休眠・休業中の運送会社も売却・買収が可能であり、売却側には廃業コストの削減、買収側には運送業許可の取得などのメリットがあります。運送業の休眠会社を売買する方法、メリット、注意点などを詳しく解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
運送業の休眠会社を売却・買収する際には、会社法や業法の規定に留意する必要があります。
ここでは、休眠会社・運送業の概要と基本的な法規程を確認しておきます。
解散せず法人としての登記を残したまま一切の事業活動を停止することを「休業」といいます。
株式会社の場合、12年間一切登記が行われていないと、会社法上の「休眠会社」となり、みなし解散手続きの対象となります(会社法第472条[1])。
有限会社(特例有限会社)に対してはこうした規定はありません。
毎年、みなし解散手続きの日程が官報で公告され、対象となる休眠会社に管轄の登記所から手続きに関する通知が送られます。
公告から2か月以内に「まだ事業を廃止していない」旨の届出をするか、何らかの登記を行うかしないと、登記官により解散の登記が行われます。[2]
慣用的には、会社法上の休眠会社に限らず休業中の会社はすべて休眠会社と呼ばれます。
事業を行うにあたり許認可が必要となる業種では、業法に従って管轄当局へ事業休止届・再開届を提出しなければならない場合があります(運送業もそのひとつです)。
また、業種を問わず、所在地の税務署と自治体に休業開始・事業再開の旨を記載した異動届出書を提出するのが一般的です。
これは法令で定められた手続きではありませんが、行っておくと税務上のメリットがあります。
休業に伴い全従業員が退職することになりますので、社会保険の適用事業所については、「健康保険・厚生年金保険適用事業所全喪届」[3]「健康保険・厚生年金保険被保険者資格喪失届」[4]「雇用保険適用事業所廃止届」「雇用保険被保険者資格喪失届・雇用保険被保険者離職証明書」「労働保険確定保険料申告書(納付書)」[5]の提出が必要です。
休業中も確定申告を行う必要があります。
事業が一切行われず、利益は発生しないため、法人税が課税されることはありませんが、自治体によっては法人住民税の均等割部分の納税が求められます(休業の届出をすれば均等割の納付が不要となる自治体が多いようです)。
また、登記内容に変更が生じた場合には法律で定められた期限内に変更登記を行う必要があります。
会社が存続する以上は、少なくとも役員変更登記は役員の任期満了ごとに必要になります(たとえ同じ役員が再任される場合であっても変更登記は省略できません)。
取締役の任期は、公開会社であれば最長2年、非公開会社では最長10年です(会社法第332条[6])。
したがって、適切に変更登記を行っている限り休業中の会社がみなし解散の対象になることはありません。
通常、「運送業」と言えばトラックなどによる陸路での貨物運送を営む事業を指します。
この記事でもそうした意味で「運送業」という言葉を用いています。
法令上は、依頼に基づいて人(旅客)や物(貨物)を道路・鉄道・海路・空路により目的地まで運ぶ事業はすべて運送業に含まれます。
そして、何を運ぶか(人か物か)、どの経路で運ぶかによって運送業は細分され、それぞれに対して業法が定められています。
トラックなどの自動車を用いて貨物を運送する事業は貨物自動車運送事業と呼ばれ、貨物自動車運送事業法により規制されています。
貨物自動車運送事業は以下の3つの業種から成ります。[7]
業種 | 事業内容 | 事業者の例 |
---|---|---|
一般貨物自動車運送事業 | 一般の需要者に向けて自動車による運送サービスを提供(①②のサービスも含む)
| 宅配便業者(特別積合せ貨物運送事業者の典型例) |
特定貨物自動車運送事業 | 特定の需要者に向けて自動車による運送サービスを提供 | 特定メーカーの運送を担当する系列会社 |
貨物軽自動車運送事業 | 一般の需要者に向けて軽自動車・自動二輪車による運送サービスを提供 | 小口貨物の宅配便・バイク便業者 |
一般貨物自動車運送事業・特定貨物自動車運送事業を開始するためには、事業計画(事業用車両の種別・数や営業所・車庫・休憩睡眠施設・運行管理・整備管理・法令遵守・資金繰りなどに関する事項)を記載した申請書や証拠書類を運輸局に提出して審査を受け、国土交通大臣から営業許可を得る必要があります。 [7]
法令遵守に関する許可要件のひとつに法令試験への合格があります。
申請者が個人の場合は当人、法人の場合は常勤役員のうち1名が関係法令の知識を問う試験を受け、合格することが必要です。
また、決められた員数の運行管理者・整備管理者を確保することも要件となっています(事業用自動車が200両以上となる場合は安全統括管理者の確保も必要)。
運行管理者となるには原則として運行管理者試験(国家試験)への合格が必要で、整備管理者に選任された人は地方運輸局長が実施する研修を受ける必要があります。
特別積合せ貨物運送・貨物自動車利用運送を行う場合には、許可基準に特別な項目が加わります。
なお、貨物軽自動車運送事業の場合、同様の書類の届出を行い、受理されれば営業を行うことができます。
一般貨物自動車運送事業などに比べ規制の基準は緩やかなものとなっています。
運行管理者などの選任義務もありません。
貨物自動車運送適正化事業実施機関(各地方のトラック協会)による巡回調査・指導や、管理当局からの通知、交通事故情報、利用者・下請からの苦情などにより、法令違反や不適切な事業実態の存在が疑われた場合、運輸局による監査が行われます。[7]
監査の結果、法令違反や不適切な事業実態が明らかになった場合、問題の重大さに応じて3段階の行政処分(自動車などの利用停止処分、事業停止処分、許可の取消し処分)が下されます。
一部の事項については違反点数制度が設けられており、管轄区単位での累積点数に応じて行政処分が行われます。[8]
一般貨物自動車運送事業または特定貨物自動車運送事業を営む事業者が休業する場合、休止予定日の30日前までに事業休止届を管轄の運輸支局長に提出する必要があります。[7]
休止届には休止の予定日・予定期間、休止が必要となった理由などを記載します。
通常は事業休止に伴い事業計画の変更(事業用自動車の数の変更など)が行われるため、事業計画の変更届出も必要です。
事業を再開した際には、事業再開届を遅滞なく運輸支局長に提出します(貨物自動車運送事業法施行規則第44条第1項第3号、第2項[9])。
貨物軽自動車運送事業については休止・再開の手続きは不要です。
ただし届出事項に変更があれば届出が必要になります。
運送業許可(一般貨物自動車運送事業許可・特定貨物自動車運送事業許可)の取消し処分の基準は自動車交通局長通達[8]で定められており、休業中の運送会社が該当する可能性があるのは以下の2つの基準です。
休業届に記載した休業予定期間を過ぎても事業を再開していない場合や、休業届を出さずに休業状態になっている場合などには、運輸局による調査の対象となり、①の基準により許可取消し処分となる可能性があります。
②に該当するのは以下のような場合です。
[1] 会社法第472条(e-gov法令検索)
[2] 休眠会社・休眠一般法人の整理作業について(法務省)
[3] 適用事業所が廃止等により適用事業所に該当しなくなったときの手続き(日本年金機構)
[4] 従業員が退職・死亡したとき(健康保険・厚生年金保険の資格喪失)の手続き(日本年金機構)
[5] 雇用保険事務手続きの手引き(厚生労働省)
[6] 会社法第332条(e-gov法令検索)
[7] 貨物自動車運送事業法ハンドブック(全日本トラック協会)
[8] 貨物自動車運送事業者に対する行政処分等の基準について(国土交通省)
[9] 貨物自動車運送事業法第44条(e-Gov法令検索)
[10] 貨物自動車運送事業法第5条(e-Gov法令検索)
運送業の休眠会社の買収・売却で用いられるM&A手法としては、株式譲渡と吸収合併が代表的です。
休眠会社の株主が買主に株式(発行済株式の50%超~100%)を譲渡し、経営権を移譲するという方法です。
買主が個人であれば休眠会社のオーナー経営者となり、法人であれば休眠会社を子会社化することになります。
株式譲渡は手続きがシンプルであり、一般的にM&Aで最もよく用いられる手法です。
会社経営を始めたい個人や法人成りしたい運送業個人事業主にとっては最短経路で目的が達成できる方法と言えます。
休眠会社が買い手企業に吸収されて一体化する(または買い手企業が休眠会社に吸収されて一体化する)という手法です。
吸収された側は法人として消滅し、権利義務(資産、負債、契約など)の一切がまとめて存続側の企業に承継されます。
貨物自動車運送事業許可を受けていない法人が貨物自動車運送事業者である法人を吸収する場合、事前に届出をして合併の認可を受ける必要があります(貨物自動車運送事業法第30条第2項[11])。
合併の認可を受けるためには、合併後の会社が貨物自動車運送事業の許可基準をクリアしていると認められなければなりません。[12]
逆に、貨物軽自動車運送事業者である法人(休眠会社)の方が存続する場合は、合併の認可は不要です(同条同項ただし書)。
[11] 貨物自動車運送事業法第30条(e-Gov法令検索)
[12] 貨物自動車運送事業法ハンドブック(全日本トラック協会)
運送業を営むためには、事業資金や営業所・トラックなどの資産(の所有権・使用権)、雇用契約や取引契約、そして運送業許可が必要です。
逆に言えば、こうした資産や権利・義務が一体となって、運送業という事業を成り立たせているわけです。
通常のM&Aでは、こうした資産・権利・義務をまとめて譲渡・買収します。
それにより、買い手は事業としてのまとまりのある経営資源を取得して事業成長を加速することができます。
ところが休眠会社の場合、資産の大半は処分され、契約は解消されてしまっているのが通例であり、売り手企業に事業としての価値を見いだすことは難しいのが一般的です。
運送業の休眠会社を買収するメリットはかなり特殊なもので、主に以下の3点からなります。
個人が法人設立を検討しているケースや運送業を営む個人事業主が法人成りを目指しているケースなどでは、運送業許可を有する休眠会社を株式譲渡により買収することで、会社設立と運送業許可取得にかかる時間や手間、事務コストを削減できる可能性があります。
休眠会社が法人口座を残している場合、法人口座開設の手間も省けます。
法人が運送業に進出するために子会社設立を検討しているようなケースでも、同様のメリットが期待できます。
休眠会社の設立年が古く、社歴に重みがあるケースでは、買収により社歴を引き継ぐことである程度の信用力も獲得できる可能性があります。
その点で、休眠中の有限会社(会社法上の特例有限会社)には一定の根強い買収ニーズがあります。
2006年に会社法が施行されて以来、有限会社の設立は不可能になったため、有限会社であるというだけで一定以上の社歴があるということになります。
そうした背景もあり、有限会社には「古くから地域に密着して事業を展開してきた会社」というイメージがあります。
したがって、個人が法人経営を開始するケースなどでは、休眠中の有限会社を買収することに相応のメリットがあります。
一事業年度に発生した損金(費用)が益金(収益)を上回り、法人税の課税所得がマイナスとなった場合、そのマイナスの額を欠損金と言います。
青色申告を継続して行っていれば、欠損金を次年度以降に繰り越し、課税所得(プラスの額)と相殺して法人税を削減できる可能性があります(法人税第57条第1項[13])。
法令で定められた一定の条件を満たしていれば、吸収合併により自社に一体化した会社の繰越欠損金を引き継ぐことが可能です(法人税法第57条第2項以下)。
休眠会社は繰越欠損金を有している場合が多く、合併には節税メリットが期待できます。
ただし、租税回避行為を防ぐため、繰越欠損金の引き継ぎには厳重な規制がかけられており、合併で繰越欠損金を引き継げるケースは限られます。
個人が株式譲渡により休眠会社を買収し、繰越欠損金を買収後に利用して節税を図るということも考えられそうですが、買収から5年以内に休眠会社の事業を再開した場合にはそれ以前の年度に発生した欠損金の繰り越しが認められないため(法人税法第57条の2第1項第1号[14])、現実的な選択肢とは言えません。
休眠会社を再開する見込みがなく、いずれは廃業の手続きが必要になるようなケースでは、売却してしまったほうが廃業コストを削減できますし、場合によっては相当高額の売却対価を得て、新規事業のための資金を調達することも可能です。
運送業許可が維持されており、M&A後の経営の支障となるような問題がとくになければ、休眠会社でも一定の売却対価が期待できます。
社歴の長さなど、買い手にとってメリットとなるポイントがあれば、プラスに働きます。
株式譲渡により休眠会社を法人に売却する場合、休眠会社の経営者がそのまま代表として会社に留まり、経営を任されるケースもあります。
自力での事業再開が難しくても、買い手企業の子会社となることで事業再開を図るという道が残されているわけです。
[13] 法人税法第57条(e-gov法令検索)
[14] 法人税法第57条の2(e-Gov法令検索)
ここでは主に買い手側の視点で注意すべきポイントを解説します。
これらのポイントは、(高額での)売却を実現する上で売り手側が留意しておくべきことでもあります。
株式譲渡が行われても、売り手企業(休眠会社)に下された行政処分の効果や付された違反点数は(法令に定められた期間は)維持されます。
合併が行われた場合も、合併後の法人がそれらの責任を負うことになります。[15]
合併の認可を申請してから認可が下りるまでには数か月かかります。
関東運輸局への申請の場合、大臣権限に係るケースでは2~3か月、それ以外では1~3か月が標準処理期間となっています。[16]
大臣権限に係るケースというのは、運行系統が複数の管轄区域にわたり、起点から終点までの距離が100km以上となる特別積合せ貨物運送を事業に含む場合です。[17]
M&Aのスケジュールを検討する際に、合併認可申請にかかる時間も考慮する必要があります。
合併で貨物自動車運送事業許可を有する会社が消滅し、許可を有しない会社が存続するケースでは、合併で誕生する会社の役員が法令試験を受けて合格する必要があります。[18]
法令試験への対応がM&Aのスケジュールなどに影響を与える可能性も考えられます。
休眠会社では経営者が運行管理者・整備管理者を兼務しているケースがよくあります。
そうしたケースで、会社売却に伴い経営者が引退することになれば、運行管理者・整備管理者を新たに確保する必要が生じます。
株式譲渡ではM&Aそのものについての認可は不要ですが、M&Aに伴って役員や運行管理者・整備管理者、社名、施設・車両、事業内容などに変更が生じる場合、事業計画変更認可申請を行う必要があります。[19]
休眠会社の買収では、事業計画に多くの点で変更が生じるのが通例です。
青色申告の承認を受けている事業者が2年連続で青色申告書を提出しなかった場合、青色申告の承認は取り消されます。[20]
休眠中は確定申告が不要だと誤解して申告しなかったり、怠慢によって確定申告を行わず放置したりした結果、青色申告の承認が取り消されてしまっている休眠会社は少なくありありません。
申告状況を調査し、青色申告承認の再申請が必要であることが判明した場合、早期に対応を検討する必要があります。
M&Aにおいては、売り手企業が抱えるリスクを抽出するため、売り手企業の内部情報をもとにした詳細な調査(デューデリジェンス、買収監査)を買い手主導で行う必要があります。
判明したリスクに関しては、売り手企業に問題解消を義務づけたり、買収金額を減額したりするなどの対策を検討し、最終的に合意された対策の内容をM&A契約書の規定に盛り込みます。
休眠会社は経営難に陥った結果休業に至っているケースが多いため、M&A後の経営の支障となる問題・リスクが隠れている可能性が高いと言えます。
売買金額が通常のM&Aに比べて小さいとは言え、デューデリジェンスを欠かすことはできません。
まだ効力が残っている行政処分・違反点数があったり、税金の延滞や税務処理の不正があったり、未払い賃金や過去のトラブルを巡って訴訟を提起されるリスクがあったりすれば、買収者に大きな負担がのしかかる恐れがあります。
過去の決算書がきちんと残されておらず、リスクの判断が難しいケースもあり、そうした場合にはとくに慎重な対応が求められます。
[15] 貨物自動車運送事業者に対する行政処分等の基準について(国土交通省)
[16] 一般貨物自動車運送事業及び特定貨物自動車運送事業の許可及び事業計画変更の認可申請等の処理方針について(関東運輸局)
[17] 特別積合せ貨物運送等の取扱いについて 7権限の委任について(国土交通省)
[18] 一般貨物自動車運送事業の許可等の申請に係る法令試験の実施について(関東運輸局)
[19] 貨物自動車運送事業法ハンドブック(全日本トラック協会)
[20] 法人の青色申告の承認の取消しについて(事務運営指針)(国税庁)
運送業の休眠会社の買収には運送業許可の取得や社歴・繰越欠損金の引き継ぎなどのメリットがあり、売り手側にとっても、廃業コスト削減・売却対価取得や買い手企業グループ内での事業再開といったメリットがあります。
ただし、許認可や税務などに関して細かな規定に留意する必要があり、買収のリスクを判断するのが難しいケースもあります。
行政書士や税理士、M&Aアドバイザーなどの専門家と相談しながら、慎重に交渉・取引を進めていってください。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)