整骨院業界の現状とM&Aの動向、メリット、事例を徹底解説
- 法務監修: 相良 義勝 (京都大学文学部卒 / 専業ライター)
整骨院業界は厳しい経営環境下にあり、現状を乗り越える手段としてM&Aが活用されています。整骨院業界の現状を確認し、M&Aの動向とメリット、近年の事例についてわかりやすく解説します。
整骨院は「柔道整復師」の国家資格を持つ施術師が専門的な治療を提供する施設(施術所)です。
柔道整復師は外科手術や薬ではなく手技などを用いて治療を施します。
整骨院の他に接骨院という名称・呼び名が用いられることもあります。
整骨院で行われる治療には保険が適用されるもの(保険診療)とそうでないもの(自費診療・自由診療)があります。
転倒や車両事故、体に負担のかかる動作などのはっきりした原因により生じたけが(骨折、脱臼、打撲、捻挫、挫傷)を治療するのが柔道整復師の基本業務で、これには保険が適用されます。
原因が明確でない慢性的な肩こり・腰痛を和らげるための施術や、過去のけがに由来する後遺症を緩和する施術、骨盤矯正・脊椎矯正などの施術(いわゆる整体)は、資格とは無関係に提供されているサービスであり、保険適用外となります。
なお、慢性痛や後遺症の痛みの治療は同じく国家資格である鍼灸師が専門的に扱います(鍼灸師が行った場合は保険が適用されます)。
整体には国家資格はなく、誰でも整体師と名乗って開業することができます。
整骨院で保険診療を受けた場合、患者は窓口でいったん治療費(療養費)の全額(十割)を支払い、自己負担分(通例3割)を超える金額は自分で保険組合に請求して返してもらう、という方式(償還払い)が原則となっています。
しかしこれは患者にとって不便な方式であり、経済的な負担も大きいため、窓口で自己負担分のみを支払い保険組合への請求は柔道整復師に委任するという方式(受領委任払い)も認められており、通例はこのやり方で診療が行われています。
柔道整復師には公的に認定を受けた公益社団法人(「○○県柔道整復師協会」など)に属している人とそうでない人がおり、公益社団法人に属している柔道整復師は所属する協会の方針に沿って活動し、協会が公的機関と取り決めた協定に基づいて保険請求を行っています。
一方、公益社団法人に属していない柔道整復師は個人として公的機関と契約を取り交わした上で保険請求を行います。
個人契約の柔道整復師の多くは、「○○整復師会」などの名称で保険請求代行事業を営む業者と会員契約を結び、保険請求代行を初めとする経営サポートを受けながら事業を展開しています。
1998年に柔道整復師養成施設の開設に関する規制が緩和されたことをきっかけとして柔道整復師と整骨院の数は急増し、その後も増加傾向が続いています。
全国の整骨院の数は2008年には34,839でしたが、2018年には50,077にまで増加し、10年間で1.4倍以上になりました。[1]
整骨院は供給過多となり、同業間や隣接業種(整体院・マッサージサロン・整形外科など)との競争が激化しています。
そうしたなか、保険診療以外のサービス(慢性痛の緩和や整体など)に力を入れる整骨院が増え、負傷名を改ざんし保険適用外のサービスを保険適用の治療に偽装するなどして保険を不正に請求する行為が横行し、社会問題化しました。
日本柔道整復師協会を初めとする公益社団法人は、個人契約の柔道整復師に散見されるコンプライアンス意識の低さを問題視し、個人契約の柔道整復師や保険請求代行業者の無秩序な増加が不正請求問題を生み出したと指摘しています。
不正請求への対策として保険審査の厳格化や罰則強化がなされたことに加え、超高齢化社会を前にした社会保障費削減の流れや隣接業種との競争激化などの影響で、整骨院の市場規模は年々縮小しています(下図)。[2]
柔道整復・鍼灸・マッサージ市場に関する調査を実施(2020年)(矢野経済研究所)をもとに作成
整骨院・鍼灸院・マッサージ店の倒産件数は近年増加傾向にあり、とくに小規模業者の倒産が目立っています。[3]
コロナ禍の影響で経営が悪化した整骨院も少なくなく、大手の倒産も起きています。
関東・中部地方で約180店舗の接骨院・整体院チェーンを運営していたMJGが2020年4月に破産手続きを開始しました。
背景には不正請求や景品表示法違反、労使トラブルなどの問題による信用低下があり、コロナ禍が追い打ちとなった格好です。[4]
また、2021年1月には保険請求代行業者のホープ接骨師会が資金流用問題をきっかけにしてメインバンクの口座を凍結され、会員の柔道整復師に対する保険療養費振込がストップするという事件が起きました(同社は結局破産しています)。[5]
[1] 平成30年衛生行政報告例 結果の概要(就業あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師及び施術所)(厚生労働省)
[2] 柔道整復・鍼灸・マッサージ市場に関する調査を実施(2020年)(矢野経済研究所)
[3] 整骨院・療術・マッサージ業者の経営実態調査2018 年度の収入高合計は 2000 億円を突破
(帝国データバンク)
[4] 倒産速報記事 株式会社MJGなど2社(帝国データバンク)
[5] ホープ接骨師会が会員への振り込みストップ、前代表の資金流用で(鍼灸柔整新聞)
同業・隣接業種との競争激化や保険請求手続きの厳格化、社会保障費削減の流れ、さらにはコロナ禍の影響により、整骨院業を取り巻く経営環境は厳しさを増しています。
今後の整骨院経営には、抜本的な効率化や保険診療以外のサービスの強化(自費診療の拡充または完全自費診療への移行、インターネット・SNSなどを活用した患者向け会員サービスの拡充など)が求められます。
こうした課題を解決する上で強力な武器となるのがM&Aです。
一般的に、M&Aにより買い手側は事業としてのまとまりを持った経営資源を取り込むことができ、経営課題を短期間で解決して成長を加速することが可能になります。
売り手側としても、単独では解決が困難な問題に対処する道が開けます。
具体的には、以下のような目的・メリットが考えられます。
買い手側の目的・メリット | 売り手側の目的・メリット |
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多店舗展開の大手・中堅企業による同業者の買収が活発化しています。
売り手企業のなかには経営が悪化した状況でM&Aに臨む例が散見され、淘汰が進む状況をうかがわせます。
積極的に異業種・関連業種とのM&Aや業務提携(広義のM&A)を行い、保険適用外サービスの拡充や新サービスの開発をいち早く推し進めようとする動きも見られます。
市場が飽和気味とは言え、整骨院にはある程度の安定したニーズがあり、関連サービスとの組み合わせによりニーズ・顧客を開拓していく余地もあるため、異業種企業がM&Aにより整骨院事業に参入する例も少なくありません。
売り手側に立つことの多い小規模事業者にとってもM&Aは他人事ではなく、会社売却戦略を積極的に検討することが求められる時代になったと言えるでしょう。
EXPANDは徳島県・兵庫県で複数の鍼灸整骨院を展開している企業です。[6]
GENKIDOは整骨院・鍼灸院を全国展開するほか、整骨院のノウハウをもとに保険適用外サービスを提供する店舗や、ボディケアサロン、アジアンスパなどの店舗を展開している企業です。[7]
GENKIDOの四国エリアへの進出と、ノウハウ融合による両社の成長の加速を目的としています。[7]
2018年12月、GENKIDOはEXPANDの全株式を取得し同社を完全子会社化しました。[6]
ケア・トラストは整骨院運営と治療機器販売の事業を展開している企業です。[8]
ルーツアイランズは東京・埼玉で鍼灸整骨院と美容鍼灸院を展開していた企業です。[9]
ケイズグループは鍼灸整骨院104店舗(2021年8月現在)の運営や、治療院のフランチャイズ、保険請求代行、人材紹介、コンサルティングなどの事業を展開している企業です。[10]
ケア・トラストは事業を整理して財政基盤の健全化を図るために一部の店舗をケイズグループに譲渡しました。[8]。
ルーツアイランズはコロナ禍の影響で経営が悪化し事業と雇用の継続が不可能な状況に陥ったため、従業員の雇用継続などを目的として鍼灸整骨院関係の全事業を譲渡することにしました。[9]
M&Aの手法・成約
ケイズグループは2019年8月にケア・トラストの「ひまわり整骨院グループ」3店舗の事業を譲受し、2020年4月にルーツアイランズの鍼灸整骨院・美容鍼灸院6店舗を含む鍼灸整骨院事業のすべてを譲受しました。[8][9]
Pflasterは柔道整復師向けの国家試験対策事業や、トレーナー事業、セミナー事業、整骨院コンサルティング事業などを展開している企業です。[11]
ケイズグループは鍼灸整骨院104店舗(2021年8月現在)の運営などを手がけている企業です。[10]
ケイズグループは整骨院事業をベースにしてプロアスリートやプロを目指す若いアスリート向けにトレーナー事業を展開しており、それを強化する目的で今回のM&Aを行いました。
承継した事業は新設会社に引き継ぎ、機能進化と安定運用が図られる方針です。[12]
2020年4月、ケイズグループはPflasterのトレーナー事業(芸能人向けエンタテインメントサポート部門、プロ・アマチュア向けスポーツサポート部門、スクール指導部門)を譲受しました。[12]
ミツフジは銀メッキ導電性繊維「AGposs」の開発および衣料品・ウェアラブルIoT製品への応用や、ウェアラブルIoTソリューション「hamon」の開発・提供などを行っている企業です。
「hamon」は生体情報の取得・可視化システムを備えた衣類・装身具によるIoTソリューションで、事故防止のための見守りや、体調管理、スポーツパフォーマンス向上、業務効率化などの多様な機能を実現します。[13]
アトラ(現:アトラグループ)はフィットネスジムの運営、整骨院のフランチャイズ、柔道整復師向け保険請求代行などの事業を展開している企業です。[14]
IoT用ウェア・電子デバイスの共同開発(アトラによる現場ニーズ発掘とミツフジによる開発への活用)と、アトラのネットワークを活かした新製品・新サービスの販売展開などを目的としています。[15]
2016年8月、アトラがミツフジによる第三者割当増資を引き受け、発行済全株式の19.40%に当たる同社株式と新株予約権を取得し、両社の間で業務提携が開始されました。
株式の払込金額は2億円で、新株予約権は無償で引受けが行われています。
新株予約権にはアトラの持株比率上限(20.00%未満)などを定めた行使条件が付されています。[15]
MJGは関東・中部地方で接骨院・整体院チェーン約180店舗を運営していた企業で、2020年4月に破産手続きを開始しました。[16]
aprecioは複合カフェ(コミック&インターネットカフェ)の運営・フランチャイズを中心に、24時間営業フィットネスジムやタイ古式マッサージ店の運営などの事業を展開している企業です。[17]
aprecioの親会社であるMCJは、aprecioが担う総合エンターテイメント事業において複合カフェ事業以外の新規事業開発による収益基盤強化を推し進めており、その一環としてMJGの事業の譲受を決定しました。[18]
2020年5月、aprecioはMJGの整骨院・整体院19店舗と研修所1箇所の事業を譲受しました。
譲受価額は1億3,000万円です。[18]
ホープ接骨師会は柔道整復師向けに保険請求代行事業を展開していた企業です。
2021年1月に破産手続きを開始しました。[19]
令和柔整鍼灸師会は柔道整復師と鍼灸師向けに開業支援や保険請求代行、経営コンサルティングなどのサービスを提供している企業です。[20]
ホープ接骨師会は元代表の資金流用問題が発覚したことで2021年1月にメインバンクの口座を凍結され[21]、破産手続きに入りました。[19]
その事業を承継し、会員(ホープ接骨師会と契約を結んでいた柔道整復師)へのサービスを引き継ぐ目的で、今回のM&Aが行われました。[22]
2021年2月、令和柔整鍼灸師会がホープ接骨師会の事業を譲受しました。[22]
[6] 「坂口鍼灸整骨院グループ」株式会社EXPANDの株式取得合意のお知らせ(OMGホールディングス)
[7] グループ事業 株式会社GENKIDO(OMGホールディングス)
[8] 株式会社ケア・トラストの一部事業承継に関するお知らせ(ケイズグループ)
[9] ルーツアイランズ株式会社の救済に関するお知らせ(ケイズグループ)
[10] COMPANY(ケイズグループ)
[11] 会社概要(Pflaster)
[12] 株式会社Pflasterからの⼀部事業譲渡のお知らせ(ケイズグループ)
[13] サービス紹介(ミツフジ)
[14] 事業内容(アトラグループ)
[15] ミツフジ株式会社との資本業務提携に関するお知らせ(アトラ)
[16] 倒産速報記事 株式会社MJGなど2社(帝国データバンク)
[17] 会社概要(aprecio)
[18] aprecio 接骨院事業を手掛ける株式会社MJG の一部事業の譲受に関するお知らせ(MCJ)
[19] ホープ接骨師会が元代表の資金流用で破産 10年近く数億円を(鍼灸柔整新聞)
[20] 事業案内(令和柔整鍼灸師会)
[21] ホープ接骨師会が会員への振り込みストップ、前代表の資金流用で(鍼灸柔整新聞)
[22] 当社100%子会社「令和柔整鍼灸師会」が「ホープ接骨師会」の事業を引継ぎました(カスケード東京)
整骨院業界は規制緩和により市場規模が大きく拡大しましたが、整骨院・柔道整復師の供給過多により競争が激化し、規制緩和のゆがみが不正請求問題や大型倒産の形で顕在化しています。
整骨院経営は従来のあり方からの転換を求められており、M&Aによる業界再編や経営革新の動きが広がっているところです。
M&Aはあらゆる規模の企業に関係する事柄であり、売り手側に立つことの多い小規模事業者も、積極的な売却戦略を検討していくことが求められています。
(執筆者:相良義勝 京都大学文学部卒。在学中より法務・医療・科学分野の翻訳者・コーディネーターとして活動したのち、専業ライターに。企業法務・金融および医療を中心に、マーケティング、環境、先端技術などの幅広いテーマで記事を執筆。近年はM&A・事業承継分野に集中的に取り組み、理論・法制度・実務の各面にわたる解説記事・書籍原稿を提供している。)
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