倉庫業界では事業の総合化や物流ネットワーク拡充などを実現する手段としてM&Aが盛んに利用されています。倉庫業の現状やM&Aの動向・メリット、2020年・2021年の最新M&A事例をくわしく解説します。(執筆者:京都大学文学部卒の企業法務・金融専門ライター 相良義勝)
近年における倉庫業の収支は概ね堅調に推移していると言えます(下図)。
図:普通倉庫業(冷蔵倉庫業・水面倉庫業以外)と冷蔵倉庫業の営業収支推移(1社あたりの平均値)
出所:令和元年度倉庫事業経営指標概況(国土交通省)
営業収益を事業別に見ると以下のような構成割合になっています(令和元年度)。
倉庫業以外の事業の割合がかなり大きく、兼業が一般的であることが見て取れます。[1]
事業区分 | 営業収益に占める割合(%) |
---|---|
普通倉庫 | 23.6 |
その他倉庫 | 2.2 |
港湾運送 | 14.4 |
貨物自動車運送 | 7.6 |
貨物利用運送 | 26.2 |
不動産賃貸 | 9.2 |
その他(内航海運・不動産販売・通関など) | 16.8 |
倉庫業以外でとくに割合が大きいのは運送関係で、なかでも貨物利用運送(他社が有する運送手段を組織立てて利用することで貨物運送を実現する事業)は全事業区分のなかで最大となっています。
貨物利用運送の割合は拡大傾向にあり、ここ10年で10%以上伸びました。
一方で貨物自動車運送(自社所有のトラックなどで実際に運送を行う事業)の割合が近年大幅に低下しています。
EC市場の拡大などを背景として、倉庫保管・入出庫といった典型的な業務に留まらず流通加工(例:検品・包装)や集配送(の采配)などの機能を倉庫業に求めるニーズが高まり、倉庫会社の事業内容は総合化の道をたどっています。[2]
総合化のひとつの形として3PL(サードパーティ・ロジスティクス)があります。
3PLでは、調達から販売までのサプライチェーン全体にわたる物流業務を包括的に受託し、サプライチェーン構築・改革のためのコンサルティングなども提供します。
2002年の倉庫業法改正による規制緩和(許可制から登録制への移行、料金事前届出制の廃止)で異業種からの参入が進んだことも、倉庫会社を総合化へと向かわせる要因(圧力)となりました。
倉庫会社の収益に占める貨物利用運送の割合の増加は、総合化の流れを反映したものだと考えられます。
総合的な物流事業のサービス向上と効率化を図るため、好立地の大型倉庫を用いて倉庫業務や物流全体の最適化を図るのが大きな流れとなっており、ニーズの多様化に応えるため倉庫の高機能化・多機能化も進んでいます。[3]
また、そうした大規模で高機能な物流施設を不動産業者が収益物件として開発し、倉庫業者などが賃貸で利用するという形が一般化しつつあります。[4]
ロボットやドローン、AIを活用した倉庫の自動化やIoT化が徐々に進められ、倉庫シェアリングという考え方も浸透してきています。[5]
倉庫シェアリングとは、倉庫の利用者と提供者を効率的にマッチングすることで物流施設の遊休スペースをなくし、キャパシティを最大限に活用することを目指すビジネスモデルで、クラウドサービス(SaaS)などの形で広まりつつあります。[6]
倉庫業務の効率化と物流の全体最適化を推進する上で、これらは今後中心的な役割を果たしていくことになるでしょう。
[1]令和元年度倉庫事業経営指標概況(国土交通省)
[2]物流を取り巻く動向について(令和2年7月)(国土交通省)
[3]次世代型物流施設の動向(三井住友銀行)
[4]物流不動産の変遷イメージ図(国土交通省)
[5]物流業界を取り巻く環境(三井住友銀行)
[6]物流業界におけるシェアリングの現状と今後について(国土交通省・三菱商事)
現代の倉庫業には、総合物流業・3PLとして業容とネットワークを拡大しつつ、DXにより全体的な効率化・最適化を図ることが求められています。
しかし、自社の経営資源と経営努力のみでこれを進めていくことは困難なケースが大半でしょう。
そうした場合においても、M&Aにより経営資源を融合し、シナジー(相乗効果)を実現することで、課題達成の可能性を高め、歩みを大幅に加速することが可能になります。
こうした効果は買い手側だけが享受するものではなく、売り手側としても、将来性のある企業グループの傘下に入り経営基盤を安定化することで、新しい動向に対応できる体制を整えることが可能です。
業績が悪化している企業や、経営者高齢化・後継者難という問題を抱えて事業継続の見通しが立たなくなっている企業においては、廃業・倒産を回避し取引と雇用を維持する手段として、会社売却が利用できます。
比較的大規模な拠点網・輸送網を有する倉庫会社・総合物流企業と中小規模の倉庫会社の間でM&Aが盛んに行われています。
前者(買い手企業)としては拠点網・輸送網の拡充・補填によりさらに大きなスケールで物流ビジネスを最適化することが可能となり、後者(売り手企業)としては大規模な物流ネットワークへの参加や先進的な運営システムの導入を通して事業の拡大と効率化を進めることができます。
倉庫会社が倉庫業に関連するSaaS開発企業との間でM&Aを行うケースもあり、大手倉庫会社においては海外の倉庫会社・運輸会社を買収して国際的なネットワークの拡充を図る動きが盛んです。
国内倉庫会社が売り手となったM&Aの事例を紹介します。
丸久運輸:和歌山・大阪・奈良に拠点を置き、食品・飲料関係を中心とした常温・冷蔵・冷凍倉庫業、物流加工業、輸送業を展開し、近年は3LP事業や物流コンサルティング事業を拡大[7]
セイノーホールディングス:国内・国際輸送、冷凍倉庫、食品宅配、引越などの事業を展開するセイノーグループの持株会社[8]
譲り受け企業:大阪・和歌山間におけるコールドチェーンネットワーク(低温流通網)の拡充、3温度帯(常温・冷蔵・冷凍)物流拠点の確保、同地グループ会社との事業シナジー促進[7]
東洋運輸倉庫:東京臨海部などで倉庫・通関・運送業を展開[9]
SBSホールディングス:総合物流事業、オフィス・住居・物流施設の不動産賃貸・開発事業などを展開[10]
譲渡企業・譲り受け企業:両社の物流施設の融合やノウハウ共有などを通して長期的視点で物流インフラのポテンシャル最大化を図る(とくに機械化・自動化などの機能を備えた最先端倉庫の開発・拡大)[9]
オー・ケー・ライン:食品小口配送に特化した定温物流・倉庫業を展開[11]
福岡運輸:定温物流・倉庫業、不動産賃貸業、港湾運送・通関業などを展開[12]
譲渡企業:福岡運輸グループの全国的な物流ネットワークを通したサービス拡大
譲り受け企業:関東圏における物流拠点・ネットワークの拡大、輸送能力強化[12]
ナガセ物流:化学系大手専門商社長瀬産業の子会社で、主に長瀬産業グループが取り扱う製品(化学品や樹脂など)の保管・輸送・流通加工事業を展開[13]
センコー:サプライチェーンのコンサルティング、システム設計・運営、国内外における一貫物流の実行など、包括的な物流サービスを展開[14]
譲渡企業:センコーグループの物流ネットワークやノウハウの活用による物流サービスの安定化と拡充
譲り受け企業:化学品物流事業の体制強化、化学品物流業界における認知度向上[13]
三井倉庫ホールディングス:倉庫事業、港湾・航空・陸上運送事業、3PL事業などを展開する三井倉庫グループの持株会社で、グループ統括事業に加えてオフィスビル・マンションの不動産賃貸・管理事業も展開[15]
Prime Cargoグループ(デンマークPrime Cargo、香港Prime Cargo、および関係会社):三井倉庫ホールディングスの子会社で、北欧においてEC向け倉庫事業、デンマーク・ポーランド・香港・上海においてアパレル顧客向けフォワーディング(貨物利用運送)事業を展開[16]
DSV Panalpinaグループ:デンマークに本社を構えフォワーディング事業をグローバルに展開[16]
譲渡企業:三井倉庫ホールディングスは中国地域でのフォワーディング事業強化を主な目的として2015年にPrime Cargoグループを買収したものの、中国においてアパレル周辺産業を取り巻く状況の低下が予想されることなどから、事業ポートフォリオの見直し(経営資源の選択と集中)のために売却を決定[16]
新生倉庫:主に中国エリアで食品メーカー系物流を強みとして倉庫業・運送業などを展開[17]
御幸倉庫:主に中部エリアでメーカー系物流を強みとして倉庫業・運送業などを展開[18]
トナミホールディングス:3PL事業を展開する企業グループの持株会社[19]
譲渡企業:トナミグループの拠点運営ノウハウ・業務システム・輸配送機能の活用による業容拡大
譲り受け企業:経営資源の連携を通した生産性拡大[17][18]
[7]丸久運輸のグループ化に関するお知らせ(セイノーホールディングス)
[8]グループ企業(セイノーホールディングス)
[9]東洋運輸倉庫の株式取得に関するお知らせ(SBSホールディングス)
[10]グループ事業(SBSホールディングス)
[11]会社案内(福岡運輸)
[12]オー・ケー・ラインの当社グループ参画に関するお知らせ(福岡運輸ホールディングス)
[13]ナガセ物流を子会社化しケミカル物流事業の体制を強化(センコー)
[14]センコーの強み(センコー)
[15]企業情報(三井倉庫ホールディングス)
[16]Prime Cargoグループの株式売却について(三井倉庫ホールディングス)
[17]御幸倉庫の株式取得に関するお知らせ(トナミホールディングス)
[18]新生倉庫運輸の株式取得に伴う連結子会社化のお知らせ(トナミホールディングス)
[19]ホーム(トナミホールディングス)
国内倉庫会社が買い手となったM&Aの事例を紹介します。
南信貨物自動車:長野県全域に拠点を置き、甲信・関東・中京地区を結ぶ運送事業を展開[20]
安田倉庫:主に首都圏・関西圏の倉庫ネットワークをもとにした国内物流事業、薬品や医療機器に特化した専門的な物流サービス事業、IT機器キッティング(セットアップ)サービス事業、国際物流事業などを展開[21]
譲渡企業・譲り受け企業:両社のネットワークやサービスノウハウの共有による輸配送ネットワーク拡大・サービスメニュー拡充[20]
Armir Logistyka:ポーランドにおいて都市部を中心に自社車両による冷凍品配送事業を展開[22]
ニチレイロジグループ本社:コールドチェーン(低温輸送によるサプライチェーン)全体をカバーする倉庫事業、輸配送事業、3PL事業などを展開し、ポーランドにおいては子会社Frigo Logistics を通して全土にまたがる定温物流サービスを運営[23]
譲り受け企業:車両調達の基盤強化、人口集中地域における配送効率向上のための積み替え拠点拡充[22]
飛高運送:岐阜県高山市に本社を置き中京・関西・関東方面へのトラック幹線輸送を中心とした事業を展開[24]
若松梱包グループ:若松梱包運輸倉庫を中核とする企業グループで、中京・関西・関東エリア向けに輸配送・倉庫事業を展開[24]
譲渡企業:業容拡大のため
譲り受け企業:中京・関西エリアにおける事業拡大のために愛知県一宮市に高度化物流施設を設置予定であり、同施設と本社の中間地帯に位置する飛高運送の事業の取り込みによる相乗効果を見込む[24]
ANDART:高額アート作品共同保有プラットフォーム事業やアート作品EC事業などを展開[25]
寺田倉庫:ワイン・美術品・建築模型の倉庫保管・オンライン管理サービス事業やアート発信施設運営事業などを展開[26]
譲渡企業・譲り受け企業:ANDARTのテクノロジー活用サービスと寺田倉庫の芸術文化発信施設の連携によるアートビジネス拡大[25]
MD LogisticsとMD Express:米国インディアナ州を拠点に、医薬品産業を主な顧客として前者は倉庫・流通加工業、後者は国内輸送業を展開[27]
日本通運:国内・国際輸送、倉庫保管、ロジスティクス・ソリューションなどの事業を展開[28]
譲り受け企業:国内外における医薬品物流事業の体制整備の一貫として、世界最大の医薬品市場である米国内に物流ネットワークを獲得するとともに、一貫した物流品質管理体制に基づく米国本土・海外間物流ネットワークの構築を図る[27]
上海虹迪物流科技股:上海・成都・武漢などに物流拠点を置き、アパレル・化学関連の大手企業を主な顧客として物流領域での技術開発・コンサルティング事業、貨物輸送代理事業、倉庫事業などを展開[29]
佐川グローバルロジスティクス:SGホールディングスグループの一員として、3PL事業・倉庫事業などを展開[30]
譲渡企業・譲り受け企業:上海虹迪物流科技股の中国内ネットワーク・物流サービスと佐川グローバルロジスティクスの倉庫オペレーション改善手法・倉庫在庫管理システムなどを融合することにより、中国において最適なロジスティクスサービスを提供するとともに、SGホールディングスグループの物流ネットワークとも連携してアジア全域における一貫物流体制を実現[29]
[20]株式の取得に関するお知らせ(安田倉庫)
[21]事業案内(安田倉庫)
[22]ポーランドの低温物流会社の買収に関するお知らせ(ニチレイロジグループ本社)
[23]事業領域(ニチレイロジグループ本社)
[24]会社分割による運送事業の承継に関するお知らせ(若松梱包運輸倉庫)
[25]日本初のアートシェアリングプラットフォームを展開するANDARTに出資(寺田倉庫)
[26]SERVICE(寺田倉庫)
[27]米国物流会社の出資持分取得に関するお知らせ(日本通運)
[28]サービス・ソリューション(日本通運)
[29]上海虹迪物流科技股の株式取得を完了(佐川グローバルロジスティクス)
[30]HOME(佐川グローバルロジスティクス)
倉庫業界は今後も堅調に成長していくものと見られますが、倉庫業に関わる企業が競争を勝ち抜くためには、事業の総合化や高機能倉庫でのオペレーション自動化、物流システム全体を視野に入れたDXなどの難しい課題に対応していくことが不可欠です。
そうした課題への対応を加速する上でM&Aは非常に有効な手段であり、倉庫業のM&Aは今後ますます活発化していくことでしょう。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)