後継者不在による廃業をなくしたい。カレー店を救うゴーゴーカレーの事業承継への思い
黄色い看板とゴリラがトレードマークの「ゴーゴーカレー」。2003年に創業し「美味しいカレーを世の中に広め、世界を元気にすること」をミッションに、国内外での店舗拡大を続けるとともに、学校建設や福祉活動、ボランティア、支援活動などを積極的に行っている。
そんな同社が2017年から新たに始めたのが、後継者不在のカレー店のM&Aによる譲り受け。その一号店となったのは、石川県で一番歴史のあるインド料理店「ホットハウス」だ。
なぜゴーゴーカレーはホットハウスを承継したのか。M&Aを始めた背景や、カレーの名店に対する思いなどについて、代表取締役の宮森宏和氏に話を聞いた。後半では、ホットハウス前オーナーであり名誉会長である五十嵐憲治氏に、M&Aを選択した理由について伺った。
経営塾で気づいた、会社を承継するという選択肢
私がカレー店のM&Aを経営戦略として検討し始めたのは、2016年のことです。
2003年に石川県から上京し、東京でゴーゴーカレーを創業後、2007年にはニューヨークにも出店するなど、国内外で店舗数を増やしていました。ただ、拡大を支えていたのは気合いと根性だけ。戦略がなかったことで2013年には経営が行き詰まってしまったんですね。
そこで、きちんと経営を学ぼうと経営塾に通い始めました。マネジメントや組織とは何かを学び、これまでの「全部自分でやる」自己流経営から脱却。成果を出す人には役職を与え、マネジメントチームを作って責任者に任せるなど、組織改革を進めていきました。
そんなある日、私は日本電産の会長の講義で衝撃を受けることになります。会長に、君は何をしているのかと聞かれ、カレー屋を経営していて、カレーを世界中に広めたいと伝えたところ、「やるなら世界一を目指しなさい。日本でトップのカレー屋さんを譲り受けなさい」と言われたんです。
すでにあるすばらしい事業を譲り受ける――。これまでM&Aは大企業やIT企業で行われる遠い世界の話で、自分には関係ないことだと思っていました。だけど、「そうか、そういう方法もあるのか」と一気に視野が広がりましたね。
ゴーゴーカレーのミッションは「美味しいカレーを世の中に広め、世界を元気にする」こと。広めるのは自分たちの金沢カレーだけでなく、世の中にあるおいしいこだわりのカレーを含めてもいいんだと思うようになりました。
この考えをSNSで投稿すると、すぐに名古屋の知人から「老舗のカレー屋さんが廃業するみたいだから引き継いでもらえないか」と連絡がきたんですね。そこでハッとして調べてみると、東京都内だけでも、後継者不在で困っている老舗のカレー店がたくさん存在していたんです。
カレーは日本の国民食ですから、全国各地で愛されているカレーの名店はたくさんあるはずです。後継者不在で廃業するくらいなら私が引き継ごう、こだわりの味と常連のお客様、従業員の雇用を守ろうと強く決意しました。
井戸を掘った人の恩は忘れない。石川県の老舗カレー店「ホットハウス」の承継
決意を胸に、最初に足を運んだのは石川県で一番歴史のあるインド料理店「ホットハウス」です。ここは、私が20代の頃からずっと通っている、金沢では知らない人がいないほどの名店。オーナーの五十嵐さんは70歳近いので、もし後継者が決まっていないなら、私がホットハウスの味を引き継ぎたいと考えました。
早速オーナーに後継者の有無を聞くと、残念ながら見つかっていないとのこと。「それならゴーゴーカレーに継がせてもらえないか」と思いを伝えると、「味を引き継いでくれるなら」とスムーズに話がまとまりました。
こうして2017年にホットハウスはゴーゴーカレーのグループに入ったわけですが、前オーナーである五十嵐さんは、みんながリスペクトするホットハウスの名誉会長であることに変わりありません。
私は「井戸を掘った人の恩を忘れるな」という考えを持っており、五十嵐さんはホットハウスと素晴らしいカレーという「井戸」を掘った人。この恩を忘れずに、ホットハウスを100年続く企業にしたいと考えています。
最近では、金沢のゴーゴーカレーとホットハウスの全従業員が集まる食事会や、お互いの店舗での交換研修など、新しい交流が生まれています。私たちは人を大事にする家族的なつながりを大切にしたいと思っています。
今後は、ホットハウスの味をそのまま引き継ぎつつ、国内外で店舗展開する道を模索したいと考えています。金沢で作ったカレーを関東でも提供できる仕組みを作り、年内には試験的にトレッサ横浜内のゴーゴーカレーをホットハウスにリニューアルして出店する予定です。そして来年には秋葉原に出店予定です。
後継者がいなくて廃業するおいしいカレー店をなくしたい
カレー店のM&Aは現在も数社と話を進めており、この動きは今後加速させたいと考えています。
特に、老舗で人気の店舗はオーナーも高齢で、子供がいても家業を継ぐ意思がないケースが多いんですね。何十年も続くということは、その味が好きで通うお客様がたくさんいる証拠ですし、そもそも愛されるおいしいカレーを作るのは本当に大変なこと。
後継者がいなくて廃業し、これまでがんばって作ってきたものをゼロにするくらいなら、味も従業員もお客様も、私がしっかりと受け継ぎたい。
もちろん、M&Aをするからといって、ゴーゴーカレーのようにお店を黄色くするわけでも、乗っ取るわけでもありません。事業への思いやコンセプトはそのまま大事に承継し、これまで私たちが培った業務改善や人材育成、多店舗展開、海外進出のノウハウなどを生かして、受け継いだ味を世の中に広めたいと考えています。
全国各地のおいしいカレー、魂がこもったカレー、思いが詰まったこだわりのカレー。後継者のことで頭を悩ませているなら、M&Aという選択肢も検討してみてください。ゴーゴーカレーは、思いも全て含めて大切に承継します。
インドでシェフをスカウト。38年続けたホットハウス
私は30歳のときに金沢でインド料理店「ホットハウス」を創業し、それから38年の間営業を続けてきました。当時、ナンでカレーを食べる習慣はなく、インドカレー店自体が金沢にはなかったので、珍しい存在だったと思います。
他の人には出せない味を生み出すべく、インドや神戸、東京でインドカレーの味を研究し、スパイスの調整には時間をかけました。
味にこだわるのはもちろんですが、同じくらい大切にしてきたのは従業員です。シェフは全員、私が何度もインドに行って「日本で働かないか」とスカウトしてきました。インドと日本では生活様式も仕事のしかたも違うので、教育には大変力を入れたと自負しています。
味も、インドで作っていたカレーではなく、私が考えた味を伝えて作ってもらうわけですから、簡単なことではありませんでした。
後継者不在に悩むなか、舞い込んだM&Aの提案
ホットハウスの味を守るために後継者を探し始めたのは、55歳を迎えたころ。息子はいますが、最初から彼が継ぐとも、継いでほしいとも考えていませんでした。
100年続く企業にしたいし、一代で終わってしまうのはもったいない。だから誰か引き継いでくれる人はいないかと探していたのですが、従業員ほとんどが外国人のため、マネジメントできる人をなかなか見つけられなかったんです。
そうこうしているうちに10年以上の月日が流れました。そして、2016年にゴーゴーカレーの宮森さんからM&Aの提案をもらったのです。
彼は20年以上ホットハウスに通ってくれていた常連さんですし、ゴーゴーカレーを創業する前に「カレーの店をやりたい」という相談も受けていました。付き合いは長く、この人なら信用できる。宮森さんなら通い続けているお客様も納得して喜んでくれるだろうし、従業員もこのまま働けます。だから、「ぜひ味を受け継いでほしい」と、宮森さんの提案を受け入れました。
本当にカレーを愛する人に引き継いでもらうのも良い方法
あれから約1年半がたち、今はカレーに愛がある宮森さんに譲渡できて一安心しています。
ただ、シェフたちも高齢になるので、新しいシェフの育成が必要になります。味覚はデータで伝えられないので、味を教えるのは難しいことですが、何かあったらいつでもサポートしたいと思っています。
全国各地に、私のように後継者がいなくて困っているカレー店はたくさんあると思いますが、味を絶やさず、つなげていくことが大事だと思っています。親から子へ継ぐのも一つの方法ですが、せっかくこだわって作った味なら、本当にカレーを愛する人に引き継いでもらうのも良い方法だと思いますよ。
お店を守り続けてきた人生は終わり、私は毎月のように好きな海外旅行に出かけるなど、第二の人生を楽しんでいます。同じように、大切に作ってきた味を残せるカレー店が増え、残りの人生を楽しめるオーナーが増えることを願っています。