敷地が借地の場合には、建物と借地権をセットにして売却することになり、借地権売却には原則として地主の承諾が必要になります(民法第612条[3])。
借地権の譲渡により不利益を被るような事情があるわけでもないのに地主が譲渡を承諾しない場合、地主の承諾の代わりに裁判所に許可を求めることも可能です(借地借家法第19条[4])。
借地権譲渡が成立した場合、譲渡価格の1割程度を承諾料として地主に支払うのが慣例となっています。
裁判所が譲渡許可を出す場合、承諾料の額を指定することがあります。
事業譲渡では、造作や建物、在庫などの有形資産に加え、ブランド・商標・ノウハウ・取引先などの無形の資産、雇用契約や取引契約などもまとめて譲渡し、カフェ運営事業そのものを買い手に譲り渡します。
買い手と売り手の間で、譲渡対象(買い手が引き継ぐ資産、負債、権利、契約などの範囲)や譲渡条件(金額、スタッフの待遇など)について協議し、事業譲渡契約を締結します。
事業譲渡契約はあくまで売り手・買い手間の取り決めに過ぎず、債権・債務や各種契約(取引契約、雇用契約、賃貸契約、テナント契約、リース契約など)の引き継ぎを実際に成立させるためには相手方(債務者、債権者、契約相手)の同意を得る必要があります。
不動産や知的財産権(特許など)の移転には登記が必要です。
飲食店営業許可などの許認可は引き継がれないため、買い手側で別途取得しなければなりません。
売り手が株式会社であれば、株式の50%超~100%を買い手企業に譲渡し、経営権を譲り渡すという方法があります。
株式譲渡により売り手企業は買い手企業の子会社となります。
資産や契約などが別の会社に移転するわけではないので、事業譲渡よりも簡単な手続きで済みます。
ただし、契約書にチェンジオブコントロール条項(経営権の移動や組織の合併などが行われた場合に契約の相手方が一方的に契約解除を請求できるとする条項)が含まれている場合には注意が必要です。
重要な取引契約や賃貸契約にこの条項が含まれており、相手方から契約継続の同意が得られない場合、M&Aにとって大きな障害となり、売却価格の大幅な減額や破談につながることがあります。
[1]民法第599条(e-Gov法令検索)
[2]民法第622条(e-Gov法令検索)
[3]民法第612条(e-Gov法令検索)
[4]借地借家法第19条(e-Gov法令検索)
一口にカフェと言っても店舗サイズや立地、造作の状態などは様々で、造作の譲渡価格には大きな幅があります。
平均的な小規模カフェ1店舗の売却では、100~250万円程度が相場と言われており、場合によっては500万円以上の値段がつくこともあります。
以下のような条件を満たす店舗は買い手がつきやすく、高額売却が期待できます。
M&Aでは造作だけでなく有形・無形の様々な資産が売買され、事業が有している潜在的な収益力も評価対象となります。
したがって、通例は居抜きよりも売却価格が高額となります。
M&Aの場合は店舗の条件(上記①~⑦)に加えて経営に関わる様々な要素が価格に影響するため、明確な相場は存在しません。
賃貸物件で営業している平均的な小規模カフェ1店舗を事業譲渡・株式譲渡で売却するケースでは、数百万円~1千万円台が売却価格の一応の目安となります。
とくに以下のような要素が売却価格に影響します。
居抜きの詳細が一般に公開されることはまれです。
ここではM&Aによる売却事例をいくつか取り上げて紹介します。
大手アパレル会社(詳細非公表)で、本業(アパレルブランドの全国展開)に加えハワイアンカフェ2店舗を大型ショッピングモール内で運営
オークニ商事:和食を中心とする外食チェーン運営、障害児通所支援・高齢者介護施設運営、コンサルティング
譲渡企業:事業ポートフォリオの見直し
譲り受け企業:外食事業における新規分野開拓
9th:コンセプトカフェ運営[6]
クリアストーン:パーティー用コスチューム・グッズの企画・製造・卸、アーティストマネジメント、音楽・映像制作[7]
譲り受け企業:ミュージックエンターテイメント事業の拡大[6]
ハートフルワーク:東京都・埼玉県で「珈琲所コメダ珈琲店」のフランチャイズ店舗4店舗を運営[8]
JBイレブン:ラーメン店・中華料理店のフランチャイズ、飲食店経営コンサルティング、生鮮・加工・冷凍食料品の販売[9]
譲り受け企業:新たな業態への進出によるグループ事業規模・収益機会の拡大[8]
ユーシーシーフードサービスシステムズ:「上島珈琲店」「珈琲館」「CAFE DI ESPRESSO珈琲館」「珈蔵」「珈楽庵」ブランドでのフルサービスカフェ直営店およびフランチャイズ運営[10]
ロングリーチグループ:日本を中心としたアジア地域で事業支援投資を行う[11]
譲渡企業:「上島珈琲店」ブランドへの投資集中[10]
譲り受け企業:新規直営店の展開加速、ブランド力強化、客単価・客数増加、フランチャイズ事業の積極化・収益構造見直し、DX推進、ガバナンス強化など[12]
INCユナイテッド:首都圏を中心に「Moopa」などのブランドでインターネットカフェ6店舗を運営[13]
ランシステム:「スペースクリエイト自遊空間」のブランドで複合カフェを全国展開[13]
譲渡企業:ランシステムの低コスト運営ノウハウの活用や両社の会員の共有による収益力拡大
譲り受け企業:都内好立地店舗の取り込みによる「自遊空間」ブランドの認知度向上[13]
[5] 会社案内(オークニ商事)
[6]事業譲受に関するお知らせ(クリアストーン)
[7]事業紹介(クリアストーン)
[8]ハートフルワークの株式取得(子会社化)に関するお知らせ(JBイレブン)
[9]会社概要(JBイレブン)
[10]珈琲館事業の譲渡に関する株式譲渡契約締結について(ユーシーシーフードサービスシステムズ)
[11]トップページ(ロングリーチグループ)
[12]投資実例(ロングリーチグループ)
[13]INC ユナイテッドの株式の取得(子会社化)に関するお知らせ(ランシステム)
[14]第29期有価証券報告書(ランシステム)
賃貸物件で居抜きを行うケースや、事業譲渡・株式譲渡でカフェを売却し、売却後も同じ貸店舗で事業が継続されるケースでは、賃貸契約を継続・更新できるかどうかが重大なポイントとなります。
借主変更を機に家主が賃料の値上げを求めてくるケースもあります。
賃料は買い手が買収対象を選ぶポイントのひとつであり、賃上げにより売却価格の修正が必要になったり、売却が難しくなったりする恐れもあります。
賃貸契約や賃料については、居抜き・M&Aの仲介会社やM&Aアドバイザーとも相談しながら、売り手、買い手、家主の三者間で慎重に協議を進める必要があります。
場合によっては家主との人間関係も無視できない要素となります。
店舗の賃貸借契約においては、一定期間前(通例3か月~6か月前)までに家主に対して解約予告を出すことが求められます。
一般的に、売却交渉が十分に進展する前に解約予告を出すことは得策とは言えません。
解約期日が確定すると、それまでに売却を実行しなければならないという強い制約が生じ、売り手の交渉力を低下させます。
解約予告を受けた家主はテナント募集広告などを出して次の借り手を探し始めますが、そうした情報が交渉相手に伝わると、売り手は弱みを握られる格好になります。
解約予告は売却の合意がある程度固まってから行うのがよいでしょう。
ただし、経営難のために売却を考えているようなケースでは、売却先が見つからないままいたずらに解約時期を延ばすと、その分だけ賃料や営業経費がかさみ、状況を悪化させてしまいます。
解約予告や解約の時期については戦略的な検討が求められます。
店舗の条件や売り手の事業内容が買い手にとって魅力的であるほど(買収により大きなシナジーが期待できるほど)、売却価格は高くなる傾向があります。
また、一般的には好まれない要素(立地の悪さなど)があったとしても、それがあまり問題にならないような事業を行う買い手を選べば、相応に高い金額での売却が可能になるケースもあります。
例えば、交通量や人通りの少ない界隈に店舗が位置している場合、通常のカフェを出店する上では大きなマイナスとなりますが、コンセプトカフェ(犬・猫、音楽、美術、アニメなど、特定のコンセプトを前面に出したカフェ)やコーヒーの質そのものを追求するタイプのカフェであれば、予め明確な目的を持って来店する顧客が多いことから、立地条件はさほど厳しくありません。
カフェ以外の用途(料理教室など)も視野に入れれば、買い手の範囲はさらに広がります。
多種多様な業態を想定して候補を探し、相性のいい買い手を見つけ出すことが、高値売却を実現する鍵となります。
個人経営のカフェや特定のコンセプト・こだわりをベースに運営されているカフェなどの場合、経営者や特定スタッフに固定ファンがついていたり、ノウハウが仕組みとして確立しておらず、経験と勘に基づいて店が切り盛りされていたりするケースが少なくありません。
こうしたケースでは事業の引き継ぎが難しいため、買い手側は買収を躊躇します。
事業として十分に成立していても、「売り物」にはなりにくいという状態です。
その場合、ノウハウを伝達可能な仕組み・マニュアルとして明確化したり、売却後も(一定期間は)事業引き継ぎの支援を行うことを約束したり、事業遂行の鍵となるスタッフから就業継続の同意を取り付けたりすることにより、事業を「売れる物」に変えることができます。
カフェの売却方法には居抜きとM&Aがあり、居抜きの場合には立地や間取り、設備・内装の状態、M&Aの場合にはそれらに加えて収益性やブランド、人材、ノウハウなどが売却価格を左右します。
売却を成功させるためには、買い手だけでなく店舗の貸主やスタッフなどの意向にも配慮しながら協議を進めることが重要です。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)