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今回のM&A成功事例は、創業154年の酒蔵がDX(デジタルトランスフォーメーション)によってスピーディーに再建されるまでのストーリーです。譲り受け企業は、自らが経営に参画する中小企業×DX特化型のファンド。日本酒や工芸品など日本固有のプロダクトをつくる中小企業は今、深刻な後継者不足とデジタル変革の遅れに悩みを抱えています。そんななかDXを強みにするファンドが起こすM&Aの新しい波は、画期的と呼べるかもしれません。株式会社金井酒造店 代表取締役社長 佐野 博之 氏とくじらキャピタル株式会社 代表取締役社長 竹内 真二 氏に話をうかがいます。(2022年10月公開)
創業154年のベンチャー 酒蔵×DXファンド
――金井酒造店様は創業から154年です。
金井酒造店 佐野 明治元年創業です。屋号と名字が違いますが、代々佐野の人間が酒造りを営んできました。私で6代目蔵元になります。2021年に70代の父からバトンを引き継ぎました。
老舗と思われることが多いのですが、日本酒の世界では154年だとまだまだ鼻たれ小僧です。うちには今で言うベンチャースピリットが残っています。地元向けの日本酒造りが中心ですが、クラシックの名曲を聴かせて醸造した「モーツァルトシリーズ」もあります。「軸足はずらさず、片足は遊び心があっていい」というのが社風なんです。
――くじらキャピタル様はファンド会社です。
くじらキャピタル 竹内 私たちはDX(デジタルトランスフォーメーション)で投資先のバリューアップ実現を目的に2018年に立ち上げたファンド運営会社です。「くじら1号投資事業有限責任組合」(略称「くじら1号ファンド」)は、中小企業DXファンドとしては、日本初です。VCとは違い、経営権を取得し、ハンズオンで自らリスクを負担する株主として経営に参画、価値を上げ、次の方にお渡しする手法です。特徴はふたつあります。ひとつは中小企業に特化していること。もうひとつは、再成長の手法としてデジタル変革を中軸にしていることです。
――すると、DXを加速させるための人員が社内にいらっしゃるわけですか?
竹内 9名のうち半分がエンジニア出身です。自らエンジニアを抱えているファンドは他にはないでしょう。だから強烈なスピードで改革を実行できるわけです。これは私の信念なのですが、デジタルの本質はPDCAサイクルの速さです。試してみる、だめだ、改善する、いいね、もっとやってみる。それをどれだけ早く回せるかで業績が変わっていく。そうすると、外注して、「では来週に」だと間に合いません。今日試してみて、明日だめなら変えるというスピード感が必要で、その為には社内にエンジニアが必須です。
初日からECサイト立ち上げ、全てをDXで完結
――クロージング日にECサイトを立ち上げ、大成功されたそうですね。
竹内 エンジニアチームが1週間という速さで、ECサイトや集客の仕組みを作り上げました。効果はてきめんにあがりましたが、その分発送が大変でした(笑)。
――醸造工程にもIoTを入れているそうですね。
竹内 麹(こうじ)造りは手間暇のかかる仕事です。泊まり込みで夜通し1時間に1回起きて確認する、身体的に辛い作業です。それを楽にしかも正確に再現したい。まだ実験段階ですが、麹室に電子温度計を入れてブルートゥースで知らせる仕組みを作りました。来期はぜひ本格導入したいですね。
日本のよいものをよりよく。海外は倍々ゲームで増加
――出資の対象がなぜ酒蔵だったのでしょうか?
竹内 日本酒は創業当初から検討対象にしていました。国内の消費や愛飲者の数は確かに減っていますが、輸出は倍々ゲームで伸びています。日本固有プロダクトで普遍的な価値があるもの=「SAKE」として必ず人気になると考えていました。
とは言え、酒蔵ならどこでもいいわけではなく、2年くらい探し続けました。しかしどこも決め手がなく・・・。M&Aサクシードで金井酒造店と巡り合って、「ここだ!」と。
佐野さんにお会いし、お酒もいただきました。大吟醸と「ハルザケ」の原型となる生酒が抜群においしかったです。従業員20名の小さい蔵にもかかわらず、純米酒も大吟醸も造ることのできる技術力。実力がある蔵だと理解しました。そして佐野さんの柔軟さ。他の酒蔵で感じた違和感(こだわりが強過ぎたり、逆にこだわりがなさすぎたりの印象)が全くありませんでした。6代目の責任と新しいことにチャレンジする両方を持ち合わせている。我々のスキルとかけ合わせて必ず成功すると確信しました。
――出資相手の基準は?
竹内 中小企業の問題点はよい商品を持っているにもかかわらず、深刻な後継者不足とデジタル変革の遅れを克服できない点にあります。私のこれまでの経験との掛け算で再建・再成長できる可能性があるかどうか。そこを見極めています。
初代のベンチャースピリッツ、途絶えさせてはいけないという想い
―― 最初にお会いされた際のやりとりで印象に残ったことはありますか?
竹内 佐野家の創業者である女性のエピソードがものすごく記憶に残っています。いつか本にしたいくらいです。大変ご苦労されたようで、材料の仕入れから造り方まで試行錯誤の連続だった。最初はおいしくなくて、「金魚酒(金魚が泳げるほどダメな酒)」じゃないかとなじられたり、当時、女だからと売掛金を払ってもらえなかったり。その話を佐野さんから聞いて、カーっと心に火が付いたんです。そんな朝ドラに出てくるような人が始めた酒蔵をなくしちゃいけない。「今、こんなにがんばっていますよ」と(佐野)博之さんが報告できるようにしないと顔向けできないなと。
佐野 明治の女性は強かったようです。
中小企業×DX特化ファンド〜一緒にやっていこうという、M&Aの新しいカタチ
――くじらキャピタル様が中小企業にしぼったのはなぜでしょうか?
竹内 日本の企業の99.7%は中小企業です。M&A市場では、残りの0.3%である大企業に対して取引過剰になり、高値買いという状況があります。一方、中小企業には誰もエクイティを提供していません。確かに中小企業の再生は手がかかります。しかしデジタルを使えば克服できるのです。
特に中小企業が苦手としてきたのが、バックオフィス系のDXです。金井酒造店でも経理に大きな課題があったので、会計クラウドソフトを入れることにしました。会計士もそのソフトを使える若い方にお願いすることにしました。これまで月次試算表ができていなかったのですが、銀行とのAPI連携をしたので、金井さんが毎回銀行窓口に並ばなくてもよくなりました。 携わる人数も減り、生産性が大幅にアップしました。
佐野 私も1995年にうちに戻ってくる前に大手企業に勤めていたので、社内改革しようにも、ノウハウもありませんでしたし、それ以前に何をやればいいのかわからず・・・。ずっと放置していたことを的確に指摘されたわけです。「返す言葉もございません」と、僕はすっと入っていきました(笑)。
竹内 現在は総力戦になっていて、イベント企画やECまわり、営業や経理の集計などで、くじらキャピタルから都合4、5名が日替わりでお邪魔しています。
両社が出会ったのは、「M&Aサクシード」
――金井酒造店様は、M&Aサクシード経由で11社からオファーがあったそうですね。そのなかでくじらキャピタル様を選んだ理由を教えてください。
佐野 当時、どうしても売上げが右肩下がりで、私が借金交渉などやりはじめていたので、地銀さんも知っていて、「じゃあ、どうですかね?」とM&Aの話を持ってきたのです。銀行さんなので、地場の酒蔵さんを提案されました。でも、うちの業界は狭いので、それこそ昔自分のおしめを変えてくれたおじいちゃんまで知っている酒蔵さんなどを提案されて、お互いそれはやりづらいなと。
それで、何社か会計士先生に相談して、会計士さんがM&Aサクシードに登録していて、いろいろオファーがありました。物流、農業、輸出入、地方創生、不動産、ギフト、ECなど業種もさまざまで、地域も関東、関西、北信越や九州など、全国からでした。その中において、竹内さんには「一緒にやるぞ!」という意気を感じました。
――ファンドに抵抗感はありませんでしたか? 先代のお父様をどう説得されたのでしょう。
佐野 心理的バリアはさほどありませんでした。ビジネスの教科書では「M&Aにおいてファンドは海外では普通」と書かれています。ハンズオン(出資者が投資先企業の経営に直接参画すること)で企業価値を上げていくというイメージです。
父の世代からするとファンドに「ハゲタカ」のイメージがあったようで、その誤解を解くのが大変でした。竹内さんとも一緒に食事して人柄にも接してもらいました。ファンドの資本受入れによるメリットや必要性などを丁寧に説明し、最終的には「お前に任せる」と言ってくれました。それで、私に代替わりするタイミングで、竹内さんとご一緒することに決めました。
竹内 「築いてこられた名声を汚すことはしません」と切々と伝えました。リストラはせず、ブランドを伸ばす。策を弄さず、我々がお手伝いしたいこと、DXでのバリューアップ、何よりも金井酒造店へのリスペクトを伝えたことが大きかったかもしれません。
――竹内様はM&Aサクシードのどんな点がよかったのでしょうか?
竹内 会っただけで支払いが必要なM&A仲介会社が多くあります。しかし、M&Aサクシードは着手金・中間手数料が発生することは一切なく、クロージングを完了した場合のみの「完全成功報酬制」です。譲渡先探しを納得いくまでできるので、よかったですね。譲渡企業と会ってケミストリーを確信できないと、中小企業とのタッグはうまくいきませんから。
M&Aから1年。次の一手は?
――M&Aから1年が過ぎ、社内はどんな状況ですか?
佐野 昔ながらののんびりした酒蔵でしたから、新たな施策を追いかけることに集中しています。DXが次々と導入されましたが、うちの社員は年齢にかかわらずパソコンができるので、その点は問題ありませんでした。
竹内 この1年でいろいろ仕掛けをしました。少し古くなってしまっていたので、リブランディングをしてコーポレートアイデンティティをはじめ、パッケージやラベルを変え、法人営業の仕方も変えました。売上高も前年より大きく改善しています。次の1年でそれらが花開くだろうと期待しています。2022年の10月から新しい期が始まります。創業以来守り続けてきた「白笹鼓(しらささつづみ)」シリーズもネットで先行発売し、合わせて輸出を積極的に行います。スタートダッシュで爆発的に伸ばしたいですね。
――次の時代が見えてきました。今回のM&Aを佐野様はどう振り返りますか?
佐野 みなさんのご存じのとおり、うちの業界はあまりよくなく、ある時期まで廃業も視野に入れていました。祖父母や私の苦労を見てきた大学生の娘からは、「継ぐ気はない」と告げられていたからです。酒蔵は商習慣やタイムスパンが長いため、私は今50歳なのですが、「私が動けるうちに何とかしないと」と方策を探した先に出会ったのが、くじらキャピタルでした。
まずは動いてみる。そうしないと光は見えてきません。私もひとりで悩んでいた時は真っ暗闇でした。しかし、いろいろな団体や人に相談し、自らが動くことで道が開けました。私たちの業界は大変厳しい状況にあります。「この先どうしたものだろう」とお悩みの蔵元さんもいらっしゃるでしょう。しかし、そこであきらめないでほしい。「あなたひとりではなく、必ず仲間はいるんだ」と伝えたいですね。
――M&Aを検討されている経営者の方にメッセージをお願いします。
竹内 実際、いろいろご相談いただくのですがが、悪くなりすぎてしまい、本当にどうするにもいかんとなると、私たちがお手伝いできなくなってしまうということがよくあります。
赤字になる前位がいいかなと、売上げが下がってきて、赤字で、このままだとどうにも…という前に、早めにご相談いただくのがよいと思います。そうであれば、選択肢が増えますし、お支払いできる金額も増えるので、ハッピーリタイアになると思います。